1898年ころから、アメリカの優れた育種家たちがテリハ・ノイバラ/ウィックラーナを交配親としてランブラーやクライマーの育種に熱心に取り組み始めました。アメリカでも、さらにフランスからも育種家たちが加わるようになり、この新しい潮流は20世紀の初めのバラ育種界を華やかに彩ることになりました。
デビュータント(Débutante)

3cmから7cm径、20弁ほどの、カップ咲きの小輪の花が、ひしめき合うような房咲きとなります。
花色は淡いピンク。花弁の外縁部分は退色してさらに淡い色合となるため、房全体にグラデーションのような効果が生じます。
軽い香り。
小さな、丸みを帯びた深い緑となる照り葉。柔らかな枝ぶり、350cmから500cmまで枝を伸ばすランブラーとなります。
育種の経緯など
1900年、アメリカのM.H. ウォルシュ(Michael H. Walsh)により育種・公表されました。
種親はウィックラーナ、花粉親には明るいピンクのハイブリッド・パーペチュアル、バロネ・アドルフ・ド・ロトシル(Baronne Adolphe de Rothschild)が用いられました。
美しい花色はバロネ・A・ロトシルから受け継いだのだろうと思います。グラハム・トーマスは「ドロシー・パーキンスに似ているが、より美しく、さらに良い色合だ…」(”Graham Stuart Thomas Rose Book”)と賞賛しています。
デビュータントとは舞踏会へ初めて出席する上流階級の若い女性達のことです。欧米においては高い教育と礼儀作法を身につけた若い女性の社交界へのデビューがとりわけ重んじられました。

マイケル・H・ウォルシュ(Michael H. Walsh :1857-1922)
マイケル・H・ウォルシュ(Michael H. Walsh:1848-1922)は、イギリス、ウェールズ 生まれです。12歳のころには園芸の訓練を受け始めガーデナーとしての経験を重ねました。
1875年、ウォルシュは移民としてアメリカへ渡り、1900年ころ、マサチューセッツ州ジョゼフ・S・フェイ氏所有の庭園ウッズ・ホール(Woods Hall)のガーデナーとなりました。3ヘクタール(おおよそ12,000㎡)におよぶ広大な庭園には数千のバラが植栽されていたとのことです。
ウォルシュは1922年に死去するまでに、40を超える新品種を育種・公表しました。
アルベリック・バルビエ(Alberic Barbier)

7cmから9cm径ほどの、丸弁咲きの花が10輪を超えるような房咲きとなります。
花色はクリーミィ・ホワイトまたはライト・イエロー。開花後、周辺部が白く退色しますが、ルーズに開いた花姿と花色とのかもし出す雰囲気がいかにもなごやかです。これが多くの人に愛されている理由ではないでしょうか。
軽く香ります。
赤銅色気味の葉色。地を這うようの伸びる柔らかな枝ぶり、500cm高さを超えて枝を伸ばすランブラーです。ウィックラーナ・クラスのランブラーは一般的に柔らかな枝ぶりが特徴的ですが、その中にあっても、フランソワ・ジュランヴィユとともに、特に柔らかな枝ぶりです。
育種の経緯など
1900年、フランスのバルビエール兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
種親はウィックラーナ、花粉にはイエローのティー・ローズ、シルレイ・イベール(Shirley Hibberd)が使われたとのことです。兄弟の父アルベリックにささげられました。
ポール・トランソン(Paul Transon)

