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アレン・ブランシャール(Alain Blanchard)- gallica
どんなバラ?
7cmから9cm径、カップ型、セミ・ダブルとなる花形。
開花時、クリムゾンであった花色にはパープルが加わり、深い色合いに変化します。花弁の基部が白く色抜けすることが多く、花芯のイエローのオシベとのコントラストが鮮やかです。
香りはわずか。
すこし尖り気味の、くすみのあるつや消し葉。120cmから180cm高さのシュラブとなります。開花時には花の重みで優雅にアーチします。
一季咲きのガリカ。
育種者、育種年など
1839年、ジャン=ピエール・ヴィベールにより育種・公表されたと特定されています。
葉、枝ぶり、樹形などにケンティフォリアとの類似が見られることから、ガリカとケンティフォリアとの交配により育種されたと見られています。しかし、異説もあり、グラハム・S・トーマス(Graham Stuart Thomas)はヴィベールの作出ではなく、さらに古い由来のものではないかと見ていたようです。(”The Graham Stuart Thomas Rose Book”、1994)
命名の由来など
フランス王位を巡って14世紀から15世紀にかけ、イギリスとフランスの間で綿々と続けられた争いは百年戦争(1337-1453)と呼ばれています。その一端を示す戦闘がルーアンをめぐる攻防(1418-1419)でした。英国軍の攻撃を跳ね返したルーアン守備を指揮したのがアレン・ブランシャール(Alain Branchard)でした。この品種の命名はその英雄にちなんでいます。

14世紀の初め頃、フランスではブルゴーニュ派とアルマニャック派がフランス王位を巡って血で血を洗う争いを繰り広げている時期でした。1415年、イングランドのヘンリー5世は、この混迷に乗じ、ノルマンディなどの領有とフランス王位の継承を主張し軍をノルマンディーに進駐させました。
1417年、城砦都市ルーアンを包囲したイングランド軍は城壁に陣取った石弓隊による頑強な抵抗に悩まされます。この石弓隊を率い、イングランド軍の捕虜を処刑して首を城壁に吊るして攻撃をさまたげるなどして頑強に抵抗し、ルーアン守備の勇将と讃えられたのがアレン・ブランシャール(Alain Branchard)でした。
1419年、ルーアンがついに降伏したとき、身代金を支払うことで断罪をまぬがれた有力者があったなかで、ブランシャールは、
「わたしは支払いできる財産もないが、もしあったとしても、イングランド人の不名誉をそそぐようなことには使わない」と述べ、斬首されたと伝えられています。


