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バラ、特にオールドローズ、ランブラーが好きです。
品種名の由来や込められた思い、あるいは背景となった物語、
また、育種者が生きた時代などへの想像をふくらませる作業などを続けています。
バラと宿根草や、葉色が美しいリーフプランツや灌木などを配置したコテージガーデンの作庭も夢見ています。

アデル・デスメ(Adèle Descemet)- gallica

AdeleDescemet

Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via Rose-Biblio]

アデル・デスメ(Adèle Descemet)- gallica

どんなバラ?

9cmから11cm径の大輪、40弁をこえる花弁が密集するロゼッタ咲き。
花色はパープリッシュなミディアム・ピンク、外弁は淡く色抜けします。また、非常に濃色になったり、班模様がでることがあるなど色変化が生じやすいようです。
早朝の香りは濃厚だとの記述がありますが、強香とまでは言えないようです。中香とします。
卵形のつや消し葉、小さなトゲが密生する細めの茎、120cmから150cm高さの比較的小さなシュラブとなります。

育種者、育種年など

ジャン₌ピエール・ヴィベール(Jean-Pierre Vibert)によるバラ・カタログ『Observations sur la Nomenclature et le Classement des Roses(バラの命名法と分類に関する考察)』1820年版にリストアップされていたのがこの品種の文献上での初見となります。
リストには”Adele(D)”と記載されていて、デスメ作出であることが明白です。
デスメがヴィベールに資産を譲渡したのが1815年、そのことから、育種年は1815年以前とされています。

ジャン-ピエール・ヴィベール(Jean-Pierre Viber)が1820年から発行していたバラ解説書『バラの命名とクラス分けに関する考察(Observations sur la Nomenclature et le Classement des Roses)』の1820年にデスメによる作出というコメント付きでリストアップされています。
デスメがヴィベールへ商権、施設などを移譲したのが1815年でしたので、1815年以前にジャック=ルイ・デスメ(Jacques-Louis Descemet )により育種されたことがわかります。

デスメの育種資料を受け継いで発展させたジャン=ピエール・ヴィベールが1816年に育種・公表したガリカに’アベル・ウ(Adèle Heu)’があるので大変まぎらわしいです。市場に出回っている品種の画像を確認すると、実際にも二つの品種は混同されてしまっているようで、’アデル・デスメ’と’アデル・ウ’の違いは不明確になってしまっています。

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