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バラ、特にオールドローズが好きで名前の由来や育種の経緯などを調べています。
宿根草や葉色が美しい草花や灌木などをアレンジしたバラ咲く庭を愛でるのも長年の夢です。

イプシランテ( Ipsilanté )- gallica

Ipsilante

イプシランテ( Ipsilanté )- gallica

どんなバラ?

7cmから9cm径、花弁が密集するロゼッタ咲きとなる花形。花芯に緑芽ができることもあります。
ストロング・ピンク、外輪部は淡く色抜けする花色ですが、ピンクの出具合には、淡いピンクからかなり強めのピンクまでと変化があります。
強い香り。
卵形、葉脈がはっきり見える、明るい色調のザラリとした表皮のつや消し葉、細いけれど固めでしっかりした枝ぶり、90cmから120cm高さのシュラブとなります。

育種者、育種年など

ジャン₌ピエール・ヴィベール(Jean-Pierre Vibert)によるバラ・カタログ『Observations sur la Nomenclature et le Classement des Roses(バラの命名法と分類に関する考察)』に”Année de la première floraison: 1821(この年に初開花)”とコメント付きで公表されました。

完成の域に達したピンクのガリカだと思います。ガリカとしては例外的なほど遅咲きです。”遅咲き”イプシランテとして記憶するとよいかもしれません。

イプシランテ~品種名の由来

Painting/unknown [Public Domain via Wikimedia Commons]

イプシランテ(Alexander Ypsilantis:1792-1828)はコンスタンチノープル出身のギリシャ人です。家族とともにロシア、キエフへ移住し、長じてロシア軍に入隊し、軍功により大佐に昇進しました。やがて、当時、オスマン・トルコの占領下にあったギリシャの独立運動をつづけていた秘密結社、フィリキ・エティリアへ参加し、指導者となります。ロシアはバルカン半島への侵出を政策としており、ギリシャ独立戦争を陰で支援していたと言われています。
1821年3月6日、ギリシャ各地へ檄を飛ばし、オスマン・トルコ支配への叛乱を起こします。3月25日、檄文に呼応した決起がギリシャ各地で勃発し、半島全体の騒乱となりました。この日がギリシャの独立記念日となっています。
しかし、イプシランテは7月にオスマン・トルコ軍に敗れ、オーストリアで幽閉されてしまいました。1927年にロシアの強い要請により釈放されましたが、翌年貧窮のうちに死去しました。
この品種が捧げられた時は、イプシランテがギリシャ独立軍を指揮していた時期にあたります。

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