ロサ・アルヴェンシス(Rosa arvensis)
タイトルのエアシャー・ローズは実は原種交雑種で、元となった原種のひとつがロサ・アルヴェンシス(R. arvensis)です。

5cmから7cm径、シングル、平咲きとなる花形。開花時、花数は多いものの房咲きとなることはあまりありません。
強い香り。
明るい色合いのつや消し葉。フック気味の鋭いトゲ。比較的柔らかな枝ぶり、旺盛に枝を伸ばし500㎝を超える大型のランブラーとなります。
自生地はスペイン、スカンジナビアを除くヨーロッパ全域。英国南部イングランドでは見ることができますが、北部のスコットランドなどではほとんど見ることができないようです。
品種名の由来など
学名アルベンシス(arvensis)は“原野(ラテン語)”の意。草地でよく見られることから。英国ではフィールド・ローズと呼ばれています。
1762年、英国のウィリアム・ハドソン(William Hudson )により品種登録されました。
シェイクスピア作の喜劇『真夏の夜の夢』第4幕、第一場。夫である妖精の王オベロンの策謀によってロバ頭のボトムに恋するようになってしまった妖精の女王タイテーニアはボトムに声掛けます…

ねぇ、ここへ来て、花のベッドに腰掛けてね/Come, sit thee down upon this flow’ry bed,
あなたの愛らしい頬をなで/While I thy amiable cheeks do coy,
あなたのつややかな髪に麝香バラを挿して/And stick muskroses in thy sleek smooth head,
あなたの美しく大きな耳にキスする、それってわたしの喜びよ/And kiss thy fair large ears, my gentle joy
シェイクスピアが“麝香バラ(muskrose)”と呼んでいるバラは実際にはこのロサ・アルヴェンシスであっただろうというのがおおかたの研究者たちの解釈です。
エアシャー・ローズ(Eyrshire Rose)
アルヴェンシスの自然交配種と思われる変種で、白にわずかに淡いピンクが入る、セミ・ダブルとなる花形となるバラがあります。それがエアシャー・ローズです。
どのような経緯かあったのかよく分かっていないのですが、ヨーロッパ原産のロサ・アルヴェンシスと北米に自生する原種ロサ・セティゲラ(Rosa setigera)との交配種が18世紀中ごろから英国スコットランドのエアシャーなどで育種されるようになり、エアシャー・ローズという商品名で市場へ出されるようになりました。
ロサ・セティゲラ(R. setigera)

エアシャー・ローズの元親のひとつがロサ・セティゲラでした。
7cm前後の中輪、シングル・平咲きとなる花形。
花色はストロング・ピンク。甘い、濃密な香り。
幅、高さとも180㎝から250㎝、ボリュームのあるシュラブとなります。
北米大陸東部、北はカナダ、オンタリオ州から米国フロリダ州までロッキー山脈から東部一帯の主に草原に自生しています。
中輪または大輪、白あるいは淡いピンクに花開く大型のランブラー。これがエアシャー・ローズの特徴です。やがて、エアシャー・ローズを交配親とするランブラーが生み出されてゆき新たなクラスとなってゆきました。
このランブラー・グループは由来からするとアルヴェンシス系と呼ぶべきなのかもしれませんが、実際には、選別種として人気を博したエアシャー・スプレンデンスなどを交配親としていることが多いため、エアシャー・ローズと呼ばれるようになりました。
エアシャー・スプレンデンス(Ayrshire Splendens))
エアシャー・スプレンデンスは1837年ころ出回るようになりました。

5㎝から7㎝径、25弁ほどのダブル咲き。房咲きとなる淡いピンクの花。500㎝高さを超える大型のランブラーとなります。
元品種のエアシャー・ローズは香りについてはとり立てて特徴的なものではありませんでした。しかし、スプレンデンスは別名、ミルラ香バラ(Myrrh scented Rose)と呼ばれている、ほかにあまり例のない香りがすることで知られています。
別名、同一品種?~エアーシャー・クィーン(Ayrshire Queen)
じつは中輪、ダブル咲き、淡いピンクの花が房咲きとなるエアーシャー・クィーン(Ayrshire Queen)という品種があります。

