チューリップはおおくの園芸愛好家に深く愛されている花ですが、ただの花ではありません。
17世紀にトルコからオランダへもたらされるとチューリップ・フィーバーとかバブルとか呼ばれる熱狂を巻き起こしました。花が歴史の大きな転換点を築くきっかけになった数少ない例です。
しかし、そんな歴史的は背景を別にしても、庭を飾る草花として、バラとともにとりわけ愛されているのがチューリップです。
冬を越した草が芽を伸ばしはじめるころ、さきがけて咲く球根類のなかでも、華やかで澄んだ花色のチューリップの美しさは格別です。その魅力はいくら語っても語りつくせないと思います。
多くの情報があふれていますので、かえって全体的な把握がむずかしくなっているのではないでしょうか。ここではチューリップについての基本的な情報を整理し、代表的な品種をあげたいと思います。
チューリップ(Tulipa gesneriana):球根多年性草本~基本情報
- 学名:ユリ科チューリップ属(Tulipa gesneriana):球根多年生草本
- 別名:鬱金香/ウコンコウなど
- 花色:赤、オレンジ、黄、ピンク、白、黒など。青をのぞくほとんどの色
- 花期:3月~5月(多くは4月初旬から下旬)
- 原産地:トルコ、カザフスタン、ロシアなど北緯40度に添って分布
- 草丈x株幅:10~90㎝x10~40㎝、品種により変化がある
チューリップという学名の由来
チューリップは原生地のひとつであるトルコでは”ラーレ(Lale)”と呼ばれています。それが世界中でチューリップと呼ばれるようになったのはヨーロッパへ紹介される際に次のような誤解があったからだと言われています。
チューリップがヨーロッパへ紹介されたのは、1554年、オランダの博物学者オジエ・ギスラン・ド・ブスベック(Ogier Ghiselin de Busbecq:1522-1592)が刊行した『トルコ書簡』に由来すると言われています。
ブスベックは記事の中でチューリップの花形がターバンに似ていると記述したのですが、英文への翻訳者はこの”ターバン”そのものが草花名と誤解し”tulipa”または”tulipant”と表示したことから来ていると考えられています。
原種の細分化
チューリップ属には75種ほどの原種があり、それは次のような4つの亜属に分類されています。
- クルシアナエ(T. sub. clusianae、4種)
フランドル(オランダ/ベルギー)の医師、植物学者カルロス・クルシウス(1526-1609)にちなんで命名されました。20~30㎝高さ
- オリティア(T. sub. orithyia;4種)
10~20cm高さの黄花
- チューリッパ(T. sub. tulipa;52種)
多くの原種を含みますが、クリムゾン、黒芯となるagenensisを交配親とする園芸種が数多く生み出されています。ただ、agenensisは原種ではなく、トルコ由来の園芸種だと考えられています。
- エリオステモネ(T. sub. eriostemone;;16種)
10~50cm高さの白、黄花など
原産地
チューリップの原産地はヨーロッパからユーラシア南部、北緯40度にそった、おもに日照に恵まれた平原に自生しています。

地図上の赤が本来の原生地、黄は派生地を表しています。
オランダへもたらされた経緯
チューリップをヨーロッパへ紹介したのは、学名の由来で触れたオジエ・ギスラン・ド・ブスベックでした。1554年のことでした。
その後、原種をもとに熱心に園芸種を生み出したのはカルロス・クルシウス(Carolus Clusius:1526-1609)です。彼は1573年にウィーン帝国植物園にチューリップを植え、1592年にチューリップに関する最初の主要な研究を重ね、花色の変化などについて記録を残しました。さらに、ライデン大学の植物園の園長に任命されると、1593年には大学の試験庭園と自邸の庭の双方に両方にチューリップを植え、観察を続けました。

