GGROSARIANhttps://ggrosarian.comバラと宿根草Tue, 16 Dec 2025 12:09:21 +0000jahourly1https://ggrosarian.com/wp-content/uploads/2024/10/logo_5-150x150.pngGGROSARIANhttps://ggrosarian.com3232 京都池泉庭園~對龍山荘https://ggrosarian.com/2025/12/24/%e4%ba%ac%e9%83%bd%e6%b1%a0%e6%b3%89%e5%ba%ad%e5%9c%92%ef%bd%9e%e5%b0%8d%e9%be%8d%e5%b1%b1%e8%8d%98/Wed, 24 Dec 2025 12:08:49 +0000https://ggrosarian.com/?p=4909

対龍山荘(たいりゅうさんそう)は南禅寺界隈の別荘群のひとつです。近在する無鄰菴や何有荘と同様、南禅寺塔頭跡に建築された数寄屋造りの建屋と琵琶湖疎水をひいた池泉庭園から成っています。 薩摩藩の藩士伊集院兼常は建築、造園に精 ... ]]>

概要

対龍山荘(たいりゅうさんそう)は南禅寺界隈の別荘群のひとつです。近在する無鄰菴や何有荘と同様、南禅寺塔頭跡に建築された数寄屋造りの建屋と琵琶湖疎水をひいた池泉庭園から成っています。

薩摩藩の藩士伊集院兼常は建築、造園に精通していて、維新後は数多くの建屋、庭園の造営して成功し蓄財していましたが、1896年(明治29年)にこの地に別邸を作りました。1901年(明治34年)、別荘は呉服商市田弥一郎の所有となり、数寄屋作りの建物は東京の大工島田藤吉(島藤)が、池泉庭園は7代目小川治兵衛(植治)により新たに造成されました。

2010年よりニトリ・ホールディングの所有となり長く非公開でしたが、2024年より一般公開されるようになりました。

對龍山荘 庭園図

庭の様子

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京都池泉庭園~渉成園https://ggrosarian.com/2025/12/23/%e4%ba%ac%e9%83%bd%e6%b1%a0%e6%b3%89%e5%ba%ad%e5%9c%92%ef%bd%9e%e6%b8%89%e6%88%90%e5%9c%92/Tue, 23 Dec 2025 08:04:05 +0000https://ggrosarian.com/?p=4911

渉成園(しょうせいえん)は京都駅にほど近い下京区にあります。東本願寺の飛地境内です。徳川三代将軍家光により寄進され、代々東本願寺門首の隠居地とされてきました。平安時代嵯峨天皇の子で臣籍降下した源融(みなもとのとおる)が塩 ... ]]>

概要

渉成園(しょうせいえん)は京都駅にほど近い下京区にあります。東本願寺の飛地境内です。徳川三代将軍家光により寄進され、代々東本願寺門首の隠居地とされてきました。
平安時代嵯峨天皇の子で臣籍降下した源融(みなもとのとおる)が塩釜の風景を模して作庭した六条河原院の跡地だとも伝えられています。

河原院は時代を経ると荒廃してしまいましたが、17世紀、当時文人としても知られていた武人、石川丈山により書院式回遊庭園として作庭され、ほぼその姿のまま今日まで伝えられたとのことです。

7,000㎡を超える広い印月池には、明治時代に琵琶湖疎水が開通した際に水がひかれ満々とした風景をかたちつくっています。

渉成園内マップ

庭の様子

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京都池泉庭園~青蓮院門跡https://ggrosarian.com/2025/12/22/%e4%ba%ac%e9%83%bd%e6%b1%a0%e6%b3%89%e5%ba%ad%e5%9c%92%ef%bd%9e%e9%9d%92%e8%93%ae%e9%99%a2%e9%96%80%e8%b7%a1/Mon, 22 Dec 2025 02:01:23 +0000https://ggrosarian.com/?p=4907

青蓮院(しょうれんいん)は東山にある天台宗の寺院です。もとは比叡山の山上にあった修行僧の住居で天台宗開祖の最澄が建立しました。寺は平安時代末期に山を下り、やがて鳥羽上皇など皇族や法親王の祈願所となったことから格があがり、 ... ]]>

概要

青蓮院(しょうれんいん)は東山にある天台宗の寺院です。もとは比叡山の山上にあった修行僧の住居で天台宗開祖の最澄が建立しました。寺は平安時代末期に山を下り、やがて鳥羽上皇など皇族や法親王の祈願所となったことから格があがり、皇族や摂家の子弟が門主を務める門跡寺院となりました。
境内図にあるように宸殿があり、小規模ながらも平安の世の御所の雰囲気を感じることができます。

庭園は相阿弥による池泉庭園、小堀遠州によると伝えられる霧島つつじの植え込み、そして大森有斐による作庭と伝えられる好文亭横の植え込みという三つで形作られていますが、なんといっても相阿弥作と伝えられる地汀の魅力がこの庭園のハイライトだと思います。

青蓮院境内図

青蓮院庭園解説

庭の様子

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京都池泉庭園~がんこ高瀬川二条苑https://ggrosarian.com/2025/12/21/%e4%ba%ac%e9%83%bd%e6%b1%a0%e6%b3%89%e5%ba%ad%e5%9c%92%ef%bd%9e%e3%81%8c%e3%82%93%e3%81%93%e9%ab%98%e7%80%ac%e5%b7%9d%e4%ba%8c%e6%9d%a1%e8%8b%91/Sun, 21 Dec 2025 02:45:01 +0000https://ggrosarian.com/?p=4870

1611年(江戸時代初期、慶長16年)、京都の商人角倉了以(すみくらりょうい:1554-1614)は安南(今日のベトナム)との朱印船貿易によって巨万の富を得ていましたが、鴨川を縦に並走させて伏見へ至る運河の開削をもくろみ ... ]]>

概要

1611年(江戸時代初期、慶長16年)、京都の商人角倉了以(すみくらりょうい:1554-1614)は安南(今日のベトナム)との朱印船貿易によって巨万の富を得ていましたが、鴨川を縦に並走させて伏見へ至る運河の開削をもくろみ、1614年に完成へこぎ着けました。これが高瀬川です。
森鴎外の短編小説『高瀬舟』では、弟殺しから遠島の罪を負った喜助が高瀬舟にゆられながら護送役の同心羽田庄兵衞に自らの人生と弟への思いを語ります。静かに下りゆく浅い流れにわずかに揺れる高瀬舟の喜助へ思いやるのも、この庭の印象を深く刻みつける助けのなると思います。

角倉了以は鴨川から高瀬川への流れの取り込み口に別邸を築き、その際に池泉庭園も築きました。
角倉了以の没後、邸宅は幾度も転売されましたが、1891年、山縣有朋(1838-1922)の所有となりました。山縣は出身地萩の自邸「無鄰菴」にちなみ第二無鄰菴と命名しましたが、すぐに転売し南禅寺近くに「第三無鄰菴」を造営しました。この第三無鄰菴が今日「無鄰菴」と呼ばれる屋敷・池泉庭園です。

この庭園は現在、株式会社がんこが所有し、「がんこ高瀬川二条苑」という料亭になっています。庭園の管理は植藤、16代目佐藤右衛門によるとのことです。

がんこ高瀬川苑パンフレット

庭の様子

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京都池泉庭園~御所御池庭・御内庭https://ggrosarian.com/2025/12/20/%e4%ba%ac%e9%83%bd%e6%b1%a0%e6%b3%89%e5%ba%ad%e5%9c%92%ef%bd%9e%e5%be%a1%e6%89%80%e5%be%a1%e6%b1%a0%e5%ba%ad%e3%83%bb%e5%be%a1%e5%86%85%e5%ba%ad/Sat, 20 Dec 2025 01:48:25 +0000https://ggrosarian.com/?p=4855

御所は平安京への遷都以来、たびたび変わりましたが現在の御所は里内裏であった土御門東洞院殿において、1331年、光厳天皇が即位されて以来のものです。広い御所内のうち、小御所前の御池庭、御常御殿前の御内庭の美しさは格別のもの ... ]]>

概要

御所は平安京への遷都以来、たびたび変わりましたが現在の御所は里内裏であった土御門東洞院殿において、1331年、光厳天皇が即位されて以来のものです。
広い御所内のうち、小御所前の御池庭、御常御殿前の御内庭の美しさは格別のものがあります。

御池庭・御内庭マップ

庭の様子

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京都池泉庭園~永観堂https://ggrosarian.com/2025/12/19/%e4%ba%ac%e9%83%bd%e6%b1%a0%e6%b3%89%e5%ba%ad%e5%9c%92%ef%bd%9e%e6%b0%b8%e8%a6%b3%e5%a0%82/Fri, 19 Dec 2025 00:25:10 +0000https://ggrosarian.com/?p=4821

「もみじの永観堂」で名高い禅林寺は853年、清和天皇の御世にに真言密教の修練道場として開山されました。1072年に第7世永観律師が入寺し浄土念仏道場へと変わったことにより、以後永観堂という呼ばれるようになったとのことです ... ]]>

概要

「もみじの永観堂」で名高い禅林寺は853年、清和天皇の御世にに真言密教の修練道場として開山されました。
1072年に第7世永観律師が入寺し浄土念仏道場へと変わったことにより、以後永観堂という呼ばれるようになったとのことです。その後宗旨も浄土教へと移り、阿弥如来(見返り阿弥陀)を本尊とする浄土宗の寺院となりました。
3,000株とも言われるほどの紅葉が植栽されていて春の新緑、秋の紅葉の美しさが知られています。山沿いに堂が配置され、それらが回廊でつながっています。

Live Japanが伝える永観の話がとてもおもしろいです。

「永観、おそし」と振り返る阿弥陀様
阿弥陀堂には御本尊の「みかえり阿弥陀像」が安置されている。1082年、永観律師が阿弥陀像のまわりを念仏して行道していた時、阿弥陀像が須弥壇から下りて永観を先導し行道をはじめられた。驚いた永観が立ち尽くしていると、阿弥陀様が肩越しに振り返り「永観、おそし」と声をかけられたという。「みかえり阿弥陀像」は永観律師に向けられたその慈悲深い姿を今に伝えている。

庭の様子

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京都池泉庭園~白河山荘https://ggrosarian.com/2025/12/18/%e4%ba%ac%e9%83%bd%e6%b1%a0%e6%b3%89%e5%ba%ad%e5%9c%92%ef%bd%9e%e7%99%bd%e6%b2%b3%e5%b1%b1%e8%8d%98/Thu, 18 Dec 2025 01:30:24 +0000https://ggrosarian.com/?p=4784

白河山荘は琵琶湖疏水を引き入れた南禅寺界隈の池泉庭園。建物(現旧館)は武田五一、庭園は七代目小川治兵衛(通称植治)によるものでした。]]>

概要

白河山荘(白河院とも)は琵琶湖疏水を引き入れた南禅寺界隈の池泉庭園のひとつです。
平安時代、人臣としてはじめて摂政・関白の位にのぼり、後の藤原氏の繁栄を築くことになった藤原良房(804-872)の別邸があった地所として知られています。別邸は数代にわたり藤原氏により維持されていましたが、藤原師実の時代に白河天皇へ献上され、後に法勝寺が建立されて豪勢な伽藍がいくつも立ち並び繁栄を誇りました。しかし、度重なる戦乱のため荒廃し、はるかに時代を下った大正8年(1919)に数寄屋造りの建物と庭園が造られました。
施主は京都の呉服商であった下村忠兵衛(1892-?)、建物(現旧館)は武田五一(1872-1938)、庭園は七代目小川治兵衛(通称植治:1860-1933)によるものでした。
現在は日本私立学校振興・共済事業団が運営するホテルとなっています。

庭の様子

面積400坪ほどのこじんまりとした庭園ですが、琵琶湖疏水を引き入れた流れの水音、木々の緑、そしてひかえめに配置された石など、まぎれもなく植治の庭です。こころ和む空気に満ちています。

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ランブラー・ローズ~Best of the Besthttps://ggrosarian.com/2025/12/11/%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%96%e3%83%a9%e3%83%bc%e3%83%bb%e3%83%ad%e3%83%bc%e3%82%ba%ef%bd%9ebest-of-the-best/Thu, 11 Dec 2025 00:25:03 +0000https://ggrosarian.com/?p=4347

ランブラーはつぎの6グループの系列に分けると整理しやすいと考えています。 春、ランブラー・ローズが彩り華やかに開花し眩暈を覚えるほどの香りを放つとき、多くの人々が魅了されることまちがいないでしょう。ここままで系列ごとに多 ... ]]>

ランブラーの系列

ランブラーはつぎの6グループの系列に分けると整理しやすいと考えています。

春、ランブラー・ローズが彩り華やかに開花し眩暈を覚えるほどの香りを放つとき、多くの人々が魅了されることまちがいないでしょう。
ここままで系列ごとに多くの品種をご紹介してきました。今回はランブラー・ローズのなかでも、とりわけ美しく、それゆえに深く愛されている9品種を”Best of the Best”としてご紹介することにしました。なお、記事は詳細記事から再録(一部簡略)とさせていただきました。

フランソワ・ジュランヴィル(François Juranville)~ウィックラーナ

‘François Juranville’

9㎝から11㎝径、15から25弁前後のオープン・カップ型の花が絢爛たる房咲きとなります。
花色は、イエローをベースにサーモン・ピンクが乗ったミディアム・サーモン・ピンク、華やかであると同時に暖かみを感じさせてくれます。
一輪一輪は軽く香る程度ですが、大株に育ったあかつきには、めまいを覚えるほどの香りに包まれます。
丸みを帯びた小さめの、縁などに銅色が色濃くでる深い色合の照り葉、非常に柔らかな枝ぶりの350cmから500cmほど枝を伸ばすランブラーです。

育種の経緯など

1906年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
ウィックラーナを種親に、花粉親にピンクとイエローがまちまちに出る珍しい花色のチャイナ・ローズ、マダム・ローレット・メッシミー(Mme. Laurette Messimy)が使用されたとのことです。

1900年ころから数多いランブラーが育種・公表されていますが、柳の枝のようにしなだれて咲くという姿は珍しいものです。このフランソワ・ジュランヴィルはその数少ない品種のひとつです。パーゴラなどから滝のようにしだれる満開の花を眺めるのは、忘れがたいものがあります。
多少黒星病にかかりやすい傾向があるようにも感じられますが、半日陰にもよく耐え、耐寒性にすぐれた”完璧”なランブラーです。今日でもウィックラーナ・ランブラーの頂点にあると言ってよいだろうと思います。

フラゲツァイヘン(Fragezeichen)~ウィックラーナ

‘Fragezeichen’ Photo/Wilrooij [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

9cmから11cm径、セミ・ダブル、オープン・カップ形の花が豪華な房咲きとなります。
花色は開花時は深いピンク、熟成すると色が淡くなり、明るいピンクへと変わってゆきます。
香りはありません。
幅狭ながらかなり大きめの照り葉。柔らかな枝ぶり、350cmから500cm高さまで枝を伸ばすランブラーとなります。

育種の経緯など

1910年、ドイツのアマチュアの育種家であったJ・ボートナー(Johannes Böttner )により育種・公表されました。
種親はピンクのウィックラーナ交配種、ドロシー・パーキンス(Dorothy Perkins)花粉親はミディアム・レッドのハイブリッド・パーペチュアル、マリー・バウマン(Marie Baumann)が用いられたと記録されています。

ウィックラーナ系ランブラーとしては、花が例外的なほど大きく、葉も大きめで、非常に特異な印象を受けます。フラゲツァイヘン(クェスチョン・マーク)という実に変わった品種名も、その特異性に由来するのかもしれません。

ファルヘンブラウ(Veilchenblau )~ノイバラ

‘ファルヘンブラウ(Veilchenblau )’

3cmから7cm径、セミ・ダブル・浅いカップ型の花が競い合うような房咲きとなります。
花色はモーヴ(藤色)。花弁の中心部は白くぬけ、花芯のイエローのシベがアクセントとなります。
350cmから500cmほど枝を伸ばすランブラーとなります。大きめのアーチやフェンス、パーゴラへの誘引をおすすめします。

育種の経緯など

1909年、、ドイツのJ.C. シュミット農場(Kiese /J. C. Schmidt:シュミット農場の育種家キース)から公表されました。
種親にクリムゾン・ランブラー、花粉親にパープルのハイブリッド・セティゲラ、エアインネルンク・アン・ブロット(Erinnerung an Brod)が使われました。

ブルー・ランブラーという別名でも知られています。このことからも明らかですが、代表的なパープルの色合いのランブラーとして、今日でも変わらずに愛好されています。
ファルヘンブラウとは”すみれ色”という意味です。(ドイツ語)

タウゼントショーン(Tausendschön)~ノイバラ

‘タウゼントショーン(Tausendschön)’

3㎝から7cm径、セミ・ダブル、波うつ花弁が大きく開く平咲きの花。枝を覆いつくす、絢爛豪華な房咲きとなります。
ピンクの濃淡がそれぞれの花に出て、株全体にグラデーションをかけたような、美しい光景を演出してくれます。350cmから500cmほど枝を伸ばすトゲがほとんどないランブラーです。

育種の経緯など

この品種もファルヘンブラウと同じドイツ、エルフルトのシュミット農場(Hermann Kiese /J. C. Schmidt)から、1906年に育種・公表されました。
種親はイエロー・ブレンドのランブラー、ダニエル・ラコンブ(Daniel Lacombe)、花粉親はホワイトのランブラー、ヴァイサー・ヘルムストレイシェール(Weisser Herumstreicher)であったという解説がありますが、淡いイエローと白花のランブラー同志の交配からピンクの品種が生じたというのは不自然な印象を受けます。シュミット農場では赤花ランブラーとして著名なクリムゾン・ランブラーの実生から生じたと考えていたようです。しかし、クリムゾン・ランブラーとタウゼントショーンは葉の様子などに大きな違いがあります。今となっては調べようもないのですが、不詳の花粉親の性質を強く受け継いでいるのかもしれません。

非常に優れたつるバラに関する著作、『クライミング・ローゼズ・オブ・ザ・ワールド(Climbing Roses of the World)』を著した、チャールズ・クエスト=リットソン(Charles Quest-Ritson)は著作の中で
「すべての時代を通じて、もっとも偉大なガーデン・ローズのひとつだ」と絶賛しています。
“千の美”の意の名にふさわしい、すぐれた品種です。ノイバラ系のランブラーの最高レベルにあると言ってよいでしょう。

ロール・ダヴー(Laure Davoust)~センペルヴィレンス

‘Laure Davoust’ Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

5cmから7cm径ほどの小・中輪、花弁がぎっしりと詰まったカップ型、またはロゼッタ咲き、花芯に緑芽が生じることが多い花形、競い咲くような豪華な房咲きとなります。
開花当初は強めのピンク、すぐに退色して淡い色合へ変化してゆきます。
幅狭の深い色合いのつや消し葉、細めの枝ぶり、500cm高さ以上になるランブラーです。淡いピンクに花開くランブラーとしてこよなく愛されている品種です。

育種の経緯など

1834年、フランスのジャン・ラッフェイ(Jean Laffay)により育種されました。
フランスで発行されていた園芸誌”園芸家と愛好家のための園芸評論(Revue Horticole, ou Journal des Jardiniers et Amateurs)”の1835年版に記載されたのが初出のようです。その際、クラス名はムスクローズとされていました。しかし、数年後にはノイバラ系ランブラー(Hybrid Multiflora)にクラス分けされるようになり、それが今日まで踏襲されています。

じつはこの品種は多くの謎に包まれています。

別名、同一品種

バラについての詩的で精妙な解説で知られるアメリカ、カリフォルニアに圃場を構えていたフランシス・E・レスター(Francis E. Lester)は、著作『わが友、バラ(My Friend The Rose)』(1942刊)のなかで次にように解説しています。

… 私たち(妻とふたり)は、数十年前の火事で焼け落ちた家屋の跡地に案内され…そこで、廃墟と化した家の跡地に案内されました…(そこで)25 セント硬貨(2.5㎝径)ほどの大きさの八重咲きのピンクのつるバラが 20 フィートもの長さの曲がりくねった枝を垂らしていました。これらのバラはすべて 75 年以上前にここで育ち、何世代にもわたって放置されていましたが、それでも毎年自由に、大胆に、元気に咲いていたとのことです。

レスターはこのファンド・ローズにマジョリー・W・レスター(Marjorie W. Lester)という妻の名前をつけました。

また、オランダ、ドイツなどでは現在もアバンドナータ(Abbandonata:“打ち捨てられた”)という別名で出回っています。名前からしてレスター夫妻のケースと同様、墓地あるいは廃墟などで発見された、いわゆるファンド・ローズとも感じられますが、この呼び名は比較的最近見られるようになったので、あるいは1967年制作のイタリア映画『誘惑されて捨てられて(Sedotta e abbandonata)』に由来しているのかもしれません。

マジョリー・W・レスターはかなり早い時期にロール・ダヴーと同一品種だとされ、品種名としては、以後はあまり使われなくなりましたが、アバンドナータは、ロール・ダヴーと同一品種だとされた後も一部ではそのままの品種名で提供されています。

ふたつの”ロール・ダヴー”

国内においては明らかに違う品種(二つ、三つ、いや四つだとも)がロール・ダヴーという同名で出回っているという点がよく言及されています。

左が国内流通のロール・ダヴー、右がフランス、ロベール農場由来のものです。

画像から違いは判別しにくいかもしれませんが、何点か違いがあります。

 花径・花形小葉
国内流通のもの2,3㎝径、平たいロゼッタ咲き 花芯のグリーン・アイが顕著葉先が尖り気味のつや消し葉。表皮はフランス由来のものよりザラついているフランス由来よりわずかに長め
フランス由来5~7㎝径ほど、多少ボリュームのあるロゼッタ咲き グリーン・アイは生じるが、オランダ由来のものほどはっきりしていないオランダ由来のものより、濃色となる。尖り気味の葉先だが比較すると、丸みを帯びているあまり長くない

ノイバラ系ランブラーにクラス分けされていることへの疑問

ロール・ダヴーはノイバラ系ランブラーにクラス分けされることがほとんどですが、なかには疑問を呈している研究家もいます。

敬愛する園芸研究家グラハム・S・トーマスは彼の著作”Graham Stuart Thomas Rose Book” 1994のなかで次のように解説しています。

ロール・ダヴー。1834年または1846年、フランス、ラッフェイによる。
滑らかな茎と長く尖った中緑の葉、たくさんの花が咲き、通常分類されるノイバラ系よりもセンペルヴィレンス系とするほうが適切ではないかと感じている。

マゼンタ・ピンクのつぼみから、花はほぼ平らに開くが、カップ状、ロゼッタまたはクォーター咲きとなる花形。花芯には緑芽が生じる。

花は、柔らかなライラック・ピンクからホワイト気味へと退色してゆく。甘い香り。イェーガー氏(トーマス氏の友人か)は15フィート以上に成長すると言っているが、私が持っている株は8フィートを超えていない。

英国の庭園史の研究家であるチャールズ・クエスト=リットソン氏は2003年刊行の著作『世界のクライミング・ローズ(Climbing Roses of  the World)』のなかで、グラハム・トーマス氏よりもずっと明確にノイバラ系ランブラーではないと述べています。

センペルヴィレンスとノワゼットの交配種であるこのバラは、開花したては非常に魅力的だ。花はカップ状で重なり合うこともあるが、通常はクォーター咲きで、美しくカールした花弁が密集して現れる。花びらは外側が濃いピンクで中心に向かって色が薄くなり、ボタン芽があり、人気の矮性チェリーであるプルヌス・グランデュローサ・シネンシスを思い起こさせる。

日陰で育てない限り、花色はほとんど褪せてしまい、シーズン中ごろには花房はシュガー・アーモンド・ピンクと白の塊になってしまう。

開花したときはとても魅力的なこの品種は、花房が密集しすぎて個々の花がひどく枯れて、花びらが落ちないまま茶色に変わるため、後に最も魅力のないバラの ひとつとなってしまう。

濃色の葉色は、典型的なセンペルヴィレンスだと言える。生育は気温の高低に依存する。温暖な気候のもとでは、このロール・ダヴーは 8 メートルにも達する。

このたび、別に起こした記事で、ノイバラ系ランブラーの育種の経緯をたどってゆきました。その過程で気づかされたことがあります。

19世紀に入り、バラの育種は香り高い大輪花の育種が目指されていましたが、原種ノイバラあるいはノイバラ交配種のカタエンシスなどが一部交配に用いられたものの、当時の育種の主流となっていなかったという点です。赤花を咲かせるクリムゾン・ランブラーが交配親となって濃色のランブラーが生み出されるようになるのは、ずっと後、1900年代に入ってからです。

不思議だと思ったのは、このノイバラ系ランブラーとして、もっとも完成された美しさを誇るロール・ダヴーが1834年(1846年説もある)にジャン・ラッフェイによって育種・公表されたとされていた点です。これは、クリムゾン・ランブラーなどが交配親として使われるようになるよりも50年以上も前だということです。

グラハム・トーマス氏やクエスト=リットソン氏が言及したように、ロール・ダヴーをノイバラ系ではなく、センペルヴィレンス系のランブラーにクラス分けすると、このあまりにも突出した出現を論理的に説明できるのはではないでしょうか。

アデライド・ドルレアン(Adélaïde d’Orléans)~センペルヴィレンス

アデライド・オルレアン
アデライド・ドルレアン(Adélaïde d’Orléans)

3cmから5cm径、開花はじめは丸弁咲き、成熟すると平咲きの花形となります。
どんぐりのような愛らしい丸みを帯びた蕾は濃いピンク。開花当初は、その色合が残って淡いピンクとなることもありますが次第にクリーム色、さらに純白へと変化します。
深めの緑、幅の細いつや消し葉。細く、柔らかな枝ぶり、350cmから500cm高さとなるランブラーです。

育種の経緯など

1826年、フランスのアントワーヌ・ジャック(Henri-Anoine A. Jacques)が育種・公表しました。センペルヴィレンスが交配親のひとつと見なされていますが詳細は不明です。
ルイ=フィリップの妹、ルイーズ・ドルレアン(Louise Marie Adélaïde Eugénie d’Orléans:1777-1847)に捧げられました。

Adélaïde d'Orléans
‘Adélaïde d’Orléans ‘ Painting(reproduction)/ François Gérard(the original was lost) [Public Domain via Wikimedia Commons]

アデライドは兄ルイ=フィリップが1794年、フランス共和制議会から”反革命”の烙印を押されて亡命を余儀なくされた後、1801年にアメリカへ亡命しました。
アメリカにおいて富裕な商人と結婚し4人の子供をもうけましたが、ルイ=フィリップがナポレオン失脚後の王制復古の機運により1814年にフランスへ帰国した折、アメリカの家族の許を離れ、兄と暮らす道を選択しました。

生まれながらの聡明さと長い海外生活から、母国語であるフランス語のほか、英語、イタリア語、ドイツ語に堪能で、兄ルイ=フィリップを政策上でもよく支えました。

この品種が彼女へ捧げられた時、フランスは王制復古派の勢力が優勢で、それゆえに安寧な毎日を送っていた時期でした。1830年、ルイ=フィリップはフランス国王に就きましたが、1848年に王位を追われてしまいました。アデライドはその前年に生涯を終えたため、兄の零落を見ることはありませんでした。

アデライドはボタニカルアートを趣味としていてピエール=ジョゼフ・ルドゥーテの指導を受けました。今日まで美しい植物が残されています。

‘Botanical Painting’ Painting/Adélaïde d’Orléans [Public Domain via Wikimedia Commons]

エンヘン・フォン・タラウ(Ännchen von Tharau)~エアーシャー

エンヘンフォンタラウ
Photo/Geolina [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

果実のように固く結んでいた蕾は少しづつふくらみ、7cmから9cm径、整ったカップ型の大輪花となります。花色はわずかにピンクがかった白。熟成すると花弁は乱れ、やがてハラハラと散ってゆきます。300㎝から400㎝高さのランブラーとなります。

灰色がかった緑のつや消し葉と白花とのコントラストは、清楚でありながら、同時に妖しいほど魅惑的です。開花の最盛期に出会うことができれば、白花ランブラーの美しさの極みを満喫する喜びを感じることができるでしょう。

育種の経緯など

1885年以前にハンガリーのR.ゲシュヴィント(Rudolf Geschwind)により育種されました。アルバとエアシャー・ローズまたはロサ・アルヴェンシスの交配によるとされることが多いのですが、詳細は分かっていません。

ノイバラ系のランブラーにクラス分けされたり、大輪花であることからアルバとされたり、樹形からエアシャー・ローズ(アルヴェンシス)とされるなど所属するクラスが揺れています。

エンヘン・フォン・タラウは、タラウ(現在のロシア領‐本土からの飛び地、カリーニングラード州)の司祭の娘、アンナ・ネアンデルに捧げられた民謡とのことです。
歌詞は 1634 年に、彼女への求婚を拒絶された青年ヨハン・フォン・クリングスポルンを話種にしてサイモン・ダッハによって綴られた詩が元になっているとのことです。元はドイツ語ですが、『ハイアワサの歌』などで名高いアメリカの詩人H. W. ロングフェロー(Henry Wadsworth Longfellow)の翻訳もよく知られています。以下はロングフェローからの重訳(Google翻訳、一部修正)の冒頭です。

タラウのアニー、昔からの愛しい恋人よ、/Annie of Tharaw, my true love of old,
彼女はわたしの命、財産、黄金。/She is my life, and my goods, and my gold.

タラウのアニー、彼女はもう一度/Annie of Tharaw her heart once again
喜びと苦しみの中でわたしに心を捧げた。/To me has surrendered in joy and in pain.

タラウのアニー、わたしの富、わたしの善よ、/Annie of Tharaw, my riches, my good,
おお、あなた、わたしの魂、わたしの肉、そしてわたしのたぎる血よ!/Thou, O my soul, my flesh, and my blood!

ポールズ・ヒマラヤン・ムスク(Paul’s Himalayan Musk Rambler)~ムスク

‘Paul’s Himalayan Musk Rambler’

3cm径ほどの、小さな丸弁咲きの花が、ひしめき合うような房咲きとなります。
淡いピンクの花色、春、いっせいに開花する様子は、遅れ咲いた満開の桜のような爽やかな印象を残してくれます。
ムスク系の香り。
大きめの葉、灰色がかった、落ち着いたつや消し葉。柔らかな、まっすぐに伸びる枝ぶり、順調に成育すれば、数年後には500cmを超えるほどまで枝を伸ばす、ランブラーです。耐病性に優れ、耐陰性もあわせ持つ強健な、”完璧な”品種のひとつです。

育種の経緯など

1916年、イングランドのジョージ・ポール・Jr(George Paul Jr.)により公表されました。
種親はロサ・ブルノイー、花粉にムスク・ローズ交配種が使われ育種されたのではないかと言われています。

ランブリング・レクター(Rambling Rector)~ムスクorノイバラ?

‘Rambling Rector’

3cm径、セミ・ダブルまたはダブル咲きの小輪の花が春、咲き競うような房咲きとなります。
クリーミィ・ホワイト、また、次第に純白へと退色する花色。花芯のオシベのイエローとのコントラストが見事です。
絢爛たる香りが漂います。
旺盛に枝を伸ばすランブラーです。600cm高さx600cm幅になると想定する必要があると思います。壁面を覆ったり、また、大きめのパーゴラなどに誘引して春、枝垂れ咲きとなる様を鑑賞したりする楽しみかたができる品種です。このランブリング・レクターこそがムスク・ローズ系ランブラーの到達点を示す品種だと思っています。

育種の経緯など

Rambling Rectorとは「ぶらぶら散歩している牧師」といった意味かと思います。
以下の解説のとおり、1900年ころ、英国で育種されたとみられていますが育種者は誰だったのかは分かっていません。
ノイバラとムスク・ローズの影響が顕著であるため、両原種の交配によるのだろうと考えられています。クラス分けもノイバラ系とされたりムスク・ローズ系とされたり揺れ動いていますが、落葉しないこともあるので「ムスク・ローズだな」というのが個人的な印象です。

グラハム・トーマスは著作”Graham Stuart Thomas Rose Book” 1994のなかで次のように語っています。

ほぼ、純粋なノイバラと言っていいが、花形はセミ・ダブルだ…1912年版のデージー・ヒル・ナーサリーのカタログにリストアップされていた。

この記述に対し、当のデージー・ヒル・ナーサリーは次のように訂正しています。

あらゆるバラの中でも最も生命力の強いものの一つ… 美しく、ほとんど枯れない葉と、大きな白い花房を持つ
非常に生命力の強いバラ。花は八重咲きで、大きな直立した房状に咲き、クリーム色から白く色づく。この品種に特有な芳醇な香り。
トーマスによると、このバラは1912年にデイジー・ヒルのカタログに初めて掲載されたとされているが、それ以前にのカタログ (1901-1902) にも掲載されていた。トム・スミス(註:スコットランドのバラ育種家か?)がこのバラに命名した可能性もあるが、カタログには彼がこのバラを育成または発見したという記述はない。もしスミスがこのバラに命名したとしたら、彼がどの牧師館で入手したのかを知るのは興味深いだろう。ランブリング・レクター(散歩中の牧師)が誰だったのか、私たちはおそらく永遠に知ることはないだろう。(Google翻訳、一部修正)

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ウィックラーナ・ランブラー④~フィナーレに向けてhttps://ggrosarian.com/2025/12/04/%e3%82%a6%e3%82%a3%e3%83%83%e3%82%af%e3%83%a9%e3%83%bc%e3%83%8a%e3%83%bb%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%96%e3%83%a9%e3%83%bc%e2%91%a3%ef%bd%9e%e3%83%95%e3%82%a3%e3%83%8a%e3%83%bc%e3%83%ac%e3%81%ab%e5%90%91/Thu, 04 Dec 2025 02:24:23 +0000https://ggrosarian.com/?p=4577

5cmから7㎝径、開花当初は25弁ほどの高芯咲き、しだいに乱れがちな丸弁咲きとなります。花色は白またはわずかにクリームがはいったようなオフ・ホワイト。明るい色合いの照り葉、固めの枝ぶり、350cmから500cm高さのクラ ... ]]>

メアリー・ロヴェット(Mary Lovett)

‘Mary Lovett’ Photo/Krzysztof Ziarnek [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

5cmから7㎝径、開花当初は25弁ほどの高芯咲き、しだいに乱れがちな丸弁咲きとなります。
花色は白またはわずかにクリームがはいったようなオフ・ホワイト。
明るい色合いの照り葉、固めの枝ぶり、350cmから500cm高さのクライマーとなります。頻繁とは言えませんが秋に返り咲きすることがあります。

育種の経緯など

1915年、アメリカのW. ヴァン・フリート(Dr. Walter van Fleet)により育種・公表されました。ヴァン・フリートが育種した品種の販売に携わっていたロヴェット一家のメアリーにちなんで命名されました。
種親はウィックラーナ、花粉親は淡いイエローの大輪花を咲かせるHT、カイゼリン・オーグスト・ヴィクトリア(Kaiserin Auguste Viktoria)。この組み合わせは実はドイツのヘルマン・アルブレヒト・ヘッセが1909年に育種・公表したフリューレン・オクタヴィア・ヘッセと同じです。花色はともに白ですが両品種には花形に違いがあり、このメアリー・ロヴェットはむしろヴァン・フリート由来の名品種ニュー・ドーンによく似ています。そのことから、”ホワイト・ニュー・ドーン”という別名で呼ばれることもあります。

エミリー・グレー(Emily Gray)

Emily Gray
‘Emily Gray’ Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via Rose-Biblio]

9cmから11cm径、セミ・ダブル、乱れ勝ちは平咲きの花が数輪ほどの”連れ”咲きとなります。
開花時は鮮やかなイエロー、熟成すると次第に褪色して、ラスト(さび色)がはいったようにくすんだ色合いへと変化してゆきます。
強く香ります。
非常に深い色合の照り葉、じょうぶで旺盛に成長し、500cm高さまで達することもあるクライマーですが、柔らかで、クライマーというよりはランブラーと考えるほうがよい枝ぶりです。

育種の経緯など

1918年、英国のアマチュアのバラ育種家であった、A.H. ウィリアムズ(Dr. A.H. Williams)が育種しました。
種親はライト・イエロー、シングル咲きのウィックラーナ・ランブラー、ジャーシー・ビューティ(Jersey Beauty)、花粉親はアプリコット・オレンジのチャイナローズ、コンテス・ドュ・カイラ(Comtesse du Cayla)が用いられました。
ウィリアムの姉(または妹)にちなんで命名され、英国カント社を通じて公表されました。公表から、今日まで、最も評価の高いイエローのつるバラのひとつとされています。
ウィリアムはこの品種の公表の後、1933年から翌年にかけて、英国バラ協会の会長に就任しました。

ピュリティ(Purity)

‘Purity’ Photo/Rudolf Bergmann [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

9cmから11cm径、9から16弁のセミ・ダブル、平型の花形。3輪から5輪ほどの小さな房咲きとなります。
花色は名前(Purity:純粋)にふさわしい純白。
甘い強い香り。
中くらいのサイズの、多少銅色の入った照り葉、柔らかな枝ぶり、350cmからときに500cmまで達する大きめのクライマーとなります。

育種の経緯など

1917年、アメリカのJ. ファレル( James A. Farrell )より育種され、フープス&トーマス社(Hoopes Bros. & Thomas Co.)を通して公表されました。
種親:無名種(ウィックラーナとディープ・レッドのHT、マリオン・ディンジーの交配による)
花粉親:ピンクのHT、マダム・カロリーヌ・テストゥー(Mme. Caroline Testout)
この交配組み合わせは、フープス&トーマス社が公表した他の品種、ピンクのクライマー、クリスティン・ライト、深い赤のクライマー、アメリカン・ビューティと同じ内容です。同じ交配組み合わせから、ピンクと赤と白のクライマーが育種されたということですが、バラ交配の不思議を深く感じます。

ブリーズ・ヒル(Breeze Hill)

‘Breeze Hill’ Photo/Wilrooij [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

9cmから11cm前後、30弁を超える多弁、丸弁咲き、または、ロゼッタ咲きとなる、端正な花形。
暖かみを感じるアプリコットの花色、花弁のひとつひとつにピンクが薄くのった色合となります。次第に花弁の外縁は淡い色合へと変化しますが、花芯は色が残り、美しい花姿となります。軽く香ります。
いくぶんか蒼みをおびた葉は、他の品種にはあまり見られない特異なものです。大きいトゲに覆われた横這いする強めの枝ぶり。成長は遅いものの、枝を伸ばし続け、400cmから600cm高さへ達する大株となるクライマーです。

育種の経緯など

1918年、米国の名育種家、W.ヴァン・フリート(Dr. Walter van Fleet)が育種し、1926年にアメリカ・バラ協会(ARS;American Rose Society)において公表され、世に出るきっかけとなりました。市場に出まわるようになるのはなぜか、さらに3年後の1929年になってからでした。
種親にはウィックラーナ、花粉にはオレンジ・レッドのHT、ボーテ・ド・リヨン(Beauté de Lyon;リヨンの美)用いられたというのが通説ですが、葉、樹形などの特徴から、中国四川省西部の山間部に自生する原種、ロサ・ソウリエアーナ(R. soulieana)の影響を感じるという解説もあります。(Stevens, G.A., “Climbing Roses”)
ウィックライアナ系の品種ではもっとも大輪花を咲かせる品種のひとつと言われています。名花ニュー・ドーンの親品種である、ドクター・ヴァン・フリートよりも高い評価を与える研究者もひとりやふたりではありません。

アメリカ、ペンシルバニアのバラ愛好家で、1930年から2年間、米国バラ協会(ARS)の会長でもあったマクファーランド博士(Dr. J. Horace McFarland:1859-1948)の住いで個人のバラ園として当時著名であったブリーズ・ヒル(凍りついた丘)にちなんで命名されました。
博士は庭植えバラ育成者の集まりに止まっていたARSを、広くバラ愛好家を会員に募ることにより組織だった大きな協会へと発展させるのに多大な貢献がありました。

アルベルティーヌ(Albertine)

‘Albertine’

7cmから9cm径、カップ型に開いた花は、次第に花弁が折り返って、熟成したティー・ローズのような形へと変化します。このすこしくずれたような艶のある花姿に魅了されます。
淡いピンク・サーモンの花色となりますが、微妙な色合いがくずれた花姿とよくマッチングします。
多少香ります。(中香)
銅色が出る、暖かみのある照り葉、大きなトゲのある少し固めの横這いする枝ぶり、300cmから450cmほどまで枝を伸ばすクライマーとなります。

育種の経緯など

1921年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。確定的とは言えませんが、マルセル・プルーストによる自伝的な長編小説『失われた時を求めて』に登場するヒロイン、アルベルティーヌ・シモネ(Albertine Simonet)にちなんで命名されたのではないかと思います。

種親にはウィックラーナ、花粉親にはオレンジ・ピンクのHT、ミセス・アーサー・ロバート・ウォーデル(Mrs. Arthur Robert Waddell)が使われました。

ARS(米国バラ協会)では、ラージ・フラワード・クライマーとして登録されています。これは、枝が比較的太め、固いこと、また、花姿がハイブリッド・ティーの花形に似通っていることからくるのだと思われます。
しかし、全体から受ける印象としては、ウィックラーナ・ランブラーと考えたほうが適当と思われます。

メアリー・ワラス(Mary Wallace)

‘Mary Wallace’ Photo/Rudolf Bergmann [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

7cmから9cm径、セミ・ダブル、乱れ勝ちなカップ型となる花が、枝いっぱいに咲き誇る房咲きとなります。
花色はミディアム・ピンク、サーモン気味の暖かみが出たり、逆にラベンダー・シェイド気味となって冷涼感のある花色になるなど、変化があります。
小さめの丸みを帯びた照り葉、350cmから500cm高さへおよぶ、非常に柔らかな枝ぶりのランブラーとなります。