7cmから9cm径、カップ型に開いた花は、次第に花弁が折り返って、熟成したティー・ローズのような形へと変化します。このすこしくずれたような艶のある花姿に魅了されます。
淡いピンク・サーモンの花色となりますが、微妙な色合いがくずれた花姿とよくマッチングします。
多少香ります。(中香)
銅色が出る、暖かみのある照り葉。大きなトゲのある少し固めの、横這いする枝ぶり、350cmから500cmほどまで枝を伸ばす、クライマーとなります。
育種の経緯など
1900年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
種親にはウィックラーナ、花粉親にオレンジ・ピンクのハイブリッド・ティー、ミセス・アーサー・ロバート・ウォーデル(Mrs. Arthur Robert Waddell)が用いられました。
ARS(American Rose Society:米国バラ協会)では、ラージ・フラワード・クライマーとして登録されています。これは、枝が比較的太め、固いこと、また、花姿がハイブリッド・ティーの花形に似通っていることからくるのだと思われます。
兄アルベールが師事していたトランソン兄弟&ドーヴェス社のオーナー、ポール・トランソンの名を冠した品種です。
バルヴィエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie: Albert 1845-1931, Eugene 1850-?)
アルベール・バルビエ(Albert Barbier:1845-1931)はフランス、オルレアン郊外のオリヴ(Olivet)に生まれ、長じて父アルベリックの生業であった園芸農場で働くことになりました。
アルベールはやがて果樹や園芸植物の総合農場であるトランソン兄弟&ドーヴェス社(Transon brothers & Dauvesse)で働きはじめ、1894年には弟ユジーン(Eugene)や息子らとともに園芸農場バルビエ兄弟社(Barbier Feres & Compagnie)を設立しました。
兄弟社は美しいウィックラーナ系ランブラーとクライマーを市場へ次々に提供し、公表当時から今日まで多くの庭を飾り続けています。
兄弟による最初のウィックラーナ系のランブラーとクライマーは父アルベリックと師匠ポール・トランソンへ捧げられたものでした。
農場はトランソン兄弟社と同様果樹や園芸植物全般でしたが、バラの新品種の栽培にも力を注いでいました。
最盛期には従事者300名、170ヘクタール(1,700,000㎡:東京ドーム36個分)におよぶ大農場の経営者であり、アルベールはまた、1881年には市議会議員に当選するなど政治活動も行っていて1896年から1919年にかけてはオリヴの市長も務めた地域の有力者でした。
1931年、アルベールは死去。農場はアルバートの死去後、親族などにより維持されていましたが、1972年に閉鎖されました。
バルビエ兄弟社によるバラ新品種の育種は800種を超えたと記録されています。
ドロシー・パーキンス(Dorothy Perkins)

3cm径前後の小輪、丸弁咲きの花がいっせいに開き、ボリュームのある房咲きとなります。
花色はミディアム・ピンク、花弁に濃淡が出ることが多く、全体としてはグラデーションの効果がでることも多い色合となります。
よく香ると注釈をしている解説書もあるのですが、実際はあまり香らないように思います。(微香)
小さな、丸い照り葉、350cmから500cm高さの、柔らかな枝ぶり、細い枝が優雅にアーチングするランブラーとなります。
20世紀はじめに公表された後、1930年代に英国でその美しい樹形が賞賛を浴びるようになり、ある時期はイングリッシュ・ガーデンを飾る花の代名詞ようになりました。そのことから英国で育成されたと思われることが多いのですが、実際はアメリカで育種されました。
育種の経緯など
1901年、アメリカのJ&P社(Jackson & Perkins Company)により公表されました。育種者は同社のE.A. ミラー(E. Alvin Miller)だとされています。
種親はウィックラーナ、花粉親はピンクのハイブリッド・パーペチュアル、マダム・ガブリエル・ルイゼ(Mme. Gabriel Luizet)だったとJ&P社は記録を残しています。しかし、これには下記のような疑問が呈されています。
交配における疑問
英国の園芸研究家C. クエスト=リットソン氏(Charles Quest-Ritson)は著書『世界のつるバラ(Climbing Roses of the World)』のなかで例によって多少皮肉をこめて、つぎのように論評しています。
ターナーズ・クリムゾン・ランブラーの最も成功した実生が、交配親の間違った情報の元、世に送り出されたことは皮肉なことだ。
J&P社はドロシー・パーキンスを、ピンク色のハイブリッド・パーペチュアル、マム・ガブリエル・ルイゼと交配したロサ・ウィックラーナの実生と説明したけれど、ターナーズ・クリムゾン・ランブラーとの類似性はすぐに指摘されることになった。
多くの園芸雑誌(特にフランス)では、ウィックラーナとハイブリッド パーペチュアルの交配によって、花がはるかに大きいまったく異なるバラが生まれている例が多いことを指摘する意見が頻繁に提出され、ドロシー・パーキンスとターナーズ・クリムゾン・ランブラーの類似性は単なる偶然ではないという結論が出された。
ドロシー・パーキンスはターナーズ・クリムゾンのピンク色の相方と考えるのが適切だと思われる。
ターナーズ・クリムゾン・ランブラー(Turner’s Crimson Rambler))