この品種は1835年に英国のトーマス・リヴァース(Thomas Rivers)が自著『ローズ・アマチュアズ・ガイド(Rose Amateur’s Guide)』のなかで、「わたしが1835年に育種した」と記述しています。
さらにリヴァースは「エアーシャー・クィーンはエアーシャーとしては唯一濃色のもので、ブラッシュ・エアーシャーと(パープルのガリカ)トスカニーと交配して育種したものです」と解説しています。
しかし、現在流通しているエアーシャー・クィーンの花色は淡いピンクです。トスカニーのパープルを引き継いだ濃色花の品種はすでに失われてしまい、現在流通しているものはおそらくエアーシャー・スプレンデンスとそのものが別名で流通しているのだろうとされています。
ミルラ香~イングリッシュローズに再現された香り
スプレンデンスはバラの香りとしては珍しいミルラ香がすることに触れましたが、ミルラ香のバラは、このスプレンデンスの他、 “忘れられた”育種家パルメンティエが残したダマスクのベル・イジス(Belle Isis;1848年以前)、1950年頃、“お転婆”ナンシーによって発見されたとされるベル・アムール(Belle Amour)などにしか見いだせない、非常に限定的ものでした。
イングリッシュ・ローズの生みの親デビッド・オースチン氏はこのうち、ベル・イジスを交配親として、 ミルラ香の新品種を生み出してゆきました。
オースチン氏は著作『デビッド・オースチンのイングリッシュ・ローズ(David Austin’s English Roses)』(2005)のなかでつぎのように語っています。
イングリッシュ・ローズの早い時期の交配種のほとんどは特徴的なスパイシーな香り、ときにミルラ香と記述される香りをもっていた…どうしてこの香りがもたらされたのかはミステリアスだが、初期の基本種のひとつである(おそらくスプレンデンスの血を引く)ベル・イジスこそが唯一の答えだと言いたい。最初のイングリッシュ・ローズ、コンスタンス・スプライは色濃くこの特徴的な香りをそなえていた。

ミルラ香をもつコンスタンス・スプライが交配親となり、その後、チョーサー、ザ・ワイフ・オブ・バースなどのERに強いミルラ香をもたらすこととなりました。今日でも多くのER品種にミルラ香が伝えられ、さらにERを交配親として他のナーサリーが育種した品種にもこのミルラ香がバラの香りのひとつとして確立してゆくことになりました。
エアシャー・ローズにクラス分けされるランブラーをいくつかご紹介してゆきましょう。
カプレオラータ・ルーガ/ティーセンティッド・エアーシャー(Capreolata Ruga/Tea scented Ayrshire)


7cmから9cm径、ダブル咲き。白または淡いピンクとなる花色。
ときに600㎝高さを越えるといわれる大型のランブラーです。
品種名等の由来
植物学者のジョン・リンドレー(John Lindley)が1830年に刊行した園芸年誌”Edwards’s Botanical Register vol. 16”のなかで紹介したのが初出です。
リンドレーは、この品種が、ジョセフ・クレア(Joseph Clare)氏の紹介によること、イタリア由来であること、観察した印象ではチャイナローズと似通った性質があることなどを述べています。
今日でも”カレオプラータ・ルーガ”という品種が出回っていますが、1830年に紹介された品種とは違うものではないかと考えられているようです。
ダンディー・ランブラー(Dundee Rambler)

7cmから9㎝径、ダブル咲き、淡いピンクに色づいていた蕾は開花すると純白となります。豪華な房咲き、500㎝高さを越えるランブラーとなります。
品種名等の由来
英国スコットランドのダンディーにナーサリーを構えていたD.マーチン(D. Martin)が育種しました。1836年ころには知られていたとのことですので、育種年はそれ以前、エアシャー・ローズとしては比較的初期に育種されたものです。
種親にロサ・アルヴェンシス、花形や樹勢の様子から、花粉親にノワゼット(詳細不明)が用いられたのではないかと考えられています。
著名なバラ研究家であったトーマス・リヴァース(Thomas Rivers)は1840年版の著作『ローズ・アマチュアズ・ガイド(The Rose Amateur’s Guide)』のなかで、その美しさを賞賛しています。
ダンディー ランブラーは、エアシャー ローズ系で最も多弁で、最も優れた品種の ひとつだ。ノワゼットによく似た豪華な房咲きとなる、ほんとうに魅力的な品種だ。
今日、あまり顧みられることが少なくなってしまったのが不思議に感じられる美しい品種です。
ベネッツ・シードリング(Bennet’s Seedling)