育種の経緯など

1922年、1902年、アメリカのW. ヴァン・フリート(Dr. Walter van Fleet)により育種・公表されました。
種親にはウィックラーナ、花粉親には詳細不明のピンクのHTが用いられたようです。
玄関までの小路を飾ることを念頭に置いて、ドアウェイ・ローゼス(Doorway Roses)として数多くの美しいランブラーやクライマーを生み出した、ヴァン・フリートでしたが、このメアリー・ワラスはとりわけ多花性と優雅な樹形が愛されました。

プリムヴェール(Primevère)

‘Primevère’

9cmから11cm径、50弁から70弁ほど、繊細な花弁が重なりあったような丸弁咲きの花形となります。
花色は淡いイエロー、花芯が色濃く深みを増して美しい色合いとなります。
香りはわずか。
明るい色調の照り葉、240cmから360cm高さの、細く、しなやかな枝ぶりのランブラーとなります。500cm超えなど大株になりがちなウィックラーナ・ランブラーの中にあっては比較的小さめです。

育種の経緯など

1929年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
種親にはウィックラーナ、花粉親にイエローのHT、コンスタンス(Constance)が用いられました。Primevèreとはプリムラ(西洋桜草)のことです。

クープ・ドール(Coupe d’Or)

画像は下記サイトで。
https://www.rosier-pepiniere.com/rosiers-grimpants/178-coupe-d-or.html

7cmから9cm径、名前(黄金の杯)の通りのカップ咲きの花形、40弁を超える多弁、花弁が密集する花芯には緑のボタン芽ができることもあります。
明るい、ミディアム・イエローの花色。周辺部はいくぶんか退色し、淡い色合に変わり、花芯の濃いめのイエローとのコントラストが鮮やかです。
強く香ります。
幅広でまるみのある深い色合の照り葉。新芽の枝の紅色が目を惹く、比較的柔らかめな、クライマーとランブラーの中間的な固さの枝ぶり、250cmから350cm高さとなります。

育種の経緯など

1930年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
アプリコットのシングル咲きのウィックラーナ・ランブラー、ジャコット(Jacotte)の実生から生み出さたとのことです。すでに失われてしまったのではと言われていましたが、最近、フランスのナーサリーから再び提供されるようになりました。

ウェディング・デイ(Wedding Day)

‘Wedding Day’ Photo/wilrooij [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

3cm径ほどの小輪、シングル咲きの花が寄り集うような房咲きとなります。花色は白またはわずかに濁りのあるオフ・ホワイト。花芯のイエローのシベがアクセントとなります。
強い柑橘系の香り。たまご型の明るい色合いの照り葉、ときに500cm高さを超える大型のランブラーとなります。

育種の経緯など

1950年、英国のF. C. スターン(Sir Frederick C. Stern)により育種・公表されました。
種親はロサ・シノウィルソニー(R. sinowilsonii)。中国四川省などで見られる大輪の白花品種ですが、原種ではなく、ロサ・ロンギクスピス(Rosa longicuspis)からの選別種かもしれないとされているようです。花粉親は園芸種のようですが、特定されていません。

育種者スターン卿は英国南部ウエスト・サセックスに庭園を保持していたようです。芍薬の研究書なども公刊しています。
バラの育種としてはこの”ウェディング・デイ”が知られるだけですが、卿と婦人の結婚記念日である6月26日に初めて開花したことから”ウェディング・デイ”と名付けられたとのことです。

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ウィックラーナ③~ポスト・ジュランヴィルhttps://ggrosarian.com/2025/11/27/%e3%82%a6%e3%82%a3%e3%83%83%e3%82%af%e3%83%a9%e3%83%bc%e3%83%8a%e2%91%a2%ef%bd%9e%e3%83%9d%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%bb%e3%82%b8%e3%83%a5%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%b4%e3%82%a3%e3%83%ab/Thu, 27 Nov 2025 02:18:48 +0000https://ggrosarian.com/?p=4509

1906年、バルビエ兄弟によりフランソワ・ジュランヴィルが育種・公表された後、ウィックラーナ交配種の公表ラッシュはおだやかなものに変わりました。下垂するランブラーを庭植えするという庭愛好家の要望が低調になったのではなく、 ... ]]>

1906年、バルビエ兄弟によりフランソワ・ジュランヴィルが育種・公表された後、ウィックラーナ交配種の公表ラッシュはおだやかなものに変わりました。
下垂するランブラーを庭植えするという庭愛好家の要望が低調になったのではなく、鮮やかな花色でより大輪花を咲かせ、返り咲き性を持ち合わせた品種群、のちにラージフラワード・クライマーというクラス名のもとカテゴライズされる新たな品種がつぎつぎに市場へ提供されるようになったことが主な理由だと思います。
それでも、品種群(=クラス)の終わりは”常に美しい”と言えます。以下、フランソワ・ジュランヴィルの後を追い、フィナーレに向けて登場した美しい品種を公表年に従ってご紹介することにします。

アレクザンドル・ジロ(Alexandre Girault)

7cmから9cm径、開花すると花弁が大きく開き平咲きとなることが多い花形。花芯は白く色抜けすることが多く、またに小さな花弁が密集してボタン芽ができることも。
花色はストロング・ピンク、時にクリムゾンに近い花色となったり、また、花芯が色抜けして、オレンジ・イエローが出たりと、色変化が非常に大きいことが知られています。
フルーティな強い香り。
明るい色合いの照り葉、350cmから500cm高さまで達する大株となるランブラーです。シュートを盛んに出すため、ピラー仕立てには不適、大きめのフェンス、パーゴラなどで春の開花を楽しむのが、この品種の特徴をもっとも生かす方法ではないでしょうか。

育種の経緯など

1907年、フランスのバルビエール兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
種親はウィックラーナ、花粉親にはピンクのティー・ローズ、パパ・ゴンティエ(Papa Gontier )が用いられました。
パリ郊外のバラ園、ロザリー・デライのフェンスを覆いつくしているランブラーとして知られています。

エクセルサ(Excelsa)

2cmから3cm径の小さなポンポン咲きの花が競い合うような房咲きとなり、みごとです。
花色はミディアム・レッド(ARS)として登録されていますが、実際にはディープ・ピンクとしたほうが良いように思います。
丸みの強い、小さな、深い色合の照り葉。非常に柔らかな枝ぶり、350cmから500cm高さへ及ぶランブラーとなります。

育種の経緯など

1908年、アメリカのM.H. ウォルシュ(Michael H. Walsh)により育種・公表されました。
種親はウィックラーナ、花粉親はクリムゾン・ランブラー(Crimson Rambler)とのこと。これはピンクのウィックラーナ・ランブラー、ドロシー・パーキンスのクエスト=リットソン説と同じ交配です。
それゆえでしょうか、ふたつの品種は花色に違いがあるだけで葉形も樹形もよく似ていて、実際このエクセルサはレッド・ドロシー・パーキンスという別名でも流通しています。

エクセルサから新たなランブラーも生まれています。ひとつは1950年ころに英国のA. ノーマン(Albert Norman)により公表されたクリムゾン・シャワー(Crimson Shower)。さらに1986年には返り咲き性を得たスーパー・エクセルサ(Super Excelsa)がドイツのK. ヘッツェル(Karl Hetzel)から公表されています。今日ではともに元品種のエクセルサよりも愛されているように思います。

クリムゾン・シャワー(Crimson Shower)

‘Crimson Shower’

スーパー・エクセルサ(Super Excelsa)

‘Super Excelsa’ Photo/wilooiji [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons]

ミス・エリエット(Miss Helyett)

9cmから10cm径、40弁を超える多弁、小さな花弁が密集してダリアに似かよった丸弁咲きの花形となります。
淡い、しかし温かみをふくんだサーモン・ピンクの花色。熟成すると、全体に淡いピンクへと変化します。
香りはわずかです。
幅広で大きめ、深い色合の照り葉。細く柔らかな枝ぶりの300cmから450cmほどに達するランブラーです。

育種の経緯など

1908年、フランスのフレデリック・フォーク(Frédéric Fauque)により育種されました。
種親はウィックラーナ、花粉親にはピンクのティー・ローズ、エルネ・メット(Ernest Metz)が用いられました。

『ミス・エリエットは』はフランスの文豪モーパッサンが1884年に公刊した短編、『ミス・アリオット(Miss Harriet)』を原作として作詞作曲され、1891年に初演されたオペレッタ。

オペレッタは作曲エドモン・オードラン(Edmond Audran)、作詞マキシム・ブシュロン(Maxime Boucheron)による3幕のオペレッタ。
物語は、極めて厳格なヒロインが、ピレネー山脈で転落事故から自分を救ってくれた見知らぬ男性に、下半身を露わにした姿を見られてしまったことから、彼と結婚する義務があると信じ込んでしまい、様々な騒動が巻き起こる様子を描いているとのこと、今日では公演される機会は少ないようです。

アヴィアテュール・ブレリオ(Aviateur Bleriot)

‘Aviateur Bleriot’

6cmから8cm径、中輪、丸弁咲きの花形。
白またはライト・イエロー、全体に淡いピンクに色づくこともある花色です。
軽く香ります。
幅広の、非常に深い緑色の照り葉。柔らかな枝ぶり、350cmから500cmまで旺盛に枝を伸ばすランブラーです。

育種の経緯など

1910年、フランスのフレデリック・フォーク(Frédéric Fauque)により育種されました。
種親にウィックラーナ、花粉親にはイエローのノワゼット、ウィリアム・アレン・リチャードソン(William Allen Richardson)が用いられました。

品種名の由来

アヴィアテュール・ブレリオ(Aviateur-“飛行士” Bleriot:Louis Bleriot、1872-1936)はフランスの航空機製作にたずさわった人物です。1909年、英国の新聞社デイリー・メールが公募したドーバー海峡横断飛行に応じ、自ら設計した複葉機によりフランスのカレーからイングランドのドーバーまで最初の飛行に成功しました。

‘Blériot XI’ [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons]

その所要時間は37分ということでしたが、当時の航空機は40分弱しか航続時間がなく、カレーからドーバーへの飛行は文字通り命がけのものでした。

当時、航空機による英国入国は想定外で、法律にも対応した規定がなかったため、イギリスの税関当局者は、フランスから国境を越えて飛来したブレリオ XIの書類上の取扱に困惑した。やむなく税関は、飛行機を「ヨット」と見なして入国手続を行った、という有名な逸話があります。

この「歴史的飛行」の達成により、ブレリオはデイリー・メールの懸賞を獲得したのみならず、フランス政府からレジオンドヌール勲章を授与され、出発地はその偉業を記念して、ブレリオ海岸(Blériot-Plage)と命名されました。(Wikipedia etc.)

フリューレン・オクタヴィア・ヘッセ(Fräulein Octavia Hesse)

‘Fräulein Octavia Hesse’ Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

7cmから9cm径、しばしば40弁を超えるルーズな丸弁咲きまたはカップ咲き。
淡いイエローまたは白花が単輪、または数輪の房咲きとなります。
フルーツ系の軽い香り。
小さめ、丸みを帯びた照り葉、柔らかな枝ぶり、350cmから500cm 高さに達するランブラーです。

育種の経緯など

1909年、ドイツのヘルマン・アルブレヒト・ヘッセ(Hermann Albrecht Hesse:1852-1937)により育種・公表されました。
種親にウィックラーナ、花粉親に淡いイエローの大輪花を咲かせるHT、カイゼリン・オーグスト・ヴィクトリア(Kaiserin Auguste Viktoria)が使われました。
命名は育種者ヘッセの娘にちなんだものと思われます。

グラハム・トーマスは著作『the Graham Stuart Thomas Rose Book』(1994)のなかで「アルベリック・バルビエによく似ているが、それより美しい」と評しています。
ヘルマン・A・ヘッセは当時大きな園芸植物圃場を運営していたようですが、バラの新品種はこのフロイライン・オクタヴィア・ヘッセ以外は知られていません。

ポール・ノエル(Paul Noël)

‘Paul Noël’

7cmから9cm径、30弁ほど、小さな花弁が花芯にひしめき合うように密集する、丸弁の花形。3から5輪の小さな房咲きとなり、春は株全体を覆いつくすような多花性となります。
開花時は、暖かみを感じさせる、ミディアム・サーモン・ピンクの花色、成熟すると、明るいピンクへと変化します。
軽く香ります。
小さな、まるみのある、深い色合の照り葉。誘引しないと、地を這って伸びてゆくような、非常に柔らかな枝ぶり。たおやかにアーチングする枝ぶりをクラスの特徴とするウィックライアナ交配種の中にあってもとりわけ柔らかな枝ぶりになると言ってよい品種です。350cmから500cmまで枝を伸ばします。

育種の経緯など

1910年、フランスのR・タン(Remi Tanne)により育種・公表されました。
ウィックラーナを種親に、オレンジ・ピンクのティーローズ、ムッシュ・ティリエ(Mons. Tillier)を花粉親として交配されました。


ピンク・オレンジのランブラー、ポール・トランソンと、花色も樹形も名前も似ているため、しばしば混同されてしまいます。
一番大きな違いは、ポール・ノエルは弱いながらも返り咲きする性質を有すること、ポール・トランソンは春一季咲きです。

シルバー・ムーン(Silver Moon)

‘Silver Moon’ Photo/MM [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons]

9cmから11cm径、9から16弁ほどのセミ・ダブル、平形の花形。3輪から5輪ほどの小さな房咲きとなります。
とがり気味の淡いイエローのつぼみは開花すると、純白となります。長いイエローのシベ、風にそよぐ広く大きめの花弁の様子がこの品種の魅力です。香りはわずか。
中くらいのサイズのかたち良い、深い緑のつや消し葉。比較的柔らかな枝ぶり、500cmからときに900cmまで枝を伸ばす、大型のランブラーですARS(American Rose Society)への品種登録としては、ラージ・フラワード・クライマーとされているのですが、多少強めの枝ぶりとはいえ、ランブラーとしての性質がまさるように思いますので、ここでは、ウィックライアナ系ランブラーとしました。

育種の経緯など

1910年、アメリカのW. ヴァン・フリート(Dr. Walter van Fleet)により育種・公表されました。
交配親については異説もあるようですが、通説は次の通りです。
種親:無名の交配種(ウィックライアナと花芯が淡いピンクに色づく、クリーミィ・ホワイトのティーローズ、デヴォニエンシスとの交配による)
花粉親:ロサ・ラエヴィエガータ/Rosa laevigata(難波野イバラ)

花単輪からはそれほど強い印象を受けませんが、盛時の開花期に出会ったとき、その美しさに感嘆すると思います。
チャールス・クエスト=リットソン氏が著作のなかで「温暖な気候下では、もっとも美しい、白花のランブラーのひとつだ…」(Quest Riston, Charles, “Climbing Roses of the World”)と評しているのもうなづけます。

フラゲツァイヘン(Fragezeichen)

‘Fragezeichen’ Photo/Wilrooij [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

9cmから11cm径、セミ・ダブル、オープン・カップ形の花が豪華な房咲きとなります。
花色は開花時は深いピンク、熟成すると色が淡くなり、明るいピンクへと変わってゆきます。
香りはありません。
幅狭ながらかなり大きめの照り葉。柔らかな枝ぶり、350cmから500cm高さまで枝を伸ばすランブラーとなります。

育種の経緯など

1910年、ドイツのアマチュアの育種家であったJ・ボートナー(Johannes Böttner )により育種・公表されました。
種親はピンクのウィックラーナ交配種、ドロシー・パーキンス(Dorothy Perkins)花粉親はミディアム・レッドのハイブリッド・パーペチュアル、マリー・バウマン(Marie Baumann)が用いられたと記録されています。

ウィックラーナ系ランブラーとしては、花が例外的なほど大きく、葉も大きめで、非常に特異な印象を受けます。フラゲツァイヘン(クェスチョン・マーク)という実に変わった品種名も、その特異性に由来するのかもしれません。

ウイックモス(Wichmoss)

‘Wichmoss’

3cmから5cm径、セミ・ダブルの花が20輪ほどにも集まる房咲きとなります。
淡いピンクの花色は開花後さらに色が薄まって、純白へ近づきます。
軽く香ります。
中くらいのサイズの深い葉緑、茶褐色の小突起(モス)が密集した枝ぶり、300cmから400cm高さの立ち性のシュラブ、またはランブラーとなる樹形です。春、シルバー・ピンクの花を楽しむことはもちろんですが、花後の茶褐色のモス(小突起)が密生した枝ぶりが庭造りの際のアクセントとして利用されることも多いようです。

育種の経緯など

1911年、フランスのバルビエール兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
ウィックラーナを種親、明るいピンク、返り咲きするモス・ローズ、サルート(Saletto)を花粉親にするという変わった交配により生み出されました。ほかにほとんど類似のない、バラ品種のなかでも特に変わった品種だと言えると思います。ウィックモスとは”モス・ランブラー”といった意味の造語だと思われます。

サンダーズ・ホワイト(Sander’s White)

‘Sander’s White’ Photo/Wilrooij [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

5cm径前後の小輪、ロゼッタ咲きの花が競うあいような豪華な房咲きとなります。
輝かしいホワイトと表現したいような、明るい花色。
フルーティな甘い香りがします。(強香)
明るい色合いの照り葉、300cmから450cmほどまで枝を伸ばすランブラーです。

育種の経緯など

1912年、英国、ロンドン北部のセント・オルボン(St. Alban)に圃場をもっていたH. F. コンラッド・サンダー(H. F. Conrad Sander)により育種・公表されました。
花や樹形の特徴からウィックラーナ・ランブラーとしてクラス分けされていますが、交配の詳細はよくわかっていません。

コンラッド・サンダーはおもに蘭の生産を行っていて、バラは本種の他はあまり知られていません。
鋭いトゲと野趣に満ちた枝ぶりが特徴ですが、「どんな庭にも似合う…」(”Graham Stuart Thomas Rose Book”)など、華やかな開花の様子が多くのバラ研究家の賛辞を集めています。

グルス・アン・フルアンドルフ(Gruss an Freundorf)

‘Gruss an Freundorf’ Photo/Krzysztof Ziarnek [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

3cmから5cm径、12弁前後のセミ・ダブル、平型の花が、10輪から20輪寄りそうような房咲きとなります。
非常に深い赤、クリムゾンの花色ですが、花弁の基部が白く色抜けしたり、また、花弁に筋のような白く色抜けした線が入ることもあります。
強く香ります。
とがり気味の小さな、深い色の葉。細い枝ぶり、多くはありませんが鋭くフックしたトゲ、300cmから400cmほど枝を伸ばす、中型のランブラーとなります。

育種の経緯など

1913年、オーストリーのF. プラスカック(Franz Praskac)が育種・公表しました。種親は1900年にバルビエ兄弟社が育種・公表したウィックラーナ・ルブラ(Wichrana Rubra)、花粉親にクリムゾン・ランブラー(Crimson Rambler)を用いたと記録されています。
ルブラはウィックラーナとクリムゾン・ランブラーの交配種ですので、3/4はクリムゾン・ランブラー、 1/4がウィックラーナの血を引いているといったところです。

ドナウ(Donau)

‘Donau’ Photo/Geolina163 [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

3cmから5cm径、10弁前後のセミ・ダブル、丸弁咲きから、こじんまりとしたお皿のような平型となる花形。15輪を超える、競うあうように開花する房咲きとなります。
開花時、クリムゾンであった花色は、パープルの色合が濃くなり、さらに淡く退色してライラックへて移ってゆきます。花弁の基部は白く色抜けすることが多く、花色の様子は、ファルヘンブラウに似通っています。
強く香ります。
葉先がとがった細めの、明るい緑の照り葉。トゲが非常に少ない、柔らかな枝ぶり。旺盛に生育し、450cmから700cmまで枝を伸ばす、大型のランブラーとなります。

育種の経緯など

1913年、この品種もオーストリアのF. プラスカック(Franz Praskac)により、育種・公表されました。
種親はハンガリーのゲシュヴントが育種した、パープルのハイブリッド・パーペチュアル、エリンネルング・アン・ブロッド(Erinnerung an Brod)、花粉親にはウィックラーナ・ルブラ(Wichrana Rubra)が用いられたというのが通説です。ここでも、その説にしたがいましたが、ウィックラーナの特徴である照り葉ではあるけれど、幅狭で、明るい色調の葉の様子からはウィックラーナではなくノイバラの影響を強く感じさせるなど、ウィックラーナ交配種とするには疑問を呈する向きもあるようです。

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ウィクラーナ・ランブラー②~競い合いhttps://ggrosarian.com/2025/11/20/%e3%82%a6%e3%82%a3%e3%82%af%e3%83%a9%e3%83%bc%e3%83%8a%e3%83%bb%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%96%e3%83%a9%e3%83%bc%e2%91%a1%ef%bd%9e%e7%ab%b6%e3%81%84%e5%90%88%e3%81%84/Thu, 20 Nov 2025 01:00:00 +0000https://ggrosarian.com/?p=4137

アメリカでも、さらにフランスからも育種家たちが加わるようになり、この新しい潮流は20世紀の初めのバラ育種界を華やかに彩ることになりました。]]>

1898年ころから、アメリカの優れた育種家たちがテリハ・ノイバラ/ウィックラーナを交配親としてランブラーやクライマーの育種に熱心に取り組み始めました。アメリカでも、さらにフランスからも育種家たちが加わるようになり、この新しい潮流は20世紀の初めのバラ育種界を華やかに彩ることになりました。

デビュータント(Débutante)

‘Débutante’ Photo/Wilrooij [CC BY-SA 3.0 via. Rose-Biblio]

3cmから7cm径、20弁ほどの、カップ咲きの小輪の花が、ひしめき合うような房咲きとなります。
花色は淡いピンク。花弁の外縁部分は退色してさらに淡い色合となるため、房全体にグラデーションのような効果が生じます。
軽い香り。
小さな、丸みを帯びた深い緑となる照り葉。柔らかな枝ぶり、350cmから500cmまで枝を伸ばすランブラーとなります。

育種の経緯など

1900年、アメリカのM.H. ウォルシュ(Michael H. Walsh)により育種・公表されました。
種親はウィックラーナ、花粉親には明るいピンクのハイブリッド・パーペチュアル、バロネ・アドルフ・ド・ロトシル(Baronne Adolphe de Rothschild)が用いられました。
美しい花色はバロネ・A・ロトシルから受け継いだのだろうと思います。グラハム・トーマスは「ドロシー・パーキンスに似ているが、より美しく、さらに良い色合だ…」(”Graham Stuart Thomas Rose Book”)と賞賛しています。

デビュータントとは舞踏会へ初めて出席する上流階級の若い女性達のことです。欧米においては高い教育と礼儀作法を身につけた若い女性の社交界へのデビューがとりわけ重んじられました。

‘Debutante’ Photo/Verena M. Groll [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons]

マイケル・H・ウォルシュ(Michael H. Walsh :1857-1922)

マイケル・H・ウォルシュ(Michael H. Walsh:1848-1922)は、イギリス、ウェールズ 生まれです。12歳のころには園芸の訓練を受け始めガーデナーとしての経験を重ねました。
1875年、ウォルシュは移民としてアメリカへ渡り、1900年ころ、マサチューセッツ州ジョゼフ・S・フェイ氏所有の庭園ウッズ・ホール(Woods Hall)のガーデナーとなりました。3ヘクタール(おおよそ12,000㎡)におよぶ広大な庭園には数千のバラが植栽されていたとのことです。
ウォルシュは1922年に死去するまでに、40を超える新品種を育種・公表しました。

アルベリック・バルビエ(Alberic Barbier)

‘Alberic Barbier’

7cmから9cm径ほどの、丸弁咲きの花が10輪を超えるような房咲きとなります。
花色はクリーミィ・ホワイトまたはライト・イエロー。開花後、周辺部が白く退色しますが、ルーズに開いた花姿と花色とのかもし出す雰囲気がいかにもなごやかです。これが多くの人に愛されている理由ではないでしょうか。
軽く香ります。
赤銅色気味の葉色。地を這うようの伸びる柔らかな枝ぶり、500cm高さを超えて枝を伸ばすランブラーです。ウィックラーナ・クラスのランブラーは一般的に柔らかな枝ぶりが特徴的ですが、その中にあっても、フランソワ・ジュランヴィユとともに、特に柔らかな枝ぶりです。

育種の経緯など

1900年、フランスのバルビエール兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
種親はウィックラーナ、花粉にはイエローのティー・ローズ、シルレイ・イベール(Shirley Hibberd)が使われたとのことです。兄弟の父アルベリックにささげられました。

ポール・トランソン(Paul Transon)

‘Paul Transon’

7cmから9cm径、カップ型に開いた花は、次第に花弁が折り返って、熟成したティー・ローズのような形へと変化します。このすこしくずれたような艶のある花姿に魅了されます。
淡いピンク・サーモンの花色となりますが、微妙な色合いがくずれた花姿とよくマッチングします。
多少香ります。(中香)
銅色が出る、暖かみのある照り葉。大きなトゲのある少し固めの、横這いする枝ぶり、350cmから500cmほどまで枝を伸ばす、クライマーとなります。

育種の経緯など

1900年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
種親にはウィックラーナ、花粉親にオレンジ・ピンクのハイブリッド・ティー、ミセス・アーサー・ロバート・ウォーデル(Mrs. Arthur Robert Waddell)が用いられました。
ARS(American Rose Society:米国バラ協会)では、ラージ・フラワード・クライマーとして登録されています。これは、枝が比較的太め、固いこと、また、花姿がハイブリッド・ティーの花形に似通っていることからくるのだと思われます。
兄アルベールが師事していたトランソン兄弟&ドーヴェス社のオーナー、ポール・トランソンの名を冠した品種です。

バルヴィエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie: Albert 1845-1931, Eugene 1850-?)

アルベール・バルビエ(Albert Barbier:1845-1931)はフランス、オルレアン郊外のオリヴ(Olivet)に生まれ、長じて父アルベリックの生業であった園芸農場で働くことになりました。
アルベールはやがて果樹や園芸植物の総合農場であるトランソン兄弟&ドーヴェス社(Transon brothers & Dauvesse)で働きはじめ、1894年には弟ユジーン(Eugene)や息子らとともに園芸農場バルビエ兄弟社(Barbier Feres & Compagnie)を設立しました。

兄弟社は美しいウィックラーナ系ランブラーとクライマーを市場へ次々に提供し、公表当時から今日まで多くの庭を飾り続けています。
兄弟による最初のウィックラーナ系のランブラーとクライマーは父アルベリックと師匠ポール・トランソンへ捧げられたものでした。

農場はトランソン兄弟社と同様果樹や園芸植物全般でしたが、バラの新品種の栽培にも力を注いでいました。
最盛期には従事者300名、170ヘクタール(1,700,000㎡:東京ドーム36個分)におよぶ大農場の経営者であり、アルベールはまた、1881年には市議会議員に当選するなど政治活動も行っていて1896年から1919年にかけてはオリヴの市長も務めた地域の有力者でした。

1931年、アルベールは死去。農場はアルバートの死去後、親族などにより維持されていましたが、1972年に閉鎖されました。
バルビエ兄弟社によるバラ新品種の育種は800種を超えたと記録されています。

ドロシー・パーキンス(Dorothy Perkins)

‘Dorothy Perkins’

3cm径前後の小輪、丸弁咲きの花がいっせいに開き、ボリュームのある房咲きとなります。
花色はミディアム・ピンク、花弁に濃淡が出ることが多く、全体としてはグラデーションの効果がでることも多い色合となります。
よく香ると注釈をしている解説書もあるのですが、実際はあまり香らないように思います。(微香)
小さな、丸い照り葉、350cmから500cm高さの、柔らかな枝ぶり、細い枝が優雅にアーチングするランブラーとなります。

20世紀はじめに公表された後、1930年代に英国でその美しい樹形が賞賛を浴びるようになり、ある時期はイングリッシュ・ガーデンを飾る花の代名詞ようになりました。そのことから英国で育成されたと思われることが多いのですが、実際はアメリカで育種されました。

育種の経緯など

1901年、アメリカのJ&P社(Jackson & Perkins Company)により公表されました。育種者は同社のE.A. ミラー(E. Alvin Miller)だとされています。
種親はウィックラーナ、花粉親はピンクのハイブリッド・パーペチュアル、マダム・ガブリエル・ルイゼ(Mme. Gabriel Luizet)だったとJ&P社は記録を残しています。しかし、これには下記のような疑問が呈されています。

交配における疑問

英国の園芸研究家C. クエスト=リットソン氏(Charles Quest-Ritson)は著書『世界のつるバラ(Climbing Roses of the World)』のなかで例によって多少皮肉をこめて、つぎのように論評しています。

ターナーズ・クリムゾン・ランブラーの最も成功した実生が、交配親の間違った情報の元、世に送り出されたことは皮肉なことだ。
J&P社はドロシー・パーキンスを、ピンク色のハイブリッド・パーペチュアル、マム・ガブリエル・ルイゼと交配したロサ・ウィックラーナの実生と説明したけれど、ターナーズ・クリムゾン・ランブラーとの類似性はすぐに指摘されることになった。
多くの園芸雑誌(特にフランス)では、ウィックラーナとハイブリッド パーペチュアルの交配によって、花がはるかに大きいまったく異なるバラが生まれている例が多いことを指摘する意見が頻繁に提出され、ドロシー・パーキンスとターナーズ・クリムゾン・ランブラーの類似性は単なる偶然ではないという結論が出された。
ドロシー・パーキンスはターナーズ・クリムゾンのピンク色の相方と考えるのが適切だと思われる。

ターナーズ・クリムゾン・ランブラー(Turner’s Crimson Rambler))

‘Turner’s Crimson Rambler’

ホワイト・ドロシー・パーキンス(White Dorothy Perkins)

1908年、フランスの園芸家・育種家であるベンジャミン・R・カント(Benjamin R. Cant)はドロシー・パーキンスから枝変わりして白花を咲かせる品種を発見し(発見者はエレン・ウィルモットだったという説もあります)世に出しました。その美しさは親品種に劣らないもので、むしろ、より愛されていると言えるかもしれません。

‘White Dorothy Perkins’ Photo/AlmaohneHitch [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

エセル(Ethel)

1912年、英国のチャールズ・ターナー(Charles Turner)により育種・公表されたのが、エセルです。エセルとは女性のファースト・ネームですが、捧げられたエセルがどんな女性だったかはわかっていません。
ドロシー・パーキンスの実生から生じた、白または淡いピンクの花色となる品種です。花色以外は親品種であるドロシー・パーキンスの性質をそのまま受け継いでいます。

‘Ethel’ Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

エドモン・プルースト(Edmond Proust

‘Edmond Proust’

3cmから5cm径、40弁ほどの少し乱れ気味な丸弁咲き。花色は明るいピンク、花芯は色濃く染まり優雅です。
軽い香り。
300cmから500cmほど枝を伸ばしますが、枝ぶりは少し固めで、ランブラーとクライマーの中間的な性質をしめします。基本的には春一季咲きとされていますが、まれに返り咲きすると言われています。

もっとも初期のウィックラーナ交配種のひとつ、メイ・クィーンによく似ていることから、ニュージーランドでは長い間、メイ・クィーンの名で販売されていたことが最近判明しました。

育種の経緯など

1901年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
種親にはウィックラーナ、花粉親にオレンジ・レッドのティーローズ、スヴェニール・ド・カトリーヌ・ギヨ(Souv. de Catherine Guillot)が用いられました。

エドモン・プルーストは、劇作家のオーギュスト・バルビエの義父にあたるという解説もありますが確定的な情報ではないと思っています。

アメリカン・ピラー(American Pillar)

‘American Pillar’

3cmから7cm径、シングル、平咲きの花が房咲きとなります。
鮮やかなストロング・ピンクとなる花色。中心部は白く、色抜けします。シングル花ですので、中心部にイエローの雄しべが見え、ピンク、ホワイト、イエローの三色が重なって、花全体がにぎやかな色合いとなります。
香りはありません。(無香)
いかにもウィックラーナの交配種らしい、小さな、丸みを帯びた照り葉、比較的固めの枝ぶり、350cmから500cmほどまで枝を伸ばす、大型のランブラーとなります。非常に強健で多少に日陰でも花を咲かせます。

育種の経緯など

1902年、アメリカのW. ヴァン・フリート(Dr. Walter van Fleet)により育種・公表されました。
種親にはウィックラーナ、花粉親にはアメリカの草地などに自生していることからプレーリー(草原)ローズと呼ばれることもある、原種ロサ・セティゲラ(Rosa setigera)が用いられました。原種同志の交配です。ハイブリット・ウィックラーナとしてクラス分けされることがほとんどですが、花形などはロサ・セティゲラに似通っています。

名前から想像されるとおり米国で育種されたのですが、フランスに渡ってから多くの人に愛され、それがきっかけとなって米国でも見直されて広く流通するようになったと言われています。ジヴェルニーの自宅・アトリエに美しい庭を作ったことでもよく知られている印象派の巨匠モネはこの品種をこよなく愛し自ら苗木を育成して友人たちへ贈ったと伝えられています。

‘Giverny, Monet’s Garden’ [courtesy of Wikimedia Commons]
‘American Pillar at Giverny’ [courtesy of Wikimedia Commons]

レディー・ゲイ(Lady Gay)

‘Lady Gay’ Photo/Raymond Loubert [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

3cmから5cm径、40弁ほどのルーズなカップ型となる花形。花色は明るいピンク、花弁は濃淡に染まり全体にピンクのグラデーションのような効果が出ます。最盛期の豪華な房咲きが魅力的な品種です。
強い香り。少し暖色きみの照り葉。350cmから500cm高さのランブラーとなります。

育種の経緯など

1903年、アメリカのM.H. ウォルシュ(Michael H. Walsh)により育種されました。市場へ提供されたのは1908年と、少し遅れたようです。
種親にはウィックラーナ、花粉親にはダーク・レッドのクライミング・ブルボン、バルドー・ジョブ(Bardou Job)が使われました。紙巻たばこ用紙の生産業者であったピエール・バルドー=ジョブ(Pierre Bardou-Job :1826-1892)にちなんで命名されたのではないかと思われます。

ミネハハ(Minnehaha)

‘Minnehaha’ Photo/Wilrooij [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

3cm径前後、丸弁咲きの花が、寄り集い咲くような房咲きとなります。花色は均一に染まりあがるライト・ピンク。
小さめの丸みを帯びた、深い色合の照り葉、細くしなやかな枝ぶり、500cm高さを超える大型のランブラーとなります。

育種の経緯など

1904年、アメリカのM.H. ウォルシュ(Michael H. Walsh)により育種されました。
種親はウィックラーナ、花粉親はピンクのハイブリッド・パーペチュアル、ポール・ネイロン(Paul Neyron)と記録されています。
ノイバラ系濃いピンクのランブラー、ハイアワサ(Hiawatha)とペアとして公表されました。

’Hiawatha’ Photo/Wilrooij [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

ピンクのウィクラーナ・ランブラーとしてはドロシー・パーキンスという一時代を築いた名花があります。このミネハハは花色、樹形が似通っているためよく比較されます。
ドロシー・パーキンスとの違いは、花は少し大きめで花弁数は多い、開花時期はより遅いといったところかと思います。

品種名の由来

ミネハハはアメリカの詩人、ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー(Henry Wadsworth Longfellow:1807-1882)による叙事詩『ハイアワサの歌』のなかで、ハイアワサの美しい妻として讃えられる女性です。このことは別の記事『ノイバラ(野茨)系ランブラー』のなかのハイアワサの項で詳しく書きましたので、ここでは簡単に触れるだけにします。

叙事詩のなかで、飢餓ゆえに衰弱し死にゆくミネハハと、これを嘆き哀しむハイアワサのくだりはとても美しく、印象的です。

‘The Death of Minnehaha’ Painting/William de Leftwich Dodge, 1892 [Public Domain via. Wikipedia Commons]

レオンティン・ジュルヴェ(Léontine Gervais)

‘Léontine Gervais’ Photo/Wilrooij [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

5cmから7cm径ほどの、丸弁咲きの花が10輪ほどを束ねたような豪華な房咲きとなります。
花色はアプリコット、オレンジの色合いが濃くでる場合もあります。
軽く香ります。
赤銅色がでる照り葉、柔らかな枝ぶり、450cmから600cmほどまで枝を伸ばすランブラーとなります。

育種の経緯など

1903年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
ウィックラーナとアプリコット・オレンジの大輪花を咲かせるチャイナ・ローズ、スヴェニール・ド・カトリーヌ・ギヨ(Souv. de Catherine Guillot)との交配により生み出されました。

ラ・ペールレ(La Perle

9㎝から11㎝径、40弁ほどのルーズなカップ型となる花形。花芯はすこし引っ込んだような印象を受けます。花色は淡いイエローまたはクリーム色。
強い香り。350cmから500cm高さとなるランブラー、ときに10m近くまで枝を伸ばすと言われています。
頻繁ではないようですが、ときに返り咲きすることがあると報告されています。

育種の経緯など

1904年、フランスのフレデリック・フォーク(Frédéric Fauque)により育種され、’真珠(La Perle)’という美しい名前を与えられました。
種親はウィックラーナ、花粉親はJ-B. アンドレ・ギヨ息子(Jean-Baptiste André Guillot, fils)が生み出したイエローのティーローズ、マダム・オスト(Mme. Hoste)でした。

ジュルブ・ローズ(Gerbe Rose)

‘Gerbe Rose’ Photo/Wilrooij [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

7cmから9cm径の中輪または大輪、20から30弁の少し乱れがちな丸弁咲き。ラベンダー気味の明るいピンクとなる花色。成熟するにしたがい、花弁の外縁が淡い色合へと退色することから、花色全体のトーンに変化が生じ、精妙な色合となります。
軽い香り。300cmから400cm高さとなります。深い色合いの照り葉、花色と葉色の取り合わせが絶妙で、これがジュルブ・ローズの一番の魅力なのだと思います。ほとんどトゲがない枝ぶりですが、少し固めでランブラーというよりはクライマーとするべきかと思います。

育種の経緯など

1904年、フランスのフレデリック・フォーク(Frédéric Fauque))により育種され、”バラの花束”の意味の”ジュルブ・ローズ”と命名されました。
種親にウィックラーナ、花粉親に明るいピンクのHP、バロネ・アドルフ・ド・ロトシルト(Baronne Adolphe de Rothschild) とを交配し育種されたと言われています。実はこの組み合わせは米国のウォルシュが育種したデビュータントと同じです。

「この長咲きする”美種”は、すべてのバラの中でも、もっとも美しく、最も甘く香る品種のひとつだ…」(Quest Ritson, Charles, “Climbing Roses of the World”, Charles Quest-Ritson, 2003)とまで賞賛されています。

整った花形と、すがすがしい印象の花色は、交配親のひとつである、バロネ・アドルフ・ド・ロトシルトから受け継いでいると思います。花色と深い緑の葉色とのコントラストが涼やかな印象を与えてくれます。

フレデリック・フォーク(Frédéric Fauque:1870-1946)

フレデリック・フォーク(Frédéric Fauque)はフランス中部の年、オルレアンを本拠地とした育種家です。父の代から園芸を生業としフォーク&フィス(Fauque & Fils)を運営していました。通称フォーク=ローラン(Fauque-Laurent)と呼ばれていたようですが、ローランは共同運営者名等ではなく住居のある地名でしたので、「ローランのフォーク」という意味合いだったようです。(フランソワ・ジョワヨ『オルレアン地方のバラとバラ栽培家たち(Roses et Rosiéristes de l’Orléanais)』、2006)

チャールズ・クエスト=リトソンは著書『世界のつるバラ(Climbing Roses of the World)』(2003)のなかで、つぎのように今日まで伝えられている美しい品種の育種者の情報が少ないことを悩んでいます。

このページには、ある謎の人物が潜んでいる。
オルレアンのローラン・フォーク氏で、’アヴィアトゥール・ブレリオ’や’ミス・エリエット’といった重要なバラの作者として名を馳せている人物だ。しかし、フォーク氏と彼の会社フォーク&フィス(Fauque & Fils)については、私は何も知ることができなかった。
特に困惑しているのは、彼の交配種が時折、他者の作出とされていることである。フランスの雑誌「ジュルナル・デ・ローズ」は、「アヴィアトゥール・ブレリオ」、「ジェルブ・ローズ」、「ラ・ペルル」をヴィニュロン氏、「フランシス」をバルビエ氏、「アリス・ガルニエ夫人」をトゥルバ氏と様々に報じている。

アリーダ・ロヴェット(Alida Lovett

7cmから9cm径、17から25弁ほどの丸弁咲きの花形。5から10輪程度の房咲きとなることが多い品種です。
開花時、わずかにオレンジを含んだような、明るいコーラル・ピンクであった花色は、次第にミデアム・ピンクへと退色します。外縁部の退色が早いため、花芯の色濃さが際立ち、美しいグラデーションの効果が生じます。
強く香ります。
楕円形の片方の端をつまみ上げたようにピンと尖った、深い色合の照り葉。固く、力強い枝ぶり、250cmから400cm高さとなります。枝ぶりはたおやかですが、全体的な印象としてはランブラーではなく大きな花がうつむき気味に咲くクライマーと考えるのが適切のように思います。

育種の経緯など

1905年、アメリカのW. ヴァン・フリート(Dr. Walter van Fleet)により育種され、1917年、苗販売業者であるロヴェット社(Lovett Nursary)社より公表されました。

種親に淡いピンクのハイブリッド・ティー、スヴェニール・デュ・プレジダン・カルノ(Souv. du Président Carnot)、花粉親にウィックラーナが使われました。
販売業者ロヴェット家の娘、アリーダ(Alida)に捧げられた品種です。

ミセス F. W. フライト(Mrs. F. W. Flight)

‘Mrs. F. W. Flight’

3cmから5cm径、セミ・ダブル、平咲きの花が房咲きとなります。花色は藤色(モーヴ)気味のミディアム・ピンク、花芯部分は淡く色抜けします。花色は淡い色合いから深いピンクになるなど濃淡の変化が大きいので、時に別品種ではないかと思えるときもあります。
軽い香り。明るい照り葉、ほとんどトゲのない枝ぶり、250cmから350cm高さのランブラーとなります。ランブラーとしては例外的に小ぶりですので、英国などではトゲが少ない性質もありよく利用されています。

