バラ、特にオールドローズが好きで名前の由来や育種の経緯などを調べています。
宿根草や葉色が美しい草花や灌木などをアレンジしたバラ咲く庭を愛でるのも長年の夢です。

ウマル・ハイヤーム(Omar Khayyám)

ウマル・ハイヤーム(Omar Khayyám)

どんなバラ?

3㎝から7㎝径、25弁ほど、転がりそうなほど真ん丸のつぼみは開花すると丸弁咲きまたは小皿を重ねたようなような非常に浅いカップ型の花形となります。花芯に緑芽ができることが多いです。
花弁の縁が折れ返り平咲きの剣弁咲きとでもいったバラとしては非常にユニークな花形となります。バラというよりは、八重咲きのザクロといったほうがイメージが湧くかもしれません。
ピンクの濃淡が花弁のあちらこちらに出ますが、全体としては明るいピンクという印象を受ける花色となります。
強い香り。
幅狭でとがり気味のつや消し葉。トゲが密生する、細いけれども固めの枝ぶり、90cmから120cm高さの、ダマスクとしては小さめのブッシュとなります

この品種が世に出たきっかけ

この品種はセルジュク朝ペルシャ(現イラン)の天文学者・詩人であったウマル・ハイヤーム(1048-1131)にちなんだものです。
次のような興味深い逸話があります。

Portrait/ A. Venediktov [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons]
‘Omar Khayyam’s Tomb’
Painting/William Simpson [Public Domain via Wikimedia Commons]

1884年、英国の画家、ウィリアム・シンプソン(William Simpson)は、詩集『ルバイヤード』で名高いウマル・ハイヤームの墓を訪れ、ハイヤームの墓のそばに生えていたバラの木の結実を故国へ持ち帰りました。
種はロンドン近郊のキュー・ガーデンにおいて育てられ、その実生種は1893年頃、イングランド、サフォーク州にあった、イギリスの詩人、エドワード・フィッツジェラルド(Edward FitzGerald)の墓前に植え付けられました。フィッツジェルルドは、『ルバイヤード」を英訳したことでも知られていました。
この株は長年、忘れられていましたが、イングランドのF. ナイト(Frank Knight)により再び見出され、1947年になって、改めて世に紹介されたというものです。(R. Phillips & M. Rix, “Best Rose Guide”)

ウマル・ハイヤームによる四行詩ルバイヤード

「大いなる地も答えることはできなかった(arth Could Not Answer)」
‘Earth Could Not Answer’ Illustration/Adelaide Hanscom Leeson [Public Domain via Wikimedia Commons]

フィッツジェラルドの英訳例をひとつだけ。

XXXIII(No.33)
Earth could not answer; nor the Seas that mourn
In flowing Purple, of their Lord forlorn;
Nor rolling Heaven, with all his Signs revealed
And hidden by the sleeve of Night and Morn.
33
天に声してわが耳もとに囁ささやくよう――
 ひためぐるこのさだめを誰が知っていよう?
 このめぐりが自由になるものなら、
 われさきにその目まぐるしさを逃のがれたろう。
(小川亮作氏による原典からの訳)

小川亮作氏による原典からの翻訳『ルバイヤート』143首(青空文庫)があります。くわしくはそちらをご参照いただくとして、いくつか以下ご紹介しましょう。

No.2
もともと無理やりつれ出された世界なんだ、
生きてなやみのほか得るところ何があったか?
今は、何のために来きたり住みそして去るのやら
わかりもしないで、しぶしぶ世を去るのだ!
No.35
若き日の絵巻は早も閉じてしまった、
命の春はいつのまにか暮れてしまった。
青春という命の季節は、いつ来て
いつ去るともなしに、過ぎてしまった。
No.47
酒をのめ、土の下には友もなく、またつれもない、
眠るばかりで、そこに一滴の酒もない。
気をつけて、気をつけて、この秘密 人には言うな――
 チューリップひとたび萎しぼめば開かない。
No.111
月の光に夜は衣の裾すそをからげた。
酒をのむにまさるたのしい瞬間ときがあろうか?
たのしもう! 何をくよくよ? いつの日か月の光は
墓場の石を一つずつ照らすだろうさ。
No.140
さあ、ハイヤームよ、酒に酔って、
チューリップのような美女によろこべ。
世の終局は虚無に帰する。
よろこべ、ない筈はずのものがあると思って。