バラ、特にオールドローズが好きで名前の由来や育種の経緯などを調べています。
宿根草や葉色が美しい草花や灌木などをアレンジしたバラ咲く庭を愛でるのも長年の夢です。

原種系ランブラー~セティゲラ、フィリペス、ソウリエアナ

シェヴィー・チェイス(Chevy Chase)

ランブラーはノイバラ、照葉ノイバラなどを中心に六つの系統に分類できると思っています。
今までそれぞれの系統ごとに品種を解説してきました。今回はセティゲラフィリペスソウリエアナ系のランブラーをご紹介します。小さな寄せ集めのようなグループですが、庭を飾る美しいランブラーがいくつか残されています。

ロサ・セティゲラ(R. setigera)

‘Rosa setigera’

5cmから7cm径の中輪、シングル・平咲きとなる花形。
花色はストロング・ピンク。花弁基部は白く色抜けするので花芯に薄いピンクが出て優雅な色合いとなります。開花時期は遅めで晩春から初夏にかけてです。
甘い、濃密な香り。ムスク系の香りだとする解説もありますが実際には変化があるように思います。
縁のノコ目が強くでる大き目のつや消し葉、山吹の葉に似ていると感じるのはわたしだけでしょうか。太めで直線的に伸びる枝、枝の太さに不釣り合いに感じる小さなトゲ。幅、高さとも180㎝から250㎝、ボリュームのあるシュラブとなります。

品種名の由来など

1785年、植物採集のため北米大陸に渡ったフランスの植物学者アンドレ・ミショー(André Michaux:1746-1802)により発見されました。(公表は1810年)
“セティゲラ(setigera)”は「剛毛のある」の意のラテン語。品種名は結実した種の表皮に生ずる剛毛にちなんでいます。

北米大陸東部、北はカナダ、オンタリオ州から米国フロリダ州までロッキー山脈から東部一帯の主に草原に自生しています。バラ科の中で唯一雌雄異体であることで知られています(雄株は開花しますが結実しません)

乾燥にも良く耐える強健さからプレーリー・ローズとも呼ばれますが、特徴のある3枚葉がキイチゴと似ているころから、キイチゴ葉バラ(Bramble leaved Rose)と呼ばれることも多い原種です。

セティゲラは耐寒性、耐暑性ともにそなえた健常さからじょうぶな品種つくる交配親として用いられてきました。
異彩を放つハンガリーの育種家ゲシュヴィントが耐寒性のある品種育種をめざしてさかんに利用したことでも知られていますが、ゲシュヴィントがめざしたのは大輪、深いピンク、紫などの濃色のシュラブやクライマーの育種でした。
そのことからクライマーまたはシュラブにクラス分けされることが多いセティゲラ交配種ですが、なかにランブラーとするべきたおやかな枝ぶりとなる品種があります。

ボルチモア・ベル(Baltimore Belle)

’Baltimore Belle’ Photo/AquaEyes [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

3cmから7㎝径、カップ型、30弁前後、小さな花弁が密集し、花芯に近い花弁は内側へ湾曲する美しい花形です。春、枝がしなだれるほどの房咲きとなります。
色濃いピンクのツボミは開花すると、淡いピンク、退色してほとんど白となることも多い花色です。
幅広の大きめの葉、細めで柔らかな枝ぶり、350cmから500cmほど枝を伸ばす、高性のランブラーとなります。

品種名の由来など

1843年、アメリカのS. フィースト(Samuel Feast)により育種・公表されました。
ロサ・セティゲラとガリカ・クラスまたはノワゼット・クラスのいずれかの品種との交配により生み出されたとみなされていますが、詳細は不明です。

“Baltimore Belle”とは「麗しのボルモチア」といった意です。米国東部、ワシントンDCとフィラデルフィアの間にある都市、フィーストの農場が所在していたボルチモアにちなんだ命名だと思われます。
フィーストはこのロサ・セティゲラを交配親とするランブラーの育種に力を注ぎました。
プレーリーの名を含む、クィーン・オブ・プレーリー、キング・オブ・プレイリーなど、すぐれたランブラーもフィーストが作出した品種です。いずれも耐寒性、耐病性のあるロサ・セティゲラの性質を受け継いだ、優れた品種です。

ロング・ジョン・シルバー(Long John Silver)

‘Long John Silver’ Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via Rose-Biblio]