育種の経緯など

1905年、英国のカットブッシュ(W. Cutbush)により育種されました。
種親にはノイバラ系ランブラーのクリムゾン・ランブラー(Crimson Rambler)、花粉親にもノイバラ系のザ・ガーランド(The Garland)が使われました。交配親の系列からはノイバラ系ランブラーとするかもしれませんが、照り葉などウィックラーナ系の特徴も見いだされるため、ウィックラーナにクラス分けされることもあります。

育種者のカットブッシュはこの品種以外の育種はほとんど知られていません。

エヴァンジェリン(Evangeline)

小輪または中輪、シングル咲きの花形、豪華な房咲きとなります。
ミディアム・ピンクの花弁、中心部は白く色抜けします。
強い香り。ふっくらと円みを帯びた照り葉、柔らかな枝ぶり、350cmから600cm高さに及ぶランブラーとなります。
耐病性、耐寒性にすぐれたじょうぶな品種であることに加え、他のバラが咲き終わったあとに開花する遅咲きの性質が特出すべき特徴かもしれません。

育種の経緯など

1906年,アメリカのM.H. ウォルシュ(Michael H. Walsh)により育種されました。
種親はウィックラーナ、花粉にはノイバラ系ランブラーのクリムゾン・ランブラーが用いられました。
この組み合わせは、クエスト=リットソン氏がとなえるドロシー・パーキンスの交配と同じです。
ウォルシュは詩人H. W. ロングフェローの熱心な読者だったのでしょう、この品種もロングフェローの叙事詩『エヴァンジェリン: アカディの話 (Evangeline: A Tale of Acadie)』のヒロインにちなんで命名されました。

‘Evangeline’ Painting/Christian Schussele [Public Domain via Wikimedia Commons]

十七の夏を過した娘は、優にやさしい美人であつた。
目は、道端の茨に實のる苺のやうに、あくまで黒く、
其目が、房々とした前髪の鳶色の影から柔らかに光つた。
つく息は、野に草を食む牝牛の息のやうに、芳しかった。
刈り入れの暑いお午頃、手製のエールの小さな壷を、
働き人に持つて行く時、本當に綺麗な娘であった。

訳:斎藤悦子(岩波文庫)

ウォルシュはこの品種の可憐な花に出会ったとき、恋人への思いに命をささげたエヴァンジェリンの姿に通じるものを感じたのでしょう。ヒロインさは、悲劇のヒロインにふさわしいと感じます。

マダム・アリス・ガルニエ(Mme. Alice Garnier

‘Mme. Alice Garnier’ Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via Rose-Biblio]

3cmから5cm径、30弁ほど一度くしゃくしゃしたような乱れた丸弁咲き。
ピンク、アプリコット、オレンジのそれぞれの淡い色合いが出る変化のある花色が特徴です。
熟れた林檎や桃のような強い香りがするという解説も見受けますが、どうでしょうか。
小さめで円みを帯びた照り葉、350cmから500cm高さのランブラーとなります。
ときに返り咲きすることがあります。

育種の経緯など

1906年、フランスのフレデリック・フォーク(Frédéric Fauque)により育種・公表されました。
種親はウィックラーナ、花粉親には淡い色調ながら、ピンク、イエロー、アプリコットと色変化するティーローズ、マダム・シャルル(Mme. Charles)が用いられました。アリス・ガルニエの変化咲きは花粉親のマダム・シャルルの影響が色濃く出ていると思います。
フォークが後世に残したバラは数多くはないものの、ラ・ペールレ、ジュルブ・ローズなど瀟洒で清涼感が感じられるセンスの良さが際立っていると思っています。もっと見直されてよい育種家のひとりです。

フランソワ・ジュランヴィル(François Juranville)

‘François Juranville’

9㎝から11㎝径、15から25弁前後のオープン・カップ型の花が絢爛たる房咲きとなります。
花色は、イエローをベースにサーモン・ピンクが乗ったミディアム・サーモン・ピンク、華やかであると同時に暖かみを感じさせてくれます。
一輪一輪は軽く香る程度ですが、大株に育ったあかつきには、めまいを覚えるほどの香りに包まれます。
丸みを帯びた小さめの、縁などに銅色が色濃くでる深い色合の照り葉、非常に柔らかな枝ぶりの350cmから500cmほど枝を伸ばすランブラーです。

育種の経緯など

1906年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
ウィックラーナを種親に、花粉親にピンクとイエローがまちまちに出る珍しい花色のチャイナ・ローズ、マダム・ローレット・メッシミー(Mme. Laurette Messimy)が使用されたとのことです。

1900年ころから数多いランブラーが育種・公表されていますが、柳の枝のようにしなだれて咲くという姿は珍しいものです。このフランソワ・ジュランヴィルはその数少ない品種のひとつです。パーゴラなどから滝のようにしだれる満開の花を眺めるのは、忘れがたいものがあります。
多少黒星病にかかりやすい傾向があるようにも感じられますが、半日陰にもよく耐え、耐寒性にすぐれた”完璧”なランブラーです。今日でもウィックラーナ・ランブラーの頂点にあると言ってよいだろうと思います。

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ウィクラーナ・ランブラー①~はじまりhttps://ggrosarian.com/2025/11/13/%e3%82%a6%e3%82%a3%e3%82%af%e3%83%a9%e3%83%bc%e3%83%8a%e3%83%bb%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%96%e3%83%a9%e3%83%bc%e2%91%a0%ef%bd%9e%e3%81%af%e3%81%98%e3%81%be%e3%82%8a/Thu, 13 Nov 2025 00:53:02 +0000https://ggrosarian.com/?p=4131

原種テリハ(照り葉)・ノイバラは、名前のとおり葉面の照りが特徴的です。国内ではおもに関東南部以西、海外では、中国東部、台湾、韓国など比較的温暖な地域の河岸、丘陵地などに自生しています。 原種名についてはかなり混乱がありま ... ]]>

原種テリハ・ノイバラ

原種テリハ(照り葉)・ノイバラは、名前のとおり葉面の照りが特徴的です。国内ではおもに関東南部以西、海外では、中国東部、台湾、韓国など比較的温暖な地域の河岸、丘陵地などに自生しています。

原種名についてはかなり混乱がありました。今日ではロサ・ルキアエ(R. luciae)が正式名称とされていますが、別の原種とされていたロサ・ウィックラーナ(R. wichurana)と同じだ、いや、別種だと議論があって、かなりややこしいです。くわしくは後で整理することにしますが、テリハ・ノイバラを交配親にして生み出されたランブラーは一般的にはウィックラーナ・ランブラーと呼ばれていますので、ここではそれに従います。

ランブラーとクライマー

バラの樹形はおおざっぱに分類するとブッシュ、シュラ、クライマーそしてランブラーの四つに分けることができます。300cm高さを超えるなど大株になる品種はクライマーまたはランブラーに分類されます。
ランブラーとクライマーの区別は中間的な性質を示す品種も少なからずあるのではっきり分けることがむずかしいというのが実情です。なかにはランブラーとされたり逆にクライマーとされたりするカテゴリー分けに困る品種もあります。

分類高さ枝ぶり花の大きさ返り咲き
ランブラー300~600cm or over細く、柔軟、しだれる小輪または中輪、房咲きとなることが多いほとんどが春一季咲き
クライマー300~600cm or over太く、固く、直立する中輪または大輪、単独咲きが多い一季咲きが多いが、返り咲き種もある

テリハ・ノイバラ/ロサ・ウィックラーナ(Rosa luciae/wichurana)

‘ロサ・ウィックラーナ(Rosa wichurana)’

3cm径ほどの小輪、シングル・平咲きの花が房咲きとなります。日本における代表的な野生種であるノイバラとの比較では花径は多少大きいものの房の花数は少なめであることが多いというところでしょうか。
花色は白。
強い香り。
名前にふさわしい、丸みを帯びた小さめの照り葉。フックした鋭いトゲが特徴的な枝ぶり、這うように枝に伸ばし、しばしば500cm高さを越える大株となります。

原生地など

中国東部、台湾、韓国、日本の南西部など比較的温暖な地域の河岸、海岸、丘陵地などに自生していますが、日本ではノイバラほど広汎に見られるわけではありません。

19世紀末から20世紀初頭、米国を手始めにヨーロッパ各国においてランブラー/クライマーの交配親として大々的に利用されました。はじめはロサ・ウィックラーナ(R. wichurana)あるいはロサ・ウィックライアナ(R. wichuraina)と呼ばれていたことから、この品種を交配親とするランブラーやクライマーは新クラス、ハイブリッド・ウィックラーナ(ウィックライアナ)とされ今日まで数多くの美しい品種が伝えられています。

ヨーロッパへもたらされた経緯と学名の変遷

仔細にわたりますが、学名の由来をたどってみましょう。

ヨーロッパへ渡った経緯①~ウィックライアーナ/ウィックラーナ

はじまりは幕末から明治維新にかけての動乱の時代。

1859年(安政6年)、徳川幕府は下田、横浜、長崎、函館を開港し、英・米・仏・蘭・露の5か国と交易を開始しました。
各国はさっそく訪問団を派遣しました。そのうち、プロシャ訪問団のなかにマックス・E・ヴィックラ(Max Ernst Wichura:1817‐1866)という法曹家がいました。ヴィックラは法律だけではなく植物学も学んでおり、琉球、長崎、函館と順繰りに港をめぐるあいだに植物蒐集も行いました。

蒐集した植物のなかにあったのがテリハ・ノイバラでした。訪問団は4か月後に帰国しましたが、ヴィックラはおそらく長崎においてテリハ・ノイバラの生体を入手したのではないかと思います。

しかしこの生体は根付くことなく枯れてしまったようです。(テリハ・ノイバラが改めてヨーロッパへ渡った経緯はいくつかの説がありますが、ここでは割愛します)

この原種バラは1886年(1884年説も)、著名な植物学者でベルギー国立植物園を指導していたフランソワ・クレパン(François Crépin:1830-1903)によって原種ロサ・ウィックラーナとして同定されました。

ヨーロッパへ渡った経緯②~ルキアエ

ところが、これに先立つ1871年、クレパンはよく似た原種ロサ・ルキアエ(R. luciae)をすでに新品種として発表していました。クレパンはルキアエとウィックラーナの類似には気付いていましたが、形態に明瞭な違いがあるとして別原種だと判定したようです。
このルキアエがヨーロッパへもたらされた経緯は次のように伝えられています。

1860年、幕府勘定奉行であった小栗上野介は鋼製戦艦の国産をもくろみ当時幕府を援助していたフランス政府へ助成を依頼しました。フランスはこれに応じて技術顧問団を派遣、1866年に横須賀に造船所が造成され、すみやかに建造が開始されました。

‘1910年の浦賀船渠-横須賀造船所に近在の造船所’ Photo/[Public Domain via. Wikipedia Commons]

このフランス技術顧問団のなかに団員および近在のフランス人を健診する軍医ポール・アムディ・ルドヴィック・サヴァティエ(Paul Amedee Ludovic Savatier)がいました。

サヴァティエも熱心な植物蒐集家でもあり1867年から1878年の滞在のあいだに15,000種を超える植物をフランスの植物学者エイドリアン・R・フランシェ(Aidrian Rene Franchet:1834-1900)の元へ送りました。この中に含まれていたバラはフランシェからベルギーのクレパンの元へ回送されました。

1871年フランシェは新品種と思われるバラをロサ・ルキアエ(R. luciae)と命名しました。サヴァティエ夫人ルーシー(Lucie)にちなんだ命名です。同年、クレパンはこれが新品種であると同定しました。

正しい学名は?~ウィックライアーナ、ウィックラーナそれともルキアエ

時がたつと、この2原種は同じものではないかという声が高まってきました。

日本の著名な植物学者である小泉源一氏(1883-1953)は両品種を再評価し、1917年、ウィックラーナはルキアエの変種として同定しました。これにより、ウィックラーナはロサ・ルキアナ・ヴァリエガータ・ウィックラーナ(R. luciae var. wichurana ( Crép.) Koidz.)が正式な学名とされました。しかし、後に植物分類学の権威である大場秀章氏は、ウィックラーナはルキアエの別名であることを文献の精査およびゲノム検査を経て確認したと論述しました。

結論としては、テリハ・ノイバラの正式学名はロサ・ルキアエ(Rosa luciae)です。ロサ・ウィックラーナ(Rosa wichurana syn. luciae)は異名として扱われます。

それでも終わらない品種名ウィックラーナへのこだわり

これで混乱は解決されたかと思われるのですが異論が出ています。

”ウィックラーナ”の発見者ヴィックラ氏は日本から帰国後、当時ヨーロッパにおける代表的な植物商であった英国のヴェイチ商会にやわらかな枝ぶりで大株となる原種バラの存在を知らせました。

ヴェイチ商会はさっそくミッションを日本へ送って入手、持ち帰ったこの原種バラをロサ・ウィックラーナとして市場へ供給するようになりました。しかし、ヴェイチ商会を訪れたヴィックラがこの品種を見たとき、「これは自分が日本で見たものとは違うものだ」と断言しました。
それを受けてヴェイチ商会は2度目のミッションを日本へ送り改めてヴィックラが見た原種を入手しました。ヴェイチ商会はこれを改めてウィックラーナとしてヨーロッパ市場へ供給しました。

この記事はアメリカの植物商であったJ. H. ニコラス(J. H. Nicolas)が1937年に刊行した『ア・ローズ・オデッセイ(A Rose Odyssey)』のなかで述べていることです。

ニコラスは世界各地の育種農場を訪ね歩き育種家のエピソードなどを紹介しています。著作は学術的なものではなく、バラにまつわる歴史をたどる旅行記のようなものですが、彼は両方の原種をパリ近郊の植物園で実際に見聞した際に聞かされたエピソードだと前置きしています。

ニコラスの記述はこのエピソードを確かなものにするためさらに続けます。

1900年、フランスのバルビエール兄弟(Albert et Eugene Barbier)はホバース、マイケル・ウォルシュなど米国のバラ育種家を訪問しましたが、彼らがこぞってウィックラーナ・ランブラーの育種を競い合っていることに強い感銘を覚えました。兄弟は帰国後すぐに英国のヴェイチ商会からロサ・ウィックラーナを入手し育種に邁進しました。

アルベルティン、フランソワ・ジュランヴィルなどのウィックラーナ・ランブラーの名品種が生み出されたのがその成果です。しかし、兄弟が入手したウィックラーナはヴェイチ商会が第1回のミッションで入手したものだったとニコラスは理解していました。

バルビエール兄弟が育種したウィックラーナ・ランブラーの多くは紅色の美しい新芽が特徴的です。これらはホバース、ドクター・W・ヴァン・フリート、ジャクソン・ドーソン、マイケル・ウォルシュなどが育種したウィックラーナ・ランブラーとは明らかに異なる特徴を有しています。

ニコラスはウィックラーナとルキアエは違う品種であり、紅色の新芽はルキアエの特徴だと思っていたようです。

英国のバラや庭園史の研究家として知られるクエスト=リットソン(Charles Quest=Ritson)氏もウィックラーナとルキアエは異なる品種だと述べています。ルキアナをウィックラーナと比べると、花径はルキアエのほうが小さく3㎝径を超えることはない、また小葉は5から7葉で9葉になることはないと違いを強調しています。(“Climbing Roses of the World”, 2003)

また、フランスのバルビエールル兄弟はアメリカ訪問後、ウィックラーナ・ランブラーの育種を始めたというのが通説でしたが、兄弟が新品種を公表した時期は、アメリカの育種者たちとほぼ同じですので、兄弟がアメリカの育種家たちを訪問したのは事実でしょうが、すでに彼らはウィックラーナ・ランブラーの育種競争に参入していたと見るべきだという解説があります。当を得たものだと思います。

まったく、なにがどうなっているのか、よくわからないままですが、19世紀末から、アメリカ、フランスから美しい大輪ランブラーがつぎからつぎへと生み出されたという事実をもって、クラスのはじまりとしたらいいのではないかと思います。

ウィックラーナかウィックライアナか

なお、ウィックラーナについてウィックライアナ(wichuraiana)と表記することもあり、むしろそうした例のほうが多いのですが、クエスト=リットソン氏は、ヴィックラ(Wichura)氏にちなむのであるから、ウィックライアナという呼称は間違いだと指摘しています。ここでもそれに従い、ウィクラーナを名称の正としました。

テリハ・ノイバラの正式学名がロサ・ルキアエであるならば、この原種をもとに生み出されたランブラーはルキアエ系ランブラーと呼ぶべきなのでしょうが、すでにウィックラーナあるいはウィックライアナと呼ばれるのが一般化していますので、これらの品種群(クラス)はウィックラーナと呼ぶことにしています。

ウィックラーナ・ランブラーのはじまり

1888、9年、クレパンによって原種が、ヨーロッパへ紹介されてから20年を越える空白の後、ウィックラーナ交配種が続けざまに市場へ提供されました。舞台はアメリカです。さらにフランスがこれに加わり、堰を切ったかのように美しい品種が生み出されてゆきました。

今日まで愛され続けている主な初期品種はつぎの4種です。

品種名特徴交配親など育種家
メイ・クィーン(May Queen)明るいピンク、3㎝から5㎝径、
350から500㎝となるランブラー
種親:ウィックラーナ
花粉:マダム・ド・グロー or チャンピオン・オブ・ザ・ワールド
W. ヴァン・フリート or
W.A.マンダ
ドクター・ヴァン・フリート(Dr. van Fleet)シルバー・シェイドの明るいピンク、
9cmから11cm径、350cmから500cmとなるクライマー
種親:無名種(ウィックラーナとピンクのチャイナ・ローズ、サフラノとの交配によるもの
花粉:スヴェニール・デュ・プレジダン・カルノ
W・ ヴァン・フリート
ガーデニア(Gardenia)淡いイエロー、7cmから9cm径、
350cmから500cmとなるランブラー
種親:ウィックラーナ
花粉:ペルル・デ・ジャルダン
M.H. ホバース
ウィリアム・C・イーガン(William C. Eagan)シェル・ピンク、7cmから9cm径、
240cmから350cmとなるクライマー
種親:ウィックラーナ
花粉:ジェネラル・ジャックミノ
J・ドーソン

メイ・クィーン(May Queen)

‘May Queen’

3㎝から5㎝径、小輪または中輪、浅いカップ型、少し乱れ勝ちなロゼッタ咲きの花形となります。
花色は明るく、少し藤色(モーヴ)気味の明るいピンク。花弁の縁は退色して淡い色合いとなり、実に優雅です。
フルーティな強い香りがします。
とがり気味、深い色合いの照り葉。柔らかな枝ぶりの350cmから500cmまで枝を伸ばすランブラーです。

育種の経緯など

1898年または1899年、アメリカで育種・公表されたとされています。じつは育種者、交配親については二説あって、どちらが正しいのか、あるいは、あまり例がないことですが、ふたつの品種が同一名で同じ年に公表されたのかもしれないとされています。

ひとつはアメリカのW. ヴァン・フリート(Dr. Walter van Fleet)がウィックラーナを種親、花粉親を濃いピンク花のブルボンマダム・ド・グロー(Mme. De Graw)としたもの。
ふたつめは、やはりアメリカのW.A.マンダ(W. Albert Manda)がウィックラーナを種親、花粉親にピンクのブルボン、チャンピオン・オブ・ザ・ワールド(Champion of the World)を用いたとされる説です。

ドクター・ヴァン・フリート(Dr. van Fleet)

‘Dr. van Fleet/New Dawn’

9cmから11cm径、丸弁咲きまたはオープン・カップ形の花が伸びた枝先に房咲きとなって咲きます。
シルバー・シェイドの明るいピンク。蜂蜜のような甘い香り。
幅広でまるみを帯びた、深い色合いの葉。大きなトゲが目につく、ほどほどの固さの、まっすぐに伸びる枝ぶり。350cmから時に500cmまで伸びるクライマーです。春一季咲きであること、また、育種の系統からウィックラーナ・ランブラーとしてクラス分けされることのほうが一般的となっていますが、樹形からはクライマーとするべきだと感じています。

暑さ寒さに強く、耐病性もあり、半日陰にもよく耐える強健種です。今日の返り咲きするクライマーの元品種となったニュー・ドーン(New Dawn)はこのドクター・ウォルター・ヴァン・フリートからの枝変わり種です。

育種の経緯など

1898年または1899年、W・ ヴァン・フリート(Dr. Walter van Fleet)により育種され、1910年、ピーター・ヘンダーソンより市場へ提供されました。
種親: 無名種(ウィックラーナとピンクのチャイナ・ローズ、サフラノ(Safrano)との交配によるもの)
花粉: スヴェニール・デュ・プレジダン・カルノ(Souv. du Président Carnot)

公表当時はデイブレーク(Daybreak)と呼ばれていましたが、偉大な育種家、ヴァン・フリート本人の名を冠するように変わりました。(ヴァン・フリート本人はこの変更にあまり乗り気ではなかったようです)

ウォルター・ヴァン・フリート(Dr. Walter Van Fleet :1857-1922)

ドクター・ウォルター・ヴァン・フリート(Dr. Walter Van Fleet :1857-1922)は、米国ハドソン、ピエモントにおいてオランダ系移民の子孫の家庭に生まれました。
医術を学び医師となりましたが、バラ育種への情熱から医師を辞め、その後の人生をバラ育種へ捧げました。

1905年から1922年の没年までメリーランド州グレンデールにあった米国農産物導入局(US Department of Agriculture Plant Introduction Station)に勤務し、ウィックラーナ・ランブラーを最初に公表したという輝かしい功績に加え、米国北部地域の寒冷な気候にも耐えるじょうぶな品種を育成することを目標として耐寒性のつよいハマナスを交配の多くに用いたことで知られています。

W.A.マンダ(W. Albert Manda:1862-1933)

ウィリアム・アルバート・マンダ(William Albert Manda:1862-1933)はチェコスロバキア・プラハの近郊に生まれ、長じて園芸学を学び、ヨーロッパ向けの植物を入手する目的でアメリカへ行き、そのまま定住することになりました。
1883年、ハーバード大学植物園の学芸員に就任。5年間同園に在籍した後、ジェームズ・R・ピッチャー(James R. Pitcher)と共にニュージャージー州ショートヒルズにピッチャー&マンダを設立し、園芸植物の育種と販売を行いました。
1895年、共同経営は終了しマンダはニュージャージー州サウス・オレンジにザ・ユニバーサル・ホルティカルチュラル・エスタブリッシュメントという会社を設立。この会社は後に「W.A. マンダ社」と改名されました。
マンダにより育種されたとするウィックラーナ交配種がいくつか残されていますが、M.H. ホーヴァートにより育種された新品種の販売も行っていますので、育種と販売、両方に従事していましたと言えます。
そのため、いくつかの品種はマンダにより育種されたのか、あるいはホーヴァートなど別育種家により育種された品種なのか、判明しがたいものも生じています。

ガーデニア(Gardenia)

‘Gardenia’

7cmから9cm径、30弁ほど、乱れがちな丸弁咲きまたはカップ型となる花形。
淡いイエローの花色、わずかに霞にようにピンクがのることもあります。花芯は濃い色合となり優雅です。成熟するにしたがい、クリーミィ・ホワイトへと変化します。
強く香ります。
とがり気味の照り葉。細い枝ぶりの、350cmから500cm高さにおよぶランブラーとなります。

小皿を重ねたようなダブル、平咲きになることが多い花形、淡いイエローの花色、わずかに霞にようにピンクがのることもあります。

優雅に垂れ下がる枝ぶり、その枝を飾る清楚な花など、ランブラーの典型のようなこの品種は現在でもその価値は失われていません。

育種の経緯など

1898年または1899年、アメリカのM.H. ホーヴァート(Michael H.Horvath)により育種・公表されました。
種親にウィックラーナ、花粉親にライト・イエローのティー・ローズ、ペルル・デ・ジャルダン(Perle des Jardins)が用いられ、W. A. マンダ(W. A. Manda)を通じて公表されました。

このガーデニアが大輪系ランブラーのはじまりと言ってよいと思います。この品種の人気が後に多くの美しいランブラーを生み出すきっかけとなりました。

M.H. ホーヴァート(Michael H.Horvath:1868-1945)

1868年、ハンガリーのセゲト(Szeged)に生まれ育ったホーヴァートは1890年、アメリカへ移住。その時はすでに修練を積んだ森林警備隊員でした。西海岸のオハイオ州クリーブランドの公園などでの仕事についたのち、バラの育種にいそしむようになりました。
HTなどの大輪種ではなくランブラーの育種に熱心に取り組み、1857年に開催されたアメリカ・バラ協会主催の展覧会においてウィックラーナ・ランブラー14種を展示し、その斬新さが注目を浴びました。

ホーヴァートは後、北米原産の原種ロサ・セティゲラを交配親とするランブラーを交配親として育種に取り組むようになりました。耐寒性に問題が生じがちなウィックラーナ・ランブラーの弱点をカバーする目的があったからだと思います。
その成果は1934年、白花ランブラーの至宝ロング・ジョン・シルバー(Long John Silver)として実現されました。

ウィリアム・C・イーガン(William C. Eagan)

‘William C. Eagan’

7cmから9cm径、50弁を超える多弁。芯近くの花弁が内側に湾曲して密集する、ロゼッタ咲きの花形となります。春は多くの花がいっせいに開花し、3輪から5輪ほどの小さな房咲きとなります。
暖かみを含んだような淡い、シェル・ピンクの花色。
強く香ります。
幅広、深い色合の照り葉。比較的柔らかな枝ぶり、240cmから350cm高さのクライマーとなります。

育種の経緯など

1900年、アメリカのJ・ドーソン(Jackson Dawson)により育種・公表されました。
種親にウィックラーナ、花粉親にクリムゾンのハイブリッド・パーペチュアル、ジェネラル・ジャックミノ(Général Jacqueminot)が使われました。

ドーソンは19世紀末、米国ハーバート大学付属のアーノルド植物園の庭園長として、意欲的なバラ育種をしたことで知られています。
初期には、テリハ・ノイバラやノイバラと既存の大輪品種との交配による、ランブラーやクライマーの育種に注力し、そのもっとも初期の成果がこのウィリアム・C・イーガンでした。
淡いピンクのロゼッタ咲きのこの品種は、ブルボンの名花スヴェニール・ド・ラ・マルメゾンを一回り小さくして房咲きのクライマーにしたような美しさであったため、多くの注目を集め、その後のウィックラーナ系のランブラー/クライマーの育種熱に火を付けたかたちとなりました。

ジャクソン・ドーソン(Jackson T. Dawson:1841 – 1916)

ドーソンは英国イングランド・ヨークシャー州のイースト・ライディング(East Riding)に生まれ、幼いころに母親に連れられてアメリカへ移住。8歳のころには叔父の圃場で園芸にかかわっていたとのことです。
1873年、米国ハーバート大学付属のアーノルド植物園(The Arnold Arboretum of Harvard University)の庭園長として、意欲的なバラ育種をしたことで知られています。初期には、ウィックラーナやノイバラと既存の大輪品種との交配による、ランブラーやクライマーの育種に注力し、そのもっとも初期の成果がこのウィリアム・C・イーガンでした。
ウィリアム・C・イーガンはドーソンの依頼によりこの品種の試験的な栽培を行った園芸家とのことです。(Benjamin Whitacre, ”Filing A Missing Rose Claim: Jackson Dawson and the Arnold Rose”)

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原種系ランブラー~セティゲラ、フィリペス、ソウリエアナhttps://ggrosarian.com/2025/09/12/__trashed-2/Fri, 12 Sep 2025 01:05:09 +0000https://ggrosarian.com/?p=3882

ランブラーはノイバラ、照葉ノイバラなどを中心に六つの系統に分類できると思っています。今までそれぞれの系統ごとに品種を解説してきました。今回はセティゲラ、フィリペス、ソウリエアナ系のランブラーをご紹介します。小さな寄せ集め ... ]]>

ランブラーはノイバラ、照葉ノイバラなどを中心に六つの系統に分類できると思っています。
今までそれぞれの系統ごとに品種を解説してきました。今回はセティゲラフィリペスソウリエアナ系のランブラーをご紹介します。小さな寄せ集めのようなグループですが、庭を飾る美しいランブラーがいくつか残されています。

ロサ・セティゲラ(R. setigera)

‘Rosa setigera’

5cmから7cm径の中輪、シングル・平咲きとなる花形。
花色はストロング・ピンク。花弁基部は白く色抜けするので花芯に薄いピンクが出て優雅な色合いとなります。開花時期は遅めで晩春から初夏にかけてです。
甘い、濃密な香り。ムスク系の香りだとする解説もありますが実際には変化があるように思います。
縁のノコ目が強くでる大き目のつや消し葉、山吹の葉に似ていると感じるのはわたしだけでしょうか。太めで直線的に伸びる枝、枝の太さに不釣り合いに感じる小さなトゲ。幅、高さとも180㎝から250㎝、ボリュームのあるシュラブとなります。

品種名の由来など

1785年、植物採集のため北米大陸に渡ったフランスの植物学者アンドレ・ミショー(André Michaux:1746-1802)により発見されました。(公表は1810年)
“セティゲラ(setigera)”は「剛毛のある」の意のラテン語。品種名は結実した種の表皮に生ずる剛毛にちなんでいます。

北米大陸東部、北はカナダ、オンタリオ州から米国フロリダ州までロッキー山脈から東部一帯の主に草原に自生しています。バラ科の中で唯一雌雄異体であることで知られています(雄株は開花しますが結実しません)

乾燥にも良く耐える強健さからプレーリー・ローズとも呼ばれますが、特徴のある3枚葉がキイチゴと似ているころから、キイチゴ葉バラ(Bramble leaved Rose)と呼ばれることも多い原種です。

セティゲラは耐寒性、耐暑性ともにそなえた健常さからじょうぶな品種つくる交配親として用いられてきました。
異彩を放つハンガリーの育種家ゲシュヴィントが耐寒性のある品種育種をめざしてさかんに利用したことでも知られていますが、ゲシュヴィントがめざしたのは大輪、深いピンク、紫などの濃色のシュラブやクライマーの育種でした。
そのことからクライマーまたはシュラブにクラス分けされることが多いセティゲラ交配種ですが、なかにランブラーとするべきたおやかな枝ぶりとなる品種があります。

ボルチモア・ベル(Baltimore Belle)

’Baltimore Belle’ Photo/AquaEyes [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

3cmから7㎝径、カップ型、30弁前後、小さな花弁が密集し、花芯に近い花弁は内側へ湾曲する美しい花形です。春、枝がしなだれるほどの房咲きとなります。
色濃いピンクのツボミは開花すると、淡いピンク、退色してほとんど白となることも多い花色です。
幅広の大きめの葉、細めで柔らかな枝ぶり、350cmから500cmほど枝を伸ばす、高性のランブラーとなります。

品種名の由来など

1843年、アメリカのS. フィースト(Samuel Feast)により育種・公表されました。
ロサ・セティゲラとガリカ・クラスまたはノワゼット・クラスのいずれかの品種との交配により生み出されたとみなされていますが、詳細は不明です。

“Baltimore Belle”とは「麗しのボルモチア」といった意です。米国東部、ワシントンDCとフィラデルフィアの間にある都市、フィーストの農場が所在していたボルチモアにちなんだ命名だと思われます。
フィーストはこのロサ・セティゲラを交配親とするランブラーの育種に力を注ぎました。
プレーリーの名を含む、クィーン・オブ・プレーリー、キング・オブ・プレイリーなど、すぐれたランブラーもフィーストが作出した品種です。いずれも耐寒性、耐病性のあるロサ・セティゲラの性質を受け継いだ、優れた品種です。

ロング・ジョン・シルバー(Long John Silver)

‘Long John Silver’ Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via Rose-Biblio]

7cmから9㎝径の中輪、70弁を超えるようなカップ型、ロゼッタ咲きの花形、春、競い咲き、10輪を超えるような豪華な房咲きとなります。
シルバリー・ホワイト、輝くような純白の花色。
強い香り。
多少とがり気味、深い色の、つや消し葉。500cmから600cm高さへ達します。枝は固めで、クライマーともランブラーともいえる中間的な性質を示しますが、全体的な印象からランブラーにカテゴライズすることにしました。

品種名の由来など

1934年、アメリカのホM.H. ホーヴァス(Michael H. Horvath)が育種・公表しました。
種親:ロサ・セティゲラの実生種(無名)
花粉:フランスのペルネ=ドウシェが育種したディープ・イエローのクライマー、サンバースト(Sunburst)

スティーブンソンの名作『宝島』に登場する海賊ロング・ジョン・シルバーにちなんで命名されたのではないかと思います。

Illustration/ Newell Convers Wyeth [Public Domain via Wikimedia Commons]

ジョン・シルバーは、かつて悪名高い海賊フリートの元で操舵手でした。
ジョンは、凶悪な、しかし、頭脳明晰でずるがしこくもある謎を秘めた人物です。その強烈なキャラクターは後、多くの小説に大きな影響を与えました。
物語の中で、シルバーは、主人公のジム・ホーキンスを助け冒険を重ね、とうとう宝を手に入れますが…。

アルカタ・ピンク・グローブ(Arcata Pink Globe)

‘Arcata Pink Globe’ Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via Rose-Biblio]

3cmから7cm径の中輪、40弁ほどのルーズなカップ型となる花形。
淡いピンクとなるさわやかな印象の花色、濃厚な香りにも恵まれています。
たまご形のつや消し葉、株丈、株幅とも500cmにおよぶ大型のランブラーとなります。
遅咲き品種として知られています。

品種名の由来など

21世紀になってから知られるようになったいわゆる”ファンド・ローズ”です。アメリカ、カリフォルニア州のアルカータで発見されたことから「アルカータの丸型ピンク」と命名されたようです。

花色、花形などから当初はノワゼットにクラス分けされていたようですが、500cm高さに達するなど大株になることからセティゲラ交配種とされることが多くなりました。
セティゲラとノワゼットの自然交配により生じたと考えられています。

モザー・ハウス・シェード・ローズ(Moser House Shed Rose)~アルカタ・ピンク・グローブと同じ品種?

‘Moser House Shed Rose’ Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via Rose-Biblio]

モーザー・ハウザー・シェッド・ローズは、カリフォルニアのゴールドカントリー(カラベラス郡)にある歴史的な邸宅、モーザー邸で発見された”ファンド・ローズ”のひとつです。
同地に80年以上前から植栽されていたとされていますが、上述のある方・ピンク・グローブとよく似ていることから、同じ品種ではないかという見解もあるようです。

ロサ・フィリペス・キフツゲート(Rosa filipes ‘Kiftsgate’)

‘ロサ・フィリペス・キフツゲート(R. filipes ‘Kiftsgate’ )’ Photo/ Geolina163 [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

3cm径ほどのシングル咲きの花が、ときにサッカー・ボールの大きさを超えるような巨大な房咲きとなります。
花色は白、花芯のオシベがイエローのポイントとなり、開花時、株全体は淡いイエローに染まっているという印象を受けます。
甘い強い香り。

縁のノコ目があまり目立たない、とがり気味の小葉、明るい色合いの半照り葉。紅茶褐色の枝には多くはないものの大きなトゲがあります。
細く柔らかな枝ぶり、旺盛にシュートが発生し、枝を伸ばし、500㎝を超え、時に10mを超える大型のランブラーとなります。

品種名の由来など

ロサ・フィリペスは中国四川省や甘粛省など中国西部から北西部に自生する原種です。

1908年、E.H. ウィルソン(E. H. Wilson)により発見され、1915年、フォン・レーゲル(Eduard August von Regel)により新種として公表されました。品種名はfilum(糸) + pēs (足)から、細い枝が密生することから命名されたようです。(”Graham Stuart Thomas Rose Book”)

‘Kiftsgate Court’ Photo/Jason Ballard [CC BY SA-2.0 via Wikimedia Commons]

特にキフツゲート(Kiftsgate)と名づけられることが多いのは、英国ロンドン北西部、グロスターシャー州に所在するキフツゲート・コート(Kiftsgate Court)の庭園に植栽されている株からの枝接ぎによって生産されたものを指しています。現在数株ほどあるこれらの株はロサ・フィリペスのクローンであるとも、あるいは枝変わりであるとも言われています。そのうちの1株は高さ20mに達し、英国で最大のバラとして知られています。

実はこの株は1937年、”Old Garden Roses”というバラ研究書で名高いE.U. バンヤード(E.U. Bunyard,)が運営する農場からムスク・ローズであるとして購入されたものです。しかし、やがて実際にはムスク・ローズではないことが明らかになりました。
1951年、グラハム・トーマスにより、ロサ・フィリペス(R. filipes)であると同定されました。

ロサ・ソウリエアーナ(Rosa soulieana)

‘ロサ・ソウリエアーナ(Rosa soulieana)’ Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via Rose-Biblio]

3cm径ほどのシングル、平型の花形。最盛期には株全体を覆うような咲き方になりますが、房咲きとなることは少ないようです。
花色は白または淡いクリーム色、花芯の黄色と混ざり合い、全体的な印象としては少し濁りきみの淡いクリーム色となるようです。
個体差があるようですが、葉色が灰緑色になることが知られています。
200cmから350cm高さにまで生育しますが、長く伸びた枝はアーチングするものの固めの枝ぶりとなることが多く、シュラブ、クライマー、またランブラーともいえる中間的な樹形となります。

品種名の由来など

中国四川省に滞在していたフランスのジャン・アンドレ・スリエ神父( Father Jean André Soulié)が発見しました。1895年以前のことだと言われています。品種名soulieanaは発見者スリエ(Soulié)神父にちなんだものです。

キュー・ランブラー(Kew Rambler)

‘キュー・ランブラー(Kew Rambler)’

3cm径ほどの、シングル・平咲きの花が重なりあうように房咲きとなります。
花色はソフト・ピンク。中心に白い目ができます。
香りはありません。(無香)
500cm高さを超えるなど、旺盛に枝を伸ばすつる性の品種です。この品種もアーチやオベリスクでは、誘引に苦労するかもしれません。フェンスなどで横に這わせたり、パーゴラへ誘引する仕立てに向いています。

葡萄の房のような塊となる房咲きの花がみごとです。交配親と見られているソウリエアーナから受け継いだ灰青色の葉色も際立った特徴です。そのため、バラ愛好家に愛でられるだけでなく、多くのガーデン・デザイナーによって利用され、野趣に富んだ庭作りに盛んに利用されています。

品種名の由来など

ソウリエアーナと赤花のウィックラーナ(照葉ノイバラ)・ランブラー、ハイアワサ(Hiawatha)との交配により1913年頃育種されたと見なされています。
ロンドン西部の広大な庭園、キュー・ガーデンで育種された品種として世に知られていますがブリーダーの個人名は不明です。

‘Kew Garden’ Photo/Mike Peel [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

キュー・ガーデンは18世紀に設立された英国王立植物園です。世界中でもうここにしかないという株も少なくない世界的な植物のコレクションで有名です。
現在は130ヘクタール(東京ドーム100個分)という広大な広さがあり、とても1回の訪問では見学が終らないほどです。2003年には世界遺産に登録されました。

シェヴィ・チェイス(Chevy Chase)

‘シェヴィ・チェイス(Chevy Chase)’

3cmから7cm径、ダブル、丸弁咲きの花、数輪ほどの”連れ”咲きになります。
深い、しかし落ち着いた印象を受けるダーク・レッドの花色。クリムゾンのランブラーはクリムゾン・シャワーなどピンクの色合いを含む花色が多いのですが、このシェヴィ・チェイスは”赤”と呼ぶにふさわしい色です。
ティー・ローズ系の強い香りがします。
春一季咲きの品種ですが、それだからこそ春のいっせいの開花が一段と見事に感じられます。
細めだが比較的大きな、明るい色調のつや消し葉、350cmから500cmほどまで伸びる、細めの枝ぶりのランブラーです。

品種名の由来など

1939年、米国のN.J. ハンセン(N.J. Hansen)により育種・公表されました。米国、ワシントンDCの郊外にある小さな町、シェヴィ・チェイスにちなんで命名されました。
ソウリエアーナ と赤いポリアンサ、エブルイソン(Éblouissant )との交配により生み出されました。樹形はロサ・ソウリエアナから、花色はエブルイソンから受け継いだという印象を受けます。

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原種系ランブラー~ムスクローズと近縁種https://ggrosarian.com/2025/09/12/__trashed/Fri, 12 Sep 2025 01:04:27 +0000https://ggrosarian.com/?p=4191

バラ科、バラ属のシンスティラエ節(Sec. Synstylae)には多くの原種ランブラーが属しています。ノイバラ、照葉ノイバラの他、ここでご紹介するムスク・ローズ(Rosa moschata)もそのひとつです。小輪または ... ]]>

バラ科、バラ属のシンスティラエ節(Sec. Synstylae)には多くの原種ランブラーが属しています。ノイバラ、照葉ノイバラの他、ここでご紹介するムスク・ローズ(Rosa moschata)もそのひとつです。
小輪または中輪の白花、やわらかな枝ぶりで数メートル高さに達するランブラーとなる樹形というのが一般的な特徴です。
ムスク・ローズ(Rosa moschata)は、麝香(ムスク)の香りがするランブラーとして、ヨーロッパでは古くから親しまれています。

ロサ・モスカータ(Rosa moschata))

‘ロサ・モスカータ/ムスク・ローズ(Rosa moschata)’

7cmから9cm径、シングル・平咲きとなる花形。
花色は純白、また、クリーミィ・ホワイト、花芯のイエローがアクセントとなり全体的な印象としてはクリーム色という印象を受けます。
開花時期は他の品種よりもずっと遅く、秋ころになることもあります。そのため、古来、秋咲きバラとして珍重されてきました。
いわゆる、ムスク・ローズ系と呼ばれる強い香り。
幅狭の明るい色相の葉、たおやかに枝を伸ばし、350cmから500cm高さとなるランブラーとなります。

