バラ、特にオールドローズが好きで名前の由来や育種の経緯などを調べています。
宿根草や葉色が美しい草花や灌木などをアレンジしたバラ咲く庭を愛でるのも長年の夢です。

ランブラー・ローズ~Best of the Best

Fransois Juranville

ランブラーの系列

ランブラーはつぎの6グループの系列に分けると整理しやすいと考えています。

春、ランブラー・ローズが彩り華やかに開花し眩暈を覚えるほどの香りを放つとき、多くの人々が魅了されることまちがいないでしょう。
ここままで系列ごとに多くの品種をご紹介してきました。今回はランブラー・ローズのなかでも、とりわけ美しく、それゆえに深く愛されている9品種を”Best of the Best”としてご紹介することにしました。なお、記事は詳細記事から再録(一部簡略)とさせていただきました。

フランソワ・ジュランヴィル(François Juranville)~ウィックラーナ

‘François Juranville’

9㎝から11㎝径、15から25弁前後のオープン・カップ型の花が絢爛たる房咲きとなります。
花色は、イエローをベースにサーモン・ピンクが乗ったミディアム・サーモン・ピンク、華やかであると同時に暖かみを感じさせてくれます。
一輪一輪は軽く香る程度ですが、大株に育ったあかつきには、めまいを覚えるほどの香りに包まれます。
丸みを帯びた小さめの、縁などに銅色が色濃くでる深い色合の照り葉、非常に柔らかな枝ぶりの350cmから500cmほど枝を伸ばすランブラーです。

育種の経緯など

1906年、フランスのバルビエ兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。
ウィックラーナを種親に、花粉親にピンクとイエローがまちまちに出る珍しい花色のチャイナ・ローズ、マダム・ローレット・メッシミー(Mme. Laurette Messimy)が使用されたとのことです。

1900年ころから数多いランブラーが育種・公表されていますが、柳の枝のようにしなだれて咲くという姿は珍しいものです。このフランソワ・ジュランヴィルはその数少ない品種のひとつです。パーゴラなどから滝のようにしだれる満開の花を眺めるのは、忘れがたいものがあります。
多少黒星病にかかりやすい傾向があるようにも感じられますが、半日陰にもよく耐え、耐寒性にすぐれた”完璧”なランブラーです。今日でもウィックラーナ・ランブラーの頂点にあると言ってよいだろうと思います。

フラゲツァイヘン(Fragezeichen)~ウィックラーナ

‘Fragezeichen’ Photo/Wilrooij [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

9cmから11cm径、セミ・ダブル、オープン・カップ形の花が豪華な房咲きとなります。
花色は開花時は深いピンク、熟成すると色が淡くなり、明るいピンクへと変わってゆきます。
香りはありません。
幅狭ながらかなり大きめの照り葉。柔らかな枝ぶり、350cmから500cm高さまで枝を伸ばすランブラーとなります。

育種の経緯など

1910年、ドイツのアマチュアの育種家であったJ・ボートナー(Johannes Böttner )により育種・公表されました。
種親はピンクのウィックラーナ交配種、ドロシー・パーキンス(Dorothy Perkins)花粉親はミディアム・レッドのハイブリッド・パーペチュアル、マリー・バウマン(Marie Baumann)が用いられたと記録されています。

ウィックラーナ系ランブラーとしては、花が例外的なほど大きく、葉も大きめで、非常に特異な印象を受けます。フラゲツァイヘン(クェスチョン・マーク)という実に変わった品種名も、その特異性に由来するのかもしれません。

ファルヘンブラウ(Veilchenblau )~ノイバラ

‘ファルヘンブラウ(Veilchenblau )’

3cmから7cm径、セミ・ダブル・浅いカップ型の花が競い合うような房咲きとなります。
花色はモーヴ(藤色)。花弁の中心部は白くぬけ、花芯のイエローのシベがアクセントとなります。
350cmから500cmほど枝を伸ばすランブラーとなります。大きめのアーチやフェンス、パーゴラへの誘引をおすすめします。

育種の経緯など

1909年、、ドイツのJ.C. シュミット農場(Kiese /J. C. Schmidt:シュミット農場の育種家キース)から公表されました。
種親にクリムゾン・ランブラー、花粉親にパープルのハイブリッド・セティゲラ、エアインネルンク・アン・ブロット(Erinnerung an Brod)が使われました。