ホワイト・ドロシー・パーキンス(White Dorothy Perkins)
1908年、フランスの園芸家・育種家であるベンジャミン・R・カント(Benjamin R. Cant)はドロシー・パーキンスから枝変わりして白花を咲かせる品種を発見し(発見者はエレン・ウィルモットだったという説もあります)世に出しました。その美しさは親品種に劣らないもので、むしろ、より愛されていると言えるかもしれません。

エセル(Ethel)
1912年、英国のチャールズ・ターナー(Charles Turner)により育種・公表されたのが、エセルです。エセルとは女性のファースト・ネームですが、捧げられたエセルがどんな女性だったかはわかっていません。
ドロシー・パーキンスの実生から生じた、白または淡いピンクの花色となる品種です。花色以外は親品種であるドロシー・パーキンスの性質をそのまま受け継いでいます。

エドモン・プルースト(Edmond Proust

3cmから5cm径、40弁ほどの少し乱れ気味な丸弁咲き。花色は明るいピンク、花芯は色濃く染まり優雅です。
軽い香り。
300cmから500cmほど枝を伸ばしますが、枝ぶりは少し固めで、ランブラーとクライマーの中間的な性質をしめします。基本的には春一季咲きとされていますが、まれに返り咲きすると言われています。
もっとも初期のウィックラーナ交配種のひとつ、メイ・クィーンによく似ていることから、ニュージーランドでは長い間、メイ・クィーンの名で販売されていたことが最近判明しました。
育種の経緯など
1901年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
種親にはウィックラーナ、花粉親にオレンジ・レッドのティーローズ、スヴェニール・ド・カトリーヌ・ギヨ(Souv. de Catherine Guillot)が用いられました。
エドモン・プルーストは、劇作家のオーギュスト・バルビエの義父にあたるという解説もありますが確定的な情報ではないと思っています。
アメリカン・ピラー(American Pillar)

3cmから7cm径、シングル、平咲きの花が房咲きとなります。
鮮やかなストロング・ピンクとなる花色。中心部は白く、色抜けします。シングル花ですので、中心部にイエローの雄しべが見え、ピンク、ホワイト、イエローの三色が重なって、花全体がにぎやかな色合いとなります。
香りはありません。(無香)
いかにもウィックラーナの交配種らしい、小さな、丸みを帯びた照り葉、比較的固めの枝ぶり、350cmから500cmほどまで枝を伸ばす、大型のランブラーとなります。非常に強健で多少に日陰でも花を咲かせます。
育種の経緯など
1902年、アメリカのW. ヴァン・フリート(Dr. Walter van Fleet)により育種・公表されました。
種親にはウィックラーナ、花粉親にはアメリカの草地などに自生していることからプレーリー(草原)ローズと呼ばれることもある、原種ロサ・セティゲラ(Rosa setigera)が用いられました。原種同志の交配です。ハイブリット・ウィックラーナとしてクラス分けされることがほとんどですが、花形などはロサ・セティゲラに似通っています。
名前から想像されるとおり米国で育種されたのですが、フランスに渡ってから多くの人に愛され、それがきっかけとなって米国でも見直されて広く流通するようになったと言われています。ジヴェルニーの自宅・アトリエに美しい庭を作ったことでもよく知られている印象派の巨匠モネはこの品種をこよなく愛し自ら苗木を育成して友人たちへ贈ったと伝えられています。


レディー・ゲイ(Lady Gay)

3cmから5cm径、40弁ほどのルーズなカップ型となる花形。花色は明るいピンク、花弁は濃淡に染まり全体にピンクのグラデーションのような効果が出ます。最盛期の豪華な房咲きが魅力的な品種です。
強い香り。少し暖色きみの照り葉。350cmから500cm高さのランブラーとなります。
育種の経緯など
1903年、アメリカのM.H. ウォルシュ(Michael H. Walsh)により育種されました。市場へ提供されたのは1908年と、少し遅れたようです。
種親にはウィックラーナ、花粉親にはダーク・レッドのクライミング・ブルボン、バルドー・ジョブ(Bardou Job)が使われました。紙巻たばこ用紙の生産業者であったピエール・バルドー=ジョブ(Pierre Bardou-Job :1826-1892)にちなんで命名されたのではないかと思われます。
ミネハハ(Minnehaha)

