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バラ、特にオールドローズが好きで名前の由来や育種の経緯などを調べています。
宿根草や葉色が美しい草花や灌木などをアレンジしたバラ咲く庭を愛でるのも長年の夢です。

アナイス・セガラ(Anaïs Ségalas)- centifolia

Anais Segalas

アナイス・セガラ(Anaïs Ségalas)- centifolia

どんなバラ?

9cmから11cm径、40弁ほどの大輪、ロゼッタ咲き。
ディープ・ピンクまたはパープリッシュなクリムゾンの花色となるケンティフォリア。飾り付けたような萼弁で覆われた蕾も美しさも魅力の一部です。
強い香り。
つや消し葉、小さなトゲが密生する枝ぶり、120cmから150cm高さとなるシュラブとなります。

育種者、育種年など

ジャン=ピエール・ヴィベールが発行していたバラ・カタログに1837年と記載していたことにより、ヴィベールが1837年に育種・公表したとするのが一般的な理解です。ただ、1847年、孤高の育種家として知られるルイ・パルメンティエの死去後作成された品種リストにリストアップされていたことが知られれいますので、実際はパルメンティエが育種したのだろうとされています。

おなじみのジョワイオ教授は著作『ラ・ロズ・ド・フランス(La Rose de France)』の中で、「おそらく1837年にヴィベールがなんらかの方法で取得して市場へ提供したのだろう…」と記述しています。

命名の由来など

アナイス・セガラス(1814-1895)はこの品種が公表された1837年、若干23歳でありながらすでに令名を馳せていた女性詩人です。

Print/ Jules Léopold Boilly [CC BY SA4.0 via Wikimedia Commons]

1814年、パリに生まれたアナイスは幼年期より詩才を発揮し、15歳で王立裁判所の弁護士、ヴィクトール・セガラスと結婚、16歳のときには最初の詩集『レ・アルジェリエンヌ(Les Algeriennes:”アルジェリアの女”』を刊行しました。
女性の権利を主張してフェミニスト運動へ参加、また植民地主義への反対を唱えるなど、熱心なカトリック教徒としての道徳観をバックボーンとした平等主義を貫きました。

1836年、アナイは詩集『レ・オワゾー・ド・パッサージュ(Les Oiseaux de Passage:”渡り鳥”)』を公刊しました。
当時、育種家ジャン・ピエール・ヴィベールは美しいパープル/クリムゾンのケンティフォリアをパルメンティエから譲り受けていたと思われます。ヴィベールはこのケンティフォリアをアナイス・セガラスと命名して市場へ提供しました。(”From the notebook of a rosarian“, 2024.10.24閲覧)


奴隷/L'esclave

奴隷!奴隷だ!この私は!...分かりますか?自由な身の人、/Esclave ! esclave! moi !..sais-tu bien, homme libre,
奴隷とは何ですか?あなたは街の中で、/Ce que c'est qu'un esclave? au sein de ta cité,
あなたの耳の中で自然な空気が振動すると、/Et lorsque l'air natal à ton oreille vibre,
すべては自由の香りで…Tout parfumé de liberté…

(『レ・アルジェリエンヌ』、冒頭の詩、Google翻訳;仏語/英語/日本語利用)

女性の権利を主張してフェミニスト運動へ参加、また植民地主義への反対を唱えるなど、熱心なカトリック教徒としての道徳観をバックボーンとした平等主義を貫きました。

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