品種名の由来など

美しい街コールマールなどでも知られるフランス、アルザス地方を本拠地としていた博物学者ヨハネス・ヘルマン(Johannes Herrmann)は1762年に公刊した『バラに関する最初の植物医学論文(Dissertatio Inauguralis Botanico-Medica De Rosa)』のなかでロサ・モスカータに言及しています。
従来はこれがムスク・ローズの最初の学術上の記述であると考えられていて、ムスクローズの学名はRosa moschata Herrm.とされてきました。

” Dissertatio Inauguralis Botanico-Medica De Rosa” Published by Johannes Herrmann, 1762

しかし、実際には1500年代からムスクローズに関する記述は次の例をはじめとしていくつも存在していたことが分かっています。現在ではムスク・ローズが、どこから、また、いつヨーロッパへもたらされたのかはよく分かっていません。

ムスクローズについての文献上の最初の記述

1540年、スペインの植物学者であるニコラス・バウティスタ・モナルデス(Nicólas Bautista Monardes )は著書『バラとその部分について(De rosa et partibus eius)』を刊行しました。その中で、”ロサ・ペルシカ(ダマスケナ)”として記述しているバラは、じっさいにはムスク・ローズのことだろうと解釈されています。これが、現在判明しているムスクローズのもっとも早い記述のようです。

…アレクサンドリア人は一般的にロサ・ペルシカと呼んでいます…バラは私たちの地域にも存在しますが、喬木というよりは灌木で、(葉は)緑色です。多くの鋭い棘があります。私たちのバラは葉が密生しています。5~6枚の花びらを持つ花が多数咲きます。色は白と赤(ピンク)の中間です…原産地であるペルシャの地域にちなんで、ペルシカエと呼ばれています。…
…この木の花は胃で溶けて猛毒となります。このバラは、イタリア人、フランス人、ドイツ人、そして様々な人々からダマスケナと呼ばれており、シリアの高貴な都市ダマスカスから来たと信じられています。私たちの地域では、このバラが注目を集めるようになったのはほぼ30年前のことです。最初は有力者や貴族の間で貴重な薬でしたが、今では本当にどこにでも手に入ります。
(Google翻訳利用)

以上のように、古くから、その香りゆえに愛され続け今日へ至っていますが、自生地も小アジア、アフリカ北部、南ヨーロッパと諸説があり、定説はありません。また、現在、ロサ・モスカータ(ムスク・ローズ)として流通している実株がはたして、原種なのか、それとも、交配雑種であるのかも判然としていません。

グラハム・トーマスによる解説

多くの研究家がムスク・ローズの由来について言及していますが、特にグラハム・トーマスが著書『Graham Stuart Thomas Rose Book』のなかで“The Mystery of the Musk Rose”と題して記述しているものが有名です。

私がシンスティラエ節を調べはじめたとき、ムスク・ローズがミステリーに包まれ見極めが容易なものではないとは考えていなかった。ケンブリッジの植物園の40フィートにおよぶ大株やキューの王立植物園の巨大株という実例があり、両株ともムスク・ローズとして多くの著書に掲載されていた…しかし、両株とも細く長めの小葉で初夏に豪勢に開花するもののそのまま結実してしまうものだった。古来伝えられているムスク・ローズは秋開花のものであり楕円形の小葉のものだった…

わたしはムスク・ローズは南西ヨーロッパ、北アフリカあるいはマデイラ島からもたらされ、芳香と遅めの開花の性質ゆえに栽培されあずまやを覆ったり大きめの灌木として庭で栽培されるようになったのだと思う…

わたしは1963年の晩秋にミッデルトン・ハウス(訳注:E.A.Bowlesが本物のムスクローズだと記述している株が植栽されている庭園)を訪問した。ハウスの北西壁面のフェンスに当該のバラは開花していた。それは疑いなくオールド・ムスク・ローズだった…

その年、増殖した枝から開花した花はすべてダブル咲きであったため、ふたたび当惑してしまった…

ダブル咲きは頻繁というわけではないがしばしば発見されるようだ…

ロサ・モスカータ・プレノ(Rosa moschata pleno)

グラハム・トーマスが言及したダブル咲きとなるムスク・ローズは今日でも多く栽培されています。
花弁が多いだけで、ほかの性質はシングル咲きのものと変わりありません。

‘ロサ・モスカータ・プレノ(Rosa moschata pleno)’ Photo/Rudolf Bergmann [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

16世紀にヨーロッパへもたらされ、以来深く愛されてきたムスク・ローズです。長い年月のあいだに近縁種、交配種なども世に紹介されてきました。

デュポンティー(Dupontie)

‘Dupontie’

5cmから7cm径、シングル咲きの花が数輪ほど集まる”群れ”咲きとなります。
花色は白、熟成すると花弁縁紅色がでることが多いです。中程度のムスク系の香り。
枝ぶりはたおやか、ランブラーとなる樹形ですが、250から350cm高さほどですので、ランブラーとしては小型の範疇にはいるかと思います。

品種名の由来など

1817年、ジョゼフィーヌのバラ・コレクションのアドバイザーであったフランスのアンドレ・デュポン(André Dupont)により育種されたと記録されています。ただ、デュポンは熱心なコレクターではあっても、育種は行っていませんでしたので、原種交配種のひとつとして彼のコレクションのなかにあったものかもしれません。
交配親の詳細は不明ですが、種親はムスク・ローズ、花粉にガリカが使われたのだろうという解説が主流です。ムスク・ローズ交配種としては比較的小さな樹形であること、花色にわずかですが紅がでることから、ガリカの影響が感じられてということかと思います。

カラフルなボタニカル・アートで高く評価されている英国の園芸年誌『The Botanical Register: Consisting of Coloured Figures of Exotic Plants Cultivated in British Gardens』 vol.10,1824にこの品種の美しい品種の絵が残されています。

“The Botanical Register: Consisting of Coloured Figures of Exotic Plants Cultivated in British Gardens” vol.10,1824

この絵は、昨年6月に園芸協会の庭園で描かれ、ヴェルサイユのプロンヴィル氏によって同協会に寄贈されました。

直立して枝分かれする低木で、高さ約 4 フィート。
枝は濃い緑色で、灰白色を帯び、時には無棘で、時には密集した不等な短い鎌状の棘と剛毛で覆われる。
葉は密生し、硬く、ほぼ常緑。小葉は卵形長楕円形で、尖端が尖り、単純鋸歯があり、表面はしわがあり、光沢があり、平滑、裏面は灰白色を帯び、平滑。葉柄と一次脈には毛があり、散在する鉤状の棘で覆われている。托葉は線形で、全縁で、付原形、先端は棘状。
集散花序は約 5 個で、花は柄があり、花柄と小花柄は棘毛で覆われている。苞は卵形で、尖端が尖り、反り返り、繊毛があり、腺がある。花は展開し、大きく、白く、ピンクがかっている。花弁は倒心形で、5 枚または 7 枚。萼筒は楕円形で、剛毛がある。萼片は複葉で腺がある。花盤は目立つ。花柱は円柱状に合着する。果実は倒卵形で滑らか、橙色。萼片は落葉する。
(Google翻訳、一部修正)

プリンセス・ド・ナッソー(Princesse de Nassau)

’Princesse de Nassau’

7㎝から9㎝径、セミ・ダブルまたは丸弁咲きの花が春いっせいに開花し、豪華な房咲きとなります。
ライト・イエローの花色として登録されていますが、クリームあるいは純白となることが多い花色です。
軽く香ります。
250cmから350cmほど柔らかな枝を伸ばす大きめのシュラブですが、ランブラーとして扱うのが適切だと思います。
遅咲きする性質があり、ロサ・モスカータ・オータムナリス(R. moschata ‘Autamnalis’;秋咲きムスク・ローズ)という名で呼ばれることもあります。

品種名の由来など

1829年にはフランス・パリ郊外でナーサリーを運営していたジャン・ラッフェイ(Jean Laffay)により育種・公表されました。
19世紀後半になるとハイブリッド・パーペチュアルを数多く育種し“ハイブリッド・パーペチュアルの父”と称賛されるラッフェイですが、この品種はラッフェイが育種を開始した初期のものにあたります。その当時彼はチャイナ・ローズを交配親としてさかんに利用していたことが知られています。それゆえ、この品種はムスク・ローズといずれかのチャイナ・ローズとの交配ではないかという解説が説得力があるように思います。(Peter Beales, “Classic Roses”)

“Karoline von Oranien-Nassau-Diez, Princess of Nassau-Weilburg” Painting/Pierre Frédéric de la Croixédéric de la Croix [Public Domain via Wikimedia Commons]

この品種はルクセンブルグ大公ウィレム5世の摂政を勤めた、大公の実姉であるナッソー家の貴婦人カロリーネ・フォン・オラニエン=ナッサウ=ディーツ(Karoline von Oranien-Nassau-Diez, Princess of Nassau-Weilburg; 1743-1787)へ捧げられたのではないかと思われます。

カロリーネはピアノをよく演奏し、若きモーツアルトがピアノ・ソナタ6曲(K.26-K.31)を彼女に捧げたことでも知られています。


なお、同名・異種のバラとして、ガリカのライト・ピンクの花色のものが市場に出回っているようで、混乱があるようです。

ナスタラーナ(Nastarana)

‘Nastarana’

3cm径ほどの小輪、セミ・ダブルの花が房咲きとなりますが、平咲きとなる花形がみごとです。
花色は白、わずかに淡いピンクが入ることもあります。
強い、ムスク系の香り。
幅狭で、葉先がとがった、縁のノコ目が強くでる半照り葉、直立性の強い枝ぶりですが、枝はするすると長く伸びるので、大株になると優雅にアーチングします。250cmから350cm高さのシュラブ、クライマー/ランブラーとして取り扱うことも可能です。

品種名の由来など

1879年、フランスのE.F. ピッサール(Ernest François Pissard)がペルシャで再発見したいわゆるファンド・ローズのひとつです。そのことから、ペルシャン・ムスクあるいはロサ・モスカータ・ヴァリエガータ・ナスタラーナと呼ばれることもあります。”Nastan”はペルシャ語で野生バラを意味するとのことです。
ムスク・ローズとチャイナとの交配により生じたのではないかと判断する研究家が多く、ノワゼットにクラス分けされることも多いのですが、ハイブリッド・ムスクの先駆的な品種であるとも、また、ムスク・ローズの変種とも見られることもあるなど、どのクラスに属するべきか定説はないようです。ここではムスク・ローズのひとつとしました。

ポリアンサ・グランディフローラ(Polyantha Grandiflora)

‘Polyantha Grandiflora’ Photo/Epibase [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons]

5cmから7cm径、シングル咲きの花が房咲きとなります。
花色は白またはクリーム色。強いムスク香がします。
時に株丈が10mに達することがあるなど、巨大株になることが知られています。
耐寒性ばかりではなく耐暑性にもすぐれていることから、景観用に利用されることが多いようです。

品種名の由来など

1886年、フランスのJ-A ブルネ(Jean-Alexandre Bernaix )により育種・公表されました。

著名なプラントハンター、ロバート・フォーチュンが日本から持ち帰ったとされるノイバラ交配種のポリアンサ(Rosa polyantha)と大輪白花を咲かせるノワゼットのブラン・プール(Blanc Pur)の交配により育種されたとされています。そのことから、ノワゼットとされたり、ノイバラ交配種とされたりすることもありますが、花形、開花時期、樹形などの性質から、ムスク・ローズにクラス分けするのが適切だと思います。

ブルネは19世紀末、マダム・スピオン・コシェ(Madame Scipion Coche)、スヴェニール・ド・マダム・レオニー・ヴィノ(Souv. de Mme. Léonie Viennot)、バロア・アンリエッタ・スノワ(Baronne Henriette Snoy)など、世紀末を飾るにふさわしい美しいティーローズを残したことで知られています。
このポリアンサ・グランディフローラはブルネの育種したものとしては例外的な性質のものでした。

ムスク・ローズの近縁原種

ムスク・ローズの近縁種でランブラーとして植栽される美しい原種バラがあります。代表的なものをいくつかご紹介したいと思います。

ロサ・ブルノイー(Rosa brunoii)

‘Rosa brunoii’

3cmから7cm径、シングル平咲きの花がピラミッド状と表現されることもある競い合うような房咲きとなります。
花色は白。ムスク系と呼ばれる香り(中香)
細め葉先がとがり気味の、くすみのあるつや消し葉。トゲは多くはありませんがフックした大きめのものです。柔らかな枝ぶり、500cmを超える大型のランブラーとなります。

品種名の由来など


1820年、英国のロバート・ブラウン(Robert Brown)によりヨーロッパへ紹介されました。品種名”brunoii”はブラウンにちなんだものです。
ヒマラヤ地域に自生していることから、ヒマラヤン・ムスク・ローズ/Himarayan Musk Roseと呼ばれることもあります。

自生地はインド、カシミール地方、ブータンなどのヒマラヤ地域、アフガニスタンなど標高1,500mから2,400mの高山地帯です。
自生地域によってかなり変容が見られます。古い時代、このうちのひとつがヨーロッパへもたらされ、それがムスク・ローズの名で流通するようになったのではないかという説が今日、有力になりつつあるようです。
そのことから、このロサ・ブルノイーをロサ・モスカータ・ヴァリエガータ・ネパレンシス(R. moschata var nepalensis;ネパール産ムスク・ローズ)と呼ぶこともあります。

1916年、英国のジョージ・ポール・JR(George Paul Jr.)が公表したールズ・ヒマラヤン・ムスク・ランブラー(Paul’s Himalayan Musk Rambler)は今日でもじょうぶで美しいランブラーとして人気が衰えることがありませんが、このブルノイーから生み出されたものです。。

ポールズ・ヒマラヤン・ムスク(Paul’s Himalayan Musk Rambler)

‘Paul’s Himalayan Musk Rambler’

3cm径ほどの、小さな丸弁咲きの花が、ひしめき合うような房咲きとなります。
淡いピンクの花色、春、いっせいに開花する様子は、遅れ咲いた満開の桜のような爽やかな印象を残してくれます。
ムスク系の香り。
大きめの葉、灰色がかった、落ち着いたつや消し葉。柔らかな、まっすぐに伸びる枝ぶり、順調に成育すれば、数年後には500cmを超えるほどまで枝を伸ばす、ランブラーです。耐病性に優れ、耐陰性もあわせ持つ強健な、”完璧な”品種のひとつです。

品種名の由来など

1916年、イングランドのジョージ・ポール・Jr(George Paul Jr.)により公表されました。
ロサ・ブルノイーといずれかのムスク・ローズ交配種との交配により育種されたのではないかと言われています。

ロサ・アビッシニカ(Rosa abyssinica)

‘Rosa abyssinica’ Photo/Malcolm Manners [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

3cmから5cm径、シングル咲きの花。花色は白。強く香りますが、ムスク・ローズとは少し異なる香りのようです。
灰緑きみの葉が特徴的ですが、あまり大株にはならず200㎝高さほどのやわらかな枝ぶりのシュラブとなるようです。

品種名の由来など

1805~1810年ころ英国の植物学者ロバート・ブラウン(Robert Brown)によりエチオピアで発見され、1820年、園芸学者のジョン・リンドレー(John Lindlay)が公刊した年誌『Rosarum Monographia』 で世に紹介しました。
数少ない、アフリカ乾燥地に自生する原種バラです。
”abyssinia”はアフリカ大陸の西部”角”と呼ばれる地域の古名で、今日のエチオピアとほぼ重なります。

‘Rosa abyssinica’ from “Rosarum Monographia” 1820 Authored by John Lindley

ロサ・ロンギクスピス(Rosa longicuspis)

‘Rosa longicuspis’

3cmから5cm径、シングル咲きの花。花色は白。
強いムスク・ローズの香り
明るい色合いの照葉、500㎝高さを超える大型のランブラーとなります。茶褐色の茎と品種名ロンギクスピス(長いトゲ)の命名由来の元となった鋭い紅色のトゲが特徴的です。

品種名の由来など

インドのアッサム地方、中国の雲南省などの標高1,000mから2,000mの高地に自生しているとされています。

英国の植物学者ジョセフ・ダルトン・フッカー(Joseph Dalton Hooker)はインド北部において熱心に植物採集を行っていました。イタリア、ボローニャ大学の植物学教授であったアントーニオ・ベルトローニ(Antonio Bertoloni)は1861年、フッカー・コレクションの検証を行った際、この原生バラをロンギクスピスと命名しました。

同一品種?~ロサ・ムリガニ(Rosa mulliganii)

英国のもっとも著名な庭園のひとつ、シシングハースト・キャッスルには白花を咲かせる植物の植栽で知られる”ホワイト・ガーデン”があります。この庭園のパーゴラを飾る白バラはロサ・ムリガニ(Rosa mulliganii)と呼ばれる品種です。実はこのムリガニはロンギクスピスと酷似していて、両品種は同一種だ、いや、別品種だとの両論があって今でも結論は出ていないようです。

‘the White Garden of Sissinghurst Castle’(中央に見える白バラがムリガニ)

ムリガニー(Rpsa mulliganii)は、中国における植物蒐集で知られるジョージジョージ・フォレスト(George Forrest)によって英国王立園芸協会のウィズリー(RHS, Wisely Garden)へ送られた種子の実生から生じ、当時園長補佐であったブライアン・マリガン(Brian Mulligan)にちなんで命名されたものです。

ランブリング・レクター(Rambling Rector)~ムスク系orノイバラ系?

‘Rambling Rector’

3cm径、セミ・ダブルまたはダブル咲きの小輪の花が春、咲き競うような房咲きとなります。
クリーミィ・ホワイト、また、次第に純白へと退色する花色。花芯のオシベのイエローとのコントラストが見事です。
絢爛たる香りが漂います。
旺盛に枝を伸ばすランブラーです。600cm高さx600cm幅になると想定する必要があると思います。壁面を覆ったり、また、大きめのパーゴラなどに誘引して春、枝垂れ咲きとなる様を鑑賞したりする楽しみかたができる品種です。このランブリング・レクターこそがムスク・ローズ系ランブラーの到達点を示す品種だと思っています。

品種名の由来など

Rambling Rectorとは「ぶらぶら散歩している牧師」といった意味かと思います。
以下の解説のとおり、1900年ころ、英国で育種されたとみられていますが育種者は誰だったのかは分かっていません。
ノイバラとムスク・ローズの影響が顕著であるため、両原種の交配によるのだろうと考えられています。クラス分けもノイバラ系とされたりムスク・ローズ系とされたり揺れ動いていますが、落葉しないこともあるので「ムスク・ローズだな」というのが個人的な印象です。

グラハム・トーマスは著作”Graham Stuart Thomas Rose Book” 1994のなかで次のように語っています。

ほぼ、純粋なノイバラと言っていいが、花形はセミ・ダブルだ…1912年版のデージー・ヒル・ナーサリーのカタログにリストアップされていた。

この記述に対し、当のデージー・ヒル・ナーサリーは次のように訂正しています。

あらゆるバラの中でも最も生命力の強いものの一つ… 美しく、ほとんど枯れない葉と、大きな白い花房を持つ
非常に生命力の強いバラ。花は八重咲きで、大きな直立した房状に咲き、クリーム色から白く色づく。この品種に特有な芳醇な香り。
トーマスによると、このバラは1912年にデイジー・ヒルのカタログに初めて掲載されたとされているが、それ以前にのカタログ (1901-1902) にも掲載されていた。トム・スミス(註:スコットランドのバラ育種家か?)がこのバラに命名した可能性もあるが、カタログには彼がこのバラを育成または発見したという記述はない。もしスミスがこのバラに命名したとしたら、彼がどの牧師館で入手したのかを知るのは興味深いだろう。ランブリング・レクター(散歩中の牧師)が誰だったのか、私たちはおそらく永遠に知ることはないだろう。(Google翻訳、一部修正)

文学に登場する香り高いランブラーとしてのムスク・ローズ

香り高いムスク・ローズはしばしば文学上で称賛されてきました。

シェイクスピアの戯曲『真夏の夜の夢/A Midsummer Night’s Dream』、第2幕、第1場で、妖精の王、オーベロンがいたずら小僧のパックへ、女王タイテーニアのまぶたへ”惚れ薬、恋の三色すみれ”を塗るよう指示する場面では、次のように描写されていて、ムスク・ローズをシェイクスピアが香り高いバラとして挙げていることが広く知られています。

野生の匂い草が生えた場所があるだろう。/I know a bank where the wild thyme blows,

桜草が茂り、すみれがうなだれて咲く所だ。/Where oxlips and the nodding violet grows,

甘い香りのスイカズラや、甘いムスク・ローズと香りノイバラ(エグランティン)が天蓋のようにおおう、/Quite over canopied with luscious woodbine, With sweet musk roses and with eglantine:

その場所で時々、夜、タイテーニアは眠っているんだ。/There sleeps Titania sometime of the night,

25歳という若さで結核に倒れた英国の詩人、ジョン・キーツ(John Keats:1795-1821)にもムスク・ローズを歌った美しい詩が残されています。詩は友チャールズ・ウェルズからムスク・ローズを送られたことに応えるものでした。

バラを送ってくれた友に

遅い時間に気持ちよい野をのんびりと歩いていた時、
ヒバリがみずみずしいクローバーの茂みから露を振り払い飛び立つ時、
冒険好きな騎士たちが傷だらけの盾を再び手に取する時、
野生の自然が生み出す最も甘美な花、咲き誇ったばかりのムスク・ローズを見た。
夏にその甘美な香りを最初に放ったのは、
女王タィテーニアが振るう杖のように、優雅に枝を伸ばしたまさにこの花だった。
そして、その香りを堪能しながら、
庭植えのバラの方がはるかに優れていると思った。
しかし、ああ、ウェルズよ!君のバラが私のところにやって来た時、
その美しさに私の感覚は魅了されてしまった。
柔らかな声で、優しい願いを込めて、
平和と真実と、抑えきれない友情を囁いていた。
To a Friend who sent me some Roses

As late I rambled in the happy fields,
What time the sky-lark shakes the tremulous dew
From his lush clover covert;—when anew
Adventurous knights take up their dinted shields:
I saw the sweetest flower wild nature yields,
A fresh-blown musk-rose; 'twas the first that threw
Its sweets upon the summer: graceful it grew
As is the wand that queen Titania wields.
And, as I feasted on its fragrancy,
I thought the garden-rose it far excell'd:
But when, O Wells! thy roses came to me
My sense with their deliciousness was spell'd:
Soft voices had they, that with tender plea
Whisper'd of peace, and truth, and friendliness unquell'd.

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原種系ランブラー~モッコウバラhttps://ggrosarian.com/2025/08/29/%e5%8e%9f%e7%a8%ae%e7%b3%bb%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%96%e3%83%a9%e3%83%bc%ef%bd%9e%e3%83%a2%e3%83%83%e3%82%b3%e3%82%a6%e3%83%90%e3%83%a9/Fri, 29 Aug 2025 03:05:40 +0000https://ggrosarian.com/?p=4162

「ええ、バラなの?」と驚かれることもありますが、モッコウバラ(Rosa banksiae)はれっきとしたバラです。 2~3cm径の八重の花が、早春にこぼれるような房咲きとなります。色はホワイト、軽く香ります。幅狭、葉先が ... ]]>

モッコウバラ(Rosa banksiae)

「ええ、バラなの?」
と驚かれることもありますが、モッコウバラ(Rosa banksiae)はれっきとしたバラです。

‘モッコウバラ白八重(R. banksiae)’

2~3cm径の八重の花が、早春にこぼれるような房咲きとなります。
色はホワイト、軽く香ります。
幅狭、葉先が尖った小さな葉。旺盛に成育し柔らかな枝ぶりですが、数年後には、株元は幼児の腕ほどの太さとなり600cmから900cmまで枝を伸ばす大きなランブラーに育ちます。
トゲがほとんどないことはよく知られています。関東以西など温暖な気候下では常緑と考えていいと思います。大きさを別にすれば、あつかいやすい品種です。

品種名などの由来

中国南西部に自生しているバラとして知られています。英国王立園芸協会より中国へ派遣されたプラントハンター、ウィリアム・カール(William Kerr)は広東の庭園でこの品種(白八重)を発見し、1807年に故国へ持ち帰りました。これがモッコウバラがヨーロッパへもたらされた最初となりました。

モッコウバラには白八重(R. banksiae)、白シングル(R. banksiae normalis)、黄八重(R. banksiae lutea)、黄シングル(R. banksiae lutecsens)と4種が出回っています。
中国などで自生している品種がヨーロッパへ紹介されたのは、白八重が一番先で、元品種であろうと思われるシングル咲きのほうが後になりました。そのことから、先に登録された八重咲きはシングル咲きから変異したと思われるものの、単に“banksiae”。後から登録されたシングル咲きのものが”banksiae nolmaris(普通の)“と修飾語つきとなってしまいました。

  • バンクシアエ(R. banksiae)、白八重、1807年にヨーロッパ(英国)へ紹介された
  • バンクシアエ・ルテア(R. banksiae lutea)、黄八重、1824年英国、翌年フランスなどすぐに普及
  • バンクシアエ・ルテセンス(R. banksiae lutescens)、黄シングル、1826年フランスなどで初見
  • バンクシアエ・ノルマリス(R. banksiae normalis)、白シングル、1849年(1796年説も)英国など
バンクシアエ・ルテア(R. banksiae lutea)
バンクシアエ・ルテセンス(R. banksiae lutescens)
バンクシアエ・ノルマリス(R. banksiae normalis)

学名のバンクシアエ(banksiae)は18世紀から19世紀にかけて活躍した英国の博物学者ジョセフ・バンクス(Joseph Banks:1743-1820)にちなんでいます。別名レディー・バンクスと呼ばれることがあることから、バンクス夫人にささげられたことがわかります。

Painting/Thomas Phillips [Public Domain via Wikimedia Commons]

ジョセフ・バンクスは1773年にはロンドン西郊外のキュー・ガーデンの顧問。
1778年には王立協会の会長に就任し、死去するまでその地位にあり
植物学の発展に大きな貢献を果たしました。

またバンクスは、1768‐1771年のキャプテン・クックの第1回航海にも参加し、南アメリカ、オーストラリアなどの植物を多くヨーロッパに持ち帰りました。ユーカリ、アカシア、ミモザをヨーロッパへ持ち帰ったのもバンクスでした。プラント・ハンターの先駆者のような人物です。

日本への到来

日本への到来は江戸時代だとされています。愛知県半田市には「萬三の白木香」と呼ばれる樹齢150年といわれる巨木があります。

‘萬三の白木香’ [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

世界最大のバラ

”The World Largest Rose Bush” Photo/a rancid amoeba [CC BY SA-2.0 via Wikimedia Commons]

アメリカ、アリゾナ州トムストンにあるモッコウバラの大株は8,000 ft2(740坪)に広がっていて「世界最大のバラ」とされているとのことです。

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ロール・ダヴー(Laure Davoust)~美しい不思議ランブラーhttps://ggrosarian.com/2025/08/23/%e3%83%ad%e3%83%bc%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%83%80%e3%83%b4%e3%83%bc%ef%bc%88laure-davoust%ef%bc%89%ef%bd%9e%e7%be%8e%e3%81%97%e3%81%84%e4%b8%8d%e6%80%9d%e8%ad%b0%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%96%e3%83%a9/Sat, 23 Aug 2025 09:27:06 +0000https://ggrosarian.com/?p=4097

ロール・ダヴーは、淡いピンクに花開く、もっとも美しい、それゆえに最も愛されているランブラーだと言ってもいいのではないでしょうか。 5cmから7cm径ほどの小・中輪、花弁がぎっしりと詰まったカップ型、またはロゼッタ咲き、花 ... ]]>

ロール・ダヴー(Laure Davoust)

ロール・ダヴーは、淡いピンクに花開く、もっとも美しい、それゆえに最も愛されているランブラーだと言ってもいいのではないでしょうか。

‘Laure Davoust’ Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

5cmから7cm径ほどの小・中輪、花弁がぎっしりと詰まったカップ型、またはロゼッタ咲き、花芯に緑芽が生じることが多い花形、競い咲くような豪華な房咲きとなります。
開花当初は強めのピンク、すぐに退色して淡い色合へ変化してゆきます。
幅狭の深い色合いのつや消し葉、細めの枝ぶり、500cm高さ以上になるランブラーです。淡いピンクに花開くランブラーとしてこよなく愛されている品種です。

育種の由来

1834年、フランスのジャン・ラッフェイ(Jean Laffay)により育種されました。
フランスで発行されていた園芸誌”園芸家と愛好家のための園芸評論(Revue Horticole, ou Journal des Jardiniers et Amateurs)”の1835年版に記載されたのが初出のようです。その際、クラス名はムスクローズとされていました。しかし、数年後にはノイバラ系ランブラー(Hybrid Multiflora)にクラス分けされるようになり、それが今日まで踏襲されています。

from “Les Roses” by Hippolyte Jamain and Eugène Forney, 1873
from “Journal des Roses”, 1878

じつはこの品種は多くの謎に包まれています。

ロール・ダヴーってだれ?

ロール・ダヴーはフランスの女性名ですが、どんな人であったかはよく分かっていません。

この品種が公表された1834年、フランスはいまだ英雄ナポレオンの記憶が色濃く残る時代でした。彼の麾下で活躍し、“常勝将軍”という異名でも知られたルイ=ニコラ・ダヴーという軍人がいます。この品種は彼の縁者である女性にささげられたのではないかという説もあります。しかし、ダヴー将軍(最終的には元帥)の親類縁者には“ロール”という女性は見当たらないので、ロール・ダヴーがいったいどんな女性だったのかは分からないままです。

別名、同一品種

バラについての詩的で精妙な解説で知られるアメリカ、カリフォルニアに圃場を構えていたフランシス・E・レスター(Francis E. Lester)は、著作『わが友、バラ(My Friend The Rose)』(1942刊)のなかで次にように解説しています。

… 私たち(妻とふたり)は、数十年前の火事で焼け落ちた家屋の跡地に案内され…そこで、廃墟と化した家の跡地に案内されました…(そこで)25 セント硬貨(2.5㎝径)ほどの大きさの八重咲きのピンクのつるバラが 20 フィートもの長さの曲がりくねった枝を垂らしていました。これらのバラはすべて 75 年以上前にここで育ち、何世代にもわたって放置されていましたが、それでも毎年自由に、大胆に、元気に咲いていたとのことです。

レスターはこのファンド・ローズにマジョリー・W・レスター(Marjorie W. Lester)という妻の名前をつけました。

また、オランダ、ドイツなどでは現在もアバンドナータ(Abbandonata:“打ち捨てられた”)という別名で出回っています。名前からしてレスター夫妻のケースと同様、墓地あるいは廃墟などで発見された、いわゆるファンド・ローズとも感じられますが、この呼び名は比較的最近見られるようになったので、あるいは1967年制作のイタリア映画『誘惑されて捨てられて(Sedotta e abbandonata)』に由来しているのかもしれません。

マジョリー・W・レスターはかなり早い時期にロール・ダヴーと同一品種だとされ、品種名としては、以後はあまり使われなくなりましたが、アバンドナータは、ロール・ダヴーと同一品種だとされた後も一部ではそのままの品種名で提供されています。

ふたつの”ロール・ダヴー”

国内においては明らかに違う品種(二つ、三つ、いや四つだとも)がロール・ダヴーという同名で出回っているという点がよく言及されています。

左が国内流通のロール・ダヴー、右がフランス、ロベール農場由来のものです。

画像から違いは判別しにくいかもしれませんが、何点か違いがあります。

 花径・花形小葉
国内流通のもの2,3㎝径、平たいロゼッタ咲き 花芯のグリーン・アイが顕著葉先が尖り気味のつや消し葉。表皮はフランス由来のものよりザラついているフランス由来よりわずかに長め
フランス由来5~7㎝径ほど、多少ボリュームのあるロゼッタ咲き グリーン・アイは生じるが、オランダ由来のものほどはっきりしていないオランダ由来のものより、濃色となる。尖り気味の葉先だが比較すると、丸みを帯びているあまり長くない

ノイバラ系ランブラーにクラス分けされていることへの疑問

ロール・ダヴーはノイバラ系ランブラーにクラス分けされることがほとんどですが、なかには疑問を呈している研究家もいます。

敬愛するロザリアン、グラハム・S・トーマスは彼の著作『グラハム・S・トーマス・ローズブック(Graham Stuart Thomas Rose Book)』(1994 )のなかで次のように解説しています。

ロール・ダヴー。1834年または1846年、フランス、ラッフェイによる。
滑らかな茎と長く尖った中緑の葉、たくさんの花が咲き、通常分類されるノイバラ系よりもセンペルヴィレンス系とするほうが適切ではないかと感じている。

マゼンタ・ピンクのつぼみから、花はほぼ平らに開くが、カップ状、ロゼッタまたはクォーター咲きとなる花形。花芯には緑芽が生じる。

花は、柔らかなライラック・ピンクからホワイト気味へと退色してゆく。甘い香り。イェーガー氏(トーマス氏の友人か)は15フィート以上に成長すると言っているが、私が持っている株は8フィートを超えていない。

英国の庭園史の研究家であるチャールズ・クエスト=リットソン氏は2003年刊行の著作『世界のクライミング・ローズ(Climbing Roses of  the World)』のなかで、グラハム・トーマス氏よりもずっと明確にノイバラ系ランブラーではないと述べています。

センペルヴィレンスとノワゼットの交配種であるこのバラは、開花したては非常に魅力的だ。花はカップ状で重なり合うこともあるが、通常はクォーター咲きで、美しくカールした花弁が密集して現れる。花びらは外側が濃いピンクで中心に向かって色が薄くなり、ボタン芽があり、人気の矮性チェリーであるプルヌス・グランデュローサ・シネンシスを思い起こさせる。

日陰で育てない限り、花色はほとんど褪せてしまい、シーズン中ごろには花房はシュガー・アーモンド・ピンクと白の塊になってしまう。

開花したときはとても魅力的なこの品種は、花房が密集しすぎて個々の花がひどく枯れて、花びらが落ちないまま茶色に変わるため、後に最も魅力のないバラの ひとつとなってしまう。

濃色の葉色は、典型的なセンペルヴィレンスだと言える。生育は気温の高低に依存する。温暖な気候のもとでは、このロール・ダヴーは 8 メートルにも達する。

このたび、別に起こした記事で、ノイバラ系ランブラーの育種の経緯をたどってゆきました。その過程で気づかされたことがあります。

19世紀に入り、バラの育種は香り高い大輪花の育種が目指されていましたが、原種ノイバラあるいはノイバラ交配種のカタエンシスなどが一部交配に用いられたものの、当時の育種の主流となっていなかったという点です。赤花を咲かせるクリムゾン・ランブラーが交配親となって濃色のランブラーが生み出されるようになるのは、ずっと後、1900年代に入ってからです。

不思議だと思ったのは、このノイバラ系ランブラーとして、もっとも完成された美しさを誇るロール・ダヴーが1834年(1846年説もある)にジャン・ラッフェイによって育種・公表されたとされていた点です。これは、クリムゾン・ランブラーなどが交配親として使われるようになるよりも50年以上も前だということです。

グラハム・トーマス氏やクエスト=リットソン氏が言及したように、ロール・ダヴーをノイバラ系ではなく、センペルヴィレンス系のランブラーにクラス分けすると、このあまりにも突出した出現を論理的に説明できるのはではないでしょうか。

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センペルヴィレンス(Rosa sempervirens)https://ggrosarian.com/2025/08/21/%e3%82%bb%e3%83%b3%e3%83%9a%e3%83%ab%e3%83%b4%e3%82%a3%e3%83%ac%e3%83%b3%e3%82%b9%ef%bc%88rosa-sempervirens%ef%bc%89/Thu, 21 Aug 2025 06:35:50 +0000https://ggrosarian.com/?p=3892

淡いピンクや白花を豪華に咲かせるセンペルヴィレンス・ランブラー。育種家アントワーヌ・ジャックと雇用主オルレアン公爵ルイ =フィリップの物語。]]>

センペルヴィレンス(Rosa sempervirens)

ロサ・センペルヴィレンスはポルトガル、スペイン、北アフリカなどの地中海地域、中東のトルコなど、乾燥気味で温暖な地域に自生しています。すこし尖りきみの濃い葉色、白花、500㎝に達するランブラーです。
数多くはないのですが、白あるいは淡いピンクに花開く美しいランブラーの交配親となりました。

‘ロサ・センペルヴィレンス(Rosa sempervirens)’ Photo Stéphane Barth [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

3cm径前後、シングル咲き、浅いカップ型の花となります。花数は多いものの房咲きとなるより株全体に飾り付けたように間隔を置いて開花するといった印象を受けます。
フック気味の赤みを帯びた鋭いトゲ。細い枝ぶりですが旺盛に枝を伸ばし、350cmから500cm高さのランブラーとなります。

品種名等の由来

分類学の父カール・リンネ(Carl von Linné)が1753年に発刊した『植物の種/Species plantarum』の中で記述されたのが学術上の最初の公表となりました。センペルヴィレンスとは“常緑の”という意味のラテン語。そのため英語圏ではエバー・グリーン・ローズ(Evergreen Rose)と呼ばれることもあります。

アントワーヌ・ジャック~センペルヴィレンス系ランブラーの先駆者

アントワーヌ・ジャック(Henri-Anoine A. Jacques)は1782年、パリ東部郊外のシェル(Chelles)で庭師の息子として生まれました。当時フランスはナポレオンが欧州各国との総力戦に明け暮れる時代でした。ジャックは20歳で兵役に就き、除隊後はヴェルサイユ宮殿のトリアノンで庭師見習いとして働きました。
1818年、ジャックは、当時オルレアン公爵であったルイ=フィリップの所有する城館のひとつヌイイ館(Chateau de Neuilly)の庭園管理にたずさわるようになりました。

‘Chateau de Neuilly’ Painting/Giuseppe Canella [Public Domain via Wikimedia Commons]

庭園管理のかたわら、ジャックはセンペルヴィレンスを交配親としたランブラーの育種にはげみ、ランブラー育種の先駆者として名を残すこととなりました。
ジャックは育種した多くの品種を雇用主であったオルレアン公ルイ=フィリップ一家に捧げています。

ルイ=フィリップ、オルレアン公からフランス王へ

‘Portrait of Louis-Philippe I’ Painting/Franz Xaver Winterhalter [Public Domain via Wikimedia Commons]

1830年、フランスはシャルル10世が退位し、ルイ=フィリップが共和主義議員達に推されて「市民の王」となります。7月に勃発した政争でしたので、後の時代「七月革命」と呼ばれることになりました。
王位についたルイ=フィリップでしたが、幼年期に啓蒙思想の教育を受けたとはいえ、王家の誉れには抗しがたく次第に専制色を強めてゆきました。
1848年、市民の不満は暴動と化しフランスは王制から共和制へと移行することとなりました。フランス王ルイ=フィリッ一世は英国へ亡命。ヌイイ館も共和派により破壊されました。

ジャックはこの混乱下、バラ育種家で甥にあたるヴィクトール・ヴェルディエ(Philippe Victor Verdier :1803-1878)の元に身を寄せ、園芸についての論評を重ねるなど活動をつづけましたが、1866年、84歳で死去しました。

現在まで伝えられているセンペルヴィレンス・ランブラーについていくつかご紹介します。

アデライド・ドルレアン(Adélaïde d’Orléans)

アデライド・オルレアン
アデライド・ドルレアン(Adélaïde d’Orléans)

3cmから5cm径、開花はじめは丸弁咲き、成熟すると平咲きの花形となります。
どんぐりのような愛らしい丸みを帯びた蕾は濃いピンク。開花当初は、その色合が残って淡いピンクとなることもありますが次第にクリーム色、さらに純白へと変化します。
深めの緑、幅の細いつや消し葉。細く、柔らかな枝ぶり、350cmから500cm高さとなるランブラーです。

品種名等の由来

1826年、フランスのアントワーヌ・ジャック(Henri-Anoine A. Jacques)が育種・公表しました。センペルヴィレンスが交配親のひとつと見なされていますが詳細は不明です。
ルイ=フィリップの妹、ルイーズ・ドルレアン(Louise Marie Adélaïde Eugénie d’Orléans:1777-1847)に捧げられました。

Adélaïde d'Orléans
‘Adélaïde d’Orléans ‘ Painting(reproduction)/ François Gérard(the original was lost) [Public Domain via Wikimedia Commons]

アデライドは兄ルイ=フィリップが1794年、フランス共和制議会から”反革命”の烙印を押されて亡命を余儀なくされた後、1801年にアメリカへ亡命しました。
アメリカにおいて富裕な商人と結婚し4人の子供をもうけましたが、ルイ=フィリップがナポレオン失脚後の王制復古の機運により1814年にフランスへ帰国した折、アメリカの家族の許を離れ、兄と暮らす道を選択しました。

生まれながらの聡明さと長い海外生活から、母国語であるフランス語のほか、英語、イタリア語、ドイツ語に堪能で、兄ルイ=フィリップを政策上でもよく支えました。

この品種が彼女へ捧げられた時、フランスは王制復古派の勢力が優勢で、それゆえに安寧な毎日を送っていた時期でした。1830年、ルイ=フィリップはフランス国王に就きましたが、1848年に王位を追われてしまいました。アデライドはその前年に生涯を終えたため、兄の零落を見ることはありませんでした。

アデライドはボタニカルアートを趣味としていてピエール=ジョゼフ・ルドゥーテの指導を受けました。今日まで美しい植物が残されています。

‘Botanical Painting’ Painting/Adélaïde d’Orléans [Public Domain via Wikimedia Commons]

フェリシテ・ペルペチュ(Félicité-Perpétue)

3cm径ほどの、小さな、多弁・ポンポン咲きの花が、ひしめくような房咲きとなります。
ピンクに色づいていたつぼみは開花すると淡いピンクが入ることがありますが、次第に純白へと変化します。
香りはわずか。
まるみのある、深い葉色。細く、柔らかな枝ぶり。450cmから600cm高さまで枝を伸ばす、ランブラーです。
大きめのフェンス、アーチ、パーゴラなどへ誘引すると、柔らかな枝ぶりの樹形を楽しむことができます。耐病性に優れ、多少の日陰にも耐え、花を咲かせます。棘も少なく、取り扱いが容易です。
温暖地域では葉をつけたまま冬季を越すことができるほどの強健種ですが、逆に冷涼地域での生育にはむずかしい面があるようです。

