ヨーロッパでは、11世紀から知られているダマスクローズですが、古い時代からサマーダマスクと呼ばれる春一季咲きのものと、オータムダマスクという秋にも開花する二季咲きのものとがありました。このことは、『ダマスクローズ~古い由来の香りのバラ(~1600年代)』でも解説しましたので繰り返しになりますが、サマー(’一季咲き’)・ダマスクとオータムダマスクはゲノム解析の結果、まったく同じものだということが判明しています。
オータムダマスク(ロサ・ダマスケナ・ビフェラ;R. x damascena ‘Bifera’)‐1633年以前、春秋二季咲き

ダマスク・パーペチュアルの登場
18世紀に中国やインドからチャイナローズやティーローズがもたらされるまで、ヨーロッパではバラのほとんどは一季咲きでしたが、このオータムダマスクと白花を咲かせるランブラー、ムスクローズのみが秋にも開花するバラでした。
この返り咲きするオータムダマスクを交配親のひとつとして、新たな返り咲きするダマスクが育種されました。それらが、ダマスク・パーペチュアル(perpetual:‘返り咲き’)と呼ばれる品種群です。
香り高いピンクの大輪花を咲かせ、明るいつや消し葉、大小取り混ぜた鋭いトゲ、つぼみをおおう長い萼片など、ダマスクの性質を色濃く継いでいます。
ダッチェス・オブ・ポートランドから、以下年代順に主な品種をリストアップしました。
- ダッチェス・オブ・ポートランド(Duchess of Portland) – 1770年頃
- ロズ・デュ・ロワ(Rose du Roi) – 1812年
- ジュランド・ダラゴン(Yolande d’Aragon) – 1843年
- インディゴ(Indigo) – 1845年以前
- アルチュール・ド・サンサール(Arthur de Sansal) – 1855年
- マルブレ(Marbrée) – 1858年
ダマスク・パーペチュアルとポートランドローズ
ダマスク・パーペチュアル(返り咲きするダマスク)というクラス呼称は現在一般的になりましたが、実はこのクラスは長い間、ポートランドローズと呼ばれていました。ダッチェス・オブ・ポートランドという赤花品種があり、その品種がクラスの始まりと見なされていたからです。
ダッチェス・オブ・ポートランド(Duchess of Portland) – 1770年頃、返り咲き

中輪または大輪、25弁前後のダブル咲き、花色は赤。色変化も大きく、深いピンクになることもしばしば。
樹形は小ぶりなブッシュとなるなど、ガリカとダマスクの中間的な性質を示します。
花はうなだれることなく上向きに端正に開きますが、茂る葉に埋もれてしまうこともあります。この特徴はこの品種を元にして育種されたバラにしばしば見られることになり、このダマスク・パーペチュアルの特徴のひとつとなりました。
この品種は、イングランドのポートランド公爵夫人が保有していました。返り咲きする特徴に目を止めたフランスの園芸家デュポンが譲り受け、ダッチェス・オブ・ポートランド(Duchess of Portland;“ポートランド公爵夫人”)と命名して市場へ提供しました。1785年の頃と言われています。(”Classic Roses”, Peter Beales, 1997)
ハイブリッド・パーペチュアル(HP)とダマスク・パーペチュアルの類似
17世紀から18世紀にかけてはチャイナローズやティーローズが中国やインド経由でヨーロッパにもたらされ、バラの品種改良が飛躍的に発展した時代でした。
同時代には、ジャン・ラッフェイなどが中心となって、赤、ピンク、白の大輪花を繰り返し咲かせる、ハイブリッド・パーペチュアル(HP)が華々しく登場していました。
この様々な花色の大輪花を咲かせるバラ、ハイブリッド・パーペチュアル(HP)の性質はダマスク・パーペチュアルの特徴が似通っていることお気づきかもしれません。
そのため、これから解説する大輪、返り咲きするバラはHPとされたり、ダマスク・パーペチュアルとされたり所在が定まらないことが多くなってしまい。現在でもその混乱は続いています。
ロズ・デュ・ロワ(Rose du Roi) – 1812年、返り咲き

開花はじめはダーク・レッド。熟成すると、次第に色濃く染まり、クリムゾンへと変化します。
強いダマスク系の香り。
若枝には小さなトゲが密生してまるでモス・ローズのようですが、次第に剥落してトゲが目立たなくなります。90㎝から120㎝高さの小さくまとまるブッシュとなります。
ドイツのバラ研究家クルスマンはこの品種はデュセス・オブ・ポートランドとガリカのアポシカリー・ローズとの交配により生み出されたのではないかと考えているようです。
その説に従えば、この品種はダマスク・パーペチュアルにクラス分けされるべきかと思われますが、ピーター・ビールズやグラハム・トーマスなど別の研究家はHP(ハイブリッド・パーペチュアル)の最も初期の品種ではないかと解説しています。(”Classic Roses”, Peter Beals,1997, “Graham Stuart Thomas Rose Book”, 1994)
ジュランド・ダラゴン(Yolande d’Aragon) – 1843年、返り咲き