ブルー・ランブラーという別名でも知られています。このことからも明らかですが、代表的なパープルの色合いのランブラーとして、今日でも変わらずに愛好されています。
ファルヘンブラウとは”すみれ色”という意味です。(ドイツ語)

タウゼントショーン(Tausendschön)~ノイバラ

‘タウゼントショーン(Tausendschön)’

3㎝から7cm径、セミ・ダブル、波うつ花弁が大きく開く平咲きの花。枝を覆いつくす、絢爛豪華な房咲きとなります。
ピンクの濃淡がそれぞれの花に出て、株全体にグラデーションをかけたような、美しい光景を演出してくれます。350cmから500cmほど枝を伸ばすトゲがほとんどないランブラーです。

育種の経緯など

この品種もファルヘンブラウと同じドイツ、エルフルトのシュミット農場(Hermann Kiese /J. C. Schmidt)から、1906年に育種・公表されました。
種親はイエロー・ブレンドのランブラー、ダニエル・ラコンブ(Daniel Lacombe)、花粉親はホワイトのランブラー、ヴァイサー・ヘルムストレイシェール(Weisser Herumstreicher)であったという解説がありますが、淡いイエローと白花のランブラー同志の交配からピンクの品種が生じたというのは不自然な印象を受けます。シュミット農場では赤花ランブラーとして著名なクリムゾン・ランブラーの実生から生じたと考えていたようです。しかし、クリムゾン・ランブラーとタウゼントショーンは葉の様子などに大きな違いがあります。今となっては調べようもないのですが、不詳の花粉親の性質を強く受け継いでいるのかもしれません。

非常に優れたつるバラに関する著作、『クライミング・ローゼズ・オブ・ザ・ワールド(Climbing Roses of the World)』を著した、チャールズ・クエスト=リットソン(Charles Quest-Ritson)は著作の中で
「すべての時代を通じて、もっとも偉大なガーデン・ローズのひとつだ」と絶賛しています。
“千の美”の意の名にふさわしい、すぐれた品種です。ノイバラ系のランブラーの最高レベルにあると言ってよいでしょう。

ロール・ダヴー(Laure Davoust)~センペルヴィレンス

‘Laure Davoust’ Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

5cmから7cm径ほどの小・中輪、花弁がぎっしりと詰まったカップ型、またはロゼッタ咲き、花芯に緑芽が生じることが多い花形、競い咲くような豪華な房咲きとなります。
開花当初は強めのピンク、すぐに退色して淡い色合へ変化してゆきます。
幅狭の深い色合いのつや消し葉、細めの枝ぶり、500cm高さ以上になるランブラーです。淡いピンクに花開くランブラーとしてこよなく愛されている品種です。

育種の経緯など

1834年、フランスのジャン・ラッフェイ(Jean Laffay)により育種されました。
フランスで発行されていた園芸誌”園芸家と愛好家のための園芸評論(Revue Horticole, ou Journal des Jardiniers et Amateurs)”の1835年版に記載されたのが初出のようです。その際、クラス名はムスクローズとされていました。しかし、数年後にはノイバラ系ランブラー(Hybrid Multiflora)にクラス分けされるようになり、それが今日まで踏襲されています。

じつはこの品種は多くの謎に包まれています。

別名、同一品種

バラについての詩的で精妙な解説で知られるアメリカ、カリフォルニアに圃場を構えていたフランシス・E・レスター(Francis E. Lester)は、著作『わが友、バラ(My Friend The Rose)』(1942刊)のなかで次にように解説しています。

… 私たち(妻とふたり)は、数十年前の火事で焼け落ちた家屋の跡地に案内され…そこで、廃墟と化した家の跡地に案内されました…(そこで)25 セント硬貨(2.5㎝径)ほどの大きさの八重咲きのピンクのつるバラが 20 フィートもの長さの曲がりくねった枝を垂らしていました。これらのバラはすべて 75 年以上前にここで育ち、何世代にもわたって放置されていましたが、それでも毎年自由に、大胆に、元気に咲いていたとのことです。

レスターはこのファンド・ローズにマジョリー・W・レスター(Marjorie W. Lester)という妻の名前をつけました。

また、オランダ、ドイツなどでは現在もアバンドナータ(Abbandonata:“打ち捨てられた”)という別名で出回っています。名前からしてレスター夫妻のケースと同様、墓地あるいは廃墟などで発見された、いわゆるファンド・ローズとも感じられますが、この呼び名は比較的最近見られるようになったので、あるいは1967年制作のイタリア映画『誘惑されて捨てられて(Sedotta e abbandonata)』に由来しているのかもしれません。