この品種の枝変わりにより矮性のポリアンサが生じ今日まで人気を保っています。リトル・ホワイト・ペット(Littel White Pet)です。花形、花色などはそっくり、樹形だけがランブラーからポリアンサに変化し、返り咲き性もあります。

品種名等の由来

この品種もアントワーヌ・ジャックにより1827年に育種・公表されました。

ちょっと変わった品種名については、由来についてふたつの説があります。
育成者ジャックは、生まれてくる子供にちなんでこのバラに命名しようとしていましたが、双子の娘が生まれたため、ふたりの娘の名、Félicitéと Perpétueを並べて命名したという説(J.H. Nicolas”A Rose Odyssey”)というのがひとつ。
キリスト教の教えを守って殉教した聖人、聖フェィチタス(St. Felicitasu)と聖ペルペトゥア(St. Perpetua)にちなんで命名されたというのが二つめの説です。

聖フェィチタス(St. Felicitasu)と聖ペルペトゥア(St. Perpetua)の物語

『聖ペルペトゥアと聖フェリシティの受難(Passion of Saints Perpetua and Felicity )』という日記(キリスト教テキスト)が今日まで伝えられています。
紀元203年、キリスト教が禁止され迫害されていたローマ帝国治世下、カルタゴで囚われ棄教を迫られたものの肯ぜず、殉教した女性ペルペトゥアが残したもので、彼女の殉教後、編集されて今日まで伝えられました。

Sacra Conversazione Mary with the Child, St Felicity of Carthage and St Perpetua
‘Sacra Conversazione Mary with the Child, St Felicity of Carthage and St Perpetua (中央は聖母マリア、左が聖フェィチタス、右が聖ペルペトゥア)’ Painting/anonymous [Public Domain via Wikimedia Commons]

ペルペトゥアが日記を残せたのは、彼女が看守に賄賂を贈ることができる裕福な家族のひとりであったからのようです。一方、フェィチタスは女性の奴隷で、他の奴隷と同じ時期に処刑されるはずであったところ、妊娠していたため繰り延べされていたと記載されています。

テキストは次のように語ります。

奴隷のフェリキタスは、妊娠中の女性の処刑は法律で禁じられていたため、他の者たちと一緒に殉教することは許されないのではないかと当初は心配していたが、娘を出産し殉教することになった。
当日、殉教者たちは円形劇場に連れて行かれ、群衆の要求により、彼らはまず一列に並んだ剣闘士たちの前で鞭打たれ、次に猪、熊、豹が男たちに、野牛が女たちに突きつけられ。野獣に傷つけられた彼らは、互いに平和のくちづけを交わし、その後剣で殺された。
ペルペトゥアの死について次のように説明されている。
ペルペトゥアは、痛みを味わうために骨の間に突き刺され、悲鳴をあげた。そして剣士の手が動かなくなると(彼は初心者だった)、自らその手を自分の首に当てた。(Wikipedia, 2023-12-12閲覧)

スペクタビリス(Spectabilis)

3㎝から7㎝径前後、ダブル咲きまたはポンポン咲きの花形となります。
モーヴ(藤色)の花色として登録されています。株が充実していると開花当初はラベンダー気味の淡いピンク、熟成すると色抜けしほとんど白といってよい色合いになります。しかし、花色は安定しておらず開花当初から熟成するまで純白のままであったり、また、他の品種が開花した後にようやく花開くという遅咲きとしても知られており、”不思議”品種のひとつです。
命名(スペクタビリス=特別な、珍しい)もそこに由来しているのではないでしょうか。
細めで深い色合いのつや消し葉。細く柔らかな枝ぶり、180cmから250cm高さとなるランブラーです。ランブラーとしては小ぶりの範疇に入ります。

品種名等の由来

1829年には市場に出回っていたという記録があります。
花形、葉、樹形などから、センペルヴァイレンスにクラス分けされていますが、だれがいつ育種したのか、また交配親の詳細などは不明のままです。ジャックが育種者ではない、数少ないセンペルヴィレンス・ランブラーのひとつです。
返り咲きの性質があるため、ノワゼットかチャイナにクラス分けされている品種との交配により生みだされたのではないかとみなされています。

プランセス・ルイーズ(Princesse Louise)

5cm径ほど、12弁ほどのセミ・ダブル、カップ型の花が数輪づつ集い咲きします。花色は淡いピンク、花弁裏のほうがわずかに濃い色が出ます。
深い色の葉みどりはセンペルヴィレンス系に特徴的なもの、500cmに達することもある大型のランブラーとなります。

品種名等の由来

このアントワーヌ・ジャックにより育種され、ルイ=フィリップの長女ルイーズ・ドルレアンア(Louise Marie Thérèse Charlotte Isabelle d’Orléan:1812-1850)に捧げられました。次に解説するプンセス・マリーとほぼ同じ時期の1829年に公表されました。

‘ルイーズ=マリー・ドルレアン’
‘ルイーズ=マリー・ドルレアン’ Painting/Franz Xaver Winterhalter [Public Domain via Wikimedia Commons]

ルイーズ=マリーは1832年、ベルギー国王レオポルド1世(1790-1865)と婚礼の式を挙げました。2男2女を得ましたが、1850年、結核により死去しました。

現在ではあまり流通していないのですが、ジャックは1832年、”レーヌ・デ・ベルジュ(Reine des Belges:ベルギー女王)”という淡いピンクに花開くセンペルヴィレンスを公表しています。この品種の命名は、ご成婚のお祝いの意味があったものと思われます。後にベルギーの王位を継いだ次男レオポルド2世(長男は早逝)の悪政を見ることなく世を去ったのは、ある意味幸運だったのかもしれません。
英語の翻訳名「クィーン・オブ・ザ・ベルジャンズ(Queen of the Belgians)」と呼ばれることもあります。

プランセス・マリー(Princesse Marie)

‘Princesse Marie’ Photo/Uleli [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons]

3㎝径ほど、すこし閉じ気味の愛らしい花形、花束のように密集して開花するさまはじつに見事です。濃いピンクに色づいていたつぼみは開花するとラベンダー気味の明るいピンク。やがて淡い色合いへと移ろってゆき、おわりにはほとんど白へ。そのため、株全体は花色がグラデーションとなります。深い色の葉みどり、500cmに達することもある大型のランブラーとなります。

品種名等の由来

ルイ=フィリップの次女、マリー・クリスティーヌ・カロリーヌ・アデライード・フランソワーズ・レオポルディーヌ・ドルレアン(Marie Christine Caroline Adélaïde Françoise Léopoldine d’Orléans;1813-1839)に捧げられました。

プリンセス・マリー(Princesse Marie)
‘プリンセス・マリー(Princesse Marie)’ Painting/Ary Scheffer [Public Domain via Wikimedia Commons]

マリー・クリスティーヌは、芸術、文芸にすぐれた才能を発揮しました。上に表示したマリー・クリスティーヌの肖像画の作者であるアリ・シェフェールに師事し、とくに彫像にすぐれた才能を発揮しました。ルイ=フィリップが王位に就いていた時代、テュイルリー宮殿内に専用のアトリエを持ち、制作にいそしんでいましたが、作品は王女の“手慰み”と呼ぶレベルをはるかに超えた高みに達していました。

作品の多くは政争の混乱の際、破壊されてしまいましたが、“祈るジャンヌ・ダルク像”など数点が残されています。

‘祈るジャンヌ・ダルク’
‘祈るジャンヌ・ダルク’ Sculpture/Marie Christine d’Orléans [Public Domain via Wikimedia Commons]

1837年、姉ルイーズ=マリーの夫であるベルギー王レオポルド1世の甥にあたるヴュルテンベルク公アレクサンダー・フォン・ヴュルテンベルク(Friedrich Wilhelm Alexander von Württemberg)と結婚しましたが、2年後の1837年、結核が悪化して若くして死去しました。

フローラ(Flora)

フローラ(Flora)

3cmから7cm径、30弁前後、小輪の花が10から20輪ほど集う房咲きとなります。花弁が密集した、オールド・ローズのケンティフォリア・クラスのような花形が優雅です。しばしば、花芯に緑芽が生じます。
クリムゾンに色づいていた蕾は開花すると、ライラック・ピンクの花色と変化しますが、花弁の縁に濃い色が残ることが多く、微妙で繊細な色合となます。
香りはわずかです。プリムローズ(ヨーロッパ自生の淡いイエローの桜草)の香りがするという解説もありますが、はたしてどうでしょうか。
深い緑、とがり気味の、つや消しの葉、細く、柔らかな枝ぶり、300から450cm高さとなる、ランブラーとなる樹形です。

品種名等の由来

1830年にアントワーヌ・ジャックにより育種・公表されました。センペルヴィレンスの特徴が濃厚ですが、詳細はわかっていません。命名の由来もわかっていません。

「センペルヴィレンス交配種のなかでは、最も強健で、最高の品種のひとつだ…」(Charles Quest Riston, “Climbing Roses of the World”, 2003)とまで賞賛される品種です。センペルヴィレンス交配種では、フェリシテ・エ・ペルペチュがもっとも広く植栽されていると思われますが、この、ライラック・ピンクの美しい品種も、もっと愛されてもよいように思います。

数多い美しい庭をほこる英国においてもとりわけ人気の高いシシングハースト・ガーデン。春、強めの紅から淡い小花が群れ咲くランブラーが植栽されていてラベルに”フローラ(Flora)”と書かれているとのことです。

参考記事など

この記事の作成にあたってはHRG;Historic Rose Groupに掲載されたバーバラ・チェルトフ(Barbara Tchertoff)さんによるAntoine Jacques part I Antoine Jacques part II に多くを負っています。ジャックに関しては、先駆的なランブラーの育種家として名を残しながら、参照できる資料の少なさに悩まされていました。貴重な研究を公表されたバーバラ・チェルトフさんに深謝します。

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エアシャー・ローズ(The Ayrshire Rose)https://ggrosarian.com/2025/08/08/%e3%82%a8%e3%82%a2%e3%82%b7%e3%83%a3%e3%83%bc%e3%83%bb%e3%83%ad%e3%83%bc%e3%82%ba%ef%bc%88the-ayrshire-rose%ef%bc%89/Fri, 08 Aug 2025 07:03:57 +0000https://ggrosarian.com/?p=3870

タイトルのエアシャー・ローズは実は原種交雑種で、元となった原種のひとつがロサ・アルヴェンシス(R. arvensis)です。 5cmから7cm径、シングル、平咲きとなる花形。開花時、花数は多いものの房咲きとなることはあま ... ]]>

ロサ・アルヴェンシス(Rosa arvensis)

タイトルのエアシャー・ローズは実は原種交雑種で、元となった原種のひとつがロサ・アルヴェンシス(R. arvensis)です。

‘ロサ・アルヴェンシス(R. arvensis)’

5cmから7cm径、シングル、平咲きとなる花形。開花時、花数は多いものの房咲きとなることはあまりありません。
強い香り。
明るい色合いのつや消し葉。フック気味の鋭いトゲ。比較的柔らかな枝ぶり、旺盛に枝を伸ばし500㎝を超える大型のランブラーとなります。

自生地はスペイン、スカンジナビアを除くヨーロッパ全域。英国南部イングランドでは見ることができますが、北部のスコットランドなどではほとんど見ることができないようです。

品種名の由来など

学名アルベンシス(arvensis)は“原野(ラテン語)”の意。草地でよく見られることから。英国ではフィールド・ローズと呼ばれています。
1762年、英国のウィリアム・ハドソン(William Hudson )により品種登録されました。

シェイクスピア作の喜劇『真夏の夜の夢』第4幕、第一場。夫である妖精の王オベロンの策謀によってロバ頭のボトムに恋するようになってしまった妖精の女王タイテーニアはボトムに声掛けます…

‘A Midsummer Night’s Dream, ActIV, Scene 1’ Printed/Samuel Cousins [Public Domain via Wikimedia Commons]

ねぇ、ここへ来て、花のベッドに腰掛けてね/Come, sit thee down upon this flow’ry bed,
あなたの愛らしい頬をなで/While I thy amiable cheeks do coy,
あなたのつややかな髪に麝香バラを挿して/And stick muskroses in thy sleek smooth head,
あなたの美しく大きな耳にキスする、それってわたしの喜びよ/And kiss thy fair large ears, my gentle joy

シェイクスピアが“麝香バラ(muskrose)”と呼んでいるバラは実際にはこのロサ・アルヴェンシスであっただろうというのがおおかたの研究者たちの解釈です。

エアシャー・ローズ(Eyrshire Rose)

アルヴェンシスの自然交配種と思われる変種で、白にわずかに淡いピンクが入る、セミ・ダブルとなる花形となるバラがあります。それがエアシャー・ローズです。
どのような経緯かあったのかよく分かっていないのですが、ヨーロッパ原産のロサ・アルヴェンシスと北米に自生する原種ロサ・セティゲラ(Rosa setigera)との交配種が18世紀中ごろから英国スコットランドのエアシャーなどで育種されるようになり、エアシャー・ローズという商品名で市場へ出されるようになりました。

ロサ・セティゲラ(R. setigera)

ロサ・セティゲラ

エアシャー・ローズの元親のひとつがロサ・セティゲラでした。
7cm前後の中輪、シングル・平咲きとなる花形。
花色はストロング・ピンク。甘い、濃密な香り。
幅、高さとも180㎝から250㎝、ボリュームのあるシュラブとなります。
北米大陸東部、北はカナダ、オンタリオ州から米国フロリダ州までロッキー山脈から東部一帯の主に草原に自生しています。

中輪または大輪、白あるいは淡いピンクに花開く大型のランブラー。これがエアシャー・ローズの特徴です。やがて、エアシャー・ローズを交配親とするランブラーが生み出されてゆき新たなクラスとなってゆきました。
このランブラー・グループは由来からするとアルヴェンシス系と呼ぶべきなのかもしれませんが、実際には、選別種として人気を博したエアシャー・スプレンデンスなどを交配親としていることが多いため、エアシャー・ローズと呼ばれるようになりました。

エアシャー・スプレンデンス(Ayrshire Splendens))

エアシャー・スプレンデンスは1837年ころ出回るようになりました。

‘エアシャー・スプレンデンス(Ayrshire Splendens)’ Photo/ Raymond Loubert [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

5㎝から7㎝径、25弁ほどのダブル咲き。房咲きとなる淡いピンクの花。500㎝高さを超える大型のランブラーとなります。
元品種のエアシャー・ローズは香りについてはとり立てて特徴的なものではありませんでした。しかし、スプレンデンスは別名、ミルラ香バラ(Myrrh scented Rose)と呼ばれている、ほかにあまり例のない香りがすることで知られています。

別名、同一品種?~エアーシャー・クィーン(Ayrshire Queen)

じつは中輪、ダブル咲き、淡いピンクの花が房咲きとなるエアーシャー・クィーン(Ayrshire Queen)という品種があります。

‘エアーシャー・クィーン(Ayrshire Queen)として流通している品種’

この品種は1835年に英国のトーマス・リヴァース(Thomas Rivers)が自著『ローズ・アマチュアズ・ガイド(Rose Amateur’s Guide)』のなかで、「わたしが1835年に育種した」と記述しています。
さらにリヴァースは「エアーシャー・クィーンはエアーシャーとしては唯一濃色のもので、ブラッシュ・エアーシャーと(パープルのガリカ)トスカニーと交配して育種したものです」と解説しています。

しかし、現在流通しているエアーシャー・クィーンの花色は淡いピンクです。トスカニーのパープルを引き継いだ濃色花の品種はすでに失われてしまい、現在流通しているものはおそらくエアーシャー・スプレンデンスとそのものが別名で流通しているのだろうとされています。

ミルラ香~イングリッシュローズに再現された香り

スプレンデンスはバラの香りとしては珍しいミルラ香がすることに触れましたが、ミルラ香のバラは、このスプレンデンスの他、 “忘れられた”育種家パルメンティエが残したダマスクのベル・イジス(Belle Isis;1848年以前)、1950年頃、“お転婆”ナンシーによって発見されたとされるベル・アムール(Belle Amour)などにしか見いだせない、非常に限定的ものでした。

イングリッシュ・ローズの生みの親デビッド・オースチン氏はこのうち、ベル・イジスを交配親として、 ミルラ香の新品種を生み出してゆきました。

オースチン氏は著作『デビッド・オースチンのイングリッシュ・ローズ(David Austin’s English Roses)』(2005)のなかでつぎのように語っています。

イングリッシュ・ローズの早い時期の交配種のほとんどは特徴的なスパイシーな香り、ときにミルラ香と記述される香りをもっていた…どうしてこの香りがもたらされたのかはミステリアスだが、初期の基本種のひとつである(おそらくスプレンデンスの血を引く)ベル・イジスこそが唯一の答えだと言いたい。最初のイングリッシュ・ローズ、コンスタンス・スプライは色濃くこの特徴的な香りをそなえていた。

‘コンスタンス・スプライ(Constance Spry)’

ミルラ香をもつコンスタンス・スプライが交配親となり、その後、チョーサー、ザ・ワイフ・オブ・バースなどのERに強いミルラ香をもたらすこととなりました。今日でも多くのER品種にミルラ香が伝えられ、さらにERを交配親として他のナーサリーが育種した品種にもこのミルラ香がバラの香りのひとつとして確立してゆくことになりました。

エアシャー・ローズにクラス分けされるランブラーをいくつかご紹介してゆきましょう。

カプレオラータ・ルーガ/ティーセンティッド・エアーシャー(Capreolata Ruga/Tea scented Ayrshire)

Edwards’s Botanical Register vol. 16 BHL;Biodiversity Heritage Library 

7cmから9cm径、ダブル咲き。白または淡いピンクとなる花色。
ときに600㎝高さを越えるといわれる大型のランブラーです。

品種名等の由来

植物学者のジョン・リンドレー(John Lindley)が1830年に刊行した園芸年誌”Edwards’s Botanical Register vol. 16”のなかで紹介したのが初出です。
リンドレーは、この品種が、ジョセフ・クレア(Joseph Clare)氏の紹介によること、イタリア由来であること、観察した印象ではチャイナローズと似通った性質があることなどを述べています。

今日でも”カレオプラータ・ルーガ”という品種が出回っていますが、1830年に紹介された品種とは違うものではないかと考えられているようです。

ダンディー・ランブラー(Dundee Rambler)

7cmから9㎝径、ダブル咲き、淡いピンクに色づいていた蕾は開花すると純白となります。豪華な房咲き、500㎝高さを越えるランブラーとなります。

品種名等の由来

英国スコットランドのダンディーにナーサリーを構えていたD.マーチン(D. Martin)が育種しました。1836年ころには知られていたとのことですので、育種年はそれ以前、エアシャー・ローズとしては比較的初期に育種されたものです。
種親にロサ・アルヴェンシス、花形や樹勢の様子から、花粉親にノワゼット(詳細不明)が用いられたのではないかと考えられています。

著名なバラ研究家であったトーマス・リヴァース(Thomas Rivers)は1840年版の著作『ローズ・アマチュアズ・ガイド(The Rose Amateur’s Guide)』のなかで、その美しさを賞賛しています。

ダンディー ランブラーは、エアシャー ローズ系で最も多弁で、最も優れた品種の ひとつだ。ノワゼットによく似た豪華な房咲きとなる、ほんとうに魅力的な品種だ。

今日、あまり顧みられることが少なくなってしまったのが不思議に感じられる美しい品種です。

ベネッツ・シードリング(Bennet’s Seedling)

‘ベネッツ・シードリング(Bennet’s Seedling)’ Photo/Epibase [CC BY SA-2.5 via Wikimedia Commons]

3cm径ほどの小輪、5弁から12弁、シングルまたはセミ・ダブルの平咲きの花がひしめきあうような房咲きとなります。
つぼみは淡いピンク、開花すると純白となります。
ムスク系の香りがするという記述をみかけますが、ほんとうのところはどうでしょうか。
350cmから500cm高さのランブラーとなります。

品種名等の由来

エアーシャー・ローズの総括的な解説ではもっとも早いものかと思われる、トーマス・リヴァース(Thomas Rivers)は著作『ローズ・アマチュアズ・ガイド(The Rose Amateur’s Guide)』(1837版)で、次のように解説しています。

(英国)ノッティンガム州のベネットという名の庭師が、茨の中に生えているのを発見した新種だ。非常に美しい八重咲きで、香りのよいバラと言われている。

ヴェヌスタ・ペンデューラ(Venusta Pendula)

‘ヴェヌスタ・ペンデューラ(Venusta Pendula)’

7cmから9cm径、15弁前後、セミ・ダブルまたはダブル、丸弁咲きまたは平咲きの花が競い合うように群れ咲く、房咲きとなります。
つぼみは淡いピンクに色づいていますが、開花すると白となります。開花当初はわずかにピンクが残ることもあります。つぼみがピンク、花がホワイトということから、全体としては淡いピンクのグラデーションになるという印象を受けます。
香りはわずか。
350cmから500cm高さのランブラーとなります。

品種名等の由来

1873年ころには知られていた品種のようです。ロサ・アルヴェンシスまたはエアシャー・ローズの特徴をそなえているので、いずれかの品種が交配に用いられたことは明白ですが、詳細は不明のままです。1928年にドイツ、コルデス社が改めて市場へ紹介してから出回るようになりました。
ヴェヌスタ・ペンデューラとは、”可愛いランブラー”という意味(ラテン語)です。

品種の特定の混乱

上でご紹介したカプレオラータ・ルーガについて、現在出回っている株はオリジナルとは違うものではないかという疑問があると解説しましたが、現在流通しているふたつの品種、カプレオラータ・ルーガとこのヴェヌスタ・ペンデューラは実際には同じものではないかと言われています。

エンヘン・フォン・タラウ(Ännchen von Tharau)

エンヘンフォンタラウ
Photo/Geolina [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

果実のように固く結んでいた蕾は少しづつふくらみ、7cmから9cm径、整ったカップ型の大輪花となります。花色はわずかにピンクがかった白。熟成すると花弁は乱れ、やがてハラハラと散ってゆきます。300㎝から400㎝高さのランブラーとなります。

灰色がかった緑のつや消し葉と白花とのコントラストは、清楚でありながら、同時に妖しいほど魅惑的です。開花の最盛期に出会うことができれば、白花ランブラーの美しさの極みを満喫する喜びを感じることができるでしょう。

品種名等の由来

1885年以前にハンガリーのR.ゲシュヴィント(Rudolf Geschwind)により育種されました。アルバとエアシャー・ローズまたはロサ・アルヴェンシスの交配によるとされることが多いのですが、詳細は分かっていません。

ノイバラ系のランブラーにクラス分けされたり、大輪花であることからアルバとされたり、樹形からエアシャー・ローズ(アルヴェンシス)とされるなど所属するクラスが揺れています。

エンヘン・フォン・タラウは、タラウ(現在のロシア領‐本土からの飛び地、カリーニングラード州)の司祭の娘、アンナ・ネアンデルに捧げられた民謡とのことです。
歌詞は 1634 年に、彼女への求婚を拒絶された青年ヨハン・フォン・クリングスポルンを話種にしてサイモン・ダッハによって綴られた詩が元になっているとのことです。元はドイツ語ですが、『ハイアワサの歌』などで名高いアメリカの詩人H. W. ロングフェロー(Henry Wadsworth Longfellow)の翻訳もよく知られています。以下はロングフェローからの重訳(Google翻訳、一部修正)の冒頭です。

タラウのアニー、昔からの愛しい恋人よ、/Annie of Tharaw, my true love of old,
彼女はわたしの命、財産、黄金。/She is my life, and my goods, and my gold.

タラウのアニー、彼女はもう一度/Annie of Tharaw her heart once again
喜びと苦しみの中でわたしに心を捧げた。/To me has surrendered in joy and in pain.

タラウのアニー、わたしの富、わたしの善よ、/Annie of Tharaw, my riches, my good,
おお、あなた、わたしの魂、わたしの肉、そしてわたしのたぎる血よ!/Thou, O my soul, my flesh, and my blood!

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春咲き”植えっぱ”球根https://ggrosarian.com/2025/08/01/%e6%98%a5%e5%92%b2%e3%81%8d%e6%a4%8d%e3%81%88%e3%81%a3%e3%81%b1%e7%90%83%e6%a0%b9/Fri, 01 Aug 2025 00:58:47 +0000https://ggrosarian.com/?p=3724

春咲き球根のなかには毎年開花してくれるものも少なくありません。 そんな季節のうつろいにつれて咲く球根についてまとめてみました。]]>

チューリップなどの球根は春の庭には欠かせないものですが、華やかな反面、翌年の開花がむずかしいものが多くなっています。
それでも球根のなかには毎年開花してくれるものも少なくありません。
冬から春にかけて、年ごとに開花するじょうぶな球根についてまとめてみました。

早咲きスイセン

まだ寒さが残る早春、庭はまだ枯れ姿ばかりが目についていますが、よく観察すると多くの植物たちはすでに小さな芽をつくり、春の日差しを待ちかねています。

球根の中には、ペチコート・スイセン(ナルキッスス・ブルボコディウム/Narcissus bulbocodium:ヒガンバナ科、スイセン属)や寒咲き日本スイセン(N. tazetta var. chinensis/ナルキッスス var. キネンシス)のように温暖気候下では12月の開花が期待できる早咲き球根もあります。

ペチコートスイセン
ペチコート・スイセン
冬咲きスイセン
寒咲き日本スイセン

冬枯れの庭のなかに花色が見えると心和みますが、本格的な春を迎えると、追いかけるかのように多くの球根類がつぎつぎと開花してゆきます。品種それぞれの開花時期をよく見極め、早春から始まる“花”のリレーを計画し楽しむことは園芸の醍醐味でもあります。

ここでは、3月から本格的に始まる球根類の開花のリレーを計画し、華やぐ春庭のプランを作成してみました。なお、プランは千葉県北西部のケースです。

ハナニラ(Ipheion uniflorum/イフェイオン・ウニフロルム:ネギ亜科、ハナニラ属)

ハナニラは野菜のニラの近縁種です。ニラに似た独特のにおいがします。南アメリカ原産で25種ほどの原種が知られています。

ハナニラ

出回っている主な品種は、星型、藤色気味のライトブルーの花を咲かせるウニフロルム属を元にした園芸種が一般的です。花色がピンク花に変化したものもあります。その他、少し早めに開花することが多い近縁種の黄花ハナニラ(Nothoscordum sellowianum)も近年、入手可能となりました。

ユニフロルム系ピンク
黄花ハナニラ

ユニフロルム系のハナニラはいちど植えこむと分球したり、こぼれ種で増えるので長い期間、植えっぱなしのまま楽しむことが出来ます。

有毒の”ハナニラ”と無毒の野菜”花ニラ”

注意していただきたいことがあります。ハナニラは有毒ですので食用にはなりません。

野菜として広く流通しているニラ(Allium tuberosum)の中にはつぼみを含めて食用にする“花ニラ”(‘テンダ―ポール’、’ニラむすめ‘等)があり、収穫を控えていると秋に花冠状の白花を咲かせます。毒性の“ハナニラ”と“食用花ニラ”は違います。お間違えないようくれぐれもご注意ください。

花ニラ ’ニラむすめ’

グランドカバーとしてのハナニラとコンパニオンたち

ハナニラは晩春になると地上部が枯れて休眠します。しかし、晩秋から初冬にかけて新芽を伸ばして地上に現れロゼッタ状になります。植えこんで数年を経過してよく分球すると枯れこみが目立つ庭に緑の絨毯のように広がり、よいグランドカバーとなります。

ハナニラは千葉北西部の場合、3月中旬から4月初旬に開花しますが、早咲き球根のスノードロップ(Galanthus nivalis/ガランスス・ニヴァリス:ヒガンバナ科、ガランザス属)クロッカス(Crocus:アヤメ科、クロッカス属)ミニアイリス(Iris reticulata/イリス・レティクラータ:アヤメ科、アヤメ属)などはハナニラよりも少し早く開花します。これらの早咲き球根をハナニラと同じ場所に混栽しておくと、ハナニラの緑葉を分けて、クロッカスなどの花だけが顔を出すという演出をすることができます。

スノードロップ
黄花クロッカス
ミニアイリス

早春の球根と宿根草の競い咲き

宿根草であるプリムラ・ヴルガリス(Primula vulgaris:サクラソウ科、サクラソウ属)プリムラ・ヴェリス(Primula veris:サクラソウ科、サクラソウ属)、ベロニカ ‘オックスフォードブルー/ジョージアブルー’(Veronica peduncularis ‘Oxford Blue’/’Georgia Blue’:オオバコ科、クワガタソウ属)ビオラ ‘ラブラドリカ‘(Viola labradorica:スミレ科、スミレ属)なども球根類と競い合うように花咲きます。ハナニラのベッドにスノードロップ、クロッカス、ミニアイリスを合わせ、それを囲むようにプリムラ、’オックスフォードブルー’、’ラブラドリカ’を植栽すると、早春を彩る華やかな“小花のグループ”を作ることができると思います。

プリムラ・ヴルガリス
プリムラ・ヴェリス
ベロニカ ‘オックスフォードブルー
ビオラ ‘ラブラドリカ‘

ムスカリ(Muscari、キジカクシ科、ムスカリ属)

ムスカリは、ハナニラと同様、初冬から葉を伸ばし、3月中旬から4月初旬に開花します。じょうぶで特に手入れをしなくても毎年開花し、環境によく適応すると群生することもあります。

ブドウの房のような花序となることからブドウ・ムスカリと呼ばれることもあるアルメニアカム種(M. armeniacum)とその交配種がおもに流通しています。冬越しする葉姿はハナニラのように地表をおおうようにではなく、立ち上がり気味となります。そのため、スノードロップ、クロッカス、ミニアイリスなどとの混植にはあまり向いていないと感じています。

ムスカリ・アルメニアカム(M. armeniacum)

なお、あまり流通量していないようですが、ムスカリ・ラティフォリウム (M. latifolium)は幅広の包葉の間から花茎を伸ばす愛らしい花姿をしています。ブドウ・ムスカリよりは繁殖力が劣るようですが、もっと利用されていいように思います。

ムスカリ・ラティフォリウム (M. latifolium) Photo/Meneerke bloem [CC BY-SA 3.0  via Wikimedia Commons]

アネモネ(Anemone coronaria、キンポウゲ科、イチリンソウ属、アネモネ種)

アネモネについては、ヨーロッパ南部(地中海沿岸地域)を中心に100種ほどの原種が知られています。

現在市場に多く出回っているのは、原種交雑種と考えられているアネモネ・コロナリア(A. coronaria)を交配親とした、大輪・多弁となるものです。

アネモネ・コロナリア
アネモネ・コロナリア Photo/Krzysztof Ziarnek, Kenraiz [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

原種として一般的なのは、アネモネ・ホルテンシス(Anemone hortensis)アネモネ・パボニナ(A.pavonina)、これらの交雑によりできたとされるアネモネ・フルゲンス(A.×fulgens)、さらにフルゲンスの交雑によりアネモネ・コロナリア(A.coronaria)などです。

アネモネ・ホルテンシス
アネモネ・パボニナ
アネモネ・フルゲンス

アネモネというと市場に出回っているものはコロナリアを元にした大輪・多弁のものがほとんどでしたが、最近、パボニナ系やフルゲンス系のシングル咲きのものも出回るようになりました。高温多湿にもよく耐える丈夫さが魅力です。草丈も30㎝に満たないことが多く、ひかえめで清楚な印象をうけます。

また、フルゲンス等と同様、堀り上げて過湿を避ける等により夏越しに注意すれば、毎年開花する青花・菊咲きのブランダ種(A. blanda)‘ブルーシェイド/Blue Shade’を使ってみるのも変化が出て楽しいかもしれません。

Photo/Acabashi [CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons]

スイセン(Narcissusu:ヒガンバナ科、スイセン属)

スイセンはチューリップとともに春咲き球根の代表格です。原種は30種ほどですが、園芸種は優に一万を超えるということです。

原種の系列から分類されたり、また八重咲き、ラッパ型、トリアンドロス(下向き)型などの花形で分類されたりします。春にさきがけて開花する2種について記事のはじめにご紹介しましたが、全体を解説するのは大きすぎるので他の機会に解説したいと思います。ここでは4月ころに咲く園芸種6種をご紹介するにとどめます。

Narcissus_Actaea
アクタエア(Actaea)
ポエティクス系
花期:4月中旬から下旬
草丈:30-60cm
RHS AGM(英国王立園芸協会 Award of Garden Merit)
アイス・フォーリス(Ice Follies)
ラージ・カップ系
花期:4月初旬から中旬
草丈:30-60cm
RHS AGM
テータテイト(Tete a Teta)
シクラミネウス系
花期:4月初旬から中旬
草丈:15-20cm
RHS AGM
タリア(Thalia)
トリアンドルス系
花期:4月中旬
草丈:30-60cm
ADS Wister Award(アメリカ水仙協会、最高賞)
ゲラニウム(Ice Follies)
タゼッタ系
花期:4月初旬から中旬
草丈:30-60cm
RHS AGM
マウント・フッド(Ice Follies)
トランペット系
花期:4月初旬から中旬
草丈:30-60cm
RHS AGM、ADS Wister Award

スノーフレーク(Leucojum aestivum:ヒガンバナ科、スノーフレーク属)

スノーフレークはスイセンと同じヒガンバナ科に属し、スズランに似た白花をつけることから鈴蘭スイセンと呼ばれることもあります。じょうぶで適切な場所に庭植えするとよく分球して数年後には群生します。

上でご紹介したスイセン等を追いかけるように開花します。白花のスノーフレーク、黄花のスイセン、そして以下でご紹介する青花のスパニッシュ・ブルーベルを並べるように植えこむと、白、黄色、青と鮮やかなコントラストをつくることが出来ます。

スノーフレーク(Leucojum aestivum)

スパニッシュ・ブルーベル(Hyacinthoides hispanica:キジカクシ科、ヒアキントイデス属)

スパニッシュ・ブルーベル(Hyacinthoides hispanica)

スパニッシュ・ブルーベルが属しているヒアキンソイデス属は、ヒアシンス(Hyacinthus)やシラー(Scilla)に近い仲間で、原種としては7種が知られています。

7種の原種のうち、上の画像、ヒアキンソイデス・ヒスパニカ(H. hispanica)とヒアキンソイデス・ノンスクリプタ(H. non-scripta)の2種が主に栽培されています。いずれもいくつかの園芸品種があり、両者の交配によって育成されたものもあります。

ノンスクリプタ種は「イングリッシュ・ブルーベル」とも呼ばれ、樹木の株元などに群生しイギリスの春の田園を青く彩る風景として知られています。花穂は細身で、花茎の上部が曲がって枝垂れるように咲き、花は片方向に寄っています。イギリスでは両種が混在するようになってしまい、しだいにヒスパニカが優勢になっているようで自生地の減少が懸念されています。

ヒアキンソイデス・ノンスクリプタ(H. non-scripta)Photo/TeunSpaans [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons]

チューリップ(Tulipa:ユリ科、チューリップ属)

魅惑の花、チューリップについては、興味深い長い歴史があり、流通しているだけでも数千に及ぶという多くの品種があります。それ故、整理するのは簡単ではありません。詳細は『チューリップ』をご覧いただけたらと思いますが、ここでは植え込み後、数年間は開花が期待できるフォステリアーナ系と原種系の品種をいくつかご紹介することにします。

‘マダムレフェバー/レッドエンペラー’
‘Mme. Lefeber/Red Emperer’
分類:Fosteriana(F)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm

‘フレーミングプリッシ―マ’
‘Flaming Purissima’
分類:Fosteriana(F)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm

‘スプリンググリーン’
‘Spring Green’
分類:Viridiflora(V)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm
RHS AGM

クルシアナ ‘レディジェーン’
Clusiana ‘Lady Jane’
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

クルシアナ ‘ペッパーミントスティック’
Culsiana ‘Peppermint Stick’
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:25-35cm x 10cm
RHS AGM

タルダ
Tarda
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:10-20cm x 10cm
RHS AGM

チューリップに関しては、個人的には毎年繰り返し咲くことは期待できないのですが、4月中旬咲きのトライアンフ系と4月下旬咲きのユリ咲き系の組み合わせが好みです。
4月中旬は年越しした宿根草もまだ芽吹きはじめですので、30~50㎝高さのトライアンフ系とのバランスがよく、4月下旬になると宿根草も若芽を伸ばしてくるので、30~60㎝と少し高性で花茎がカーブしたりして優雅なユリ咲き系を用いるという考え方です。

ダッチアイリス(Iris x hollandica:アヤメ科、アヤメ属)

ダッチアイリスはスペイン原産のアイリスを交配親とした園芸種の総称です。おもにオランダで育種され市場へ投入されたことから、“ダッチ(オランダ)”と呼称されています。

アイリスには日本由来のアヤメ(綾目)、カキツバタ(白筋)、ハナショウブ(黄筋)などに加え、ジャーマンアイリスなど数多くの品種がありますが、日本古来のものには栽培に多少注意を払う必要があり、また、ジャーマンアイリスの場合は深植えを嫌い、アルカリ土壌が好ましいなど、やはり庭植えの他の植物とはいくぶんか異なる管理をしなければなりません。

その点、ダッチアイリスは青、黄、青黄二色などに花色が限定されますが、庭に植栽後は放置しても毎年開花することが多く、管理がとても楽です。

開花は5月ころ。ブルーのスパニッシュ・ブルーベルの花の後を追いかけるようにブルーやイエローの花が開くのは、春の楽しみでもあります。

アリウム(Allium:ヒガンバナ科、ネギ属)

アリウムはネギ属の学名です。野菜の長ネギ、玉ネギ、ニンニク、ニラ、ラッキョウ、アサツキなども同じ属に含まれています。500種とも1,000種とも言われるほど多くの原種が知られていて、北半球全体にひろく自生しています。

美しい原種の交配がすすめられ、大型種、小型種など多彩な園芸種が生み出され庭を飾ってくれています。関東西部以南では、大型種のなかには夏季堀りあげて保管するのがよいものもありますが、ここでは人気のある6種をご紹介します。
ネギやニンニクなどと同属アリウムはとても味わい深い属ですので、できれば後日アリウムを詳しく解説したいと思います。

グローブマスター
Allium ‘Globemaster’
花期:晩春から初夏
花径/草丈:15㎝/70-90cm
RHS AGM
スター・オブ・ペルシャ
A. cristophii ’Star of Persia’
花期:晩春から初夏
花径/草丈:20㎝/40-50cm
マウント・エベレスト
A. ‘Mount Everest’
花期:晩春から初夏
花径/草丈:15㎝/90cm
RHS AGM
パープル・センセーション
A. holllandicum ‘Purple Sensation’
花期:晩春から初夏
花径/草丈:8㎝/70-90cm
RHS AGM
A.シャエロケファロン
A. sphaerocephalon
花期:晩春から初夏
花径/草丈:3㎝/70-90cm
ミレニアム
A. ‘Millenium’
花期:初夏から盛夏
花径/草丈:5㎝/30-cm
2018 PPOY(Perennial Plant of the Year)

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ノイバラ(野茨)系ランブラーhttps://ggrosarian.com/2025/07/15/%e3%83%8e%e3%82%a4%e3%83%90%e3%83%a9%ef%bc%88%e9%87%8e%e8%8c%a8%ef%bc%89%e7%b3%bb%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%96%e3%83%a9%e3%83%bc/Tue, 15 Jul 2025 00:22:57 +0000https://ggrosarian.com/?p=3608

国内でいちばんよく見ることができる野性バラはノイバラ(野茨)です。ただ、日本固有種ではなく朝鮮半島や中国東部にも自生しています。 花径は2cm径前後、花色は純白、ときに淡いピンクとなる変化が見られます。卵型の、くすみのあ ... ]]>

ノイバラ(野茨)/ロサ・ムルティフローラ(R. multiflora)

国内でいちばんよく見ることができる野性バラはノイバラ(野茨)です。ただ、日本固有種ではなく朝鮮半島や中国東部にも自生しています。

ノイバ(R. multiflora))

花径は2cm径前後、花色は純白、ときに淡いピンクとなる変化が見られます。
卵型の、くすみのある明るい葉緑、櫛状となる托葉(葉柄の付け根の葉)が特徴的です。この特徴が詳細不明品種をムルティフローラ(ノイバラ)・クラスに特定する目安のひとつになっています。
350cmからときに500cmほどまでの高さに達するランブラーとなります。

自生地
日本の北海道南部から九州までひろく自生し、朝鮮半島、中国東部、台湾などでも自生が確認されています。河川堤防など、日照のよい、水もちのよい土壌を好みます。

固有種としての登録と交配親としての利用
J.A. ミュレイ(J.A. Murray)が編集、継続的に発行されていた植物誌、“Systema Vegetabilium”の1784年版で新品種として公表されました。標本を提供したのはカール・ツンベルグ(Carl Peter Thunberg:1743-1828)でした。ツンベルグは幕末に長崎の出島館付きの医者として来日しました。医業にいそしむかたわら、多くの植物を蒐集し母国スエーデンへ持ち帰りました。帰国後『日本植物誌(Floral Japonica)』を上梓した人物です。

こうした学術的な論評とは別に、1860年ころ、フランスの植物学者ジャン・シスレー(Jean Sisley)のもとへ、日本に滞在していた息子からノイバラの種が送られてきました。シスレーはその種の実生により実株を育てた結果、その利点を評価したことからノイバラが園芸に利用されるきっかけになったと言われています。(”The Graham Stuart Thomas Rose Book”、2004)

交配親としての評価
国内では園芸種としては、あまりかえりみられることがありませんでした。しかし、18世紀にヨーロッパへ渡ったのち、1872年にポリアンサ、1907年にフロリバンダという新しいクラス(品種群)の創出に大きな役割をにない、バラの魅力をいちだんと高める役割を果たすことになりました。

