pub-1741325905445363

バラ、特にオールドローズが好きで名前の由来や育種の経緯などを調べています。
宿根草や葉色が美しい草花や灌木などをアレンジしたバラ咲く庭を愛でるのも長年の夢です。

バラの物語~トマス・ハーディ

英国のデヴィッド・C・H・オースティン (David Charles Henshaw Austin:1926-2018)は1961年、ピンクの香り高いクライマー、コンスタンス・スプライ(Constance Spry)を育種・公表しました。
彼はオールドローズの美しい花形とモダンローズの返り咲きする性質と変化に富む花色を合わせ持つバラを育種したいと長年夢見ていて、コンスタンス・スプライがその夢の実現の第一歩となりました。
オースチンはコンスタンス・スプライにつづき、多くの美しい品種を生み出してゆくことになります。

Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via RoseBiblio]

彼は文学への造詣が深いことでも知られていて、カンタベリー物語、シェイクスピアの悲喜劇、あるいはトマス・ハーディの小説などに登場する人物にちなんだ品種を多く育種・公開しています。
ここでは、トマス・ハーディの小説に登場する人物にちなんで彼と彼の後継者が育種・公表した品種をいくつかご紹介します。

ガブリエル・オーク(Gabriel Oak)とバスシーバ(Bathsheba

Images courtesy of David Austin Roses

9cmから11cm径、40弁を超えるロゼッタ咲き。ディープ・ピンク、深く澄んだ、それゆえに深い印象を受ける花色です。
濃厚でフルーティな香り。
パープリッシュで深い色合いの枝、丸みのある葉との組み合わせも優雅です。
120cmから150cm高さの細めながら固い枝ぶりとなるシュラブとなります。

Images courtesy of David Austin Roses

9cmから11cm径、40弁を超える小さな花弁が密集するカップ型の花。アプリコットとなる花色、外縁部は淡く色抜けします。
ミルラ系の中香。
卵形に整ったマット葉、たおやかな枝ぶり、250cmから350cm高さのクライマーとなります。

育種者、命名の由来など

ふたつの品種とも、2019年、デヴィッド・オースチン農場より育種・公表されました。種親、花粉親とも育種向けの選別種が使われたとのことで交配親の詳細はあきらかにされていません。

トマス・ハーディの小説『遥か群衆を離れて(Far from the Madding Crowd)』(1874)に登場する実直な牧夫ガブリエル・オークと、彼がいちずに愛するヒロイン、バスシーバ・エバディーにちなんで命名されました。

トマス・ハーディ『遥か群衆を離れて』

こんな物語です。

舞台は19世紀の英国、丘陵がうねるように広がる西部ドーセット。農家の娘バスシーバ・エバディーンは美しく、聡明で自立心の強い女性です。
実直な羊飼いガブリエル・オークは彼女に恋するようになり、求婚するも拒絶されてしまいます。

事故により全財産を失ったガブリエルはバスシーバの農場で牧夫として働くことになり農場を支えることとなります。一方、自立心の強い彼女は裕福な地主ウィリアム・ボールドウッドと戯れに恋の駆け引きをしたり、騎兵のフランク・トロイと関係を深めたりと奔放な生活を送ります。
彼女をめぐって軋轢を深めるボールドウッドとトロイ。それは恐るべき結末を迎えます。
農場を去ると告げるガブリエルの言葉にバスシーバは動揺し、ガブリエルがいかに彼女にとって大切な存在であったかを悟ります…

2015年公開の映画『遥か群衆を離れて』はドーセットの美しい田園を背景にバスシーバをキャリー・マリガンが、ガブリエルをマティアス・スーナールツが演じました。

個人的には、狂おしいほどに愛を求めながらもぎりぎりに自制し苦悩する富裕な農場主ボールドウッドへ深く共感しました。
オースチン農場が、ボールドウッドにちなんで単独咲きの巨大輪となる黒バラを育種・公表してもらえたらと思いました。

ユーステイシア・ヴァイ(Eustacia Vye

Images courtesy of David Austin Roses

9cmから11cm径、40弁を超えるロゼッタ咲き、または丸弁咲き。ミディアム・ピンクとなったりアプリコットが色濃く出たりと変化の大きい花色、花弁外縁が色抜けしてグラデーション効果が出ることもあります。
フルーティな強い香り。
丸みを帯びた半照り葉はとても美しく、この品種の利点のひとつかと思います。120cmから150cm高さの比較的固い、直立性のある枝ぶりとなります。

