どんなバラ?
3cm径ほどの、小さな、多弁・ポンポン咲きの花が、ひしめくような房咲きとなります。
ピンクに色づいていたつぼみは開花すると淡いピンクが入ることがありますが、次第に純白へと変化します。
香りはわずか。
まるみのある、深い葉色。細く、柔らかな枝ぶり。450cmから600cm高さまで枝を伸ばす、ランブラーです。
大きめのフェンス、アーチ、パーゴラなどへ誘引すると、柔らかな枝ぶりの樹形を楽しむことができます。耐病性に優れ、多少の日陰にも耐え、花を咲かせます。棘も少なく、取り扱いが容易です。
温暖地域では葉をつけたまま冬季を越すことができるほどの強健種ですが、逆に冷涼地域での生育にはむずかしい面があるようです。
育種の経緯と枝変わり種
1827年、フランスのジャック(Antoine A. Jacques) が育種・公表しました。北アフリカからヨーロッパ南部に自生し、落葉しないこともあることからエバーグリーン・ローズと呼ばれることもある原種ロサ・センペルヴィレンスと品種名不明のノワゼットとの交配により生み出されたと言われています。
この品種の枝変わりにより矮性のポリアンサが生じ今日まで人気を保っています。リトル・ホワイト・ペット(Littel White Pet)です。花形、花色などはそっくり、樹形だけがランブラーからポリアンサに変化し、返り咲き性もあります。
品種名の由来
あまり例のない品種名について、ふたつの説があります。
育成者ジャックは、生まれてくる子供にちなんでこのバラに命名しようとしていましたが、双子の娘が生まれたため、ふたりの娘の名、Félicitéと Perpétueを並べて命名したという説(J.H. Nicolas”A Rose Odyssey”)というのがひとつ。
キリスト教の教えを守って殉教した聖人、聖フェィチタス(St. Felicitasu)と聖ペルペトゥア(St. Perpetua)にちなんで命名されたというのが二つめの説です。
聖フェィチタス(St. Felicitasu)と聖ペルペトゥア(St. Perpetua)
『聖ペルペトゥアと聖フェリシティの受難(Passion of Saints Perpetua and Felicity )』という日記(キリスト教テキスト)が今日まで伝えられています。
紀元203年、キリスト教が禁止され迫害されていたローマ帝国治世下、カルタゴで囚われ棄教を迫られたものの肯ぜず、殉教した女性ペルペトゥアが残したもので、彼女の殉教後、編集されて今日まで伝えられました。
ペルペトゥアが日記を残せたのは、彼女が看守に賄賂を贈ることができる裕福な家族のひとりであったからのようです。一方、フェィチタスは女性の奴隷で、他の奴隷と同じ時期に処刑されるはずであったところ、妊娠していたため繰り延べされていたと記載されています。
テキストは次のように語ります。
奴隷のフェリキタスは、妊娠中の女性の処刑は法律で禁じられていたため、他の者たちと一緒に殉教することは許されないのではないかと当初は心配していたが、娘を出産し殉教することになった。
当日、殉教者たちは円形劇場に連れて行かれ、群衆の要求により、彼らはまず一列に並んだ剣闘士たちの前で鞭打たれ、次に猪、熊、豹が男たちに、野牛が女たちに突きつけられ。野獣に傷つけられた彼らは、互いに平和のくちづけを交わし、その後剣で殺された。
ペルペトゥアの死について次のように説明されている。
ペルペトゥアは、痛みを味わうために骨の間に突き刺され、悲鳴をあげた。そして剣士の手が動かなくなると(彼は初心者だった)、自らその手を自分の首に当てた。(Wikipedia, 2023-12-12閲覧)