翌1594年、大学の植物園と私邸においてチューリップが開花。これがオランダにおける最初の開花とされることとなりました。(実際には20、30年前からアムステルダムでのチューリップ栽培はされていたとされています)
チューリップの育種の歴史とバブル時代
クルシウスが栽培していたチューリップの美しさは多くの人の賞賛を浴びました。チューリップを増やすのは主に子球を育てることによります。入手が簡単ではないとなると、かえって所有欲をかりたてることになります。
クルシウスが保持するチューリップの圃場は1596年と1598年の二度盗難にあい、100個以上の球根が盗まれてしまいました。やがて、この熱狂はチューリップ・バブルと呼ばれる異様な投機活動へと突入することとなりました。
チューリップ・バブル(1634~1637)
17世紀、オランダは世界各地に植民地を形成するなど繁栄し、黄金時代と呼ばれる時代でした。
赤に白いストライプがはいるチューリップ’センペル・アウグスツス’などの珍種の中の珍種は言うまでもなく、それほどの珍種でなくても入手がむずかしい球根の価格は上昇をつづけていました。
1634年、入手難の球根価格は突然急騰しはじめます。ある種は1週間のうちに2倍に跳ね上がったとも言われています。
球根取引は比較的単純でした。栽培農家へ赴き、栽培中の球根が市場へ出回る前に予約するのです。はじめは愛好家の”予約”ではじまった取引は、少額の投資でも確実に利益を上げられる安心できるものだと知れ渡るようになり様相が変化しました。
はじめは愛好家のみが参画していた予約は、利益が確実されるようになり”投資物件”と変化してゆきました。金融業者による投資がはじまると、やがてそれを追いかけるように一般の市民たちも投機に本草し、バブルへと突入してゆくことになってしまいました。
チューリップの球根は春の開花の後、初夏に掘り上げされます。当初の取引は現物の取引に終始していましたが、子球をめあてにした栽培畑の先物予約が始まると”権利”そのものの転売が始まることとなりました。権利書が転売を重ねる毎に値をあげてゆくという悪循環のはじまりです。

価格高騰当時、センペル・アウグストゥス1球が5ヘクタール(50,000㎡≒15,000坪)の畑地と交換される交渉がされたと言われています。
このような変化花はウィルスの感染により生じたものであり、そのため実生から再現はされず、球根に生じる子球の成長を待つ必要がありました。そのため入手難は解消されず、高値が高値を呼ぶ結果へと導かれてゆきました。
しかし、転売が転売が呼ぶ、まさにバブルと呼ぶにふさわしい熱狂は1637年、突然に崩壊します。

それは、投機が盛んだったオランダ、ハーレームのとある居酒屋ではじまったチューリップの競売会においてでした。
売り手が球根1ポンド(450gほど)あたり1,200ギルダー(120万円ほど?)で売りに出したのですが、案に相違してひとりの入札もありませんでした。この珍事はチューリップの先物買いに走っていた投資家たちを不安の底へ突き落としました。売り手は値下げを繰り返したものの、ついに値がつきませんでした。
このことがきっかけとなり、居酒屋などで行われていた競売会そのものが壊滅してしまいました。投機に走りまわった金融業者、商人、労働者たちの多くはつぎ込んだ金すべてを失ってしまいました。(マイク・ダッシュ『チューリップ・バブル~人を狂わせた花の物語』など)
園芸種の分類
1637年、チューリップの球根は投機対象としての役割は終えました。しかし、花好きの愛好家たちは春の庭を華やかにに飾るチューリップを忘れることはありませんでした。
原種やオスマン・トルコ由来の園芸種などとの交配により品種改良が続けられ、美しい品種がつぎつぎに市場へ提供されるようになりました。
今日、チューリップの園芸種は7,000を超えると言われています。
あまりの多さゆえに、オランダ王立球根生産者協会(KAVB:De Koninklijke Algemeene Vereeniging voor Bloembollencultuur)は1996年に刊行した『チューリップ品種の分類と国際登録リスト』により、開花時期や花形により下記のような15グループに分類しました。この分類が今日でも広く利用されています。
分類 | 略号 | 開花期 | 特徴 | 代表的な品種 |
一重早咲き Single Early | SE | 早生(4月上旬~) | 15~50cmの草丈。茎は強い | アプリコットビューティー クリスマスドリーム ヨコハマ |
八重早咲き Double Early | DE | 早生(4月上旬~) | 大輪、25~40cmの草丈 | ピーチブロッサム モンテカルロ フォックストロット |
トライアンフ Triumph | T | 中生(4月中旬~) | よく整形する。35~60cmの草丈 | フレーミングフラッグ ストロングゴールド タイムレス プリティプリンセス ポールシェアラー プリンセスイレーヌ マンゴチャーム タイムレス インゼル |
ダーウインハイブリッド Darwin Hybrid | DH | 早生(4月上旬~) | 大きな花。50~70cmの草丈 | ピンクインプレッション ミスティックファンダイク ハクウン |
一重遅咲き Single Late | SL | 晩生(4月下旬~) | 45~80cmの草丈 | キングスブラッド メントン エルニーニョ |
ユリ咲き Lily-Flowered | L | 晩生(4月下旬~) | 50~65cmの草丈 | バレリーナ バラード サンネ ウェストポイント マリリン ホワイトトリアンファタール |
フリンジ Fringed | FR | 晩生(4月下旬~) | 一重遅咲きに似るが花弁トップに刻みが出る。草丈40~80cm | ファンシーフリル ブルーヘロン ハミルトン |
ビリディフローラ Viridiflora | V | 晩生(4月下旬~) | 花弁に緑の筋がでる。草丈25~60cm | エスペラント スプリンググリーン チャイナタウン |
レンブラント Rembrandt | R | 晩生(4月下旬~) | ダーウィン系に羽状斑が入ったもの。 モザイクが斑入り模様がモザイクウィルスの原因である場合は輸入禁止 | ほとんど流通がない |
パロット Parrot | P | 晩生(4月下旬~) | 花弁にねじれが生ずる大輪花。草丈50~65cm | アプリコットパロット ブラックパロット ブライトパロット |
八重遅咲き Double Late | DL | 晩生(4月下旬~) | 大輪。草丈40~60cm | カーニバルデニース アンジェリク マウントタコマ |
カウフマニアナ Kaufmanniana | K | 超早生(3月下旬~) | 細めの小輪。草丈10~25cm。宿根しやすい | ストレッサ ショーウィナー アンキーラ |
フォステリアナ Fosteriana | F | 超早生(3月下旬~) | 細めの大輪。草丈20~40cm。宿根しやすい | マダムレフェバー/レッドエンペラー フレーミングプリッシ―マ |
グレイギー Greigii | G | 超早生(3月下旬~) | 葉に筋が生じる。草丈23~50cm。宿根しやすい | レッドライディングフッド ピノキオ ケープコッド |
原種系 Miscellaneous | M | 超早生~中生(3月下旬~4月中旬) | 小輪。超早生が多い。草丈7.5~45cm | レディジェーン キンティアペッパーミントスティック クリアンタ クリアンタ ‘ツベルジェンズジェム’ ウルミエンシス サクサティリス ‘ライラックワンダー’ タルダ フムリス・プルケラ |
おすすめの品種(受賞品種など)
一重早咲(Single Early:SE)