育種者、命名の由来など

2019年、デヴィッド・オースチン農場より育種・公表されました。種親、花粉親とも育種向けの選別種が使われたとのことで交配親の詳細はあきらかにされていません。

トマス・ハーディの小説『帰郷(The Return of the Native)』(1878)のヒロイン、ユーステイシア・ヴァイにちなんで命名されました。

トマス・ハーディ『帰郷』

こんな物語です。

舞台は19世紀、針エニシダが鬱蒼と茂るエグドン・ヒース(ハーディが創作した架空の地名)。

Photo/Jim Champion [CC BY SA-2.0 via Wikimedia Commons]


クリム・ヨーブライトは宝石商として成功していたものの見切りをつけて帰郷します。そこで出会うのが妖しいまでに魅力的なユーステイシア・ヴァイでした。クリムは母の反対を押し切ってユーステイシアと結婚しますが、彼女には以前からワイルディーブという愛人がいました…

物語は、ガイ・ホークスの夜(註)、村人たちが焚火を囲み唄い踊っている場所にレッデルマン(reddleman:紅穀屋と呼ばれる羊に印をつける染料を売り歩く)のディゴリー・ヴェンの馬車がやってくるところから始まります。焚火の炎がゆらめくなか染料の紅色に染まったディゴリーが顔を出すなど異世界を感じさせる設定に惹かれます。

クリム、母ヨーブライト夫人、ユーステイシア、彼女の不倫相手ワイルディーヴ、クリムの従妹でその妻となるトマシンらのいさかい、密通、駆け落ちなどの事件が続いた末、ついに翌年のガイ・ホークスの夜、大団円をむかえます。

(註:11月5日は英国では”ガイフォークスの夜”と呼ばれている。狂信的なカトリック信者であったガイ・フォークス/Guy Fawkes)が1605年、国会議事堂の爆破を試みたものの失敗に帰した事件があり、その未遂を祝って新教徒であるイングランド人が花火を上げたり焚火を囲って踊るという風習が定着したもの)

メイヤー・オブ・カスターブリッジ(Mayor of Casterbridge)

11㎝から13㎝径、40弁を超えるフォーマルなカップ型、ロゼッタ咲きの花形となります。
花色は、明るいラベンダー・シェイド気味のライト・ピンク。花数があまり多くないのが欠点と言えるかもしれませんが、この花色は明るいピンクの花々のなかに置くと控えめながら人目を引妖しさがあるように思います。
軽い香り。(中香)
幅広で大き目の半照り葉。比較的柔らかな枝ぶり、120cmから180cm高さのシュラブとなります。直立しがちな枝ぶりなのでピラー仕立てなどに向いた樹形です。

育種者、命名の由来など

1997年、デービッド・オースチン農場より育種・公表されました。種親にバフ(渋みのあるアプリコット)のチャールズ・オースチン(Charles Austin)が使われたとのことですが花粉親は不明のままです。

トマス・ハーディ小説『メイヤー・オブ・カスターブリッジ(Mayer of Casterbridge;“カスター・ブリッジの市長”)』(1886)にちなんで命名されました。

トマス・ハーディ『メイヤー・オブ・カスターブリッジ』

こんな物語です。

カスターブリッジの市長に昇りつめたマイケル・ヘンチャードは、妻子をともなって放浪した末、金銭欲しさに妻子を競売にかけたという忌まわしい過去をかかえています。
しかし、順調であった彼の地位も傲慢な性格が災いし、富も名声も、そして愛する者にも見放されて零落してゆくこととなりました。
ヘンチャードは、
「死を娘に告げるな、墓に花を添えるな、誰も俺のことを覚えていてはいけない」
と悲痛な遺書を残して自殺してしまいます。

苛烈な運命に苦闘する主人公の猛々しさは、ソフォクレスの『オイディプス』、シェークスピアの『リア王』などと並べられて論じられることもあります。
カスター・ブリッジのモデルとなったドーセットを訪れる機会があったら、ハイ・ストリートにあるキングス・アームズ・ホテルに立ち寄り、主人公マイケル・ヘンチャードを偲びたいと思います。

Photo/Jaggery [CC BY SA-2.0 via Wikimedia Commons]