3cm径前後、丸弁咲きの花が、寄り集い咲くような房咲きとなります。花色は均一に染まりあがるライト・ピンク。
小さめの丸みを帯びた、深い色合の照り葉、細くしなやかな枝ぶり、500cm高さを超える大型のランブラーとなります。
育種の経緯など
1904年、アメリカのM.H. ウォルシュ(Michael H. Walsh)により育種されました。
種親はウィックラーナ、花粉親はピンクのハイブリッド・パーペチュアル、ポール・ネイロン(Paul Neyron)と記録されています。
ノイバラ系濃いピンクのランブラー、ハイアワサ(Hiawatha)とペアとして公表されました。

ピンクのウィクラーナ・ランブラーとしてはドロシー・パーキンスという一時代を築いた名花があります。このミネハハは花色、樹形が似通っているためよく比較されます。
ドロシー・パーキンスとの違いは、花は少し大きめで花弁数は多い、開花時期はより遅いといったところかと思います。
品種名の由来
ミネハハはアメリカの詩人、ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー(Henry Wadsworth Longfellow:1807-1882)による叙事詩『ハイアワサの歌』のなかで、ハイアワサの美しい妻として讃えられる女性です。このことは別の記事『ノイバラ(野茨)系ランブラー』のなかのハイアワサの項で詳しく書きましたので、ここでは簡単に触れるだけにします。
叙事詩のなかで、飢餓ゆえに衰弱し死にゆくミネハハと、これを嘆き哀しむハイアワサのくだりはとても美しく、印象的です。

レオンティン・ジュルヴェ(Léontine Gervais)

5cmから7cm径ほどの、丸弁咲きの花が10輪ほどを束ねたような豪華な房咲きとなります。
花色はアプリコット、オレンジの色合いが濃くでる場合もあります。
軽く香ります。
赤銅色がでる照り葉、柔らかな枝ぶり、450cmから600cmほどまで枝を伸ばすランブラーとなります。
育種の経緯など
1903年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
ウィックラーナとアプリコット・オレンジの大輪花を咲かせるチャイナ・ローズ、スヴェニール・ド・カトリーヌ・ギヨ(Souv. de Catherine Guillot)との交配により生み出されました。
ラ・ペールレ(La Perle)

9㎝から11㎝径、40弁ほどのルーズなカップ型となる花形。花芯はすこし引っ込んだような印象を受けます。花色は淡いイエローまたはクリーム色。
強い香り。350cmから500cm高さとなるランブラー、ときに10m近くまで枝を伸ばすと言われています。
頻繁ではないようですが、ときに返り咲きすることがあると報告されています。
育種の経緯など
1904年、フランスのフレデリック・フォーク(Frédéric Fauque)により育種され、’真珠(La Perle)’という美しい名前を与えられました。
種親はウィックラーナ、花粉親はJ-B. アンドレ・ギヨ息子(Jean-Baptiste André Guillot, fils)が生み出したイエローのティーローズ、マダム・オスト(Mme. Hoste)でした。
ジュルブ・ローズ(Gerbe Rose)