‘アプリコットビューティ’
‘Apricot Beauty’
分類:Single Early(SE)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
RHS AGM

’クリスマスドリーム’
‘Christmas Dream’
分類:Single Early(SE)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm

’ヨコハマ’
‘Christmas Dream’
分類:Single Early(SE)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
八重早咲き(Double Early:DE)

‘ピーチブロッサム’
‘Peach Blossom’
分類:Double Early(DE)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:25-30cm x 10cm
1890年公表のクラシック

‘モンテカルロ’
‘Monte Carlo’
分類:Double Early(DE)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

‘フォックストロット’
‘Foxtrot’
分類:Double Early(DE)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm
トライアンフ(Triumph:T)

‘フレーミングフラッグ’
‘Flaming Flag’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:45-55cm x 10cm
2022 iBulb BOY

‘ストロングゴールド’
‘Strong Gold’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:45-55cm x 10cm
RHS AGM, 2008 iBulb BOY

‘タイムレス’
‘Timeless’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:45-55cm x 10cm
2023 iBulb BOY

‘プリティプリンセス’
‘Pretty Princess’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:45-55cm x 10cm
2023 iBulb BOY

‘ポールシェアラー’
‘Paul Scherer’
分類:Triumph(T)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
RHS AGM

‘プリンセスイレーヌ’
‘Princess Irene’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm
RHS AGM

‘マンゴチャーム’
‘Mango Charm’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
2015 iBulb BOY

‘タイムレス’
‘Timeless’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
2023 iBulb BOY

‘インゼル’
‘Inzell’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
ダーウインハイブリッド (Darwin Hybrid:DH)

‘ピンクインプレッション’
‘Pink Impression’
分類:Darwin Hybrid(DH)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:50-60cm x 10cm
RHS AGM

‘ミスティックファンアイク’
‘Mystic van Eijk’
分類:Darwin Hybrid(DH)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:40cm x 10cm
2024 iBulb BOY

‘ハクウン’
‘Hakuun’
分類:Darwin Hybrid(DH)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:50-60cm x 10cm
一重遅咲き(Single Late:SL)

‘キングスブラッド’
‘Kings Blood’
分類:Single Late(SL)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-60cm x 10cm
RHS AGM

‘メントン’
‘Menton’
分類:Single Late(SL)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:50-60cm x 10cm
RHS AGM

‘エルニーニョ’
‘El Nino’
分類:Single Late(SL)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:70-80cm x 10cm
ユリ咲き(Liliy-Flowered:L)

‘バレリーナ’
‘Ballerina’
分類:Lily-Flowered(L)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-60cm x 10cm
RHS AGM