マジョリー・W・レスターはかなり早い時期にロール・ダヴーと同一品種だとされ、品種名としては、以後はあまり使われなくなりましたが、アバンドナータは、ロール・ダヴーと同一品種だとされた後も一部ではそのままの品種名で提供されています。

ふたつの”ロール・ダヴー”

国内においては明らかに違う品種(二つ、三つ、いや四つだとも)がロール・ダヴーという同名で出回っているという点がよく言及されています。

左が国内流通のロール・ダヴー、右がフランス、ロベール農場由来のものです。

画像から違いは判別しにくいかもしれませんが、何点か違いがあります。

 花径・花形小葉
国内流通のもの2,3㎝径、平たいロゼッタ咲き 花芯のグリーン・アイが顕著葉先が尖り気味のつや消し葉。表皮はフランス由来のものよりザラついているフランス由来よりわずかに長め
フランス由来5~7㎝径ほど、多少ボリュームのあるロゼッタ咲き グリーン・アイは生じるが、オランダ由来のものほどはっきりしていないオランダ由来のものより、濃色となる。尖り気味の葉先だが比較すると、丸みを帯びているあまり長くない

ノイバラ系ランブラーにクラス分けされていることへの疑問

ロール・ダヴーはノイバラ系ランブラーにクラス分けされることがほとんどですが、なかには疑問を呈している研究家もいます。

敬愛する園芸研究家グラハム・S・トーマスは彼の著作”Graham Stuart Thomas Rose Book” 1994のなかで次のように解説しています。

ロール・ダヴー。1834年または1846年、フランス、ラッフェイによる。
滑らかな茎と長く尖った中緑の葉、たくさんの花が咲き、通常分類されるノイバラ系よりもセンペルヴィレンス系とするほうが適切ではないかと感じている。

マゼンタ・ピンクのつぼみから、花はほぼ平らに開くが、カップ状、ロゼッタまたはクォーター咲きとなる花形。花芯には緑芽が生じる。

花は、柔らかなライラック・ピンクからホワイト気味へと退色してゆく。甘い香り。イェーガー氏(トーマス氏の友人か)は15フィート以上に成長すると言っているが、私が持っている株は8フィートを超えていない。

英国の庭園史の研究家であるチャールズ・クエスト=リットソン氏は2003年刊行の著作『世界のクライミング・ローズ(Climbing Roses of  the World)』のなかで、グラハム・トーマス氏よりもずっと明確にノイバラ系ランブラーではないと述べています。

センペルヴィレンスとノワゼットの交配種であるこのバラは、開花したては非常に魅力的だ。花はカップ状で重なり合うこともあるが、通常はクォーター咲きで、美しくカールした花弁が密集して現れる。花びらは外側が濃いピンクで中心に向かって色が薄くなり、ボタン芽があり、人気の矮性チェリーであるプルヌス・グランデュローサ・シネンシスを思い起こさせる。

日陰で育てない限り、花色はほとんど褪せてしまい、シーズン中ごろには花房はシュガー・アーモンド・ピンクと白の塊になってしまう。

開花したときはとても魅力的なこの品種は、花房が密集しすぎて個々の花がひどく枯れて、花びらが落ちないまま茶色に変わるため、後に最も魅力のないバラの ひとつとなってしまう。

濃色の葉色は、典型的なセンペルヴィレンスだと言える。生育は気温の高低に依存する。温暖な気候のもとでは、このロール・ダヴーは 8 メートルにも達する。

このたび、別に起こした記事で、ノイバラ系ランブラーの育種の経緯をたどってゆきました。その過程で気づかされたことがあります。

19世紀に入り、バラの育種は香り高い大輪花の育種が目指されていましたが、原種ノイバラあるいはノイバラ交配種のカタエンシスなどが一部交配に用いられたものの、当時の育種の主流となっていなかったという点です。赤花を咲かせるクリムゾン・ランブラーが交配親となって濃色のランブラーが生み出されるようになるのは、ずっと後、1900年代に入ってからです。

不思議だと思ったのは、このノイバラ系ランブラーとして、もっとも完成された美しさを誇るロール・ダヴーが1834年(1846年説もある)にジャン・ラッフェイによって育種・公表されたとされていた点です。これは、クリムゾン・ランブラーなどが交配親として使われるようになるよりも50年以上も前だということです。