また、ノイバラを交配親として、小輪花が群れ咲き、枝が下垂するランブラーが数多く生み出され、これらはハイブリッド・ムルチフローラ(ノイバラ系ランブラー)というひとつのクラスを成すこととなりました。

ランブラーと称されるバラには、実際には、ノイバラ系、照り葉ノイバラ系、アルヴェンシス系などいくつかの系列に分けることが出来ます。しかし、20世紀に入ると、それぞれの系列にまたがった交配が行われるようになり、系列に分けることの意味合いは薄れてゆきました。しかし、ノイバラ系ランブラーを理解する上でも、交配親として利用された園芸種など、育種の経緯を調べてグループ分けを行うと分かりやすくなるのではないかと考えました。

ノイバラ系ランブラーのグループ分け

ノイバラ系ランブラーをさらにグループ分けするこころみはあまり見当たりません。世界的に認定されたものはないようです。しかし、すでに多くの品種があり、ある程度の分類は必要だと感じ、三つのグループに分類しました。以下は私案として作成したものです。

ノイバラ・カタエンシス系

‘カタエンシス系統図’ 作図/田中敏夫

すでに触れましたが、原種のノイバラは1784年、ツンベルクによりヨーロッパに紹介されましたが、しばらく着目されることはありませんでした。そして、1860年ころになって、フランスのシスレーなどにより房咲きする性質が見直され、育種に用いられるようになりました。

実は、このシスレーによるノイバラの再評価と同じ頃、古い由来の園芸種(自然交雑からの選別種か?)がいくつか日本からヨーロッパに渡っています。

ロサ・ムルティフローラ・カタエンシス(R. m. var. cathayensis)もそのひとつです。

1907年、E.H. ウィルソンにより中国で発見されたと記録されていますが、中国各地でかなり頻繁に見出される品種のようです。ロサ・ムルティフローラ・カタエンシス(R. multiflora cathayensis;“中国由来の”という意味)という学名で登録されました。

実はこの品種は、小石川植物園において「サクライバラ」という品種名で栽培されていました。ヨーロッパにおける品種登録にわずかに遅れた1908年、牧野富太郎博士はこのサクライバラを原種ロサ・ウチヤマナ(Rosa x uchiyamana)と命名しました。小石川植物園の園丁長であった内山富次郎氏にちなんだものです。しかし、ヨーロッパにおける品種登録のほうが先であったため、正式学名は“ウチヤマナ”ではなく、“カタエンシス”となりました。

サクライバラは、実際にはずっと古くからあったことが分かっています。以下のような事実があるからです。

岩崎灌園が残したサクライバラ図

岩崎灌園は幕府の徒士組(カチグミ)に属する下級武士でした。本草学を学び、若い時代から20年以上かけて『本草図譜』92巻を完成させました。1828年(文政3年)のことだとされています。

この図譜は2,000種におよぶスケッチを記載したものでしたが、木版印刷されて刊行されたのは5巻から10巻の5巻のみで、残りは求めに応じて模写されて流通しました。(Wikipedia等)

サクライバラも図譜のなかで紹介されています。図譜では、

「葉大にして五葉をなし花單辯淡紅色にて形櫻花色の如し」と記述されています。

花木の花海棠(ハナカイドウ)の花は、花芯は白、花弁縁に淡くピンクが入ります。このハナカイドウと花が似ていることからカイドウ(海棠)バラと呼ばれるバラがあります。サクライバラとカイドウバラとは同種別名だとする記述を見受けますが、『本草図譜』では別種として扱われています。

‘左:サクライバラ、右:カイドウバラ’ illustration/岩崎灌園 [C0 via本草図譜/第3冊/巻27蔓草類3国立国会図書館蔵]

ムルティフローラ・カタエンシスは、原種ノイバラよりもずっと大輪となります。チャイナ・ローズとノイバラの自然交配種ではないかと言われています。

この原種交雑種カタエンシスが重要なのは、この品種からロサ・ムルティフローラ・カルネア(R. multiflora carnea)が生み出されたのだろうと考えられるからです。

カタエンシス系‐カルネア(R. m. carnea)

ムルティフローラ・カタエンシスは5弁のシングル咲きでしたが、多弁化した品種ロサ・ムルティフローラ・カルネア(R. multiflora carnea)という品種があります。カルネアはカタエンシスが元になったのだろうと考えられています。

‘ロサ・ムルティフローラ・カルネア(R. m. carnea)’ Illustration/? [Public Domain via Bilderbuch für Kinder Vol. 5, 1805]

この美しい品種カルネア(“肌色”)も中国で古くから知られていたようですが、ヨーロッパで知られるようになったのは、1805年です。元となった原種より、交配種のほうが先にヨーロッパへわたり、親のほうは100年ほど遅れてヨーロッパに知られるようになったようです。

現在でもムルティフローラ・カルネアという品種名で出回っているものがありますが、それらが1805年に記事に載ったカルネアと同じものかどうか、よくわかっていません。よく、似てはいるけれど…と、疑問に思っている人のほうが多いようです。

‘Rosa multiflora carnea in commerce’ Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

美しいカルネアでしたが、交配親としては利用されることはあまりありませんでした。

また、ムルティフローラ・カタエンシスを交配親として生み出されたのではないかと思われている別品種があります。セブン・シスターズ (Seven Sisters:七姉妹)です。

3cm径ほど、ホワイト、淡いピンク、また、鮮やかなピンクと一房で色変わりが生じます。
450cmから600cmほどまで枝を旺盛に伸ばすランブラーです。先がとがった細身の葉はまぎれもなく、ノイバラの系統であることを示していますが、明るい色合いで大きめの葉は原種とは異なるため、交配種であることは明白です。

賀集久太郎『薔薇栽培新書』(明治35、1902年刊)によると、中国、明代の農政書『汝南圃史』(1580年ころ刊行)に「十姉妹」という名前で記載されていると解説されています。非常に古い由来の品種です。

ヨーロッパへ渡ったのは、1815年から1817年頃、イギリスのグレヴィール卿(Sir Charles Greville)が日本より種子を手に入れてからとされています。そのことから、ロサ・グレヴィレリ(Rosa Grevilleli)と呼ばれることもあります。(”Graham Stuart Thomas Rose Book”, 2004)

一般的に流通するようになったのは、フランスを中心にヨーロッパ全域で広く園芸業を営んでいたルイ・C・ノワゼット(Louis Claude Noisette)が、1819年に挿し穂から育てた株を市場へ提供するようになってからだと言われています。

著しい花色の変化から七姉妹(Seven Sisters)と命名されたのだろうという解説が多いのですが、なにか釈然とせず、なぜ「七姉妹」なのだろうかとずっと疑問を感じていました。最近、ようやく納得のゆく解釈にたどり着くことができました。

七姉妹(Seven Sisters)についての言い伝え

一年に一度だけ、7月7日の夜にだけ会うことが許されていた織姫と牽牛の話はよく知られた中国古来の神話です。

いろいろ変遷のある神話なのですが、織姫は七仙女(しちせんじょ)という七姉妹の末娘だったという言い伝えがあります。七仙女は虹色などにちなんだ羽衣を羽織っていたとも。そして、織姫は七番目の娘、七姐(しちそ)と呼ばれることもあります。

ある日、織姫は牽牛と出会い、ふたりは恋仲になりました。しかし、織姫が織物を提供しなくなっため、不自由に苦しんだ天帝は織姫を天界へ連れ戻してしまいます。織姫は牽牛との逢瀬がないことに嘆き悲しみます。そうした織姫を憐れんだ天帝は、一年に一度、7月7日の夜だけ、二人が会うことを許すことにしました。織姫はカササギが天の川に架けた橋を渡って牽牛に会いにゆくのです。

この中国由来の古い品種セブン・シスターズ(“七姉妹”)は、織姫あるいは織姫と姉たちの呼称である”七姉妹”の名で呼ばれていたのだと思うようになりました。

今日でも広く栽培されていて多くのバラ園で実株を鑑賞できるセブン・シスターズですが、この品種もカルネアと同様、交配親として用いられることはほとんどありませんでした。

次にご紹介するのはド・ラ・グリフェレ(De la Grifferaie)です。

開花時、深いクリムゾンであった花色は、熟成するに従い、急速に退色しピンクへと変化します。中にはほとんど白に近いほどになるものもあります。新しいクリムゾンの花と、退色したピンクの花がグラデーションの効果を生み、また、花自体にもストライプや班模様がでるなど、めまぐるしく変化する色合となります。
深い緑のつや消し葉、トゲの少ない、細いけれど固めの枝ぶり。シュートの発生の多い、250cmから350cm高さの高性のシュラブとなります。

樹形や花つきなどから、ノイバラ交配種にクラス分けされていますが、その一方で、くすんだような深い葉色、丸めの葉形、密生する茶色の小さなトゲなど、ガリカに似通った形質が見られます。そのことから、ピンク咲きのムルティフローラ・カタエンシスと赤花のガリカの交配により生じたというのが、一般的な理解です。

なお、由来が知られていないロサ・ムルティフローラ・コクシネア(R. multiflora coccinea)という品種からの実生種だという説もあります。コクシネアは“赤”という意味のラテン語なのですが、現在コクシネアの名前で流通している品種は明るいピンクのノイバラ・ランブラーですので、信憑性が薄いという気がします。

また、1845年、フランスの名育種家、ジャン・P・ヴィベール(Jean Pierre Vibert)により公表されたことから、彼が育種したという説もありますが、ヴィベールの研究で名高い、ディッカーソンは「それはなかろう」と否定的なコメントを残しています。

非常に強健な品種であることから一時期バラの台木として利用されることもありました。また、オーストリー=ハンガリーの孤高の育種家ゲシュヴィントは以下のリストのような赤や紫など濃色のランブラーの育種の交配親として利用したことでも知られています。

ゲシュヴィントが育種した濃色のランブラー

  • 1884年以前、エルルケーニヒ(Erlkönig;魔王)
  • 1884年以前、ニンフェ・テプラ(Nymphe Tepla)
  • 1889年ころ、コーポラル・ヨハン・ナギー(Corporal Johann Nagy)
‘ゲシュヴィント・ランブラー系統図’ 作図/田中敏夫

‘エルルケーニヒ(Erlkönig;魔王)’

9cmから11cm径、皿を重ねたような浅いオープン・カップ型となる花形。
深いピンクの花色。外輪は色抜けして明るいピンク、ときにほとんど白に近くなります。
250cmから350cm高さのランブラーとなります。

品種名の由来
ドイツの文豪、ゲーテの詩『魔王(Erkoenig)』にちなんで命名されました。

Morit‘魔王(Erlkönig)’ Painting/Moritz von Schwind [Public Domain via Wikimedia Commons]

嵐の夜、病気の息子を抱いて医者のもとへと急ぐ男、息子は父に魔王の姿が見えると訴えます…。

かくも晩い夜と風のなかを抜け、馬をいそぎ駆るのは誰か?/Wer reitet so spat durch Nacht und Wind?
それは子を連れた父/Es ist der Vater mit seinem Kind;
彼は息子をしっかりと抱いている/Er hat den Knaben wohl in dem Arm,
息子よ、なぜ恐れおののき顔を伏せるのだ?/Mein Sohn, was birgst du so bang dein Gesicht? –
お父さん、魔王が見えないの?/Siehst, Vater, du den Erlkönig nicht?
冠をかぶり、尾が生えている魔王が?/Den Erlkönig mit Kron' und Schweif? –

1815年、若きシューベルトはこの詩に曲を付けました。当時はまだ世に知られていなかったシューベルトでしたが、彼が残した名歌曲のひとつとして今日までひろく歌われていることはご存知の通りです。
曲がつけられたことを知ったゲーテは、はじめシューベルトを評価しなかったようです。ゲーテはまたベートーベンの楽曲を高く評価しつつも彼の倣岸さを忌み嫌ったとも伝えられています。同時代を生きた芸術家たちとは折り合いが悪かったのかもしれません。

‘ニンフェ・テプラ(Nymphe Tepla)’

‘ニンフェ・テプラ(Nymphe Tepla)’ Photo/Krzysztof Ziarnek, Kenraiz [CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons]

9㎝径ほどの中・大輪、40弁ほどのカップ型となる花形。
花色はモーヴ、またはパープリッシュ・ピンク。
300㎝高さほどとなるシュラブとなります。

ド・ラ・グリフェレの実生から生じたとされていますが、育種者ゲシュヴィントが当時、交配に頻繁に用いていた原種のロサ・セティゲラ(R. Setigera)に似通っていることから、ド・ラ・グリフェレとセティゲラの交配種ではないかという見解もあります。

‘コーポラル・ヨハン・ナギー(Corporal Johann Nagy)’

‘コーポラル・ヨハン・ナギー(Corporal Johann Nagy)’ Photo/Wilrooij [CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons]

ころりとまるまったつぼみは開花すると、7cmから9cm径、カップ型、ロゼッタ咲きとなることが多い花形です。
ストロング・ピンクの花色ですが外輪は白く色抜けし、ツー・トーン・カラーとなります。
350cmから500cm高さ、しなやかな枝ぶりのクライマーとなります。

ド・ラ・グリフェレといずれかのハイブリッド・パーペチュアルとの交配により生み出されたとい言われています。

カタエンシス系‐ラッセルズ・コテージ・ローズ

以上解説したノイバラ系ランブラーのなかには、非常に古い由来のものがあります。ラッセルズ・コテージ・ローズ(Russell’s Cottage Rose)です。

モス(苔)のようなトゲが密生したつぼみは、開花すると、ヴァイオレット気味、深い色合いのピンクの中輪花となります。
5m高さに達するなど大株となりますが、枝ぶりに勢いがあり、長く伸びてもあまり下垂しないこともあります。そのため、ランブラーではなくシュラブの一種とする研究家もいます。

品種名等の由来
1840年ころ、あるいは少し前に、第6代ベッドフォード公爵であったジョン・ラッセル(John Russell:1766-1839)にちなんで命名されました。命名者は公爵の館であるウォーバーン・アビー(Woburn Abby)の庭丁であったジョージ・シンクレア(George Sinclair)でした。

この品種はカタエンシスとド・ラ・グリフェレの交配によるだろうとするのが一般的ですが、じつはかなりの数の異説があります。

ノイバラ・クラスとされるのが一般的だが、(原種の)ロサ・セティゲラかハマナスに近いのではなかろうか。また、スカーレット・グレヴィレ(Scarlet Greville)等々と別名で呼ばれることもあるが、そのことから類推されるのは、この品種もまた、(セブン・シスターズと同様)グレヴィレア卿がアジアから手に入れたものなのかもしれないということだ…また、ド・ラ・グリフェレとの関連もあるのかもしれない」
(”Graham S. Thomas Rose Book”、2004)

19世紀のロザリアンたち、ウィリアム・ポール、トーマス・リヴァースやロバート・ブイストたちはこの品種をノイバラ交配種としていた。しかし、ウィリアム・プリンスは、これはノイバラ交配種ではなく、フランスで育種された、チャイナ・ローズのパラージ・パナッシェ(Pallagi panache:“班模様のパラージ”)ではないだろうか、かなり以前に入ってきたこの品種を英国内で流通させるため、ラッセルズ・コテージ・ローズと改名したのではないだろうかと解釈していたようだ」
(“Climbing Roses” Scanniello & Bayard、1994)

当のプリンスは自著『プリンスのローズ・マニュアル(Prince’s Manual of Roses)、1846』のなかで、次のように解説しています。

スカーレット・グレヴィレ、ラッセリアーナ、またコテッジ・ローズと呼ばれるこのバラは、(ノイバラ)交配種なのかもしれない、けれども私自身はかなり疑わしいと思っている。ノイバラ交配種にみられる性質と多くの相違点があるからだ。そして、実際、これはチャイナ・ローズのパラージ・パナッシェなのではないだろうか。わたしはパラージ・パナッシェを英国内の市場に出回るかなり前にフランスから輸入したのだが、英国に輸入された時点で、冒頭に述べた三つの名前に改名されたのではないだろうか…

バラ園で出会ったら「フランス、中国、いったい君はどこから来たの?」と尋ねてみたらどうでしょう。きっと、野趣たっぷりで個性的だけれども、仲間や友達もなく、孤独で寂しそうにしていると思いますので。

なお、センペルヴィレンス系のランブラーに同名異種のラッセリアーナ(Russelliana)という品種があります。花色はパープル系ですが、花形はずっと大きいので外見からは判別できます。
区別をつけるためにセンペルヴィレンス・ラッセリアーナ(semperivirens Russelliana)または育種者の名を冠してシンクレア―ズ・ラッセリアーナ(Sinclair’s Russelliana)と呼ぶとよいと思います。

ラッセルズ・コテージ・ローズの実生から生み出されたのが、ジプシー・ボーイ(Gipsy Boy:別名、Zigeunerknabe)です。

花色はカーマイン/バーガンディまたは深いクリムゾン、熟成するとパープルの色合が濃く出ることもあります。
120cmから180cm高さの固い枝ぶりの、横張りする性質の強いシュラブとなります。

品種名等の由来
この品種も、1909年、オーストリア=ハンガリーのゲシュヴィント(Rudolf Geschwind)により育種されました。

「私の庭で、最も繁茂している品種のひとつ…」とグラハム・S・トーマスより賛辞を送られています。(“The Graham Stuart Thomas Rose Book”, 2004)

公表当時の品種名はツゴイネルクナーベ(Zigeunerknabe)ですが、英訳の”ジプシー・ボーイ(Gipsy Boy)”という名のほうが広く知られています。

イングリッシュ・ローズの交配親として

実はジプシー・ボーイはパープル系のイングリッシュ・ローズ(ER)の誕生に深く関わっています。

ERの最初のパープル系に花咲く品種はキアンテ(Chiante)でした。キアンテは種親をクリムゾンのフロリバンダ(FL)ダスキー・メイドン(Dusky Maiden)、花粉親をガリカのトスカニー(Tuscany)としたものですが、このキアンテとジプシー・ボーイとを交配して生み出されたのが、ザ・ナイト(The Knight)でした。

デイヴィッド・オースチンはさらに、このザ・ナイトを種親に、ペルネ=ドウシェが1907年に育種・公表したHTシャット―・ド・クロ・ヴジョー(Château de Clos Vougeot)など深いクリムゾンに花開く品種を花粉親として、以下のような濃色の赤/クリムゾンのERを生み出しています。

  • 1977年、ザ・スクワイヤー(The Squire)
  • 1982年、プロスペロー(Prospero)
  • 1984年、ウェンロック(Wenlock)など
‘ダークカラーER系統図’ 作図/田中敏夫

ノイバラ・ターナーズ・クリムゾン系

ロサ・カタエンシスを交配親としたノイバラ系ランブラーについてながながと解説しました。
次にターナーズ・クリムゾン・ランブラー(Turner’s Crimson Rambler)とそこへ連なる交配種についてご紹介します。
ターナーズ・クリムゾンも濃い色合いのランブラーの育種に大きな貢献をした品種です。

3cmから7cm径のカップ型または丸弁咲きとなります。花色は少し鈍色が入ったようなクリムゾン。この品種の花色が多くの赤いランブラーに受け継がれることとなりました。450cmからときに900cm高さへ達する大型のランブラーです。

品種名等の由来
スコットランド出身の機械工学教授であったロバート・スミス氏(Professor Robert Smith)は明治維新後、日本に滞在していました。熱心なバラ愛好家であったスミス氏は日本国内の園芸業者(?)から入手したこの品種を自国の園芸業者であるジェナー氏(Mr. Jenner)へ送りました。

1878年、この品種はスミス氏の職業にちなんでジ・エンジニア(The Engineer)と名づけられました。
しかし、株はその後、いく人かの所有者を転々としたのち、1893年、イングランドのチャールズ・ターナー氏(Charles Turner)のもとから、クリムゾン・ランブラーと改名されて公表されました。そのことから、この品種はターナーズ・クリムゾン・ランブラーと呼ばれるようになりました。

公表当時は、多くのバラ愛好家にとって、初めて目にする”赤い”ランブラー”であったため、驚きと賞賛をもって迎えられたと伝えられています。(”Climbing Roses”、Stephen Scanniello & Tania Bayard、1996)

交配親などは不明ですが、ノイバラの自然交雑種または交配種であることは明らかです。

深い赤の花色が愛でられ、多くの赤花、あるいはパープル系のランブラーの交配親となりました。今日でも広く植栽されているランブラーをいくつかご紹介しましょう。

  • 1902年、ハイアワサ(Hiawatha)
  • 1903年、ブラッシュ・ランブラー(Blush Rambler)
  • 1908年、エクセルサ(Excelsa)
  • 1909年頃、ファルヘンブラウ(Veilchenblau )
  • 1910年、タウゼントショーン(Tausendschön)
‘ターナーズ・クリムゾン系統図’ 作図/田中敏夫
Photo/Wilrooij [CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons]

3cm径前後、シングル、平咲きの花が春、枝を覆いつくすような房咲きとなります。
深いピンクの花弁、中心部は白く色抜けし、ホワイト・センターとなります。花芯のイエローのオシベが加わって、強いコントラストの効果が生じます。
少し小さめ、楕円形ながら少し丸みを感じさせる、深い色合の照り葉、柔らかな枝ぶり、350cmから500cm高さへ達するランブラーとなります。

品種名等の由来
1904年、アメリカのマイケル・ウォルシュ(Michael H. Walsh)により育種・公表されました。

クリムゾン・ランブラーを種親に、シングルの赤花を咲かせるクライマー、ポールズ・カーマイン・ピラー(Paul’s Carmine Pillar)を交配親とした交配により生み出されと記録されています。

命名はアメリカの詩人、ロングフェローがアメリカ原住民の間に伝わる英雄譚をもとに著した『ハイアワサの歌』にちなんだものです。

’ハイアワサの旅立ち’  Etching/anonymous [Public Domain via Wikimedia Commons]
ハイアワサは立ち上がり、老いたノコミスに別れを告げ、眠っている客を起こさぬように囁いた

ノコミスよ、私は行く、長く遠い旅路へ。夕日の門へ、故郷の風の吹く地へ

ハイアワサは16世紀に実在した人物ですが、言語も生活基盤も異なる部族間の平和と協調を説き、伝説化、神格化された人物です。ロングフェローはこの民族譚をもとに、スペリオル湖南岸を舞台に設定して叙事詩『ハイアワサの歌』を著しました。詩は、ハイアワサ(”川を作る者”の意)の生誕、成長、冒険を平明な言葉で綴ってゆきます。1855年に発刊されると、叙事詩であるにもかかわらずベスト・セラーとなりました。

アメリカに滞在していたドボルザークはこの叙事詩に心動かされ、スケッチ的に小曲を作曲しましたが、後に交響曲第9番(新世界より)第2楽章の主題に転用したと言われています。

詩の発刊以後、ハイアワサは誇り高いアメリカ原住民の象徴となっています。

育成者ウォルシュが作出した品種にはハイアワサの妻であったミネハハ(Minnehaha;”笑う水”の意) にちなんだランブラー(ウィックラーナ/照葉ノイバラ系)もあります。

‘Minnehaha’ Photo/Wilrooij [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

ブラッシュ・ランブラー(Blush Rambler)

‘ブラッシュ・ランブラー(Blush Rambler)’

3cm径ほどの、セミ・ダブル平咲きの花がいっせいに開き、あふれるような房咲きとなります。
花色はストロング・ピンクですが、花によって色合いに濃淡が出ますので、自然なグラデーションとなり優雅です。
生育は旺盛で500cmを超える、極高のランブラーとなります。

育種、品種名等の由来
クリムゾン・ランブラーとホワイトのランブラー、ザ・ガーランド(The Garland)との交配により生じた強健品種です。

1903年、長い伝統を誇るイギリスのカント農場より育種・公表されました。淡い色のピンクの小花が密集して咲く、原種ロサ・ソウリアーナ(R. souliana)系のキュー・ランブラー(下図)と混同されがちだという記事(Michael Gibson, “Fifty Favourite Roses”)もみられます。あっと驚くほどの大株となることなど似た印象があるためかもしれません。

‘キュー・ランブラー(Kew Rambler)’ Photo/田中敏夫

エクセルサ(Excelsa)

‘エクセルサ(Excelsa)’

2cmから3cm径の小さなポンポン咲きの花が競い合うような房咲きとなり、みごとです。
花色はミディアム・レッド(ARS)として登録されていますが、実際にはディープ・ピンクとしたほうが良いように思います。
丸みの強い、小さな、深い色合の照り葉は原種、照り葉ノイバラ(ロサ・ウィクラーナ)の性質を色濃く継いでいます。非常に柔らかな枝ぶり、350cmから500cm高さへ及ぶランブラーとなります。

育種・品種名等の由来
日本に自生する原種、照葉ノイバラ(R. luciae)とクリムゾン・ランブラーとの交配により生み出されたと言われています。
1909年、アメリカのウォルシュが公表しました。花色と花形はクリムゾン・ランブラーから、樹形は照り葉ノイバラから受け継いだという印象を受けます。

レッド・ドロシー・パーキンスという別名のとおり、花色をのぞけば、ウィックラーナ(照葉ノイバラ)系のランブラー、ドロシー・パーキンス(下図)とよく似た性質を示しますが、ドロシー・パーキンスの枝変わりの品種ではありません。ドロシー・パーキンスとともに、そのしなやかな枝ぶりを生かし、スタンダード仕立てとされることも多い品種です。

‘ドロシー・パーキンス(Dorothy Perkins)’

ファルヘンブラウ(Veilchenblau )

‘ファルヘンブラウ(Veilchenblau )’

3cmから7cm径、セミ・ダブル・浅いカップ型の花が競い合うような房咲きとなります。
花色はモーヴ(藤色)。花弁の中心部は白くぬけ、花芯のイエローのシベがアクセントとなります。
350cmから500cmほど枝を伸ばすランブラーとなります。大きめのアーチやフェンス、パーゴラへの誘引をおすすめします。

育種・品種名等の由来
1909年、クリムゾン・ランブラーと、パープルのハイブリッド・セティゲラ、エアインネルンク・アン・ブロット(Erinnerung an Brod)との交配により育種され、ドイツのJ.C. シュミット農場(Kiese /J. C. Schmidt:シュミット農場の育種家キース)から公表されました。

ブルー・ランブラーという別名で知られることからも明らかですが、代表的なパープルの色合いのランブラーとして、今日でも変わらずに愛好されています。
ファルヘンブラウとは”すみれ色”という意味です。(ドイツ語)

ファルヘンブラウはまた、多くのパープル、モーヴ(藤色)、クリムゾンとなるランブラー、ヴィオレット(Violette)ローズマリー・ヴィオー(Rose-Marie Viaud)などなど濃色系のノイバラ・ランブラーの交配親となりました。

ヴィオレット(Violette:1921 by Eugène Turbat & Compagnie)
ローズマリー・ヴィオー(Rose-Marie Viaud:M. Igoult)

タウゼントショーン(Tausendschön)

‘タウゼントショーン(Tausendschön)’

3㎝から7cm径、セミ・ダブル、波うつ花弁が大きく開く平咲きの花。枝を覆いつくす、絢爛豪華な房咲きとなります。
ピンクの濃淡がそれぞれの花に出て、株全体にグラデーションをかけたような、美しい光景を演出してくれます。
350cmから500cmほど枝を伸ばすトゲがほとんどないランブラーです。

育種・品種名等の由来
この品種もファルヘンブラウと同じドイツ、エルフルトのシュミット農場(Hermann Kiese /J. C. Schmidt)から、1906年に育種・公表されました。
イエロー・ブレンドのランブラー、ダニエル・ラコンブ(Daniel Lacombe)と、ホワイトのランブラー、ヴァイサー・ヘルムストレイシェール(Weisser Herumstreicher)との交配により育種されという解説がありますが、淡いイエローと白花のランブラーの交配からピンクの品種が生じたというのは不自然な印象を受けます。シュミット農場では赤花ランブラーとして著名なクリムゾン・ランブラーの実生から生じたと考えていたようです。しかし、クリムゾン・ランブラーとタウゼントショーンは葉の様子などに大きな違いがあります。今となっては調べようもないのですが、不詳の花粉親の性質を強く受け継いでいるのかもしれません。

非常に優れたつるバラに関する著作、『クライミング・ローゼズ・オブ・ザ・ワールド(Climbing Roses of the World)』を著した、チャールズ・クエスト=リットソン(Charles Quest-Ritson)は著作の中で

「すべての時代を通じて、もっとも偉大なガーデン・ローズのひとつだ」と絶賛しています。

名前(”千の美”の意)にふさわしい、すぐれた品種です。ノイバラ系のランブラーの最高レベルにあると言ってよいでしょう。

ノイバラ・ポリアンサ系

著名なプラント・ハンターであるロバート・フォーチュン(Robert Fortune:1812-1880)は、1841年から長期間中国に滞在してヨーロッパでは知られていない樹木、草花などの種や生体の多くを故国である英国へ送っていました。
中国滞在の合間をぬって、1860年ころには台湾や日本をも訪問し、さらに植物蒐集を行うなど活発な活動で知られています。

フォーチュンがよく知られているのは中国が占有していた茶の原木を何万株もインドに持ち出し、インドのダージリン地方などで栽培し、本国イギリスへ輸出したこと(実は密輸出)でしたが、当時、ヨーロッパでは知られていなかったバラも蒐集しています。
1844年には大輪、明るい黄色に花咲くシュラブ・ローズを、1850年にはナニワイバラ(R. laevigata)とモッコウバラ(R. banksiae banksiae)との自然交配種と思われる、小輪・白花のランブラーを本国イギリスに送りました。

後日、彼の功績にちなみ、黄色い大輪花種はフォーチュンズ・ダブル・イエロー(Fortune’s Double Yellow)、白花のランブラーは、フォーチュニアーナ(Fortuniana)と命名されることになりました。ダブル・イエローは、ティーローズの元品種として広く交配に用いられ、今日でも鑑賞することが出来ますが、残念ながら、フォーチュニアーナの実株を観察することはむずかしくなってしまったようです。

Fortune's Double Yellow
‘フォーチュンズ・ダブル・イエロー(Fortune’s Double Yellow)’
‘フォーチュニアーナ(Fortuniana)’ Illustration/Alfred Parson, page 230, “The Genus Rosa” Ellen Willmott [Public Domain via Internet Archive]

それら2種に加え、1865 年頃、フォーチュンは、中国において、ノイバラの変種と思われる、小さなブッシュとなる品種をイギリスに送りました(1862年、日本に滞在していたおりに園芸業者から入手したという異説もあります)。春のみの一季咲き、小輪、八重咲きで房咲きとなる白バラでした。

それが、ここでご紹介するロサ・ポリアンサ(R. polyantha)です。

‘R. polyantha’ Illustration/Unknown, 287/521pages of “Die Rose” , Theodor Nietner, 1880 [Public Domain via Internet Archive]

この品種も今日では実株を見ることはできないようです。

このロサ・ポリアンサは、やがてフランス、リヨンのギヨ_息子(Jean-Baptiste A. Guillot fils)が入手することになりました。

1872年、ギヨ_息子は実生から小輪・八重、房咲きで、よく返り咲きする小さなブッシュとなる品種を育種し、パクレット(Pâquerette)と命名して公表することになります。

Pâquerette
‘パクレット(Pâquerette)’

パクレットはバラ愛好家に広く受け入れられ、多くの品種の交配親となりました。それらの品種群は後日、新しいクラス、ポリアンサとなり、パクレットは最初のポリアンサとして記憶されることになりました。

実は、19世紀末から20世紀初めにかけてランブラーはより大輪花を咲かせるウィックラーナ系のものが育種の主流となり、ノイバラ系ランブラーは潮流から外れてしまっていました。

しかし、小輪・房咲きとなる一季咲きのノイバラ系ランブラーは不思議な経緯を経て、復権を果たすことになります。

それは、1896年、ドイツ、トリーアで70名もの従事者を擁する大規模なバラ圃場を経営していたペーター・ランベルトのもとへ、アルザス住まいのJ.R. シュミット(J. R. Schmidt:ファルヘンブラウを育種したエルフルトのシュミットとは別農場)が3種のノイバラ系ランブラーを持ち込んだ時から始まりました。

1896年、ランベルトはこの3種のランブラーの販売権を買取り、次のように命名して市場へ提供しました。

  • アグライア(Aglaïa-淡いイエロー)
  • タリア(Thalia-白花)
  • ユーフラシーヌ(Euphrosyne-明るいピンク)

3種はセット物としてあつかわれ、ホワイト・ランブラー(タライア)、イエロー・ランブラー(アグライア)、ピンク・ランブラー(ユーフラシーヌ)と呼ばれることもあります。

三つの品種は、ギリシャ神話に登場する美と優雅さを象徴する三美神にちなんで命名されました。ボッティチェリの名画『春(Primavera)』のなかで描かれていることがよく知られています。

‘Three Graces in Primavera’ Painted by Sandro Botticelli 1485-7 [Public Domain via Wikipedia Commons]

ボッティチェルリの名画『春/Premavera』において愛の女神ヴィーナスの横で優雅にダンスしている三人の女神は左から、アグライア、タりア、ユーフラシーヌです。

アグライア(Aglaïa)

‘アグライア(Aglaïa)
‘アグライア(Aglaïa)’ Photo/Salicyna [CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons]

3cmから7cm径ほどの小中輪、15弁ほどのカップ型の花が房咲きとなります。
花色はライト・イエロー。熟成すると退色しクリーミィ・ホワイトへと変化してゆきます。
350cmから500cm高さのランブラーとなります。

ロサ・ポリアンサとイエロー気味のアプリコットのノワゼット、レヴドール(Rêve d’Or)との交配により生み出されました。

後述のタリア、ユーフラスニーはともに春一季咲きの品種ですが、このアグライアのみは交配親に返り咲きするノワゼットが使われていることから弱いながらも秋の開花が期待できる品種です。

タリア(Thalia)

‘タリアThalia’ Photo/Georges Seguin (Okki) [CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons]

3cm径ほどの小輪、セミ・ダブル、平咲きの花がまるで花束であるかのように密集した房咲きとなります。
花色は純白。花芯のイエローのオシベの色合いにより全体としてはクリーミィ・ホワイトという印象がありますが、あまり例はないもののわずかにピンクが出ることもあるようです。
幅狭で尖り気味、明るい色調のつや消し葉は典型的なノイバラ系ランブラーだといえるでしょう。柔らかでほとんどトゲがない枝ぶり、250cmから350cmほど枝を伸ばします。

ロサ・ポリアンサと上述した最初のポリアンサ、パクレットとの交配により生み出されました。交配親の両品種とも小さなブッシュでしたが、大株となるノイバラの血が蘇ったのか、大きく成長するランブラーとなります。公表当初から絶大な人気を博し、単にホワイト・ランブラーという名前でも流通しました。

なんといってもこの品種の特徴はほとんどトゲが見られないということかと思われます。

ユーフラシーヌ(Euphrosyne)

ユーフラシーヌ(Euphrosyne)
‘ユーフラシーヌ(Euphrosyne)’ Photo/Krzysztof Ziarnek, Kenraiz [CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons]

3cm径ほど、セミ・ダブル平咲きとなる花形。密集して開花しまるで手毬のような房咲きとなります。
花色は淡いピンク。
この品種も幅狭で尖り気味の半照り葉。柔軟な枝ぶり、トゲの少ない枝を旺盛に伸ばし350cmから500cm高さのランブラーとなります。

ロサ・ポリアンサとギヨ_息子が1880年に育種・公表したポリアンサ、ミニョネット(Mignonette)との交配により生み出されました。
この品種もゲが少ないという利点を持っています。

三つの品種はいずれも、原種のノイバラではなく、ノイバラから生じた、小輪、房咲きで、小さなブッシュとなるロサ・ポリアンサを交配親としていました。

いずれの品種も、ランブラーの交配親となることはありませんでしたが、その血は、パクレットに見られるような小さなブッシュの交配に用いられたり、“ランベルティーナ”と呼ばれるランベルト作出のシュラブに受け継がれてゆきました。

‘ロサ・ポリアンサ/ハイブリッド・ムスク系統図’ 作図/田中敏夫

アグライアを種親とした交配から生じたシュラブ、トリ―ア(Trier)は類を見ないほど美しいシュラブで一世を風靡しました。そして、ペーター・ランベルトはこのトリ―アを交配親として、ランベルティーナと総称される淡い色合いの小輪花、たおやかな枝を伸ばす、シュラブやランブラーを生み出してゆくこととなりました。

トリ―ア(Trier)

‘トリ―ア(Trier)’
‘トリ―ア(Trier)’

3cmから7cm径、セミ・ダブル、平咲きの花が枝いっぱいの房咲きとなります。
花色はクリーミィ・ホワイト、ときにわずかにピンクが筆で刷いたように入ることがあります。
幅狭で深い色合のつや消し葉。250cmから350cm高さの大きめのシュラブとなります。小さめのクライマー/ランブラーとしてトレリス、小さめのアーチやオベリスクなどへ誘引することもできます。

育種・品種名等の由来

1904年にランベルトにより公表されました。交配親については異論もありますが、一般的には、上述したアグライアと明るいピンクのハイブリッド・パーペチュアル、ミセス・R・G・シャーマン・クロフォード(Mrs. R.G. Sharman Crawford)との交配により育種されたと言われています。

耐病性があり、半日陰にもたえるじょうぶさ、また、当時としては画期的な返り咲く性質もある強健種です。英国のペンバートン(Rev. Joseph Pemberton)は、このトリーアを交配親として、下にリストアップした白や淡いイエロー、ピンクの中輪花を咲かせるシュラブを次々と生み出し、それがハイブリッド・ムスクと呼ばれる新しいクラスを生み出してゆくことになりました。

このトリーアこそ、これから解説するハイブリッド・ムスクの最初の品種だとする研究家もいます。Trierはルクセンブルグとの国境近く、ドイツ西端の古い都市の名前です。育種者、ランベルトの農場が所在地でした。

ハイブリッド・ムスクの誕生

ジョセフ・ペンバートンとベントール夫妻~ハイブリッド・ムスクの生みの親

ジョセフ・ペンバートン(Joseph Pemberton;1852–1926 )は英国英国バラ協会の会長に就くなど、長年バラ愛好家として盛名を馳せていましたが、1913年、長年ともに自宅バラ園の運営をサポートしていた妹フローレンス、ガーデナーのジョン&アン・ベントール夫妻らとともに新品種の育種に取りかかりました。このとき、ジョゼフは60歳を過ぎていました。

同年、ペンバートンは上述したシュラブ、トリーア(Trier)を交配親として、二つの新品種を公表しました。

  • ムーンライト(Moonlight )
  • ダナエ(Danaë )

ペンバートンは、この2品種につづき、数々の美しいシュラブを育種・公表してゆきました。これらの品種は、後に新たなクラス、ハイブリッド・ムスクと呼ばれるようになります。

ムーンライト(Moonlight )

‘ムーンライト(Moonlight)’

5cmから7cm径、15から20弁前後、セミ・ダブルに近い、平型の花が、10輪を超える豪華な房咲きとなります。
クリームまたはライト・イエローの花色、花芯のイエローのオシベがアクセントになります。ムスク系の強い香り。
ウィックライアナの影響を思わせる、小さめの深い色の照り葉、柔らかな枝ぶり、180cmから250cm高さに達する、横張り性の強いシュラブとなります。

育種・品種名等の由来
1913年、ペンバートンにより育種・公表されました。ドイツのランベルトが育種した、トリーアとライト・イエローのティーローズ、スルフレア(Sulphurea)との交配により育種されました。交配親であるトリーアとの類似が著しいため、流通の過程で混乱が生じ、トリーアそのものも、ムーンライトという名前で流通した経緯があるようです。

ダナエ(Danaë )

‘ダナエ(Danaë )‘

9cmから12cm径、花弁数20枚ほど、浅いカップ型の花形、深いイエローのオシベがアクセントとなります。
花色はアプリコット気味のライト・イエロー、開花後色がうすまりクリーム色へと変化します。
180cmから210cm高さ、立ち性ですが、アーチングする優雅な枝ぶりのシュラブとなります。

育種・品種名等の由来
1913年、ペンバートンがトリ―アと赤い、HPグロワール・の グロワール・ド・シェダン・ギノワッソー(Gloire de Chédane Guinoisseau)とを交配させて育種しました。

ダナエはギリシャ神話で語られる女性。主神ゼウスに愛されて、男児ペルセウスを生むこととなります。ペルセウスは長じて偉丈夫となり、髪が蛇、顔を見た者は石に化すという魔女、メデューサを退治するなど、ギリシャ神話のなかでは、ヘラクレスにつぐ英雄となります。

ペンバートンにはじまるハイブリッド・ムスクについては別に機会に詳しく解説するつもりです。

その他のノイバラ系ランブラー

ノイバラ系ランブラーについて、以下のような系統をたどって来ました。

しかし、多くの庭園を飾っているものの、由来がよくわかっていないノイバラ系のランブラーも数多くあります。とくに近年に育種・公表されているランブラーは系統をまたがって交配されていて、どのクラスに分けたらよいか判然としない品種、あるいは、育種家が交配親を公表しないことから、詳細を追跡できないものなどが多くなってきています。

ここでは、カタエンシス系、ターナーズ・クリムゾン系、ポリアンサ系のいずれにもクラス分けすることが難しい品種をいくつかご紹介することとします。

ガーランド(The Garland)

‘ザ・ガーランド(The Garland)’ Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

3cm径ほどの小輪、セミ・ダブルまたはダブル咲きとなる花が房咲きとなります。
花色は白。わずかにクリーム色がかることが多いです。
300㎝から500㎝高さに達する大型のランブラーです。

育種・品種名等の由来
1835年、イギリスのウィリアム・ウエルズ(William Wells)により育種されました。種親をロサ・ブルノイイ(R. brunonii)、花粉をノイバラとする交配により生み出されたのではないかと言われています。
“The Garland”とは”花輪”の意。

ザ・ガーランドは、ターナーズ・クリムゾンとの交配によりブラッシュ・ランブラーを生み出したこと、すでに解説しましたが、その他にも人気の高いノイバラ系ランブラーのひとつ、マニントン・モーヴ・ランブラー(Mannington Mauve Rambler)の交配親のひとつではないのかとも言われています。