7cmから9㎝径の中輪、70弁を超えるようなカップ型、ロゼッタ咲きの花形、春、競い咲き、10輪を超えるような豪華な房咲きとなります。
シルバリー・ホワイト、輝くような純白の花色。
強い香り。
多少とがり気味、深い色の、つや消し葉。500cmから600cm高さへ達します。枝は固めで、クライマーともランブラーともいえる中間的な性質を示しますが、全体的な印象からランブラーにカテゴライズすることにしました。

品種名の由来など

1934年、アメリカのホM.H. ホーヴァス(Michael H. Horvath)が育種・公表しました。
種親:ロサ・セティゲラの実生種(無名)
花粉:フランスのペルネ=ドウシェが育種したディープ・イエローのクライマー、サンバースト(Sunburst)

スティーブンソンの名作『宝島』に登場する海賊ロング・ジョン・シルバーにちなんで命名されたのではないかと思います。

Illustration/ Newell Convers Wyeth [Public Domain via Wikimedia Commons]

ジョン・シルバーは、かつて悪名高い海賊フリートの元で操舵手でした。
ジョンは、凶悪な、しかし、頭脳明晰でずるがしこくもある謎を秘めた人物です。その強烈なキャラクターは後、多くの小説に大きな影響を与えました。
物語の中で、シルバーは、主人公のジム・ホーキンスを助け冒険を重ね、とうとう宝を手に入れますが…。

アルカタ・ピンク・グローブ(Arcata Pink Globe)

‘Arcata Pink Globe’ Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via Rose-Biblio]

3cmから7cm径の中輪、40弁ほどのルーズなカップ型となる花形。
淡いピンクとなるさわやかな印象の花色、濃厚な香りにも恵まれています。
たまご形のつや消し葉、株丈、株幅とも500cmにおよぶ大型のランブラーとなります。
遅咲き品種として知られています。

品種名の由来など

21世紀になってから知られるようになったいわゆる”ファンド・ローズ”です。アメリカ、カリフォルニア州のアルカータで発見されたことから「アルカータの丸型ピンク」と命名されたようです。

花色、花形などから当初はノワゼットにクラス分けされていたようですが、500cm高さに達するなど大株になることからセティゲラ交配種とされることが多くなりました。
セティゲラとノワゼットの自然交配により生じたと考えられています。

モザー・ハウス・シェード・ローズ(Moser House Shed Rose)~アルカタ・ピンク・グローブと同じ品種?

‘Moser House Shed Rose’ Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via Rose-Biblio]

モーザー・ハウザー・シェッド・ローズは、カリフォルニアのゴールドカントリー(カラベラス郡)にある歴史的な邸宅、モーザー邸で発見された”ファンド・ローズ”のひとつです。
同地に80年以上前から植栽されていたとされていますが、上述のある方・ピンク・グローブとよく似ていることから、同じ品種ではないかという見解もあるようです。

ロサ・フィリペス・キフツゲート(Rosa filipes ‘Kiftsgate’)

‘ロサ・フィリペス・キフツゲート(R. filipes ‘Kiftsgate’ )’ Photo/ Geolina163 [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

3cm径ほどのシングル咲きの花が、ときにサッカー・ボールの大きさを超えるような巨大な房咲きとなります。
花色は白、花芯のオシベがイエローのポイントとなり、開花時、株全体は淡いイエローに染まっているという印象を受けます。
甘い強い香り。

縁のノコ目があまり目立たない、とがり気味の小葉、明るい色合いの半照り葉。紅茶褐色の枝には多くはないものの大きなトゲがあります。
細く柔らかな枝ぶり、旺盛にシュートが発生し、枝を伸ばし、500㎝を超え、時に10mを超える大型のランブラーとなります。

品種名の由来など

ロサ・フィリペスは中国四川省や甘粛省など中国西部から北西部に自生する原種です。

1908年、E.H. ウィルソン(E. H. Wilson)により発見され、1915年、フォン・レーゲル(Eduard August von Regel)により新種として公表されました。品種名はfilum(糸) + pēs (足)から、細い枝が密生することから命名されたようです。(”Graham Stuart Thomas Rose Book”)

‘Kiftsgate Court’ Photo/Jason Ballard [CC BY SA-2.0 via Wikimedia Commons]

