ジャンヌ・ダルク (Jeanne d’Arc )- alba
どんなバラ?
5cmから7cm径、小輪、花弁を詰めこんだような、多弁の丸弁咲きの花形。
わずかにピンクに色づいていたつぼみは開花すると純白となります。
強く香ります。
楕円形、明るい葉緑の小葉、細めですが固い枝ぶり、180cmから210cm高さの立ち性のシュラブとなります。
育種者、育種年など
1818年、育種・公開されました。ジャン₌ピエール・ヴィベール(Jean-Pierre Vibert)によるバラ・カタログ『Observations sur la Nomenclature et le Classement des Roses(バラの命名法と分類に関する考察)』に1818年育種のアルバとしてリストアップされています。ヴィベール自身が、ベル・エリーザ(Belle Elisa)という、今日では知られていないアルバの実生から育種したと記述しているとのことです。(B. C. Dickerson, “The Old Rose Adventurer”)
ジャンヌ・ダルク~品種名の由来
品種名については解説するまでもないかと思いますが、彼女の活躍を振り返ってみましょう。

ジャンヌ・ダルク(Jeanne d’Arc:1412 1431)は、フランス、ロレーヌ地方の農家に生まれた娘です。
14世紀から15世紀にかけては、イングランドとフランスの間でフランス王位を巡って断続的に長い戦争(百年戦争:1337 -1453)が行われていました。
ジャンヌが育った15世紀初頭は、イングランド軍がフランス北部のノルマンディーに進駐し、さらにロレーヌ地方の都市オルレアンを攻略してフランスを制圧しようとしていました。こうした中、神の啓示を受けたとして現われ、フランスを勝利に導き、さらにフランスの王太子シャルルの戴冠(シャルル7世)にも貢献したのがジャンヌです。
家業の農業を手助けしていたジャンヌは、ある日、ミカエル天使の声を聞きます。イングランド軍に包囲されているオルレアンを解放するようにという啓示でした。ジャンヌはオルレアンから敵陣を突破してシノンにいる王太子、シャルルに面会し、オルレアンを包囲するイングランド軍の殲滅することは「神の声」であると主張し、ついには王太子シャルルを説得し派兵に合意させます。
フランス軍の先頭に立って、イングランド軍が包囲するオルレアンへ到着したジャンヌは、すかさずイングランド軍の包囲網を破って街の守備隊に合流します。勢いづいたフランス軍は、つぎつぎにイングランド軍を打ち破り、イングランド軍はついにオルレアン包囲を解いて撤退します。(1429年)
しかし、フランス軍によるパリ奪回をめざしたジャンヌは、コンピエーニュの戦いで捕虜となってしまいます。神の啓示を受けたと主張することを、異端と咎められて宗教裁判に掛けられ、1430年5月30日、火刑に処せられました。
ジャンヌ・ダルクと名づけられたバラはヴィベール作出のこの品種のみならず、ヴェルディエ作出のノワゼット(1848年)、レヴァヴァシュールによるポリアンサ(1909年)などがありますので、注意が必要です。