小説のなかで市長となったヘンチャードが市の有力者と社交を重ねたホール(“カスターブリッジの間”)のモデルもあるそうです

テス・オブ・ザ・ダーバヴィル(Tess of the d’Urbervilles)

11cmから13cm径、35弁ほどの丸弁咲きの花形となります。
花色はパープル・シェイド気味のダーク・レッド。
軽く香ります。
幅広で大きな照り葉。250㎝から350㎝高さのしなやかな枝ぶりのクライマーとなります。枝は大輪 の花を支えかねうつむきかげんに開花することが多いようです。クライマーとして、また、大きめのシュラブとしても扱える品種です。

育種者、命名の由来など

1998年、デービッド・オースチン農場より育種・公表されました。クリムゾンのイングリシュ・ローズ、ザ・スクワイア(The Squire)を種親にしたとされていますが、花粉親は不明のままです。

トマス・ハーディが1886年に刊行した小説『テス・オブ・ザ・ダーバヴィル(Tess of the d’Urbervilles;”ダーバヴィル家のテス”)』にちなんで命名されました。

トマス・ハーディ『テス・オブ・ザ・ダーバヴィル』

こんな物語です。

英国ドーセットをモデルとして名づけられた架空の地名ウェセックスの美しい自然を背景に、美貌ゆえに、災いにあい不幸にさいなまれるテスの運命が 、著者の愛惜の筆によって叙事詩のように語られます。

テスの元の愛人アレックは、貧窮する家族への援助をえさにテスに執拗に言い寄ります。テスは僻地にいる夫エンジェル・クレアに
「あなたがいなければ、わたしは死んでしまう!」と悲痛な手紙を書きますが…

この小説のエンディング、ストーンヘンジにおける描写はとりわけ印象深いものがあります。
何度も映画化され、また、繰り返しTVドラマとして放映されています。ロマン・ポランスキー監督による映画『テス』(1979年)では、当時18才のナスターシャ・キンスキーの美貌が話題を呼びました。

ジュード・ジ・オブスキュー(Jude the Obscure)

11cmから13cm径、フォーマルな深いカップ型、またはつぼ咲きとなる花形。
花色はアプリコットあるいは、明るいイエロー、花弁のふちは退色して優雅な雰囲気をつむぎ出し、おもむきがあります。
フルーティな香りがします。(強香)
幅広で丸みを帯びた、深い色合いの照り葉。比較的太く、固めとなる枝ぶり、120cm~180cm高さのシュラブとなります。

育種者、命名の由来など

1997年、デービッド・オースチン農場より育種・公表されました。アプリコットのイングリッシュ・ローズ、アブラハム・ダービィ(Abraham Darby)を種親に、ライト・イエロー、セミ・ダブルのイングリッシュ・ローズ、 ウィンドラッシュ(Windlush)を花粉親としての交配されたとのことです。

トマス・ハーディが1895年に刊行した小説、『日陰者ジュード(Jude the Obscure)』にちなんで命名されました。

トマス・ハーディ『ジュード・ジ・オブスキュー』

こんな物語です。

舞台は例によってウェセックス(=ドーセット)。
ジュード・フォーリーは奔放な女アラベラ・ドンと結婚しますが、ふたりは次第に心はなれ、彼女は彼の許を去ってオーストラリアへ出奔してしまいます。残されたジュードは石工として働きながら学問に傾倒し、クライストミンスター(=オックスフォード)で学業に専念する生活を送りたいと夢見ています。

Photo/Chensiyuan [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

彼はやがて従妹のスー・ブライドヘッドと出会い恋に落ちますが、スーはジュードの教師フィロットソンと結婚してしまいます。しかし、スーはフィロットソンとの結婚生活になじめず、ジュードとの同棲をはじめます。そこへ、オーストラリアへ去り、そこで重婚していたアラベラがふたりの前に現れ、事態は混乱を極めることとなりました…

主人公ジュードは、赤裸々な人間の欲望を体現しています。発表当時はヴィクトリア時代の英国でした。当時の倫理感に反するこの物語の主題は世間からごうごうたる非難を浴びました。しかし、また、職をもちながら学問を志す人たちを支援する援助組織設立のきっかけにもなったとも言われています。
世間の非難に深く傷ついたハーディはこの作品を最後に小説の筆を折り、のちは詩作に注力することになります。

当サイト内の文章・画像等の無断転載及び複製等の行為は禁じます。
Unauthorized copying and replication of the contents of this site, text and images are strictly prohibited.