バラ、特にオールドローズが好きで名前の由来や育種の経緯などを調べています。
宿根草や葉色が美しい草花や灌木などをアレンジしたバラ咲く庭を愛でるのも長年の夢です。

ロサ・モスカータ(ムスク・ローズ:R. moschata Herrm.)

ムスクローズ(R. moscata)

どんなバラ?

ムスク・ローズ、麝香(ムスク)の香りがするバラとして古くから知られている品種です。
7cmから9cm径、シングル・平咲きとなる花形。
花色は純白、また、クリーミィ・ホワイトの花色、花芯のイエローがアクセントとなり全体的な印象としてはクリーム色。
開花時期は他の品種よりもずっと遅く、秋ころになることもあります。そのため、秋咲きのバラとして尊重されてきました。
強く香ります。いわゆる、ムスク・ローズ系の香りとされるバラの香りの元となった香りです。
明るい葉緑、とがった細身の葉形、350cmから500cm高さとなる柔らかな枝ぶりのランブラーです。

自生地・由来など


16世紀ころ、小アジア(トルコ)からイングランドへもたらされたと言われています。
ヘルマン/J. Herrmannが1762年に公刊した”De Rosa”に記載されていることから品種登録は同年とされることが多いのですが、この品種への言及はさらに古く、16世紀には知られていたようです。
古くから、その香りゆえに愛され続け今日へ至っていますが、自生地は小アジア、アフリカ北部、南ヨーロッパと諸説があり、定説はありません。また、現在、ロサ・モスカータ(ムスク・ローズ)として流通しているこの品種がはたして、原種なのか、それとも、交配雑種であるのか判然としていません。

グラハム・S・トーマスによる解説


多くの研究家がムスク・ローズの由来について言及していますが、特にグラハム・トーマスが“The Mystery of the Musk Rose”と題して記述しているものが有名です。

グラハム・S・トーマス・ローズブック(“Graham Stuart Thomas Rose Book”)

私がシンスティラエ類を調べはじめたとき、ムスク・ローズがミステリーに包まれ見極めが容易なものではないとは考えていなかった。ケンブリッジの植物園の40フィートにおよぶ大株やキューの王立植物園の巨大株という実例があり、両株ともムスク・ローズとして多くの著書に掲載されていた…しかし、両株とも細く長めの小葉で初夏に豪勢に開花するもののそのまま結実してしまうものだった。古来伝えられているムスク・ローズは秋開花のものであり楕円形の小葉のものだった…


わたしはムスク・ローズは南西ヨーロッパ、北アフリカあるいはマデイラ島からもたらされ、芳香と遅めの開花の性質ゆえに栽培されあずまやを覆ったり大きめの灌木として庭で栽培されるようになったのだと思う…


わたしは1963年の晩秋にミッデルトン・ハウス(訳注:E.A.Bowlesが本物のムスク・ローズだと記述している株が植栽されている庭園)を訪問した。ハウスの北西壁面のフェンスに当該のバラは開花していた。それは疑いなくオールド・ムスク・ローズだった…
その年、増殖した枝から開花した花はすべてダブル咲きであったため、ふたたび当惑してしまった…
ダブル咲きは頻繁というわけではないがしばしば発見されるようだ…

シェイクスピア『真夏の夜の夢』で言及されるムスクローズ


グラハム・トーマスが言及しているように香り高いムスク・ローズはしばしば文学上で称賛されてきました。

シェイクスピアの戯曲『真夏の夜の夢/A Midsummer Night’s Dream』、第2幕、第1場で、妖精の王、オーベロンがいたずら小僧のパックへ、女王タイテーニアのまぶたへ”惚れ薬、恋の三色すみれ”を塗るよう指示する場面;

真夏の夜の夢/A Midsummer Night's Dream
Fuseli, Henry, 1741-1825, artist. Simon, John Peter, 1764?–c.1810, engraver., Public domain, via Wikimedia Commons

野生の匂い草が生えた場所があるだろう。/I know a bank where the wild thyme blows,
桜草が茂り、すみれがうなだれて咲く所だ。/Where oxlips and the nodding violet grows,
甘い香りのスイカズラや、甘いムスク・ローズと香りノイバラ(エグランティン)が天蓋のようにおおう、/Quite over canopied<br> with luscious woodbine, With sweet musk roses and with eglantine:
その場所で時々、夜、タイテーニアは眠っているんだ。/There sleeps Titania sometime of the night,

と描かれており、ムスク・ローズをシェイクスピアが香り高いバラとして挙げていることが広く知られています。
実際には、ムスク・ローズは戯曲の舞台であるアテネでは夏に開花することはないので、”シェイクスピアは詳しく知らなかったのだ”(Scanniello, S., “Climbing Roses”)とされたり、

“ロサ・アルヴェンシス/R. arvensisと間違えたのだ”(”Graham S. Thomas Rose Book”)といろいろ言われることになってしまいました。しかし、少なくとも、シェイクスピアの時代に香り高い花として知られていたことがわかります。