グラハム・トーマス氏やクエスト=リットソン氏が言及したように、ロール・ダヴーをノイバラ系ではなく、センペルヴィレンス系のランブラーにクラス分けすると、このあまりにも突出した出現を論理的に説明できるのはではないでしょうか。

アデライド・ドルレアン(Adélaïde d’Orléans)~センペルヴィレンス

アデライド・オルレアン
アデライド・ドルレアン(Adélaïde d’Orléans)

3cmから5cm径、開花はじめは丸弁咲き、成熟すると平咲きの花形となります。
どんぐりのような愛らしい丸みを帯びた蕾は濃いピンク。開花当初は、その色合が残って淡いピンクとなることもありますが次第にクリーム色、さらに純白へと変化します。
深めの緑、幅の細いつや消し葉。細く、柔らかな枝ぶり、350cmから500cm高さとなるランブラーです。

育種の経緯など

1826年、フランスのアントワーヌ・ジャック(Henri-Anoine A. Jacques)が育種・公表しました。センペルヴィレンスが交配親のひとつと見なされていますが詳細は不明です。
ルイ=フィリップの妹、ルイーズ・ドルレアン(Louise Marie Adélaïde Eugénie d’Orléans:1777-1847)に捧げられました。

Adélaïde d'Orléans
‘Adélaïde d’Orléans ‘ Painting(reproduction)/ François Gérard(the original was lost) [Public Domain via Wikimedia Commons]

アデライドは兄ルイ=フィリップが1794年、フランス共和制議会から”反革命”の烙印を押されて亡命を余儀なくされた後、1801年にアメリカへ亡命しました。
アメリカにおいて富裕な商人と結婚し4人の子供をもうけましたが、ルイ=フィリップがナポレオン失脚後の王制復古の機運により1814年にフランスへ帰国した折、アメリカの家族の許を離れ、兄と暮らす道を選択しました。

生まれながらの聡明さと長い海外生活から、母国語であるフランス語のほか、英語、イタリア語、ドイツ語に堪能で、兄ルイ=フィリップを政策上でもよく支えました。

この品種が彼女へ捧げられた時、フランスは王制復古派の勢力が優勢で、それゆえに安寧な毎日を送っていた時期でした。1830年、ルイ=フィリップはフランス国王に就きましたが、1848年に王位を追われてしまいました。アデライドはその前年に生涯を終えたため、兄の零落を見ることはありませんでした。

アデライドはボタニカルアートを趣味としていてピエール=ジョゼフ・ルドゥーテの指導を受けました。今日まで美しい植物が残されています。

‘Botanical Painting’ Painting/Adélaïde d’Orléans [Public Domain via Wikimedia Commons]

エンヘン・フォン・タラウ(Ännchen von Tharau)~エアーシャー

エンヘンフォンタラウ
Photo/Geolina [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons]

果実のように固く結んでいた蕾は少しづつふくらみ、7cmから9cm径、整ったカップ型の大輪花となります。花色はわずかにピンクがかった白。熟成すると花弁は乱れ、やがてハラハラと散ってゆきます。300㎝から400㎝高さのランブラーとなります。

灰色がかった緑のつや消し葉と白花とのコントラストは、清楚でありながら、同時に妖しいほど魅惑的です。開花の最盛期に出会うことができれば、白花ランブラーの美しさの極みを満喫する喜びを感じることができるでしょう。

育種の経緯など

1885年以前にハンガリーのR.ゲシュヴィント(Rudolf Geschwind)により育種されました。アルバとエアシャー・ローズまたはロサ・アルヴェンシスの交配によるとされることが多いのですが、詳細は分かっていません。

ノイバラ系のランブラーにクラス分けされたり、大輪花であることからアルバとされたり、樹形からエアシャー・ローズ(アルヴェンシス)とされるなど所属するクラスが揺れています。

エンヘン・フォン・タラウは、タラウ(現在のロシア領‐本土からの飛び地、カリーニングラード州)の司祭の娘、アンナ・ネアンデルに捧げられた民謡とのことです。
歌詞は 1634 年に、彼女への求婚を拒絶された青年ヨハン・フォン・クリングスポルンを話種にしてサイモン・ダッハによって綴られた詩が元になっているとのことです。元はドイツ語ですが、『ハイアワサの歌』などで名高いアメリカの詩人H. W. ロングフェロー(Henry Wadsworth Longfellow)の翻訳もよく知られています。以下はロングフェローからの重訳(Google翻訳、一部修正)の冒頭です。

タラウのアニー、昔からの愛しい恋人よ、/Annie of Tharaw, my true love of old,
彼女はわたしの命、財産、黄金。/She is my life, and my goods, and my gold.