‘バラード’
‘Ballade’
分類:Lily-Flowered(L)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-60cm x 10cm
RHS AGM

‘サンネ’
‘Sanne’
分類:Lily-Flowered(SL)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
2016 iBulb BOY

‘ウェストポイント’
‘West Point’
分類:Lily-Flowered(L)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:50cm x 10cm
RHS AGM

‘マリリン’
‘Marilyn’
分類:Lily-Flowered(SL)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:50-60cm x 10cm

‘ホワイトトリアンファタール’
‘White Triumphator’
分類:Lily-Flowered(SL)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:60-70cm x 10cm
RHS AGM
フリンジ(Fringed:FR)

‘ファンシーフリル’
‘Fancy Frills’
分類:Fringed(F)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
RHS AGM, 2006 iBulb BOY

‘ブルーヘロン’
‘Blue Helon’
分類:Fringed(F)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:50-60cm x 10cm
RHS AGM

‘ハミルトン’
‘Hamilton’
分類:Fringed(F)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:50-60cm x 10cm
RHS AGM
ビリディフローラ(Viridiflora:V)

‘エスペラント’
‘Esperanto’
分類:Viridiflora(V)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm
RHS AGM

‘スプリンググリーン’
‘Spring Green’
分類:Viridiflora(V)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm
RHS AGM

‘チャイナタウン’
‘China Town’
分類:Viridiflora(V)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm
RHS AGM
パロット(Parrot:P)

‘アプリコットパロット’
‘Apricot Parrot’
分類:Parrot(P)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:40-60cm x 10cm
RHS AGM

‘ブラックパロット’
‘Black Parrot’
分類:Parrot(P)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-60cm x 10cm
RHS AGM

‘ブライトパロット’
‘Bright Parrot’
分類:Parrot(P)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:40-60cm x 10cm
八重遅咲き(Double Late:DL)

‘カーニバルドニース’
‘Carnaval de Nice’
分類:Double Late(DLR)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-50cm x 10cm
RHS AGM

‘アンジェリク’
‘Angelique’
分類:Double Late(DLR)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-60cm x 10cm
RHS AGM

‘マウントタコマ’
‘Mount Tacoma’
分類:Double Late(DLR)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-60cm x 10cm
RHS AGM
カウフマニアナ(Kaufmanniana:K)

‘ストレッサ’
‘Stresa’
分類:Kaufmanniana(K)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

‘ショーウィナー’
‘Showwinner’
分類:Kaufmanniana(K)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

‘アンキーラ’
‘Ancilla’
分類:Kaufmanniana(K)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM
フォステリアナ(Fosteriana:F)

‘マダムレフェバー/レッドエンペラー’
‘Mme. Lefeber/Red Emperer’
分類:Fosteriana(F)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm

‘フレーミングプリッシ―マ’
‘Flaming Purissima’
分類:Fosteriana(F)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm

‘スイートハート’
‘Sweetheart’
分類:Fosteriana(F)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm
グレイギー(Greigii:G)

‘レッドライディングフッド’
‘Red Riding Hood’
分類:Greigii(G)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

‘ピノキオ’
‘Pinocchio’
分類:Greigii(G)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm

‘ケープコッド’
‘Cape Cod’
分類:Greigii(G)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:15-20cm x 10cm
原種系その他(Miscellaneous:M/ Botanical)

クルシアナ ‘レディジェーン’
Clusiana ‘Lady Jane’
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

クルシアナ ‘キンティア’
Clusiana ‘Cynthia’
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

クルシアナ ‘ペッパーミントスティック’
Culsiana ‘Peppermint Stick’
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:25-35cm x 10cm
RHS AGM

クリアンタ
Clusiana var. Chryantha
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

クリアンタ ‘ツベルジェンズジェム’
Clusiana Chrysantha ‘Tubergen’s Gem’
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

ウルミエンシス
urumiensis
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:10-15cm x 10cm
RHS AGM

サクサティリス ‘ライラックワンダー’
‘Red Riding Hood’
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:10-20cm x 10cm
RHS AGM

タルダ
Tarda
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:10-20cm x 10cm
RHS AGM