マニントン・モーヴ・ランブラー(Mannington Mauve Rambler)

‘マニントン・モーヴ・ランブラー(Mannington Mauve Rambler)’

3㎝から5㎝径の小・中輪、40弁ほどの小さな花弁がみっちりと詰まった、ポンポン咲きとなる花形。
モーヴ(藤色)あるいは淡いピンク気味のラベンダー!となる花色。
300㎝から500㎝高さに至るランブラーです。

育種・品種名等の由来
英国西部、ノーフォークにあるウォルポール卿の邸宅、マニントン・ホールの庭園で発見され、2007年に市場へ提供されました。いつ育種されたのか不明ですが、ランブラーとしては比較的最近に出回るようになった品種です。

アップル・ブロッサム(Apple Blossom)とドーソン(Dawson)

‘アップル・ブロッサム(Apple Blossom)’

 “アップル・ブロッサム(林檎の花)”という名前のランブラーです。
3㎝径ほどの小輪、シングル、平咲きの花が枝を覆いつくすようなみごとな房咲きとなります。
開花した直後は比較的はっきりとしたピンクとなりますが、すぐに退色して淡いピンクへと変化します。そのため、濃いと淡いピンクのグラデーションとなって、美しい花姿を堪能することができます。
細幅の明るいつや消し葉はノイバラの影響を強く感じさせます。350cmから500cmほどの高さなるランブラーです。

育種・品種名等の由来
この品種は1932年、アメリカのL. バーバンク夫人(Mrs. Luther Burbank)により、夫の没後、原種のノイバラとピンクの濃淡が出るノイバラ系のランブラー、ドーソン(Dawson)との交配により生み出されたとして公表され特許品種として登録されました。
しかし、ブルバンク夫人自ら、ハマナスとノイバラの交配によるのではないかというコメントを述べるなど、必ずしも由来がはっきりしていませんでした。

そして、実はこの品種はJ. ドーソン(Jackson Dawson)が1895年ころ育種・公表した品種と同じものであり、バーバンク夫人は夫の残したコレクションの中から間違って新品種として登録したのではないかと言われるようになりました。ドーソンが残した記録をたどると、交配親は、種親ドーソン、花粉ノイバラとのことですので、バーバンク夫人が最初に解説したとおりです。

種親とされるドーソンは、ピンクの濃淡が花弁に出る美しいランブラーで、アップル・ブロッサムとよく似た性質を示しています。

‘ドーソン(Dawson)’ Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

ブルー・マジェンタ(Bleu Magenta)

‘ブルー・マジェンタ(Bleu Magenta)’ Photo/T.Kiya [CC BY-SA 2.0 via Wikimedia Commons]

3㎝径ほど、30から40弁ほどのポンポン咲きまたは開き気味の丸弁咲きの花。花数は多いですが、あまり房咲きにはなりません。
300㎝から500㎝高さのランブラーとなります。
ノイバラ系ランブラーにクラス分けされるのが通常ですが、一般的なノイバラ系ランブラーに較べると枝が固めであること、また、小葉は厚めで照葉となり、他のクラスの品種の強い影響を感じさせます。

育種・品種名等の由来
1933年ころ、フランス、ロワーヌ地方に所在するグランデ・ロザレ・デュ・ヴァル・ド・ロワール(Grandes Roseraies du Val de Loier:“ロワーヌの大バラ園”)で育種されました。交配親の詳細は不明のままです。

ボビー・ジェームズ(Bobbie James)

‘ボビー・ジェームズ(Bobbie James)’ Photo/Salicyna [CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons]

5cm径前後、10弁前後のセミ・ダブル、平咲きの花が枝を覆いつくすような房咲きとなります。
花色はわずかにクリーム色気味のアイボリー、イエローのおしべがアクセントとなって、明るい印象を受けます。
ムスク・ローズ系の強い香りがします。
鋭くフックするトゲに覆われた固めの枝ぶり、350cmからときに700cm高さへ達するランブラーです。大株となることが多いノイバラ系ランブラーのなかにあっても、特質すべき大きさとなる品種です。白花ランブラーとしては、ウィックラーナ系、アルベンシス系などを含むランブラー全体を通しても、最高レベルにある品種だと思います。

育種・品種名等の由来
1961年、イングランドのサニングデール・ナーサリー(Sunningdale Nursery)より育種・公表されました。交配親の詳細は公表されていません。
イングランド北西部、ヨークシャーのセント・ニコラスに美しい庭園を築いたロバート(ボビー)・ジェームズを記念して命名されました。

ロール・ダヴー(Laure Davoust)

明るいピンク、ロゼッタ咲きの花が房咲きとなる美しいランブラー、ロール・ダヴー(Laure Davoust)は、ノイバラ系ランブラーにクラス分けされることがほとんどです。

‘ロール・ダヴー(Laure Davoust)’ Photo/Wilrooij [CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons]

ロール・ダヴーは、その美しさから、ピンク系のランブラーの頂点にあると言ってもよいかもしれません。しかし、同名ながら異なる性質の株が出回っていること、品種名の変遷など、育種の由来に疑問点があること等、疑問点が山積みであると感じています。

ここでは、あえて、ノイバラ系ランブラーとしては取り上げず、別の機会に詳細に検討したいと考え、ここではその美しさだけをお伝えするに止めたいと思います。

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チューリップhttps://ggrosarian.com/2025/06/27/%e3%83%81%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%83%aa%e3%83%83%e3%83%97/Fri, 27 Jun 2025 03:08:24 +0000https://ggrosarian.com/?p=3294

チューリップについて、 世に出た簡単な経緯、グループ分けそして代表的な品種を解説しています。]]>

チューリップはおおくの園芸愛好家に深く愛されている花ですが、ただの花ではありません。
17世紀にトルコからオランダへもたらされるとチューリップ・フィーバーとかバブルとか呼ばれる熱狂を巻き起こしました。花が歴史の大きな転換点を築くきっかけになった数少ない例です。

しかし、そんな歴史的は背景を別にしても、庭を飾る草花として、バラとともにとりわけ愛されているのがチューリップです。
冬を越した草が芽を伸ばしはじめるころ、さきがけて咲く球根類のなかでも、華やかで澄んだ花色のチューリップの美しさは格別です。その魅力はいくら語っても語りつくせないと思います。

多くの情報があふれていますので、かえって全体的な把握がむずかしくなっているのではないでしょうか。ここではチューリップについての基本的な情報を整理し、代表的な品種をあげたいと思います。

チューリップTulipa gesneriana):球根多年性草本~基本情報

  • 学名:ユリ科チューリップ属(Tulipa gesneriana):球根多年生草本
  • 別名:鬱金香/ウコンコウなど
  • 花色:赤、オレンジ、黄、ピンク、白、黒など。青をのぞくほとんどの色
  • 花期:3月~5月(多くは4月初旬から下旬)
  • 原産地:トルコ、カザフスタン、ロシアなど北緯40度に添って分布
  • 草丈x株幅:10~90㎝x10~40㎝、品種により変化がある

チューリップという学名の由来

チューリップは原生地のひとつであるトルコでは”ラーレ(Lale)”と呼ばれています。それが世界中でチューリップと呼ばれるようになったのはヨーロッパへ紹介される際に次のような誤解があったからだと言われています。

チューリップがヨーロッパへ紹介されたのは、1554年、オランダの博物学者オジエ・ギスラン・ド・ブスベック(Ogier Ghiselin de Busbecq:1522-1592)が刊行した『トルコ書簡』に由来すると言われています。
ブスベックは記事の中でチューリップの花形がターバンに似ていると記述したのですが、英文への翻訳者はこの”ターバン”そのものが草花名と誤解し”tulipa”または”tulipant”と表示したことから来ていると考えられています。

原種の細分化

チューリップ属には75種ほどの原種があり、それは次のような4つの亜属に分類されています。

  • クルシアナエ(T. sub. clusianae、4種)
    フランドル(オランダ/ベルギー)の医師、植物学者カルロス・クルシウス(1526-1609)にちなんで命名されました。20~30㎝高さ
  • オリティア(T. sub. orithyia;4種)
    ビフローラ(T. biflora)10~20cm高さの黄花
  • チューリッパ(T. sub. tulipa;52種)
    アゲネンシ(T. agenensis))多くの原種を含みますが、クリムゾン、黒芯となるagenensisを交配親とする園芸種が数多く生み出されています。ただ、agenensisは原種ではなく、トルコ由来の園芸種だと考えられています。
  • エリオステモネ(T. sub. eriostemone16種)
    ヘテロペターラ(T. heteropetala)10~50cm高さの白、黄花など

原産地

チューリップの原産地はヨーロッパからユーラシア南部、北緯40度にそった、おもに日照に恵まれた平原に自生しています。

‘Natural (red) and introduced (yellow) distribution of genus Tulipa  [CC 0 via Wikimedia Commons]

地図上の赤が本来の原生地、黄は派生地を表しています。

オランダへもたらされた経緯

チューリップをヨーロッパへ紹介したのは、学名の由来で触れたオジエ・ギスラン・ド・ブスベックでした。1554年のことでした。
その後、原種をもとに熱心に園芸種を生み出したのはカルロス・クルシウス(Carolus Clusius:1526-1609)です。彼は1573年にウィーン帝国植物園にチューリップを植え、1592年にチューリップに関する最初の主要な研究を重ね、花色の変化などについて記録を残しました。さらに、ライデン大学の植物園の園長に任命されると、1593年には大学の試験庭園と自邸の庭の双方に両方にチューリップを植え、観察を続けました。

‘Portret van Carolus Clusius ‘ Painting/Giacomo Monti [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

翌1594年、大学の植物園と私邸においてチューリップが開花。これがオランダにおける最初の開花とされることとなりました。(実際には20、30年前からアムステルダムでのチューリップ栽培はされていたとされています)

チューリップの育種の歴史とバブル時代


クルシウスが栽培していたチューリップの美しさは多くの人の賞賛を浴びました。チューリップを増やすのは主に子球を育てることによります。入手が簡単ではないとなると、かえって所有欲をかりたてることになります。
クルシウスが保持するチューリップの圃場は1596年と1598年の二度盗難にあい、100個以上の球根が盗まれてしまいました。やがて、この熱狂はチューリップ・バブルと呼ばれる異様な投機活動へと突入することとなりました。

チューリップ・バブル(1634~1637)

17世紀、オランダは世界各地に植民地を形成するなど繁栄し、黄金時代と呼ばれる時代でした。
赤に白いストライプがはいるチューリップ’センペル・アウグスツス’などの珍種の中の珍種は言うまでもなく、それほどの珍種でなくても入手がむずかしい球根の価格は上昇をつづけていました。

1634年、入手難の球根価格は突然急騰しはじめます。ある種は1週間のうちに2倍に跳ね上がったとも言われています。
球根取引は比較的単純でした。栽培農家へ赴き、栽培中の球根が市場へ出回る前に予約するのです。はじめは愛好家の”予約”ではじまった取引は、少額の投資でも確実に利益を上げられる安心できるものだと知れ渡るようになり様相が変化しました。
はじめは愛好家のみが参画していた予約は、利益が確実されるようになり”投資物件”と変化してゆきました。金融業者による投資がはじまると、やがてそれを追いかけるように一般の市民たちも投機に本草し、バブルへと突入してゆくことになってしまいました。

チューリップの球根は春の開花の後、初夏に掘り上げされます。当初の取引は現物の取引に終始していましたが、子球をめあてにした栽培畑の先物予約が始まると”権利”そのものの転売が始まることとなりました。権利書が転売を重ねる毎に値をあげてゆくという悪循環のはじまりです。

Semper Augustus’ Illustrating/Collection of Norton Simon Museum [Public Domain via Wikimedia Commons]

価格高騰当時、センペル・アウグストゥス1球が5ヘクタール(50,000㎡≒15,000坪)の畑地と交換される交渉がされたと言われています。
このような変化花はウィルスの感染により生じたものであり、そのため実生から再現はされず、球根に生じる子球の成長を待つ必要がありました。そのため入手難は解消されず、高値が高値を呼ぶ結果へと導かれてゆきました。

しかし、転売が転売が呼ぶ、まさにバブルと呼ぶにふさわしい熱狂は1637年、突然に崩壊します。

‘居酒屋のおける競売’ Painting/Johannes Hinderikus Egenberger [Public Domain via Wikimedia Commons]

それは、投機が盛んだったオランダ、ハーレームのとある居酒屋ではじまったチューリップの競売会においてでした。
売り手が球根1ポンド(450gほど)あたり1,200ギルダー(120万円ほど?)で売りに出したのですが、案に相違してひとりの入札もありませんでした。この珍事はチューリップの先物買いに走っていた投資家たちを不安の底へ突き落としました。売り手は値下げを繰り返したものの、ついに値がつきませんでした。
このことがきっかけとなり、居酒屋などで行われていた競売会そのものが壊滅してしまいました。投機に走りまわった金融業者、商人、労働者たちの多くはつぎ込んだ金すべてを失ってしまいました。(マイク・ダッシュ『チューリップ・バブル~人を狂わせた花の物語』など)

園芸種の分類

1637年、チューリップの球根は投機対象としての役割は終えました。しかし、花好きの愛好家たちは春の庭を華やかにに飾るチューリップを忘れることはありませんでした。

原種やオスマン・トルコ由来の園芸種などとの交配により品種改良が続けられ、美しい品種がつぎつぎに市場へ提供されるようになりました。
今日、チューリップの園芸種は7,000を超えると言われています。
あまりの多さゆえに、オランダ王立球根生産者協会(KAVB:De Koninklijke Algemeene Vereeniging voor Bloembollencultuur)は1996年に刊行した『チューリップ品種の分類と国際登録リスト』により、開花時期や花形により下記のような15グループに分類しました。この分類が今日でも広く利用されています。

分類略号開花期特徴代表的な品種
一重早咲き
Single Early
SE早生(4月上旬~)15~50cmの草丈。茎は強いアプリコットビューティー
クリスマスドリーム
ヨコハマ
八重早咲き
Double Early
DE早生(4月上旬~)大輪、25~40cmの草丈ピーチブロッサム
モンテカルロ
フォックストロット
トライアンフ
Triumph
T中生(4月中旬~)よく整形する。35~60cmの草丈フレーミングフラッグ
ストロングゴールド
タイムレス
プリティプリンセス
ポールシェアラー
プリンセスイレーヌ
マンゴチャーム
タイムレス
インゼル
ダーウインハイブリッド
Darwin Hybrid
DH早生(4月上旬~)大きな花。50~70cmの草丈ピンクインプレッション
ミスティックファンダイク
ハクウン
一重遅咲き
Single Late
SL晩生(4月下旬~)45~80cmの草丈キングスブラッド
メントン
エルニーニョ
ユリ咲き
Lily-Flowered
L晩生(4月下旬~)50~65cmの草丈バレリーナ
バラード
サンネ
ウェストポイント
マリリン
ホワイトトリアンファタール
フリンジ
Fringed
FR晩生(4月下旬~)一重遅咲きに似るが花弁トップに刻みが出る。草丈40~80cmファンシーフリル
ブルーヘロン
ハミルトン
ビリディフローラ
Viridiflora
V晩生(4月下旬~)花弁に緑の筋がでる。草丈25~60cmエスペラント
スプリンググリーン
チャイナタウン
レンブラント
Rembrandt
R晩生(4月下旬~)ダーウィン系に羽状斑が入ったもの。
モザイクが斑入り模様がモザイクウィルスの原因である場合は輸入禁止
 ほとんど流通がない
パロット
Parrot
P晩生(4月下旬~)花弁にねじれが生ずる大輪花。草丈50~65cmアプリコットパロット
ブラックパロット
ブライトパロット
八重遅咲き
Double Late
DL晩生(4月下旬~)大輪。草丈40~60cmカーニバルデニース
アンジェリク
マウントタコマ
カウフマニアナ
Kaufmanniana
K超早生(3月下旬~)細めの小輪。草丈10~25cm。宿根しやすいストレッサ
ショーウィナー
アンキーラ
フォステリアナ
Fosteriana
F超早生(3月下旬~)細めの大輪。草丈20~40cm。宿根しやすいマダムレフェバー/レッドエンペラー
フレーミングプリッシ―マ
グレイギー
Greigii
G超早生(3月下旬~)葉に筋が生じる。草丈23~50cm。宿根しやすいレッドライディングフッド
ピノキオ
ケープコッド
原種系
Miscellaneous
M超早生~中生(3月下旬~4月中旬)小輪。超早生が多い。草丈7.5~45cmレディジェーン
キンティアペッパーミントスティック
クリアンタ
クリアンタ ‘ツベルジェンズジェム’
ウルミエンシス
サクサティリス ‘ライラックワンダー’
タルダ
フムリス・プルケラ

おすすめの品種(受賞品種など)

一重早咲(Single Early:SE)

‘アプリコットビューティ’
‘Apricot Beauty’
分類:Single Early(SE)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
RHS AGM

クリスマスドリーム

’クリスマスドリーム’
‘Christmas Dream’
分類:Single Early(SE)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm

’ヨコハマ’
‘Christmas Dream’
分類:Single Early(SE)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm

八重早咲き(Double Early:DE)

‘ピーチブロッサム’
‘Peach Blossom’
分類:Double Early(DE)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:25-30cm x 10cm
1890年公表のクラシック

‘モンテカルロ’
‘Monte Carlo’
分類:Double Early(DE)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

‘フォックストロット’
‘Foxtrot’
分類:Double Early(DE)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm

トライアンフ(Triumph:T)

フレーミングフラッグ

‘フレーミングフラッグ’
‘Flaming Flag’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:45-55cm x 10cm
2022 iBulb BOY

‘ストロングゴールド’
‘Strong Gold’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:45-55cm x 10cm
RHS AGM, 2008 iBulb BOY

タイムレス

‘タイムレス’
‘Timeless’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:45-55cm x 10cm
2023 iBulb BOY

プリティプリンセス

‘プリティプリンセス’
‘Pretty Princess’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:45-55cm x 10cm
2023 iBulb BOY

ポールシェアラー

‘ポールシェアラー’
‘Paul Scherer’
分類:Triumph(T)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
RHS AGM

ピンクイレーヌ

‘プリンセスイレーヌ’
‘Princess Irene’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm
RHS AGM

‘マンゴチャーム’
‘Mango Charm’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
2015 iBulb BOY

‘タイムレス’
‘Timeless’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
2023 iBulb BOY

‘インゼル’
‘Inzell’
分類:Triumph(T)
花期:中生(4月中旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm

ダーウインハイブリッド (Darwin Hybrid:DH)

ピンクインプレッション

‘ピンクインプレッション’
‘Pink Impression’
分類:Darwin Hybrid(DH)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:50-60cm x 10cm
RHS AGM

ミスティックファンアイク

‘ミスティックファンアイク’
‘Mystic van Eijk’
分類:Darwin Hybrid(DH)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:40cm x 10cm
2024 iBulb BOY

‘ハクウン’
‘Hakuun’
分類:Darwin Hybrid(DH)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:50-60cm x 10cm

一重遅咲き(Single Late:SL)

キングスブラッド

‘キングスブラッド’
‘Kings Blood’
分類:Single Late(SL)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-60cm x 10cm
RHS AGM

メントン

‘メントン’
‘Menton’
分類:Single Late(SL)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:50-60cm x 10cm
RHS AGM

エルニーニュ

‘エルニーニョ’
‘El Nino’
分類:Single Late(SL)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:70-80cm x 10cm

ユリ咲き(Liliy-Flowered:L)

‘バレリーナ’
‘Ballerina’
分類:Lily-Flowered(L)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-60cm x 10cm
RHS AGM

バラード

‘バラード’
‘Ballade’
分類:Lily-Flowered(L)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-60cm x 10cm
RHS AGM

‘サンネ’
‘Sanne’
分類:Lily-Flowered(SL)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
2016 iBulb BOY

‘ウェストポイント’
‘West Point’
分類:Lily-Flowered(L)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:50cm x 10cm
RHS AGM

‘マリリン’
‘Marilyn’
分類:Lily-Flowered(SL)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:50-60cm x 10cm

‘ホワイトトリアンファタール’
‘White Triumphator’
分類:Lily-Flowered(SL)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:60-70cm x 10cm
RHS AGM

フリンジ(Fringed:FR)

ファンシーフリル

‘ファンシーフリル’
‘Fancy Frills’
分類:Fringed(F)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:40-50cm x 10cm
RHS AGM, 2006 iBulb BOY

‘ブルーヘロン’
‘Blue Helon’
分類:Fringed(F)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:50-60cm x 10cm
RHS AGM

‘ハミルトン’
‘Hamilton’
分類:Fringed(F)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:50-60cm x 10cm
RHS AGM

ビリディフローラ(Viridiflora:V)

エスペラント

‘エスペラント’
‘Esperanto’
分類:Viridiflora(V)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm
RHS AGM

‘スプリンググリーン’
‘Spring Green’
分類:Viridiflora(V)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm
RHS AGM

‘チャイナタウン’
‘China Town’
分類:Viridiflora(V)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm
RHS AGM

パロット(Parrot:P)

‘アプリコットパロット’
‘Apricot Parrot’
分類:Parrot(P)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:40-60cm x 10cm
RHS AGM

‘ブラックパロット’
‘Black Parrot’
分類:Parrot(P)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-60cm x 10cm
RHS AGM

ブライトパロット

‘ブライトパロット’
‘Bright Parrot’
分類:Parrot(P)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:40-60cm x 10cm

八重遅咲き(Double Late:DL)

カーニバルデニース

‘カーニバルドニース’
‘Carnaval de Nice’
分類:Double Late(DLR)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-50cm x 10cm
RHS AGM

‘アンジェリク’
‘Angelique’
分類:Double Late(DLR)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-60cm x 10cm
RHS AGM

‘マウントタコマ’
‘Mount Tacoma’
分類:Double Late(DLR)
花期:晩生(4月下旬~)
草丈x株幅:30-60cm x 10cm
RHS AGM

カウフマニアナ(Kaufmanniana:K)

ストレッサ

‘ストレッサ’
‘Stresa’
分類:Kaufmanniana(K)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

‘ショーウィナー’
‘Showwinner’
分類:Kaufmanniana(K)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

‘アンキーラ’
‘Ancilla’
分類:Kaufmanniana(K)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

フォステリアナ(Fosteriana:F)

‘マダムレフェバー/レッドエンペラー’
‘Mme. Lefeber/Red Emperer’
分類:Fosteriana(F)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm

‘フレーミングプリッシ―マ’
‘Flaming Purissima’
分類:Fosteriana(F)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm

スイートハート

‘スイートハート’
‘Sweetheart’
分類:Fosteriana(F)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:30-40cm x 10cm

グレイギー(Greigii:G)

‘レッドライディングフッド’
‘Red Riding Hood’
分類:Greigii(G)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

‘ピノキオ’
‘Pinocchio’
分類:Greigii(G)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm

‘ケープコッド’
‘Cape Cod’
分類:Greigii(G)
花期:超早生(3月下旬~)
草丈x株幅:15-20cm x 10cm

原種系その他(Miscellaneous:M/ Botanical)

クルシアナ ‘レディジェーン’
Clusiana ‘Lady Jane’
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

キンティア

クルシアナ ‘キンティア’
Clusiana ‘Cynthia’
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

クルシアナ ‘ペッパーミントスティック’
Culsiana ‘Peppermint Stick’
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:25-35cm x 10cm
RHS AGM

クリアンタ
Clusiana var. Chryantha
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

ツベルジェンズジェム

クリアンタ ‘ツベルジェンズジェム’
Clusiana Chrysantha ‘Tubergen’s Gem’
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:20-30cm x 10cm
RHS AGM

ウルミエンシス

ウルミエンシス
urumiensis
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:10-15cm x 10cm
RHS AGM

ライラックワンダー

サクサティリス ‘ライラックワンダー’
‘Red Riding Hood’
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:中生(4月上旬~)
草丈x株幅:10-20cm x 10cm
RHS AGM

タルダ
Tarda
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:10-20cm x 10cm
RHS AGM

フルイス・プルケラ

フムリス・プルケラ
Humilis var. Pulchella
分類:Miscellaneous(M)/ Botanical(B)
花期:早生(4月上旬~)
草丈x株幅:20cm x 10cm

童話など

チューリップは人々に深く愛されています。アンデルセンの『おやゆび姫』など数多くのイラスト、童話などが残されています。ここでは伝えられきたイギリスの古い物語と宮沢賢治の童話をご紹介することにします。

妖精のチューリップ』(英国民話)

昔々、小さな家に優しいおばあさんが住んでいました。
庭には美しい縞がはいったチューリップが一輪、咲いていました。ある夜のこと、おばあさんは甘い歌声と赤ちゃんの笑い声で目を覚ましました。窓の外を見てみると、チューリップの花畑から聞こえてくるようでしたが、何も見えませんでした。

朝になってから、おばあさんは花畑の間を歩きましたが、前の晩、誰かがそこにいたのか分かりませんでした。

その次の夜も、おばあさんは甘い歌声と赤ちゃんの笑い声で目を覚ましました。おばあさんは起き上がり、庭をそっと歩きました。月がチューリップの花畑を明るく照らし、花はゆらゆらと揺れていました。おばあさんはよく目をこらして見てみると、それぞれのチューリップのそばに、小さな妖精のお母さんが立っていて、甘い歌を歌いながらゆりかごのようにチューリップを揺らしていました。それぞれのチューリップの中では、ちっちゃなちっちゃな妖精の赤ちゃんが笑って遊んでいました。

おばあさんはそっと家に帰り、それ以来、チューリップを摘むことも、近所の人たちに花を触らせることもしませんでした。

チューリップは日に日に色鮮やかになり、大きく花開き、バラのような甘い香りを放ちました。そして一年中咲き続けるようになりました。そして、来る夜も来る夜も小さな妖精のお母さんたちは、花のゆりかごの中で赤ちゃんをやさしくなで、あやして眠らせました。

おばあさんが亡くなる日が来ました。妖精のことを知らない人たちはチューリップの花畑を掘りかえし、花の代わりにパセリを植えました。しかし、やがてパセリは枯れ、庭の他の植物もすべて枯れてしまいました。それ以来、そこには何も育たなくなりました。

でも、おばあさんの墓は美しく変わりました。妖精たちが墓の上で歌い、緑を保ってくれたからです。墓の上やその周囲にはチューリップや水仙、スミレなど、春の美しい花々が咲き誇っていました。

(courtesy of “The Project Gutenberg eBook of Good Stories for Great Holidays”;Google翻訳に少しの手直し)

『チュウリップの幻術』宮沢賢治

この農園のうえんのすもものかきねはいっぱいに青じろい花をつけています。
 雲は光って立派りっぱ玉髄ぎょくずい置物おきものです。四方の空をめぐります。
 すもものかきねのはずれから一人の洋傘ようがさ直しが荷物にもつをしょって、この月光をちりばめたみどり障壁しょうへき沿ってやって来ます。
 てくてくあるいてくるその黒い細いあしはたしかに鹿しかています。そして日がっているために荷物の上にかざされた赤白だんだらの小さな洋傘は有平糖あるへいとうでできてるように思われます。
(洋傘直し、洋傘直し、なぜそうちらちらかきねのすきから農園の中をのぞくのか。)
 そしててくてくやって来ます。有平糖のその洋傘はいよいよひかり洋傘直しのその顔はいよいよほてってわらっています。
(洋傘直し、洋傘直し、なぜ農園の入口でおまえはきくっとまがるのか。農園の中などにおまえの仕事しごとはあるまいよ。)
 洋傘ようがさ直しは農園のうえんの中へ入ります。しめった五月の黒つちにチュウリップは無雑作むぞうさならべてえられ、一めんにき、かすかにかすかにゆらいでいます。
(洋傘直し、洋傘直し。荷物をおろし、おまえはあせいている。そこらに立ってしばらく花を見ようというのか。そうでないならそこらに立っていけないよ。)
 園丁えんていがこてをさげて青い上着うわぎそでひたいあせきながらむこうの黒い独乙唐檜ドイツとうひしげみの中から出て来ます。
「何のご用ですか。」
「私は洋傘直しですが何かご用はありませんか。しまた何かはさみでもぐのがありましたらそちらのほうもいたします。」
「ああそうですか。一寸ちょっとちなさい。主人しゅじんに聞いてあげましょう。」
「どうかおねがいいたします。」
 青い上着の園丁は独乙唐檜の茂みをくぐってえて行き、それからぽっとも消えました。
 よっぽど西にその太陽たいようかたむいて、いま入ったばかりの雲の間から沢山たくさんの白い光のぼうげそれはむこうの山脈さんみゃくのあちこちにちてさびしい群青ぐんじょうわらいをします。
 有平糖あるへいとうの洋傘もいまは普通ふつうの赤と白とのキャラコです。
 それから今度こんどは風がきたちまち太陽は雲をはずれチュウリップのはたけにも不意ふいに明るくしました。まっな花がぷらぷらゆれて光っています。
 園丁えんていがいつかにわかにやって来てガチャッとって来たものをきました。
「これだけおねがいするそうです。」
「へい。ええと。この剪定鋏せんていばさみはひどくねじれておりますから鍛冶かじに一ぺんおかけなさらないと直りません。こちらのほうはみんな出来ます。はじめにお値段ねだんめておいてよろしかったらおぎいたしましょう。」
「そうですか。どれだけですか。」
「こちらが八せん、こちらが十銭、こちらの鋏は二ちょうで十五銭にいたしておきましょう。」
「ようござんす。じゃ願います。水がありますか。持って来てあげましょう。そのしばの上がいいですか。どこでもあなたのすきなところでおやりなさい。」
「ええ、水は私がってまいります。」
「そうですか。そこのかきねのこっちがわを少し右へついておいでなさい。井戸いどがあります。」
「へい。それではお研ぎいたしましょう。」
「ええ。」
 園丁えんていはまた唐檜とうひの中にはいり洋傘ようがさ直しは荷物にもつそこ道具どうぐのはいった引き出しをあけかんを持って水をりに行きます。
 そのあとでがまたふっとえ、風がき、キャラコの洋傘はさびしくゆれます。
 それから洋傘直しは缶の水をぱちゃぱちゃこぼしながらもどって来ます。
 鋼砥かなどの上で金鋼砂こんごうしゃがじゃりじゃりいチュウリップはぷらぷらゆれ、陽がまたって赤い花は光ります。
 そこで砥石といしに水がられすっすとはらわれ、秋の香魚あゆはらにあるような青いもんがもう刃物はものはがねにあらわれました。
 ひばりはいつか空にのぼって行ってチーチクチーチクやり出します。高いところで風がどんどん吹きはじめ雲はだんだんけていっていつかすっかり明るくなり、太陽は少しの午睡ごすいのあとのようにどこか青くぼんやりかすんではいますがたしかにかがやく五月のひるすぎをこしらえました。
 青い上着うわぎの園丁が、唐檜の中から、またいそがしく出て来ます。
「お折角せっかくですね、いい天気になりました。もう一つおねがいしたいんですがね。」
「何ですか。」
「これですよ。」若い園丁えんていは少し顔を赤くしながら上着のかくしから角柄つのえ西洋剃刀せいようかみそりを取り出します。
 洋傘ようがさ直しはそれをってひらいてをよくあらためます。
「これはどこでお買いになりました。」
もらったんですよ。」
ぎますか。」
「ええ。」
「それじゃ研いでおきましょう。」
「すぐ来ますからね、じきに三時のやすみです。」園丁はわらって光ってまた唐檜とうひの中にはいります。
 太陽たいようはいまはすっかり午睡ごすいのあとの光のもやをはらいましたので山脈さんみゃくも青くかがやき、さっきまで雲にまぎれてわからなかった雪の死火山しかざんもはっきり土耳古玉トルコだまのそらにきあがりました。
 洋傘直しは引き出しからあわを出し一寸ちょっと水をかけ黒いなめらかな石でしずかにりはじめます。それからパチッと石をとります。
(おお、洋傘直し、洋傘直し、なぜその石をそんなにの近くまでって行ってじっとながめているのだ。石に景色けしきいてあるのか。あの、黒い山がむくむくかさなり、そのむこうにはさだめない雲がけ、たにの水は風よりかる幾本いくほんの木はけわしいがけからからだをげて空にむかう、あの景色が石の滑らかなめんに描いてあるのか。)
 洋傘直しは石を剃刀かみそりを取ります。剃刀は青ぞらをうつせば青くぎらっと光ります。
 それは音なく砥石といしをすべりの光が強いので洋傘直しはポタポタあせおとします。今はまったく五月のまひるです。
 はたけの黒土はわずかにいきをはき風がいて花は強くゆれ、唐檜も動きます。
 洋傘直しは剃刀をていねいに調しらべそれから茶いろの粗布あらぬのの上にできあがった仕事しごとをみんなせほっと息して立ちあがります。
 そして一足チュウリップの方に近づきます。
 園丁が顔をまっにほてらしてんで来ました。
「もう出来たんですか。」
「ええ。」
「それではだいって来ました。そっちは三十三せんですね。おり下さい。それから私の分はいくらですか。」
 洋傘ようがさ直しは帽子ぼうしをとり銀貨ぎんか銅貨どうかとをります。
「ありがとうございます。剃刀かみそりのほうはりません。」
「どうしてですか。」
「おけいたしておきましょう。」
「まあ取って下さい。」
「いいえ、いただくほどじゃありません。」
「そうですか。ありがとうございました。そんなら一寸ちょっとむこうの番小屋ばんごやまでおいで下さい。お茶でもさしあげましょう。」
「いいえ、もう失礼しつれいいたします。」
「それではあんまりです。一寸おち下さい。ええと、仕方しかたない、そんならまあ私の作った花でも見て行って下さい。」
「ええ、ありがとう。拝見はいけんしましょう。」
「そうですか。では。」
 その気紛きまぐれの洋傘直しと園丁えんていとはうっこんこうのはたけの方へ五、六歩ります。
 主人らしい人のしまのシャツが唐檜とうひの向うでチラッとします。園丁はそっちを見かすかに笑い何かいかけようとします。
 けれどもシャツは見えなくなり、園丁は花をゆびさします。
「ね、の黄とだいだいの大きなぶちはアメリカからかにりました。こちらの黄いろは見ているとひたいいたくなるでしょう。」
「ええ。」
「この赤と白のぶちは私はいつでもむかし海賊かいぞくのチョッキのような気がするんですよ。ね。
 それからこれはまっ羽二重はぶたえのコップでしょう。この花びらは半ぶんすきとおっているので大へん有名ゆうめいです。ですからこいつのきゅうはずいぶんみんなでしがります。」
「ええ、まった立派りっぱです。赤い花は風でうごいている時よりもじっとしている時のほうがいいようですね。」
「そうです。そうです。そして一寸ちょっとあいつをごらんなさい。ね。そら、その黄いろのとなりのあいつです。」
「あの小さな白いのですか。」
「そうです、あれは此処ここでは一番大切なのです。まあしばらくじっと見詰みつめてごらんなさい。どうです、形のいいことは一等いっとうでしょう。」
 洋傘ようがさ直しはしばらくその花に見入ります。そしてだまってしまいます。
「ずいぶんしずかなみどりでしょう。風にゆらいでかすかに光っているようです。いかにもその柄が風にしなっているようです。けれどもじつは少しも動いておりません。それにあの白い小さな花は何か不思議ふしぎな合図を空におくっているようにあなたには思われませんか。」
 洋傘直しはいきなり高くさけびます。
「ああ、そうです、そうです、見えました。
 けれども何だか空のひばりの羽の動かしようが、いや鳴きようが、さっきと調子ちょうしをちがえてきたではありませんか。」
「そうでしょうとも、それですから、ごらんなさい。あの花のさかずきの中からぎらぎら光ってすきとおる蒸気じょうき丁度ちょうど水へ砂糖さとうとかしたときのようにユラユラユラユラ空へのぼって行くでしょう。」
「ええ、ええ、そうです。」
「そして、そら、光がいているでしょう。おお、湧きあがる、湧きあがる、花のさかずきをあふれてひろがり湧きあがりひろがりひろがりもう青ぞらも光のなみで一ぱいです。山脈さんみゃくの雪も光の中で機嫌きげんよく空へわらっています。湧きます、湧きます。ふう、チュウリップの光のさけ。どうです。チュウリップの光の酒。ほめて下さい。」
「ええ、このエステルは上等じょうとうです。とても合成ごうせいできません。」
「おや、エステルだって、合成だって、そいつは素敵すてきだ。あなたはどこかの化学かがく大学校を出た方ですね。」
「いいえ、私はエステル工学校の卒業生そつぎょうせいです。」
「エステル工学校。ハッハッハ。素敵だ。さあどうです。一杯いっぱいやりましょう。チュウリップの光の酒。さあみませんか。」
「いや、やりましょう。よう、あなたの健康けんこうしゅくします。」
「よう、ご健康を祝します。いい酒です。貧乏びんぼうぼくのお酒はまた一層いっそうに光っておまけにかるいのだ。」
「けれどもぜんたいこれでいいんですか。あんまり光がぎはしませんか。」
「いいえ心配しんぱいありません。酒があんなに湧きあがり波を立てたりうずになったり花弁かべんをあふれてながれてもあのチュウリップのみどり花柄かへい一寸ちょっともゆらぎはしないのです。さあも一つおやりなさい。」
「ええ、ありがとう。あなたもどうです。奇麗きれいな空じゃありませんか。」
「やりますとも、おっと沢山たくさん沢山。けれどもいくらこぼれたところでそこら一面いちめんチュウリップしゅの波だもの。」
「一面どころじゃありません。そらのはずれから地面じめんそこまですっかり光の領分りょうぶんです。たしかに今は光のお酒が地面のはらそこまでしみました。」
「ええ、ええ、そうです。おや、ごらんなさい、むこうのはたけ。ね。光の酒につかっては花椰菜はなやさいでもアスパラガスでもじつ立派りっぱなものではありませんか。」
「立派ですね。チュウリップ酒でけた瓶詰びんづめです。しかし一体ひばりはどこまでげたでしょう。どこまで逃げて行ったのかしら。自分でんな光のなみおこしておいてあとはどこかへ逃げるとは気取きどってやがる。あんまり気取ってやがる、畜生ちくしょう。」
「まったくそうです。こら、ひばりめ、りて来い。ははぁ、やつ、けたな。こんなに雲もない空にかくれるなんてできないはずだ。溶けたのですよ。」
「いいえ、あいつの歌なら、あのあまったるい歌なら、さっきから光の中に溶けていましたがひばりはまさか溶けますまい。溶けたとしたらその小さなほねを何かのあみすくい上げなくちゃなりません。そいつはあんまり手数です。」
「まあそうですね。しかしひばりのことなどはまあどうなろうとかまわないではありませんか。全体ぜんたいひばりというものは小さなもので、空をチーチクチーチクぶだけのもんです。」
「まあ、そうですね、それでいいでしょう。ところが、おやおや、あんなでもやっぱりいいんですか。向うの唐檜とうひが何だかゆれておどり出すらしいのですよ。」
「唐檜ですか。あいつはみんなで、一小隊いっしょうたいはありましょう。みんなわかいし擲弾兵グレナデーアです。」
「ゆれて踊っているようですが構いませんか。」
「なあに心配しんぱいありません。どうせチュウリップしゅの中の景色けしきです。いくらねてもいいじゃありませんか。」
「そいつはまったくそうですね。まあ大目に見ておきましょう。」
「大目に見ないといけません。いい酒だ。ふう。」
「すももも踊り出しますよ。」
「すももは墻壁仕立しょうへきじたてです。ダイアモンドです。えだがななめに交叉こうさします。一中隊はありますよ。義勇ぎゆう中隊です。」
「やっぱりあんなでいいんですか。」
かまいませんよ。それよりまああのなしの木どもをごらんなさい。えだられたばかりなので身体からだ一向いっこうり合いません。まるでさなぎおどりです。」
蛹踊さなぎおどりとはそいつはあんまり可哀かわいそうです。すっかり悄気しょげ化石かせきしてしまったようじゃありませんか。」
「石になるとは。そいつはあんまりひどすぎる。おおい。梨の木。木のまんまでいいんだよ。けれども仲々なかなか人の命令めいれいをすなおに用いるやつらじゃないんです。」
「それよりむこうのくだものの木の踊りのをごらんなさい。まん中にてきゃんきゃん調子ちょうしをとるのがあれが桜桃おうとうの木ですか。」
「どれですか。あああれですか。いいえ、あいつは油桃つばいももです。やっぱり巴丹杏はたんきょうやまるめろの歌は上手じょうずです。どうです。行って仲間なかまにはいりましょうか。行きましょう。」
「行きましょう。おおい。おいらも仲間に入れろ。いたい、畜生ちくしょう。」
「どうかなさったのですか。」
をやられました。どいつかにひどく引っかれたのです。」
「そうでしょう。全体ぜんたい駄目だめです。どいつも満足まんぞくの手のあるやつはありません。みんなガリガリほねばかり、おや、いけない、いけない、すっかりくずれていたりわめいたりむしりあったりなぐったり一体あんまり冗談じょうだんぎたのです。」
「ええ、の中がみだれてはまったくどうも仕方しかたありません。」
「全くそうです。そうら。そら、火です、火です。火がつきました。チュウリップしゅに火がはいったのです。」
「いけない、いけない。はたけも空もみんなけむり、しろけむり。」
「パチパチパチパチやっている。」
「どうも素敵すてきに強いさけだと思いましたよ。」
「そうそう、だからこれはあの白いチュウリップでしょう。」
「そうでしょうか。」
「そうです。そうですとも。ここで一番大事だいじな花です。」
「ああ、もうよほどったでしょう。チュウリップの幻術げんじゅつにかかっているうちに。もう私は行かなければなりません。さようなら。」
「そうですか、ではさようなら。」
 洋傘ようがさ直しは荷物にもつへよろよろ歩いて行き、有平糖あるへいとう広告こうこくつきのその荷物をかたにし、もう一度いちどあのあやしい花をちらっと見てそれからすももの垣根かきねの入口にまっすぐに歩いて行きます。
 園丁えんていは何だか顔が青ざめてしばらくそれを見送みおくりやがて唐檜とうひの中へはいります。
 太陽たいようはいつかまた雲の間にはいり太い白い光のぼう幾条いくすじを山と野原とにおとします。


底本:「インドラの網」角川文庫、角川書店
   1996(平成8)年4月25日初版発行
   1996(平成8)年6月20日再版発行
底本の親本:「【新】校本宮澤賢治全集 第九巻 童話2[#「2」はローマ数字、1-13-22] 本文篇」筑摩書房
   1995(平成7)年6月
入力:土屋隆
校正:川山隆
2008年5月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

参考図書など

園芸書
『つま先歩きでチューリップ畑を(Tiptoe through the tulip – cultural history, molecular phylogenetic and classification of Tulipa)』Botanial Jounal of the Linnean Society、2013
『チューリップ~原種と園芸種(Tulips: Species and Hybrids)』Richard Wilford、2006
『チューリップによるガーデニング(Gardening with Tulips)』Michael Kings, 2005
『チューリップの文化誌』シーリア・フィシャー著、駒木令訳、2020
『チューリップ~ヨーロッパを狂わせた花の歴史 』アンナ・パヴォード、白幡節子訳、1999、訳2001
『チューリップ・バブル~人間を狂わせた花の物語』マイク・ダッシュ著、明石三世訳、1999、訳2000
『チューリップ・ブック~ イスラームからオランダへ、人々を魅了した花の文化史』国重正昭他、2002
小説など
『黒いチューリップ』アレキサンドラ・デュマ(父)著、宗左近訳、1850、訳多数
『チューリップ・フィーバー』デボラ・モガー著、立石光子訳、2018

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マリー・ルィーズ(Marie Louise)https://ggrosarian.com/2025/06/06/%e3%83%9e%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%bb%e3%83%ab%e3%82%a3%e3%83%bc%e3%82%ba%ef%bc%88marie-louise%ef%bc%89-2/Fri, 06 Jun 2025 05:23:03 +0000https://ggrosarian.com/?p=3254

9cmから12cm径となる大輪、丸弁咲あるいはロゼッタ咲き、花弁の数はケンティフォリア並みに多いですが花形は乱れがちです。花色はくすみがちながら深みのあるピンク、花弁にピンクと白の細かな筋が入ることがあり、とても美しいで ... ]]>

どんなバラ?