特にキフツゲート(Kiftsgate)と名づけられることが多いのは、英国ロンドン北西部、グロスターシャー州に所在するキフツゲート・コート(Kiftsgate Court)の庭園に植栽されている株からの枝接ぎによって生産されたものを指しています。現在数株ほどあるこれらの株はロサ・フィリペスのクローンであるとも、あるいは枝変わりであるとも言われています。そのうちの1株は高さ20mに達し、英国で最大のバラとして知られています。

実はこの株は1937年、”Old Garden Roses”というバラ研究書で名高いE.U. バンヤード(E.U. Bunyard,)が運営する農場からムスク・ローズであるとして購入されたものです。しかし、やがて実際にはムスク・ローズではないことが明らかになりました。
1951年、グラハム・トーマスにより、ロサ・フィリペス(R. filipes)であると同定されました。

ロサ・ソウリエアーナ(Rosa soulieana)

‘ロサ・ソウリエアーナ(Rosa soulieana)’ Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via Rose-Biblio]

3cm径ほどのシングル、平型の花形。最盛期には株全体を覆うような咲き方になりますが、房咲きとなることは少ないようです。
花色は白または淡いクリーム色、花芯の黄色と混ざり合い、全体的な印象としては少し濁りきみの淡いクリーム色となるようです。
個体差があるようですが、葉色が灰緑色になることが知られています。
200cmから350cm高さにまで生育しますが、長く伸びた枝はアーチングするものの固めの枝ぶりとなることが多く、シュラブ、クライマー、またランブラーともいえる中間的な樹形となります。

品種名の由来など

中国四川省に滞在していたフランスのジャン・アンドレ・スリエ神父( Father Jean André Soulié)が発見しました。1895年以前のことだと言われています。品種名soulieanaは発見者スリエ(Soulié)神父にちなんだものです。

キュー・ランブラー(Kew Rambler)

‘キュー・ランブラー(Kew Rambler)’

3cm径ほどの、シングル・平咲きの花が重なりあうように房咲きとなります。
花色はソフト・ピンク。中心に白い目ができます。
香りはありません。(無香)
500cm高さを超えるなど、旺盛に枝を伸ばすつる性の品種です。この品種もアーチやオベリスクでは、誘引に苦労するかもしれません。フェンスなどで横に這わせたり、パーゴラへ誘引する仕立てに向いています。

葡萄の房のような塊となる房咲きの花がみごとです。交配親と見られているソウリエアーナから受け継いだ灰青色の葉色も際立った特徴です。そのため、バラ愛好家に愛でられるだけでなく、多くのガーデン・デザイナーによって利用され、野趣に富んだ庭作りに盛んに利用されています。

品種名の由来など

ソウリエアーナと赤花のウィックラーナ(照葉ノイバラ)・ランブラー、ハイアワサ(Hiawatha)との交配により1913年頃育種されたと見なされています。
ロンドン西部の広大な庭園、キュー・ガーデンで育種された品種として世に知られていますがブリーダーの個人名は不明です。

‘Kew Garden’ Photo/Mike Peel [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

キュー・ガーデンは18世紀に設立された英国王立植物園です。世界中でもうここにしかないという株も少なくない世界的な植物のコレクションで有名です。
現在は130ヘクタール(東京ドーム100個分)という広大な広さがあり、とても1回の訪問では見学が終らないほどです。2003年には世界遺産に登録されました。

シェヴィ・チェイス(Chevy Chase)

‘シェヴィ・チェイス(Chevy Chase)’

3cmから7cm径、ダブル、丸弁咲きの花、数輪ほどの”連れ”咲きになります。
深い、しかし落ち着いた印象を受けるダーク・レッドの花色。クリムゾンのランブラーはクリムゾン・シャワーなどピンクの色合いを含む花色が多いのですが、このシェヴィ・チェイスは”赤”と呼ぶにふさわしい色です。
ティー・ローズ系の強い香りがします。
春一季咲きの品種ですが、それだからこそ春のいっせいの開花が一段と見事に感じられます。
細めだが比較的大きな、明るい色調のつや消し葉、350cmから500cmほどまで伸びる、細めの枝ぶりのランブラーです。

品種名の由来など

1939年、米国のN.J. ハンセン(N.J. Hansen)により育種・公表されました。米国、ワシントンDCの郊外にある小さな町、シェヴィ・チェイスにちなんで命名されました。
ソウリエアーナ と赤いポリアンサ、エブルイソン(Éblouissant )との交配により生み出されました。樹形はロサ・ソウリエアナから、花色はエブルイソンから受け継いだという印象を受けます。