フムリス・プルケラ
Humilis var. Pulchella
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:20cm x 10cm
童話など
チューリップは人々に深く愛されています。アンデルセンの『おやゆび姫』など数多くのイラスト、童話などが残されています。ここでは伝えられきたイギリスの古い物語と宮沢賢治の童話をご紹介することにします。
『妖精のチューリップ』(英国民話)
昔々、小さな家に優しいおばあさんが住んでいました。
庭には美しい縞がはいったチューリップが一輪、咲いていました。ある夜のこと、おばあさんは甘い歌声と赤ちゃんの笑い声で目を覚ましました。窓の外を見てみると、チューリップの花畑から聞こえてくるようでしたが、何も見えませんでした。朝になってから、おばあさんは花畑の間を歩きましたが、前の晩、誰かがそこにいたのか分かりませんでした。
その次の夜も、おばあさんは甘い歌声と赤ちゃんの笑い声で目を覚ましました。おばあさんは起き上がり、庭をそっと歩きました。月がチューリップの花畑を明るく照らし、花はゆらゆらと揺れていました。おばあさんはよく目をこらして見てみると、それぞれのチューリップのそばに、小さな妖精のお母さんが立っていて、甘い歌を歌いながらゆりかごのようにチューリップを揺らしていました。それぞれのチューリップの中では、ちっちゃなちっちゃな妖精の赤ちゃんが笑って遊んでいました。
おばあさんはそっと家に帰り、それ以来、チューリップを摘むことも、近所の人たちに花を触らせることもしませんでした。
チューリップは日に日に色鮮やかになり、大きく花開き、バラのような甘い香りを放ちました。そして一年中咲き続けるようになりました。そして、来る夜も来る夜も小さな妖精のお母さんたちは、花のゆりかごの中で赤ちゃんをやさしくなで、あやして眠らせました。
おばあさんが亡くなる日が来ました。妖精のことを知らない人たちはチューリップの花畑を掘りかえし、花の代わりにパセリを植えました。しかし、やがてパセリは枯れ、庭の他の植物もすべて枯れてしまいました。それ以来、そこには何も育たなくなりました。
でも、おばあさんの墓は美しく変わりました。妖精たちが墓の上で歌い、緑を保ってくれたからです。墓の上やその周囲にはチューリップや水仙、スミレなど、春の美しい花々が咲き誇っていました。
(courtesy of “The Project Gutenberg eBook of Good Stories for Great Holidays”;Google翻訳に少しの手直し)
『チュウリップの幻術』宮沢賢治
この農園のすもものかきねはいっぱいに青じろい花をつけています。
雲は光って立派な玉髄の置物です。四方の空を繞ります。
すもものかきねのはずれから一人の洋傘直しが荷物をしょって、この月光をちりばめた緑の障壁に沿ってやって来ます。
てくてくあるいてくるその黒い細い脚はたしかに鹿に肖ています。そして日が照っているために荷物の上にかざされた赤白だんだらの小さな洋傘は有平糖でできてるように思われます。
(洋傘直し、洋傘直し、なぜそうちらちらかきねのすきから農園の中をのぞくのか。)
そしててくてくやって来ます。有平糖のその洋傘はいよいよひかり洋傘直しのその顔はいよいよ熱って笑っています。
(洋傘直し、洋傘直し、なぜ農園の入口でおまえはきくっと曲るのか。農園の中などにおまえの仕事はあるまいよ。)
洋傘直しは農園の中へ入ります。しめった五月の黒つちにチュウリップは無雑作に並べて植えられ、一めんに咲き、かすかにかすかにゆらいでいます。
(洋傘直し、洋傘直し。荷物をおろし、おまえは汗を拭いている。そこらに立ってしばらく花を見ようというのか。そうでないならそこらに立っていけないよ。)
園丁がこてをさげて青い上着の袖で額の汗を拭きながら向うの黒い独乙唐檜の茂みの中から出て来ます。
「何のご用ですか。」
「私は洋傘直しですが何かご用はありませんか。若しまた何か鋏でも研ぐのがありましたらそちらのほうもいたします。」
「ああそうですか。一寸お待ちなさい。主人に聞いてあげましょう。」
「どうかお願いいたします。」
青い上着の園丁は独乙唐檜の茂みをくぐって消えて行き、それからぽっと陽も消えました。
よっぽど西にその太陽が傾いて、いま入ったばかりの雲の間から沢山の白い光の棒を投げそれは向うの山脈のあちこちに落ちてさびしい群青の泣き笑いをします。
有平糖の洋傘もいまは普通の赤と白とのキャラコです。