7cmから9cm径の中輪または大輪、20から30弁の少し乱れがちな丸弁咲き。ラベンダー気味の明るいピンクとなる花色。成熟するにしたがい、花弁の外縁が淡い色合へと退色することから、花色全体のトーンに変化が生じ、精妙な色合となります。
軽い香り。300cmから400cm高さとなります。深い色合いの照り葉、花色と葉色の取り合わせが絶妙で、これがジュルブ・ローズの一番の魅力なのだと思います。ほとんどトゲがない枝ぶりですが、少し固めでランブラーというよりはクライマーとするべきかと思います。
育種の経緯など
1904年、フランスのフレデリック・フォーク(Frédéric Fauque))により育種され、”バラの花束”の意味の”ジュルブ・ローズ”と命名されました。
種親にウィックラーナ、花粉親に明るいピンクのHP、バロネ・アドルフ・ド・ロトシルト(Baronne Adolphe de Rothschild) とを交配し育種されたと言われています。実はこの組み合わせは米国のウォルシュが育種したデビュータントと同じです。
「この長咲きする”美種”は、すべてのバラの中でも、もっとも美しく、最も甘く香る品種のひとつだ…」(Quest Ritson, Charles, “Climbing Roses of the World”, Charles Quest-Ritson, 2003)とまで賞賛されています。
整った花形と、すがすがしい印象の花色は、交配親のひとつである、バロネ・アドルフ・ド・ロトシルトから受け継いでいると思います。花色と深い緑の葉色とのコントラストが涼やかな印象を与えてくれます。
フレデリック・フォーク(Frédéric Fauque:1870-1946)
フレデリック・フォーク(Frédéric Fauque)はフランス中部の年、オルレアンを本拠地とした育種家です。父の代から園芸を生業としフォーク&フィス(Fauque & Fils)を運営していました。通称フォーク=ローラン(Fauque-Laurent)と呼ばれていたようですが、ローランは共同運営者名等ではなく住居のある地名でしたので、「ローランのフォーク」という意味合いだったようです。(フランソワ・ジョワヨ『オルレアン地方のバラとバラ栽培家たち(Roses et Rosiéristes de l’Orléanais)』、2006)
チャールズ・クエスト=リトソンは著書『世界のつるバラ(Climbing Roses of the World)』(2003)のなかで、つぎのように今日まで伝えられている美しい品種の育種者の情報が少ないことを悩んでいます。
このページには、ある謎の人物が潜んでいる。
オルレアンのローラン・フォーク氏で、’アヴィアトゥール・ブレリオ’や’ミス・エリエット’といった重要なバラの作者として名を馳せている人物だ。しかし、フォーク氏と彼の会社フォーク&フィス(Fauque & Fils)については、私は何も知ることができなかった。
特に困惑しているのは、彼の交配種が時折、他者の作出とされていることである。フランスの雑誌「ジュルナル・デ・ローズ」は、「アヴィアトゥール・ブレリオ」、「ジェルブ・ローズ」、「ラ・ペルル」をヴィニュロン氏、「フランシス」をバルビエ氏、「アリス・ガルニエ夫人」をトゥルバ氏と様々に報じている。
アリーダ・ロヴェット(Alida Lovett)

7cmから9cm径、17から25弁ほどの丸弁咲きの花形。5から10輪程度の房咲きとなることが多い品種です。
開花時、わずかにオレンジを含んだような、明るいコーラル・ピンクであった花色は、次第にミデアム・ピンクへと退色します。外縁部の退色が早いため、花芯の色濃さが際立ち、美しいグラデーションの効果が生じます。
強く香ります。
楕円形の片方の端をつまみ上げたようにピンと尖った、深い色合の照り葉。固く、力強い枝ぶり、250cmから400cm高さとなります。枝ぶりはたおやかですが、全体的な印象としてはランブラーではなく大きな花がうつむき気味に咲くクライマーと考えるのが適切のように思います。
育種の経緯など
1905年、アメリカのW. ヴァン・フリート(Dr. Walter van Fleet)により育種され、1917年、苗販売業者であるロヴェット社(Lovett Nursary)社より公表されました。
種親に淡いピンクのハイブリッド・ティー、スヴェニール・デュ・プレジダン・カルノ(Souv. du Président Carnot)、花粉親にウィックラーナが使われました。
販売業者ロヴェット家の娘、アリーダ(Alida)に捧げられた品種です。
ミセス F. W. フライト(Mrs. F. W. Flight)

3cmから5cm径、セミ・ダブル、平咲きの花が房咲きとなります。花色は藤色(モーヴ)気味のミディアム・ピンク、花芯部分は淡く色抜けします。花色は淡い色合いから深いピンクになるなど濃淡の変化が大きいので、時に別品種ではないかと思えるときもあります。
軽い香り。明るい照り葉、ほとんどトゲのない枝ぶり、250cmから350cm高さのランブラーとなります。ランブラーとしては例外的に小ぶりですので、英国などではトゲが少ない性質もありよく利用されています。
育種の経緯など
1905年、英国のカットブッシュ(W. Cutbush)により育種されました。
種親にはノイバラ系ランブラーのクリムゾン・ランブラー(Crimson Rambler)、花粉親にもノイバラ系のザ・ガーランド(The Garland)が使われました。交配親の系列からはノイバラ系ランブラーとするかもしれませんが、照り葉などウィックラーナ系の特徴も見いだされるため、ウィックラーナにクラス分けされることもあります。
育種者のカットブッシュはこの品種以外の育種はほとんど知られていません。
エヴァンジェリン(Evangeline)