タラウのアニー、彼女はもう一度/Annie of Tharaw her heart once again
喜びと苦しみの中でわたしに心を捧げた。/To me has surrendered in joy and in pain.

タラウのアニー、わたしの富、わたしの善よ、/Annie of Tharaw, my riches, my good,
おお、あなた、わたしの魂、わたしの肉、そしてわたしのたぎる血よ!/Thou, O my soul, my flesh, and my blood!

ポールズ・ヒマラヤン・ムスク(Paul’s Himalayan Musk Rambler)~ムスク

‘Paul’s Himalayan Musk Rambler’

3cm径ほどの、小さな丸弁咲きの花が、ひしめき合うような房咲きとなります。
淡いピンクの花色、春、いっせいに開花する様子は、遅れ咲いた満開の桜のような爽やかな印象を残してくれます。
ムスク系の香り。
大きめの葉、灰色がかった、落ち着いたつや消し葉。柔らかな、まっすぐに伸びる枝ぶり、順調に成育すれば、数年後には500cmを超えるほどまで枝を伸ばす、ランブラーです。耐病性に優れ、耐陰性もあわせ持つ強健な、”完璧な”品種のひとつです。

育種の経緯など

1916年、イングランドのジョージ・ポール・Jr(George Paul Jr.)により公表されました。
種親はロサ・ブルノイー、花粉にムスク・ローズ交配種が使われ育種されたのではないかと言われています。

ランブリング・レクター(Rambling Rector)~ムスクorノイバラ?

‘Rambling Rector’

3cm径、セミ・ダブルまたはダブル咲きの小輪の花が春、咲き競うような房咲きとなります。
クリーミィ・ホワイト、また、次第に純白へと退色する花色。花芯のオシベのイエローとのコントラストが見事です。
絢爛たる香りが漂います。
旺盛に枝を伸ばすランブラーです。600cm高さx600cm幅になると想定する必要があると思います。壁面を覆ったり、また、大きめのパーゴラなどに誘引して春、枝垂れ咲きとなる様を鑑賞したりする楽しみかたができる品種です。このランブリング・レクターこそがムスク・ローズ系ランブラーの到達点を示す品種だと思っています。

育種の経緯など

Rambling Rectorとは「ぶらぶら散歩している牧師」といった意味かと思います。
以下の解説のとおり、1900年ころ、英国で育種されたとみられていますが育種者は誰だったのかは分かっていません。
ノイバラとムスク・ローズの影響が顕著であるため、両原種の交配によるのだろうと考えられています。クラス分けもノイバラ系とされたりムスク・ローズ系とされたり揺れ動いていますが、落葉しないこともあるので「ムスク・ローズだな」というのが個人的な印象です。

グラハム・トーマスは著作”Graham Stuart Thomas Rose Book” 1994のなかで次のように語っています。

ほぼ、純粋なノイバラと言っていいが、花形はセミ・ダブルだ…1912年版のデージー・ヒル・ナーサリーのカタログにリストアップされていた。

この記述に対し、当のデージー・ヒル・ナーサリーは次のように訂正しています。

あらゆるバラの中でも最も生命力の強いものの一つ… 美しく、ほとんど枯れない葉と、大きな白い花房を持つ
非常に生命力の強いバラ。花は八重咲きで、大きな直立した房状に咲き、クリーム色から白く色づく。この品種に特有な芳醇な香り。
トーマスによると、このバラは1912年にデイジー・ヒルのカタログに初めて掲載されたとされているが、それ以前にのカタログ (1901-1902) にも掲載されていた。トム・スミス(註:スコットランドのバラ育種家か?)がこのバラに命名した可能性もあるが、カタログには彼がこのバラを育成または発見したという記述はない。もしスミスがこのバラに命名したとしたら、彼がどの牧師館で入手したのかを知るのは興味深いだろう。ランブリング・レクター(散歩中の牧師)が誰だったのか、私たちはおそらく永遠に知ることはないだろう。(Google翻訳、一部修正)