それから今度は風が吹きたちまち太陽は雲を外れチュウリップの畑にも不意に明るく陽が射しました。まっ赤な花がぷらぷらゆれて光っています。
園丁がいつか俄かにやって来てガチャッと持って来たものを置きました。
「これだけお願いするそうです。」
「へい。ええと。この剪定鋏はひどく捩れておりますから鍛冶に一ぺんおかけなさらないと直りません。こちらのほうはみんな出来ます。はじめにお値段を決めておいてよろしかったらお研ぎいたしましょう。」
「そうですか。どれだけですか。」
「こちらが八銭、こちらが十銭、こちらの鋏は二丁で十五銭にいたしておきましょう。」
「ようござんす。じゃ願います。水がありますか。持って来てあげましょう。その芝の上がいいですか。どこでもあなたのすきな処でおやりなさい。」
「ええ、水は私が持って参ります。」
「そうですか。そこのかきねのこっち側を少し右へついておいでなさい。井戸があります。」
「へい。それではお研ぎいたしましょう。」
「ええ。」
園丁はまた唐檜の中にはいり洋傘直しは荷物の底の道具のはいった引き出しをあけ缶を持って水を取りに行きます。
そのあとで陽がまたふっと消え、風が吹き、キャラコの洋傘はさびしくゆれます。
それから洋傘直しは缶の水をぱちゃぱちゃこぼしながら戻って来ます。
鋼砥の上で金鋼砂がじゃりじゃり云いチュウリップはぷらぷらゆれ、陽がまた降って赤い花は光ります。
そこで砥石に水が張られすっすと払われ、秋の香魚の腹にあるような青い紋がもう刃物の鋼にあらわれました。
ひばりはいつか空にのぼって行ってチーチクチーチクやり出します。高い処で風がどんどん吹きはじめ雲はだんだん融けていっていつかすっかり明るくなり、太陽は少しの午睡のあとのようにどこか青くぼんやりかすんではいますがたしかにかがやく五月のひるすぎを拵えました。
青い上着の園丁が、唐檜の中から、またいそがしく出て来ます。
「お折角ですね、いい天気になりました。もう一つお願いしたいんですがね。」
「何ですか。」
「これですよ。」若い園丁は少し顔を赤くしながら上着のかくしから角柄の西洋剃刀を取り出します。
洋傘直しはそれを受け取って開いて刃をよく改めます。
「これはどこでお買いになりました。」
「貰ったんですよ。」
「研ぎますか。」
「ええ。」
「それじゃ研いでおきましょう。」
「すぐ来ますからね、じきに三時のやすみです。」園丁は笑って光ってまた唐檜の中にはいります。
太陽はいまはすっかり午睡のあとの光のもやを払いましたので山脈も青くかがやき、さっきまで雲にまぎれてわからなかった雪の死火山もはっきり土耳古玉のそらに浮きあがりました。
洋傘直しは引き出しから合せ砥を出し一寸水をかけ黒い滑らかな石でしずかに練りはじめます。それからパチッと石をとります。
(おお、洋傘直し、洋傘直し、なぜその石をそんなに眼の近くまで持って行ってじっとながめているのだ。石に景色が描いてあるのか。あの、黒い山がむくむく重なり、その向うには定めない雲が翔け、渓の水は風より軽く幾本の木は険しい崖からからだを曲げて空に向う、あの景色が石の滑らかな面に描いてあるのか。)
洋傘直しは石を置き剃刀を取ります。剃刀は青ぞらをうつせば青くぎらっと光ります。
それは音なく砥石をすべり陽の光が強いので洋傘直しはポタポタ汗を落します。今は全く五月のまひるです。
畑の黒土はわずかに息をはき風が吹いて花は強くゆれ、唐檜も動きます。
洋傘直しは剃刀をていねいに調べそれから茶いろの粗布の上にできあがった仕事をみんな載せほっと息して立ちあがります。
そして一足チュウリップの方に近づきます。
園丁が顔をまっ赤にほてらして飛んで来ました。
「もう出来たんですか。」
「ええ。」
「それでは代を持って来ました。そっちは三十三銭ですね。お取り下さい。それから私の分はいくらですか。」
洋傘直しは帽子をとり銀貨と銅貨とを受け取ります。
「ありがとうございます。剃刀のほうは要りません。」
「どうしてですか。」
「お負けいたしておきましょう。」
「まあ取って下さい。」
「いいえ、いただくほどじゃありません。」
「そうですか。ありがとうございました。そんなら一寸向うの番小屋までおいで下さい。お茶でもさしあげましょう。」
「いいえ、もう失礼いたします。」
「それではあんまりです。一寸お待ち下さい。ええと、仕方ない、そんならまあ私の作った花でも見て行って下さい。」
「ええ、ありがとう。拝見しましょう。」
「そうですか。では。」
その気紛れの洋傘直しと園丁とはうっこんこうの畑の方へ五、六歩寄ります。
主人らしい人の縞のシャツが唐檜の向うでチラッとします。園丁はそっちを見かすかに笑い何か云いかけようとします。