9cmから12cm径となる大輪、丸弁咲あるいはロゼッタ咲き、花弁の数はケンティフォリア並みに多いですが花形は乱れがちです。
花色はくすみがちながら深みのあるピンク、花弁にピンクと白の細かな筋が入ることがあり、とても美しいです。
強い香り。
120cmから150cm高さの、ダマスクとしては少し小さめ。立ち性のシュラブとなります。花弁が密集する花形からケンティフォリアにクラス分けされることもありますが、葉や樹形にはダマスクの特徴が濃厚に出ることが多く、ダマスクにクラス分けされるのが適切のように思います。

小、中輪の花が多い、オールドローズの中にあって、比較的大きな花形となる美しい品種として知られています。”ア・フルール・ギガンテスク/A Fleurs Gigantesques(巨大花)”と呼ばれることもあるほどです。

育種者、育種年

交配親、育種された年も不明のままですが、この品種の由来にはいくつかの説があります。

ロイ・E. シェファード(Roy E. Shepherd)は孫引きなので確認できていませんが著作『バラの歴史(History of the Rose)』のなかで、この品種は1800年以前にすでに公表されていたと記述とのこと。
ジョワイヨ教授はアガタ・インカルナータと同じ品種なのでさらに古いはずとも。さらにバラ研究家のB・C・ディッカーソンはこの品種は17世紀にはすでに知られていたブラッシュ・ベルジックの別名だろうとも言っていて、育種者も育種年も定説はありません。

ダマスクローズの頂点にあるといってよい優れた品種(”Graham Stuart Thomas Rose Book”)です。
ナポレオンの2番目の妻の名を冠したこの品種は、皮肉なことに、最初の妻ジョゼフィーヌがマルメゾン館の庭園に集めたバラ品種のひとつだと言われています。

品種名マリー・ルイーズの由来

マリー・ルィーズ(Marie Louise:1791-1847)は、ナポレオン・ボナパルトがジョセフィーヌと離婚した後、皇妃として迎えたオーストリア皇帝フランツ1世の娘、ハプスブルグ家の王女です。フランス革命の渦中でギロチン刑に架せられたマリー・アントワネットは大叔母にあたります。

‘マリア・ルイーザとナポレオン2世’ Painting/ Joseph-Boniface Franque [Public Domain via Wikimedia Commons]

実は、ハプスブルグ家が皇帝として君臨するオーストリーはナポレオン率いるフランス軍に何度も蹂躙され、マリーはナポレオンを忌み嫌っていました。

ジョゼフィーヌとの間に子ができないため、自分の生殖能力には欠陥があるのではないかと悩んでいたナポレオン(ジョゼフィーヌには前夫との間に2子があった)ですが、愛人との間に私生児が誕生したことにより、名家の娘との間に子を設けて皇帝たる自分の子孫を残したいと思うようになりました。

そこでナポレオンは出自の低いジョゼフィーヌを離縁し、ハプスブルグ家のマリー・ルイーズと婚儀をむすぶことにしました。この結婚は幾度も戦いを繰り広げたハプスブルグ家との間の和議をもくろんだ、政略結婚そのものでした。

婚儀が定められたときマリーは泣き暮らしたと伝えられています。しかし、結婚直後は、ナポレオンがマリー・ルイーズに穏やかに接したことから、フランスでの生活は平穏であり、嫡子ナポレオン2世にも恵まれました。

しかし、連戦連勝を重ね、無敵を誇ったナポレオンもロシア遠征で致命的な敗北を喫するなど、敵対するヨーロッパ諸国同盟に追われるようになり退位を余技なくされます。マリーはナポレオンがエルベ島へ流刑となった後はウィーンへ戻り、ナイベルグ伯と密通して娘を産むなどナポレオンとは疎遠になってしまいました。

ナポレオンが懇願し続けたにもかかわらず、マリー・ルイーズはエルベ島へ駆けつけることもありませんでした。ナポレオンがエルベ島を脱出し、パリへ向かっているという知らせを聞いたときには仰天して、「またヨーロッパの平和が危険にさらされる」と言ったと伝えられています。(”Wikipedia”など)

政略結婚であったにせよ、また、密通などにはかなり寛容な時代風潮があったにせよ、”英雄”ナポレオンン・ボナパルトの”不実”な妻という悪名を後々まで残すことになってしまったのはある意味では気の毒なことだと言えるかもしれません。

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アガタ・インカルナータ(Agatha Incarnata)https://ggrosarian.com/2025/06/05/%e3%82%a2%e3%82%ac%e3%82%bf%e3%83%bb%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%82%ab%e3%83%ab%e3%83%8a%e3%83%bc%e3%82%bf%ef%bc%88agatha-incarnata%ef%bc%89/Thu, 05 Jun 2025 01:15:54 +0000https://ggrosarian.com/?p=3238

7㎝から9㎝径、40弁を超える薄いデリケートな花弁を無理やり詰め込んだようなカップ型、ロゼッタ咲きとなる花形。熟成するにしたがい丸弁咲きへ変わってゆきます。花芯に緑芽ができることもあります。ミディアム・ピンクまたはストロ ... ]]>

どんなバラ?

7㎝から9㎝径、40弁を超える薄いデリケートな花弁を無理やり詰め込んだようなカップ型、ロゼッタ咲きとなる花形。熟成するにしたがい丸弁咲きへ変わってゆきます。花芯に緑芽ができることもあります。
ミディアム・ピンクまたはストロング・ピンクの花色、透けてみえるほどの薄い花弁ですので、ザ・ワックス・ローズ(the Wax Rose)と呼ばれることもあります。
明るい色合いのつや消し葉、150㎝高さ前後のたおやかな枝ぶりのシュラブとなります。
強香。
春一季咲きのガリカです。

育種者、育種年

1811年以前、オランダからフランスへもたらされたのではないかと言われていますが、由来は不明のままです。ガリカにクラス分けされることが多いのですが、花弁が密集する花形から、ケンティフォリアとされることもあります。淡い花色ゆえか、アルバとする研究者もいます。
淡いピンクのガリカとして人気のあるデュセス・ダングレーム(Duchesse d’Angouleme)との類似がしばしば指摘されています。
違う!としたり(グラハム・トーマス)、同じだ!としたり(ジョワイヨ教授)と、尊敬する先達が正反対の説を唱えています。以下述べるようなさまざまな混乱から、現在、どれが本当のインカルナータなのか、どれが本当のダングレームなのか判然としません。結論が出すことはむずかしいようです。

ジョワイヨ教授によればこの品種はジョゼフィーヌのコレクションとしてマルメゾン館で植栽されており、1815年以降、デュセス・ダングレームと呼ばれるようになったのだとのことです。(”La Rose de France”)

フランスの法曹家であったクロード-トマ・グラパン(Claude-Thomas Guerrapain:1754-1821)は引退後の1811年に『婦人のためのバラ年誌(Almanach des Roses, dédié aux dames)』を刊行しました。この解説本のなかで”Agathe carnée”という品種名で記述されたのが、今日一般的に”アガタ・インカルナータ(肌色の聖アガタ)”と呼ばれているこの品種であろうと解釈されています。これが文献上の初出です。
グラパンの記述は次のようなものでした。

アガタ・カルネ、大輪咲きの原種
このバラは、茎、葉、托葉、つぼみのいずれも前述の品種(ロイヤル・アガタとアガタ・プロリフェール)と同じ性質を示しているが、花には違いがあり、より大きく、より多弁で、より淡い色合いのピンクとなる。

また、1815年、ボタニカル・アーティストであるサルモン・ピナス(Salomon Pinhas)が刊行したバラのイラスト集『Rosen-Sammlung zu Wilhelmshöhe(ヴィルヘルムショーンにのバラコレクション)』に”Rosa Incarnata”として掲載されています。

品種名の由来

アガタ/アガト(Agatha、Agathe)とは?

アガタは古代ローマ時代のシチリアに生きた女性です。当時禁止されていたキリスト教を信奉し、棄教を迫られましたが応ぜず、殉教しました。

‘Saint Agatha’ Painting/Francisco de Zurbarán [Public Domain via Wikimedia Commons]

アガタは3世紀ローマ帝国支配下のシチリア、カターニアの富裕な貴族の家に生まれた美しい娘で、キリスト教を深く信仰していました。

支配者であるローマ人総督は15歳のアガタの美貌と、結婚の際、相続するであろう財産を我が物にしようともくろみ、アガタに言い寄りました。
しかし、アガタは異教徒との婚姻を嫌い、かたくなにこれを拒絶しました。逆上した総督は、違法とされていたキリスト教を信奉することを理由にアガタを投獄し拷問し、ついには乳房を切り落としてしまいました。しかし、それでも棄教しなかったアガタはとうとう火刑に処され殉教しました。

聖アガタが火刑に処せられた際、なぜか赤いショールだけは焼けずにそのまま残り、聖アガタ礼拝堂に聖遺物として大切に保管されているとのことです。赤いショールをまとい乳房をのせた皿をもっている構図はカターニアのアガタを描いたものとすぐにわかります。

アガタはカターニアの守護聖人とあがめられるようになり、今日でも毎年2月はじめ、聖アガタ祭が催されています。町衆が巨大な山車を担いで練り歩く盛大な祭典です。

‘Festi di Saint Agatha’ [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

別名、よく似た別品種

多くのバラがこの聖少女の名を冠して市場に提供されました。そのため、取り違えも生じ、また、まぎらわしい別名もあり、混乱しています。

アガタ・インカルナータの別名
デュセス・ダングレーム(Duchesse d’Angoulême)と呼ばれることがあります。デュセス・ダングレームは王妃マリー・アントワネットの第一子マリー・テレーズ(Marie Thérèse Charlotte)のことです。また、マリー・ルイーズ(Marie Louise)あるいはアガタ・マリー・ルイーズとも呼ばれることもあるようです。

ただ、異論もありますが、アガタ・インカルナータとデュセス・ダングレームは本来別の品種であろうと思われるので、これはよく似た品種と取り違えによる混乱ゆえのことと思われます。

同名、類似名の品種

アガタ/アガトが清廉な女性のイメージがあることから、よく似た品種名のバラがいくつかあります。また、ピンクのガリカを代表する品種であることから、古い時代にはピンク・ガリカを表すサブ・クラスとして長い間使用されていたこともあり、現代でもピンクのガリカについては”ガリカ/アガタ”と表示されることも多々あります。
よく似た品種名、別品種を2点解説します。

  • アガト・ド・フランクフォール(Agathe de Francfort)- 単にアガタと呼ばれるときはこの品種
  • アガト・クーロンネー(Agathe Couronnée)- 一般的にはマリー・ルイーズという品名で流通している

アガト・ド・フランクフォール(Agathe de Francfort)

’R x francofurtana Agatha’ Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via RoseBiblio]

単に”アガタ”というと、だいたいこの品種のことを指します。他のアガタと区別するためときには”Francfort(フランクフルト)”と添えます。

細く長い萼弁に隠れるような蕾、開花すると、一般的には赤花とされていますが、実際には深いピンクとなる花色。25弁ほどのオープン・カップ型または丸弁咲きとなります。一度くしゃくしゃにしてから改めて開いたような乱れがちな花弁、野趣を感じさせます。
明るい色調のつや消し葉が美しい、200㎝高さを超えることが多い、大型のシュラブになります。

1817年にはこの品種についての記述があることから、それ以前に存在していることが判っていますが、そこからどれだけさかのぼれるのかは定かではありません。

フランクフォールと呼ばれる由来

なぜ、フランクフォール(”フランクフルトから来た”)と呼ばれるのかには、ややこしい説明を要します。
この名称は、この品種がロサ・クロス・フランコフルターナ(R. x francofurtana)に由来する(同系列)であろうという研究家の判断からきています。
ロサ・クロス・フランコフルターナは、1583年にカロルス・クルシウス(Carolus Clusius:1526-1609)が公刊した園芸書『Rariorum stirpium per Pannonias observatorum Historiae(パンノニア全土で観察される希少品種の歴史パンノニア全土で観察される希少品種の歴史)』に”Rosa sine spinis(トゲなしバラ)”という名称で記述され、また、クルシウスがフランクフルトのとある庭園で見たとして改めてロサ・フランコフルターナという名称で紹介したことに由来しています。

ロサ・フランクフルターナは当初は原種のひとつとされていましたが、リンネなどにより”自然交配種”であろうと判定され、”x(クロス)”が付され、ロサ・クロス・フランクフルターナ (Rosa X francofurtana agatha)と呼ばれることになりました。
要は、”フランクフルトのアガタ”とは、フランクフルト・ローズと同系列の”アガタ”だということです。
ロサ・クロス・フランコフルターナ・アガタ(R. x francofurtana Agatha)と表記すると由来や性質をすぐに思い起こせるので便利かもしれません。

同じフランクフルト・ローズ由来種にエンプレス・ジョゼフィーヌ(Empress Joséphine/Impératrice Joséphine)があります。このアガタとよく似ていますが、ジョゼフィーヌのほうが小ぶりのブッシュとなります。

アンペラトリス・ジョゼフィーヌ(Imperatrice Josephine)
‘Impératrice Joséphine’

アガト・クーロンネー/マリー・ルイーズ(Agathe Couronnée/Marie Louise)

7cmから9cm径ほどの、中輪、ロゼッタ咲きの花となります。
花色は少しくすみ(灰)の入った深みのあるピンク。
春のみの開花、一季咲きのダマスクです。
いくぶんか大きめ、幅狭のつや消し葉。細いけれども固めの枝ぶり。90から120cm高さの立ち性のシュラブとなります。

一般的にはマリー・ルイーズ(Marie Louise)– ダマスクと呼ばれることが多い品種です。
1811年ころ、パリ、ティレリー宮の庭師で、マダム・アルディの育種で知られているウジェンヌ・アルディ(Eugene Hardy)により育種・公表されました。交配親は不明で、花形からケンティフォリアとされることもありますが、葉や樹形にはダマスクの特徴が濃厚で、一般的にはダマスクにクラス分けされることが多いようです。

1830年代の古い記述ではこの品種をアガタ・マリー・ルイーズ(Agatha Marie Louise)と呼ぶ例があります。この品種はガリカではなく、一般的にはダマスク、時にケンティフォリアにクラス分けされ、また、別にマリー・ルイーズという品種名で出回っている品種もあるので、こんがらがってしまします。さらに、残念ながら同名ながら花色や葉や茎の様子に違いがある株まで出回っていますので実際にはどれが本物なのかわからない状態になっています。

マリー・ルィーズ(Marie Louise:1791-1847)は、ナポレオン1世がジョセフィーヌと離婚した後、皇妃として迎えたオーストリア皇帝フランツ1世の娘、ハプスブルグ家の王女です。フランス革命の渦中でギロチン刑に架せられたマリー・アントワネットは大叔母にあたります。

‘Empress Marie-Louise’ Painting/Jean-Baptiste Isabey [Public Domain via Wikimedia Commons]

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黎明期のバラ育種家~ジャック=ルイ・デスメ(Jacques-Louis Descemet )https://ggrosarian.com/2025/06/04/%e9%bb%8e%e6%98%8e%e6%9c%9f%e3%81%ae%e3%83%90%e3%83%a9%e8%82%b2%e7%a8%ae%e5%ae%b6%ef%bd%9e%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%83%83%e3%82%af%e3%83%ab%e3%82%a4%e3%83%bb%e3%83%87%e3%82%b9%e3%83%a1%ef%bc%88jacques-lo/Wed, 04 Jun 2025 09:36:07 +0000https://ggrosarian.com/?p=2373どんな人物、経歴

幼少期からパリ郊外に園芸農場を開くまで

フランスにおいて最初に本格的にバラ育種に取り組んだのが、ジャック=ルイ・デスメ(Jacques-Louis Descemet:1761-1839 )だったと言われています。

デスメは1761年パリに生まれました。生家は16世紀から続く薬草園ジャルダン・デ・ザポティケール(Jardin des Apothicaires;‘薬剤師の庭’)を代々管理していました。
1793年、フランス革命の嵐は止むことなく吹きつのっていました。1月には国王ルイ16世、10月には王妃マリー・アントワネットが刑死、パリには革命裁判所が設置され、反革命の烙印を押された政治犯たちがつぎつぎにギロチンに科刑されていた時代でした。
この年、デスメは薬草園を売却し、パリ北東郊外のサン=ドニ(Saint-Denis)に農場を開設しました。32歳のころです。

‘1914年ころのサン=ドニの園芸農場’ [Public Domain via. Wikipedia Commons]

フランス最初のバラ育種家として

1804年、共和制の擁護者として登場した英雄ナポレオンは、次第に皇位に就こうという野心にとらわれるようになりました。その年の末には国民の賛同を得て、皇帝として絢爛たる戴冠式を催すことになります。

デスメはこのころ41歳、バラ栽培に取り組むようになりました。また、政治活動にも熱心で、1809年にはサン=ドニの市議会議員となり、1812年から1814年は市長をも務めあげました。

デスメはまた名高いジョゼフィーヌのバラ・コレクションのために、パリや近郊で活動していたヴィルモラナンドルー(Vilmorin-Andrieux)、デュポン(Andre Du Pont)やコドフロワ(Codfroy)とともに多くの品種を提供したと言われています。
デュポンなどはバラ研究家として高名でしたが育種は行っていませんでした。デスメこそフランスにおける先駆的な、事実上、最初のバラ育種者であったと評されています。

時代の流れに翻弄され、ついに亡命

1815年は常勝をほこった皇帝ナポレオンがついにプロシャ、ロシア、イギリスなどの対仏同盟軍に敗れ、権力の座から転げ落ちた時代でした。退位してエルバ島へ追放されたナポレオン1世は、同年、パリへ舞い戻って再び皇位に就きましたが、ワーテルローにおいてイギリス・プロシャ連合軍に決定的な敗北を喫し、再び退位を余儀なくされました。(百日天下)
百日天下の前、からくもパリから逃れていたルイ18世は再びパリへ戻り、同盟軍の支援のもと再び王位に就きました。

このとき、サンドニのデスメ農場は侵攻したイギリス軍によって蹂躙されてしまいました。また、デスメ自身も進歩的な政治思想を信奉していたことが影響したのか(当時先鋭的な政治思想家たちの集まりだったフリー・メイソンのメンバーだった)、復古王制政府から国外追放に処せられてしまいました。
パリを追放されたデスメはロシア帝国、黒海沿岸の港湾都市オデッサ(現ウクライナ)へと亡命しました。同地で1820年に開設された植物園の管理にたずさわるようになり、1839年、同地で没するまで従事しました。(享年78歳)

バラ育種史に残したデスメの功績

資産、資料を譲渡されたヴィベールから知るデスメ育種のバラ

1815年、デスメが保持していた交配種、ノートなどの主な資材・資料は、パリで園芸店を営んでいたJ-P ヴィベール(Jean-Pierre Vibert)へ譲渡されました。それらは、バラ交配に関するノートと実株コレクション250種であったと伝えられています。

バラ250種のうち3分の2(160から170種)はデスメが交配を行ったオリジナルだったとのこと。
別名をつけて市場へ提供されたものも中にはあったようですが、ヴィベールはデスメに恩義を深く感じていたのでしょう、1820年から数年おきに発行していたバラ解説書『バラの命名とクラス分けに関する考察(Observations sur la Nomenclature et le Classement des Roses)』のなかで”D”とマークしてデスメの作出品種としています。

育種した主な品種

今日、デスメにより育種された品種のうち、比較的知られていて入手可能なものをリストアップしました。
詳細は個別ページでご覧ください。

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ベル・エレーヌ(Belle Erane)https://ggrosarian.com/2025/06/03/%e3%83%99%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%a8%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%83%8c%ef%bc%88belle-erane%ef%bc%89/Tue, 03 Jun 2025 05:51:38 +0000https://ggrosarian.com/?p=3066

7から9㎝径の中輪、40弁を超えるカップ型・ロゼッタ咲きとなります。花芯はパープリッシュなビビット・ピンク。花弁縁は淡く色抜けします。中香。120cmから150cm高さのシュラブとなる、春一季咲きのガリカです。 1815 ... ]]>

どんなバラ?

7から9㎝径の中輪、40弁を超えるカップ型・ロゼッタ咲きとなります。
花芯はパープリッシュなビビット・ピンク。花弁縁は淡く色抜けします。
中香。
120cmから150cm高さのシュラブとなる、春一季咲きのガリカです。

育種者、育種年

1815年以前にジャック=ルイ・デスメ(Jacques-Louis Descemet )により育種されました。
交配親の詳細は不明です。

ジャン-ピエール・ヴィベール(Jean-Pierre Viber)が1820年から発行していたバラ解説書『バラの命名とクラス分けに関する考察(Observations sur la Nomenclature et le Classement des Roses)』の1820、1824、1826年版に品種名ベル・エレーヌ(Belle Hélène)、デスメ作出として記載されています。

デスメがヴィベールへ商権、施設などを移譲したのが1815年でした。ここでは確実性を重視して、1815年以前に育種されたとしておきます。

この品種に関してもジョワイヨ教授の解説がすばらしいので下記引用しました。

ベル・エレーヌ
別名:エマーブル・エマ、エマーブル・ゾフィー、アルキデュッーク・シャルルⅡ世、クレマンス・イゾール
習性:直立性低木。小さな棘や剛毛があるが非常に少ない。
葉:中間的なグリーン。楕円形の小葉。小葉1枚につき5枚ではなく、3枚または7枚の場合もある。
花:中~大輪。通常は3輪咲き。八重咲きでクォーター咲きとなる。花が熟成すると花芯にシベが見えることがある。長い萼片。
花色:芯はカーマインピンクで、花弁縁は淡いピンク色。
香り: 中〜弱…

(『フランスのバラ/La Rose de France』、1998)

この品種は、ジョワイヨ教授が言及しているようにエマーブル・エマ(Aimable Emma)、エマーブル・ゾフィー(L’Aimable Sophie)、アルキデューク・シャルルⅡ世(Archiduc Charles II)、クレモンス・イゾール(Clémence Isaure)などの別名でも知られています。
これらの品種名のうち、ベル・エレーヌ、エマーブル・ゾフィーとクレモンス・イゾールの三つはヴィベールの1820年版『バラの命名とクラス分けに関する考察』においてはそれぞれ別の品種としてリストアップされています。これらがはたして本来別品種であったのか、それとも同一品種の別名称であったのかはよく分かっていません。

品種名エレーヌについて

エレーヌはギリシャ神話で語られる”世界でもっとも美しい女性”ヘレネに由来するフランスの女性名です。
この品種がヘレネにちなんで命名されたのかどうかははっきりしていません。

‘The Love of Helen and Paris (detail)’ Painting/Jacques-Louis David [Public Domain via Wikimedia Commons]

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グロワール・デ・ジャルダン(Gloire des Jardins)https://ggrosarian.com/2025/06/02/%e3%82%b0%e3%83%ad%e3%83%af%e3%83%bc%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%83%87%e3%83%bb%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%83%ab%e3%83%80%e3%83%b3%ef%bc%88gloire-des-jardins%ef%bc%89/Mon, 02 Jun 2025 03:14:34 +0000https://ggrosarian.com/?p=3078

7から9㎝径の中輪、40弁ほど。カップ型・ロゼッタ咲き。カーマイン/パープルから次第に色抜けしてモーヴ(藤色)気味に変化してゆく花色。強香。120cmから150cm高さのシュラブとなります。 1815年以前にジャック=ル ... ]]>

どんなバラ?

7から9㎝径の中輪、40弁ほど。カップ型・ロゼッタ咲き。
カーマイン/パープルから次第に色抜けしてモーヴ(藤色)気味に変化してゆく花色。
強香。
120cmから150cm高さのシュラブとなります。

育種者、育種年

1815年以前にジャック=ルイ・デスメ(Jacques-Louis Descemet )により育種されました。
交配親の詳細は不明です。

ジャン-ピエール・ヴィベール(Jean-Pierre Viber)が1820年から発行していたバラ解説書『バラの命名とクラス分けに関する考察(Observations sur la Nomenclature et le Classement des Roses)』の1820、1822、1831年版にデスメ作出として記載されています。。

デスメがヴィベールへ商権、施設などを移譲したのが1815年でした。ここでは確実性を重視して、1815年以前に育種されたとしておきます。

ジョワイヨ教授の解説がすばらしいので下記引用しました。

草姿:本来のガリカ種ほど直立せず、茎には多くの強い棘と剛毛が生じる。
葉:中緑色で、かなり大きな楕円形の葉。
花:中型で、シングルまたは数輪の房咲き。多弁でカップ型・クォーター咲き。
花色:カーマインピンク、スミレ、ライラック、藤色に染まりライラック色に退色する。
香り:穏やか。

(『フランスのバラ/La Rose de France』、1998)

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ファニー・ビア(Fanny Bias)https://ggrosarian.com/2025/06/01/%e3%83%95%e3%82%a1%e3%83%8b%e3%83%bc%e3%83%bb%e3%83%93%e3%82%a2%ef%bc%88fanny-bias%ef%bc%89/Sun, 01 Jun 2025 03:13:09 +0000https://ggrosarian.com/?p=3100

9㎝から11㎝径の中輪または大輪、ロゼッタ咲き。しばしば花芯に緑芽が生じます。ラベンダー・シェイド気味の明るいピンク、外輪が淡い色合になることが多い美しい品種です。残念ながら香りはあまり期待できません(微香)120㎝から ... ]]>

どんなバラ?

9㎝から11㎝径の中輪または大輪、ロゼッタ咲き。しばしば花芯に緑芽が生じます。
ラベンダー・シェイド気味の明るいピンク、外輪が淡い色合になることが多い美しい品種です。
残念ながら香りはあまり期待できません(微香)
120㎝から180㎝高さとなるシュラブ、春一季咲きのガリカです。

育種者、育種年および品種名の由来など

ジャック=ルイ・デスメにより1811年以前に育種されたとみなされています。その美しさゆえでしょう、デスメの育種品種のなかでは早い時期から知られていたようです。

品種名には変遷がありました。デスメが育種した当初はラ・プル・ベル(La plus Belle:”最上の美”)と命名したようです。ジャン-ピエール・ヴィベール(Jean-Pierre Viber)が1820年から発行していたバラ解説書『バラの命名とクラス分けに関する考察(Observations sur la Nomenclature et le Classement des Roses)』の1820年版では、ラ・プル・ベルとファニー・ビアは別品種としてリストアップしていますので、本来は別の品種だったのかもしれません。
際立った美しさから広く愛され、アタリ(Athalie)、デュセス・ド・レジオ(Duchesse de Reggio)と別名で呼ばれることもあったようです。
ファニー・ビアは19世紀初頭人気のあったダンサーです。

Lithograph/Godefroy Engelmann [Public Domain via Wikimedia Commons]

この品種の解説もまたジョワイヨ教授の解説が秀逸です。

別名:アタリ―(Athalie)、デュセス・ド・ダッチェス・ド・レッジョ(Duchesse de Reggio)、ラ・プル・ベル(La plus belle)
習性:直立性の低木で、棘はないが剛毛がある。
葉:中緑色で、楕円形の葉。
花:単生または対生。かなり大きく、八重咲きで平ら。雄しべがいくつか見える。小さく柔らかい緑色の目。長い葉状の萼片。
色:淡いピンク色で、周囲はピンクがかった白。
香り:弱い

ヴィベールはこの品種を 1818年に入手し、翌年に市場へ提供した。実際、1826年のピロールによる以下のコメントは、この品種がデスメ種に由来し、1811年以前から存在していたことを示している。
「アタリー。この素晴らしいバラは、15年前(つまり1811年)からムッシュー・ソメソンの手によって自根で栽培されており、ソメソン氏はこれを「レッジョ公爵夫人」と名付けた。
…売れ残ったバラを入手したヴィベールは、その後カタログに掲載し、一般向けに販売した。」

ファニー・ビア(1785-1825)は、(ナポレオン)帝政時代の著名なダンサー。彼女は1817年にオペラ座の主役ダンサーになったが、その前年にヴィベールはこの品種を入手したと主張した…
(『フランスのバラ/La Rose de France』、1998)

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ザ・ビショップ(The Bishop)https://ggrosarian.com/2025/05/31/%e3%82%b6%e3%83%bb%e3%83%93%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%97%ef%bc%88the-bishop%ef%bc%89/Sat, 31 May 2025 03:08:11 +0000https://ggrosarian.com/?p=3090

7から9㎝径の中輪、40弁を超えるロゼッタ咲きとなります。深いカーマイン/マジェンタとなる花色ですが、開花後、色は深みを加え青味を帯びたバイオレットへと変化します。また、時に白の班やストライプが入ることもあります。ガリカ ... ]]>

どんなバラ?

7から9㎝径の中輪、40弁を超えるロゼッタ咲きとなります。
深いカーマイン/マジェンタとなる花色ですが、開花後、色は深みを加え青味を帯びたバイオレットへと変化します。また、時に白の班やストライプが入ることもあります。
ガリカにクラス分けされるのが一般的ですがケンティフォリアとする研究家もいます。
強い香り
120cmから180cm高さの直立性のシュラブとなります。

育種者、育種年および品種名の由来など

1789年以前に育種されました。ジャック=ルイ・デスメにより作出されたとされることが多いですが、不確かな点があり、ここでは育種者不明としておきます。
1789年発効のキューガーデン・カタログ(Hortus Kewensis)第1番・第2巻のケンティフォリアの項に’Bishop Rose’と記載されているのが現在判明している初出です。

交配者、交配親などは不明ですが、ナポレン皇妃であったジョセフィーヌがマルメゾン宮殿で収集していたレベック(L’Eveque)はこのザ・ビショップと同じ品種だったのではという解説があります。仏語のEvequeと英語のBishopはともに”司教”という意味ですので、うなづける解釈です。

“バラの画家”ルドウテが“Rosa gallica purpuro-violacea magna(パープリッシュ=ヴィオラ色の大輪ガリカ)”というタイトルで残したボタニカルアートはこの品種だろうと言われています。

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クローリス(Chloris)https://ggrosarian.com/2025/05/30/%e3%82%af%e3%83%ad%e3%83%bc%e3%83%aa%e3%82%b9%ef%bc%88chloris%ef%bc%89/Fri, 30 May 2025 02:56:11 +0000https://ggrosarian.com/?p=3069

9cmから11cm径、ルーズなロゼッタ咲きとなり花芯に緑芽ができることもあります。花色は淡いピンク、中心部は色濃く染まり、外縁部の淡い色合いとのの対比が実に優雅です。強く香ります。幅広の、深い葉緑、固く強い枝ぶり、120 ... ]]>

どんなバラ?

9cmから11cm径、ルーズなロゼッタ咲きとなり花芯に緑芽ができることもあります。
花色は淡いピンク、中心部は色濃く染まり、外縁部の淡い色合いとのの対比が実に優雅です。
強く香ります。
幅広の、深い葉緑、固く強い枝ぶり、120cmから180cm高さのシュラブ。
春一季咲き。明るい花色ゆえアルバにクラス分けされることが多いですが、ピンクのガリカとする研究家もいます。

育種者、育種年

1815年以前にジャック=ルイ・デスメ(Jacques-Louis Descemet )により育種されました。
交配親の詳細は不明です。

ジャン-ピエール・ヴィベール(Jean-Pierre Viber)が1820年から発行していたバラ解説書『バラの命名とクラス分けに関する考察(Observations sur la Nomenclature et le Classement des Roses)』の1820、1830年版に品種名クローリス(Chloris)、デスメ作出として記載されています。

デスメがヴィベールへ商権、施設などを移譲したのが1815年でした。ここでは確実性を重視して、1815年以前に育種されたとしておきます。

ガリカとして記録されており、混乱を招いたこともあります。
これは、19世紀初頭に活躍し権威のあった、フランスのグラブロー(Gravereaux)が、自ら発行したバラ・カタログのなかで、クローリスをガリカとしたため言われています。ふたつの品種は同じものを指すであろうと考えられ、ガリカとするのは間違いだとされてきましたが、DNA検査の結果では、逆にガリカに由来するものであると確認されたようです。(Suzanne Verrie, “Rosa Gallica”, François Joyaux,,”La Rose de France”, R. Phillips & M. Rix, “Best Rose Guide”)
ここでは最新の結論には反しますが、花形や樹形からはアルバとしての特徴が色濃く出ていることから、従来通りアルバのままとしました。

品種名クローリスの由来

クローリス(”若緑”という意)は、ギリシャ神話に登場するニンフです。
ギリシャの詩人オウィディウス(BC43-AD17)による長編詩『祭暦』の中で、花の女神フローリスが自分は実はクローリスであったのだが西風ゼピュロスに誘惑され結婚した後にゼピュロスの手によりフローリスに変身したのだと語っています。

イタリア、ルネッサンス期の大画家ボッティチェリ(1444-1510)が1482年頃描いたとされる、春(La Primavera)の右の部分で、西風の神に誘惑されなんとするクローリスが描写され、その隣にクローリスから変身したフローラが立っています。フローラの吐く息は、バラの花になったとする言い伝えから、フローラの口元からはバラの花がこぼれ落ちている様子も描かれています。

サンドロ・ボッティチェッリはおそらくこの『祭暦』の記述をもとに名画『プリマヴェーラ(La Primavera;”春”)』を制作したのだろうと言われています。
絵画においては、左から右へ、クローリス、フロール(フローラ)、ヴィーナス、三美神(タリア、ユーフラシーヌ、アグライア)を描いています。
デスメはクローリス、フロール(フローレス)、タリア、ユーフラシーヌ、アグライアというバラを育種しています。おそらく、これらの品種はこのボッティチェッリの傑作へのオマージュではないかと思われます。

クローリス(Chloris)
クローリス
ベル・フロール(Belle Flore)
フロール(フローラ)
タライア(Thalie)
タリア
ユーフラシーヌ
アグライア

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アンペラトリス・ジョゼフィーヌ(Impératrice Joséphine)https://ggrosarian.com/2025/05/29/%e3%82%a2%e3%83%b3%e3%83%9a%e3%83%a9%e3%83%88%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%bb%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%82%bc%e3%83%95%e3%82%a3%e3%83%bc%e3%83%8c%ef%bc%88imperatrice-josephine%ef%bc%89/Thu, 29 May 2025 03:03:58 +0000https://ggrosarian.com/?p=3081

7cmから9cm径ほどの中輪、オープン・カップ形、または丸弁咲きとなります。花弁がすこし乱れ気味となることが多い花形です。花色は少しグレーイッシュな強めのピンク、外輪部は淡く色抜けします。強く香ります。楕円形の、くすみの ... ]]>

どんなバラ?

7cmから9cm径ほどの中輪、オープン・カップ形、または丸弁咲きとなります。花弁がすこし乱れ気味となることが多い花形です。
花色は少しグレーイッシュな強めのピンク、外輪部は淡く色抜けします。
強く香ります。
楕円形の、くすみのある深い葉緑、120cmから180cm高さほどの比較的中型のブッシュとなります。枝ぶりは細く、しなやかでトゲの少ない品種です。

育種者、育種年

資料としての初出はジャン-ピエール・ヴィベール(Jean-Pierre Viber)が1820年から発行していたバラ解説書『バラの命名とクラス分けに関する考察(Observations sur la Nomenclature et le Classement des Roses)』の1820年版です。デスメによる作出というコメント付きでリストアップされています。
デスメがヴィベールへ商権、施設などを移譲したのが1815年でしたので、1815年以前にジャック=ルイ・デスメ(Jacques-Louis Descemet )により育種されたことがわかります。

ガリカにクラス分けされることが多いのですが交配親の詳細は不明です。しかし、葉や株の様子は典型的なガリカのものではありません。葉の形状などは、原種交配種であるロサ・クロス・ フランコフルターナ(Rosa x francofurtana)と類似しているため、その交配種を用いて育種されたのではないかと推察されています。(”La Rose de France” 、Francois Joyaux, )

ジョゼフィーヌとナポレオン

Painting/François Gérard, 1801 [Public Domain via Wikimedia Commons]

アンペラトリス(”皇后”)・ジョゼフィーヌとはナポレオンの最初の妻、ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ(Joséphine de Beauharnais:1763-1814)のことです。
ナポレオンは、兄嫁の妹デジレ・クラリー( Désirée Clary)と婚約していたのですが、それを反故にして貴族の未亡人であった、ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネと結婚しました。ジョゼフィーヌはナポレオンより6歳年上、このとき、前夫との間に、ウジェンヌ(後のイタリア副王)とオルタンス(後のオランダ王妃、ナポレオン3世の母)という一男一女をもうけていました。
1796年、革命政府からイタリア方面の司令官に任命されたナポレオンは、ミラノ方面からウィーン郊外までオーストリア軍を追い詰めて屈服させ、翌年凱旋帰国します。さらに、その翌年、1798年、イギリスの制海権を牽制する戦略を立て、エジプトへ出兵します。こうした煩雑さの中でしたが、同じ年にパリ郊外のマルメゾン館を購入しました。妻ジョゼフィーヌは館でナポレオンの帰国を待つこととなりました。

Illustrating/Ernst Keil, 1871 [Public Domain via Wikimedia Commons]


しかし、ナポレオンと結婚する前は、社交界で浮名を流していたジョゼフィーヌのこと、パリ郊外での平穏な日常には飽き足らなかったのでしょうか、つつましやかに夫の帰りを待っていたわけではなく、絵画や宝石の槐集に精をだすようになります。美男の陸軍将校イポリット・シャルルとの不倫が取り沙汰されたのもこの頃のことです。

また、ジョゼフィーヌはもとはマリー・ジョゼフ・ローズ(Marie Josephe Rose)という名前だったこともあってか、マルメゾン館を囲む庭造りに情熱を燃やすようになります。ジョゼフィーヌのバラ・コレクション熱は尋常のものではなく、当時の著面な園芸研究家、ガーデン・デザイナー、庭師などを雇い入れ、さらに外交官や軍人にまで、貴重品種の槐集を依頼するほどのものでした。
スコットランド人で当時パリでガーデン・デザイナーとして著名であったトーマス・ブレーキー(Thomas Blaikie)に庭造りをさせ、アイルランド人で、当時はロンドン郊外のハマースミスで農場を経営していたのジョン・ケネディ(John Kennedy)には珍種の草花を納入させたという記録が残されています。英仏間が戦争状態であった時期であるにもかかわらず、ケネディは両国間を自由に行き来できるパスポートを持っており、英国からバラ苗がマルメゾンへ運ばれました。

とくに、園芸研究家であったアンドレ・デュポン(Andre Dupont )にバラの収集を命じるころから、ジョゼフィーヌは憑かれたようにバラの収集に熱中するようになります。1804年から1814年、ジョゼフィーヌが死去するまでの十年間に収集された品種は250種ほど、
ガリカ、167種
ケンティフォリア、27種
モス・ローズ、3種
ダマスク、9種
チャイナ、22種
ピンピネリフォリア、4種
アルバ、8種
フォエティダ、3種
原種であるムスク・ローズ、ロサ・アルピナ、ロサ・バンクシアエ(モッコウバラ)、ロサ・ラエヴィガータ(難波イバラ)、ロサ・ルブリフォリア、ロサ・ルゴサ(ハマナス)、ロサ・センパーヴィレンス、ロサ・セティゲラ
といったものだったと言われています。(”The Complete Book of Roses”, Gerd Krüsmann)

このコレクションは当時入手可能な品種ほとんどすべてを集めたものと言ってよいほど徹底したものでした。ジョゼフィーヌのもとで収集を行ったバラ園主たちは、後にこのコレクションを交配親として次々と新たな品種を生み出すこととなります。19世紀中葉から末にかけて、フランスはバラ育種の中心地として繁栄し、それが次第に他のヨーロッパ各国に伝わってゆくことになりますが、その、バラが”花の女王”としての地位を確立するにあたって、ジョゼフィーヌに礎が築かれたと言ってよいでしょう。

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