小輪または中輪、シングル咲きの花形、豪華な房咲きとなります。
ミディアム・ピンクの花弁、中心部は白く色抜けします。
強い香り。ふっくらと円みを帯びた照り葉、柔らかな枝ぶり、350cmから600cm高さに及ぶランブラーとなります。
耐病性、耐寒性にすぐれたじょうぶな品種であることに加え、他のバラが咲き終わったあとに開花する遅咲きの性質が特出すべき特徴かもしれません。
育種の経緯など
1906年,アメリカのM.H. ウォルシュ(Michael H. Walsh)により育種されました。
種親はウィックラーナ、花粉にはノイバラ系ランブラーのクリムゾン・ランブラーが用いられました。
この組み合わせは、クエスト=リットソン氏がとなえるドロシー・パーキンスの交配と同じです。
ウォルシュは詩人H. W. ロングフェローの熱心な読者だったのでしょう、この品種もロングフェローの叙事詩『エヴァンジェリン: アカディの話 (Evangeline: A Tale of Acadie)』のヒロインにちなんで命名されました。

十七の夏を過した娘は、優にやさしい美人であつた。
目は、道端の茨に實のる苺のやうに、あくまで黒く、
其目が、房々とした前髪の鳶色の影から柔らかに光つた。
つく息は、野に草を食む牝牛の息のやうに、芳しかった。
刈り入れの暑いお午頃、手製のエールの小さな壷を、
働き人に持つて行く時、本當に綺麗な娘であった。
…
訳:斎藤悦子(岩波文庫)
ウォルシュはこの品種の可憐な花に出会ったとき、恋人への思いに命をささげたエヴァンジェリンの姿に通じるものを感じたのでしょう。ヒロインさは、悲劇のヒロインにふさわしいと感じます。
マダム・アリス・ガルニエ(Mme. Alice Garnier)

3cmから5cm径、30弁ほど一度くしゃくしゃしたような乱れた丸弁咲き。
ピンク、アプリコット、オレンジのそれぞれの淡い色合いが出る変化のある花色が特徴です。
熟れた林檎や桃のような強い香りがするという解説も見受けますが、どうでしょうか。
小さめで円みを帯びた照り葉、350cmから500cm高さのランブラーとなります。
ときに返り咲きすることがあります。
育種の経緯など
1906年、フランスのフレデリック・フォーク(Frédéric Fauque)により育種・公表されました。
種親はウィックラーナ、花粉親には淡い色調ながら、ピンク、イエロー、アプリコットと色変化するティーローズ、マダム・シャルル(Mme. Charles)が用いられました。アリス・ガルニエの変化咲きは花粉親のマダム・シャルルの影響が色濃く出ていると思います。
フォークが後世に残したバラは数多くはないものの、ラ・ペールレ、ジュルブ・ローズなど瀟洒で清涼感が感じられるセンスの良さが際立っていると思っています。もっと見直されてよい育種家のひとりです。
フランソワ・ジュランヴィル(François Juranville)

9㎝から11㎝径、15から25弁前後のオープン・カップ型の花が絢爛たる房咲きとなります。
花色は、イエローをベースにサーモン・ピンクが乗ったミディアム・サーモン・ピンク、華やかであると同時に暖かみを感じさせてくれます。
一輪一輪は軽く香る程度ですが、大株に育ったあかつきには、めまいを覚えるほどの香りに包まれます。
丸みを帯びた小さめの、縁などに銅色が色濃くでる深い色合の照り葉、非常に柔らかな枝ぶりの350cmから500cmほど枝を伸ばすランブラーです。
育種の経緯など
1906年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
ウィックラーナを種親に、花粉親にピンクとイエローがまちまちに出る珍しい花色のチャイナ・ローズ、マダム・ローレット・メッシミー(Mme. Laurette Messimy)が使用されたとのことです。
1900年ころから数多いランブラーが育種・公表されていますが、柳の枝のようにしなだれて咲くという姿は珍しいものです。このフランソワ・ジュランヴィルはその数少ない品種のひとつです。パーゴラなどから滝のようにしだれる満開の花を眺めるのは、忘れがたいものがあります。
多少黒星病にかかりやすい傾向があるようにも感じられますが、半日陰にもよく耐え、耐寒性にすぐれた”完璧”なランブラーです。今日でもウィックラーナ・ランブラーの頂点にあると言ってよいだろうと思います。