けれどもシャツは見えなくなり、園丁は花を指さします。
「ね、此の黄と橙の大きな斑はアメリカから直かに取りました。こちらの黄いろは見ていると額が痛くなるでしょう。」
「ええ。」
「この赤と白の斑は私はいつでも昔の海賊のチョッキのような気がするんですよ。ね。
それからこれはまっ赤な羽二重のコップでしょう。この花びらは半ぶんすきとおっているので大へん有名です。ですからこいつの球はずいぶんみんなで欲しがります。」
「ええ、全く立派です。赤い花は風で動いている時よりもじっとしている時のほうがいいようですね。」
「そうです。そうです。そして一寸あいつをごらんなさい。ね。そら、その黄いろの隣りのあいつです。」
「あの小さな白いのですか。」
「そうです、あれは此処では一番大切なのです。まあしばらくじっと見詰めてごらんなさい。どうです、形のいいことは一等でしょう。」
洋傘直しはしばらくその花に見入ります。そしてだまってしまいます。
「ずいぶん寂かな緑の柄でしょう。風にゆらいで微かに光っているようです。いかにもその柄が風に靱っているようです。けれども実は少しも動いておりません。それにあの白い小さな花は何か不思議な合図を空に送っているようにあなたには思われませんか。」
洋傘直しはいきなり高く叫びます。
「ああ、そうです、そうです、見えました。
けれども何だか空のひばりの羽の動かしようが、いや鳴きようが、さっきと調子をちがえてきたではありませんか。」
「そうでしょうとも、それですから、ごらんなさい。あの花の盃の中からぎらぎら光ってすきとおる蒸気が丁度水へ砂糖を溶したときのようにユラユラユラユラ空へ昇って行くでしょう。」
「ええ、ええ、そうです。」
「そして、そら、光が湧いているでしょう。おお、湧きあがる、湧きあがる、花の盃をあふれてひろがり湧きあがりひろがりひろがりもう青ぞらも光の波で一ぱいです。山脈の雪も光の中で機嫌よく空へ笑っています。湧きます、湧きます。ふう、チュウリップの光の酒。どうです。チュウリップの光の酒。ほめて下さい。」
「ええ、このエステルは上等です。とても合成できません。」
「おや、エステルだって、合成だって、そいつは素敵だ。あなたはどこかの化学大学校を出た方ですね。」
「いいえ、私はエステル工学校の卒業生です。」
「エステル工学校。ハッハッハ。素敵だ。さあどうです。一杯やりましょう。チュウリップの光の酒。さあ飲みませんか。」
「いや、やりましょう。よう、あなたの健康を祝します。」
「よう、ご健康を祝します。いい酒です。貧乏な僕のお酒はまた一層に光っておまけに軽いのだ。」
「けれどもぜんたいこれでいいんですか。あんまり光が過ぎはしませんか。」
「いいえ心配ありません。酒があんなに湧きあがり波を立てたり渦になったり花弁をあふれて流れてもあのチュウリップの緑の花柄は一寸もゆらぎはしないのです。さあも一つおやりなさい。」
「ええ、ありがとう。あなたもどうです。奇麗な空じゃありませんか。」
「やりますとも、おっと沢山沢山。けれどもいくらこぼれたところでそこら一面チュウリップ酒の波だもの。」
「一面どころじゃありません。そらのはずれから地面の底まですっかり光の領分です。たしかに今は光のお酒が地面の腹の底までしみました。」
「ええ、ええ、そうです。おや、ごらんなさい、向うの畑。ね。光の酒に漬っては花椰菜でもアスパラガスでも実に立派なものではありませんか。」
「立派ですね。チュウリップ酒で漬けた瓶詰です。しかし一体ひばりはどこまで逃げたでしょう。どこまで逃げて行ったのかしら。自分で斯んな光の波を起しておいてあとはどこかへ逃げるとは気取ってやがる。あんまり気取ってやがる、畜生。」
「まったくそうです。こら、ひばりめ、降りて来い。ははぁ、やつ、溶けたな。こんなに雲もない空にかくれるなんてできないはずだ。溶けたのですよ。」
「いいえ、あいつの歌なら、あの甘ったるい歌なら、さっきから光の中に溶けていましたがひばりはまさか溶けますまい。溶けたとしたらその小さな骨を何かの網で掬い上げなくちゃなりません。そいつはあんまり手数です。」
「まあそうですね。しかしひばりのことなどはまあどうなろうと構わないではありませんか。全体ひばりというものは小さなもので、空をチーチクチーチク飛ぶだけのもんです。」
「まあ、そうですね、それでいいでしょう。ところが、おやおや、あんなでもやっぱりいいんですか。向うの唐檜が何だかゆれて踊り出すらしいのですよ。」
「唐檜ですか。あいつはみんなで、一小隊はありましょう。みんな若いし擲弾兵です。」