オールドローズとしては例外的な大輪、つぼ形の花形。ライラック・ピンクの花色は中心部が色濃く染まる、実に美しい品種です。
ダマスク系の強い香り。
大きな丸みのある、明るい葉緑。固めの枝ぶり、120cmから180cm高さの直立性のシュラブとなります。
1843年、フランスのJ.P ヴィベール(Jean-Pierre Vibert)が育種・公表しました。当時存在していたほとんどすべてクラスの品種を数多く育種し、”最も偉大な育種家”と称賛されるヴィベールですが、返り咲きするダマスク・パーペチュアルにも注目していました。
1830年、ヴィベールが発行したカタログに、園芸家でバラの育種も行っていたプレヴォ氏(Nicolas-Joseph Prevost)が育種したロズ・ド・トリアノン(Rose de Trianon)を載せています。ロズ・ド・トリアノンは返り咲きするダマスク、すなわちダマスク・パーペチュアルの初期の品種であったとされています。(すでに失われてしまい、今日、見ることはできません)
ジュランド・ダラゴン・ダラゴンの交配にはロズ・ド・トリアノンが用いられたのではないかと見られています。したがって、この品種はダマスク・パーペチュアルに属するものとして間違いないでしょう。
ヨランド(ジョランドとも)・ダラゴン(Yolande d’Aragon:1384-1442)は、フランスのアンジュ(Anjou:現在のMaine et Loire地方)の領主であったルイ2世夫人です。
インディゴ(Indigo) – 1845年以前、返り咲き

大輪、40弁を超える丸弁咲き。整ったダリアの花を少しくずしたような花形です。
モーヴ(藤色)、パープル、またはパープルの色合いが濃いクリムゾンなど、濃淡の変化が大きい花色。ときに、非常に深いヴァイオレットの凄みのある花色となることがあります。
ダマスク系の強い香り。
明るく、ほんの少しちぢみこんだようなつや消し葉、小さなトゲが密集した、細いけれど、しっかりした枝ぶりの中型のシュラブとなります。
1845年ころ、フランスのJ. ラッフェイ(Jean Laffay)が育種・公表しました。交配親は不明です。
ラッフェイはHPの生みの親として知られています。この由来不明の品種も、ダマスク・パーペチュアルとされたりHPとされたり帰属がままなりません。
濃い葉色、滑らかな茎の表皮や枝ぶりなどの特徴があり、個人的にはHPとしたほうがいいのではないかと感じています。
インディゴは古代から使用されていた染料です。 命名の由来はこの、”インディゴ(”インド藍)”にあるものと思われます。
アルチュール・ド・サンサール(Arthur de Sansal) – 1855年、返り咲き

大輪、丸弁咲きとなることが多く、また、花芯に緑芽が出ることもあります。
開き始めはクリムゾン、次第に青みが加わり、熟成すると深いパープルの花色となります。 広い、明るい葉緑、細いけれど固めの枝ぶりのシュラブ。
1855年以前にフランスのスピオン・コシェ(Scipion Cochet)により育種・公表されたというのが通説です。
ミディアム・レッドのHP、ジェアン・ド・バタイユ(Géant des Batailles:’戦闘の巨人’)の実生から生じたといわれています。
由来から言えば、HPにクラス分けされるべきかと思いますし、実際にそうしている研究者もありますが、明るい葉色、トゲの付きぐあい、萼片のかたちなどから、ダマスク・パーペチュアルにクラス分けされることが多い品種です。
デスプレ・フルール・ジョンヌの育種で名高い、デスプレの義理の息子で、熱心なロザリアンであった、アルチュール・ド・サンサールにささげられた品種です。(“The Old Rose Advisor”, Brent C. Dickerson, 1992)
マルブレ(Marbrée) – 1858年、返り咲き

中輪または大輪、40弁ほどのダブル咲き。花色はレッド・ブレンドとして登録されていますが、深みのあるピンクとなることが多いように思います。また、花弁に白い班が入ることが多く、微妙な色合いとなります。
1858年、フランスのロベール・エ・モロー(Robert et Moreau)により育種・公表されました。交配親は不明です。
品種名マルブレは“大理石のような班模様”(フランス語)のことですので、そのものズバリです。