3cm径ほどの小輪、5弁から12弁、シングルまたはセミ・ダブルの平咲きの花がひしめきあうような房咲きとなります。
つぼみは淡いピンク、開花すると純白となります。
ムスク系の香りがするという記述をみかけますが、ほんとうのところはどうでしょうか。
350cmから500cm高さのランブラーとなります。
品種名等の由来
エアーシャー・ローズの総括的な解説ではもっとも早いものかと思われる、トーマス・リヴァース(Thomas Rivers)は著作『ローズ・アマチュアズ・ガイド(The Rose Amateur’s Guide)』(1837版)で、次のように解説しています。
(英国)ノッティンガム州のベネットという名の庭師が、茨の中に生えているのを発見した新種だ。非常に美しい八重咲きで、香りのよいバラと言われている。
ヴェヌスタ・ペンデューラ(Venusta Pendula)

7cmから9cm径、15弁前後、セミ・ダブルまたはダブル、丸弁咲きまたは平咲きの花が競い合うように群れ咲く、房咲きとなります。
つぼみは淡いピンクに色づいていますが、開花すると白となります。開花当初はわずかにピンクが残ることもあります。つぼみがピンク、花がホワイトということから、全体としては淡いピンクのグラデーションになるという印象を受けます。
香りはわずか。
350cmから500cm高さのランブラーとなります。
品種名等の由来
1873年ころには知られていた品種のようです。ロサ・アルヴェンシスまたはエアシャー・ローズの特徴をそなえているので、いずれかの品種が交配に用いられたことは明白ですが、詳細は不明のままです。1928年にドイツ、コルデス社が改めて市場へ紹介してから出回るようになりました。
ヴェヌスタ・ペンデューラとは、”可愛いランブラー”という意味(ラテン語)です。
品種の特定の混乱
上でご紹介したカプレオラータ・ルーガについて、現在出回っている株はオリジナルとは違うものではないかという疑問があると解説しましたが、現在流通しているふたつの品種、カプレオラータ・ルーガとこのヴェヌスタ・ペンデューラは実際には同じものではないかと言われています。
エンヘン・フォン・タラウ(Ännchen von Tharau)

果実のように固く結んでいた蕾は少しづつふくらみ、7cmから9cm径、整ったカップ型の大輪花となります。花色はわずかにピンクがかった白。熟成すると花弁は乱れ、やがてハラハラと散ってゆきます。300㎝から400㎝高さのランブラーとなります。
灰色がかった緑のつや消し葉と白花とのコントラストは、清楚でありながら、同時に妖しいほど魅惑的です。開花の最盛期に出会うことができれば、白花ランブラーの美しさの極みを満喫する喜びを感じることができるでしょう。
品種名等の由来
1885年以前にハンガリーのR.ゲシュヴィント(Rudolf Geschwind)により育種されました。アルバとエアシャー・ローズまたはロサ・アルヴェンシスの交配によるとされることが多いのですが、詳細は分かっていません。
ノイバラ系のランブラーにクラス分けされたり、大輪花であることからアルバとされたり、樹形からエアシャー・ローズ(アルヴェンシス)とされるなど所属するクラスが揺れています。
エンヘン・フォン・タラウは、タラウ(現在のロシア領‐本土からの飛び地、カリーニングラード州)の司祭の娘、アンナ・ネアンデルに捧げられた民謡とのことです。
歌詞は 1634 年に、彼女への求婚を拒絶された青年ヨハン・フォン・クリングスポルンを話種にしてサイモン・ダッハによって綴られた詩が元になっているとのことです。元はドイツ語ですが、『ハイアワサの歌』などで名高いアメリカの詩人H. W. ロングフェロー(Henry Wadsworth Longfellow)の翻訳もよく知られています。以下はロングフェローからの重訳(Google翻訳、一部修正)の冒頭です。
タラウのアニー、昔からの愛しい恋人よ、/Annie of Tharaw, my true love of old,
彼女はわたしの命、財産、黄金。/She is my life, and my goods, and my gold.
タラウのアニー、彼女はもう一度/Annie of Tharaw her heart once again
喜びと苦しみの中でわたしに心を捧げた。/To me has surrendered in joy and in pain.
タラウのアニー、わたしの富、わたしの善よ、/Annie of Tharaw, my riches, my good,
おお、あなた、わたしの魂、わたしの肉、そしてわたしのたぎる血よ!/Thou, O my soul, my flesh, and my blood!
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