「ゆれて踊っているようですが構いませんか。」
「なあに心配ありません。どうせチュウリップ酒の中の景色です。いくら跳ねてもいいじゃありませんか。」
「そいつは全くそうですね。まあ大目に見ておきましょう。」
「大目に見ないといけません。いい酒だ。ふう。」
「すももも踊り出しますよ。」
「すももは墻壁仕立です。ダイアモンドです。枝がななめに交叉します。一中隊はありますよ。義勇中隊です。」
「やっぱりあんなでいいんですか。」
「構いませんよ。それよりまああの梨の木どもをご覧なさい。枝が剪られたばかりなので身体が一向釣り合いません。まるで蛹の踊りです。」
「蛹踊とはそいつはあんまり可哀そうです。すっかり悄気て化石してしまったようじゃありませんか。」
「石になるとは。そいつはあんまりひどすぎる。おおい。梨の木。木のまんまでいいんだよ。けれども仲々人の命令をすなおに用いるやつらじゃないんです。」
「それより向うのくだものの木の踊りの環をごらんなさい。まん中に居てきゃんきゃん調子をとるのがあれが桜桃の木ですか。」
「どれですか。あああれですか。いいえ、あいつは油桃です。やっぱり巴丹杏やまるめろの歌は上手です。どうです。行って仲間にはいりましょうか。行きましょう。」
「行きましょう。おおい。おいらも仲間に入れろ。痛い、畜生。」
「どうかなさったのですか。」
「眼をやられました。どいつかにひどく引っ掻かれたのです。」
「そうでしょう。全体駄目です。どいつも満足の手のあるやつはありません。みんなガリガリ骨ばかり、おや、いけない、いけない、すっかり崩れて泣いたりわめいたりむしりあったりなぐったり一体あんまり冗談が過ぎたのです。」
「ええ、斯う世の中が乱れては全くどうも仕方ありません。」
「全くそうです。そうら。そら、火です、火です。火がつきました。チュウリップ酒に火がはいったのです。」
「いけない、いけない。はたけも空もみんなけむり、しろけむり。」
「パチパチパチパチやっている。」
「どうも素敵に強い酒だと思いましたよ。」
「そうそう、だからこれはあの白いチュウリップでしょう。」
「そうでしょうか。」
「そうです。そうですとも。ここで一番大事な花です。」
「ああ、もうよほど経ったでしょう。チュウリップの幻術にかかっているうちに。もう私は行かなければなりません。さようなら。」
「そうですか、ではさようなら。」
洋傘直しは荷物へよろよろ歩いて行き、有平糖の広告つきのその荷物を肩にし、もう一度あのあやしい花をちらっと見てそれからすももの垣根の入口にまっすぐに歩いて行きます。
園丁は何だか顔が青ざめてしばらくそれを見送りやがて唐檜の中へはいります。
太陽はいつかまた雲の間にはいり太い白い光の棒の幾条を山と野原とに落します。底本:「インドラの網」角川文庫、角川書店
1996(平成8)年4月25日初版発行
1996(平成8)年6月20日再版発行
底本の親本:「【新】校本宮澤賢治全集 第九巻 童話2[#「2」はローマ数字、1-13-22] 本文篇」筑摩書房
1995(平成7)年6月
入力:土屋隆
校正:川山隆
2008年5月16日作成
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参考図書など
園芸書
『つま先歩きでチューリップ畑を(Tiptoe through the tulip – cultural history, molecular phylogenetic and classification of Tulipa)』Botanial Jounal of the Linnean Society、2013
『チューリップ~原種と園芸種(Tulips: Species and Hybrids)』Richard Wilford、2006
『チューリップによるガーデニング(Gardening with Tulips)』Michael Kings, 2005
『チューリップの文化誌』シーリア・フィシャー著、駒木令訳、2020
『チューリップ~ヨーロッパを狂わせた花の歴史 』アンナ・パヴォード、白幡節子訳、1999、訳2001
『チューリップ・バブル~人間を狂わせた花の物語』マイク・ダッシュ著、明石三世訳、1999、訳2000
『チューリップ・ブック~ イスラームからオランダへ、人々を魅了した花の文化史』国重正昭他、2002
小説など
『黒いチューリップ』アレキサンドラ・デュマ(父)著、宗左近訳、1850、訳多数
『チューリップ・フィーバー』デボラ・モガー著、立石光子訳、2018