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バラ、特にオールドローズが好きで名前の由来や育種の経緯などを調べています。
宿根草や葉色が美しい草花や灌木などをアレンジしたバラ咲く庭を愛でるのも長年の夢です。

ロサ・ケンティフォリア(R. centifolia)- centifolia

Rosa centifolia

ロサ・ケンティフォリア(R. centifolia)- centifolia

どんなバラ?

ケンティフォリア・クラスの元となった品種として、もっとも古い由来のものと信じられているものです。
9cmから11cm径となる大輪、40弁を超える深いカップ型、ロゼッタ咲きの花形となります。
花色はマジェンダの色合いが濃いピンク、深い色合いが魅力です。
強く香ります。
明るい色調の大きなつや消し葉。不整形のトゲが特徴的な細めながらも固めの枝ぶり、180cmから250cm高さのシュラブとなります。充実した株では繁茂した枝がアーチングしてドーム型に整った樹形となります。

多弁であることから、キャベッジ・ローズ(Cabbage Rose)、ハンドレッド・ペタルド・ローズ(Hundred-Petalled Rose)と呼ばれたり、パリ南郊外のプロヴァンス地方で盛んに生産されたことから、プロヴァンス・ローズ(Provence Rose)と呼ばれたりすることもあります。

育種者、育種年など

『最も敬虔なキリスト教徒の王、フランスとナバルの王ルイ13世の庭園(Le jardin du Roy tres chrestien, Loys XIII, Roy de France et de Navare)』

非常に古い由来であることは明らかですが、どれくらい古いのかについては多くの説があります。
ここでは、①原種説、②16世紀オランダ説、③16世紀オスマントルコ産、オランダ経由説の三つに整理しました。

最も古いという文献ではないのですが、1591年に公刊されたヤコブス・テオドルス(Jacobus Theodorus:1525 – 1590)『新修草木誌(Neuw Kreuterbuch)Vol. II』という大著ではイラストつきの記事紹介されています。

グロス(大)・プロバンス・ローズ/ロサ・プロヴィンシアリス・マイオール
第三の品種はプロヴィンツ・ローズで、大小さまざまなサイズがあり、肉色をしています。心地よい香りがあり、よく知られています。
ロサ・プロヴィンシアリス、ロサ・ペルシカエ、インカルナタエ、プルプレアエとも呼ばれます。これらは下剤の原料として用いられます。



ヤコブス・テオドルス(1525 – 1590)は通称タベルナモンタヌス(Tabernaemontanus)。自ら選んだ通称のようですが、自身の故郷のラテン語名に少し変化を足したものだとのことです。
医師、植物・薬草学者として、1588年から1591年にかけて、『新修草木誌(Neuw Kreuterbuch)Vol.I,II,III』などの大著を残しました。
彼はルネサンス植物学の二人の先駆者、はじめはオットー・ブルンフェルス、後にヒエロニムス・ボックの弟子としてキャリアを始め,ドイツ貴族の侍医を次々と務め、ハイデルベルクで医師として,人生の最後の数十年を過ごし,三回結婚し18人の子供を残したと伝えられています。(Wikipedia Commons English ver. 他)

①原種・原種交雑種説

紀元前450年頃、歴史学の父と呼ばれるヘロドトス(Herodotus)や、紀元前350年ころの、テオフラストスが、
「バラの花弁数には変化が多い。5弁のもの、12弁、20弁、なかには100弁のものもある…」と述べたことから、ケンティフォリア(”百の花弁”の意)は、原種の一つとされ、長い間、もっとも古い由来の原種系品種だとされてきました。
分類学の父カール・フォン・リンネ(Carl von Linné)も原種として登録していました。

②16世紀、オランダ由来説

しかし、原種説には修正が加えられ、16世紀ころから200年ほどかけて、おそらくオランダにおいて育種されたものと理解されるようになりました。
英国のバラ研究家、ピーター・ビールズ(Peter Beales:1936-2013)は著作、『クラシック・ローゼズ(Clasic Roses)』のなかで、
「最近、植物細胞研究者により行われた、ケンティフォリア交配種(R. x centifolia)の染色体の検査により、従来考えられていたような原種ではなく、複雑な交配種であることが判明した。ケンティフォリアは、明らかに、ガリカ、ロサ・フォエニキア、ムスク・ローズ、ロサ・カニナ(ドック・ローズ)および、ダマスク交配種から作り上げられたのだ…」と記述しています。

③16世紀、オスマントルコ由来、オランダ経由説

しかし、非常に興味深い新説が公表されました。
カナダ、トロント大学で中近東の歴史などを研究しているマリア・エヴァ・サブテルニー(Maria Eva Subtelny)さんが2007年に公表した論文『幻影のバラ:中世ペルシア神秘主義における園芸実践の比喩的解釈(Visionary Rose: Metaphorical Interpretation of Horticultural Practice in Medieval Persian Mysticism)』での見解です。

イランにおいて、経済的にも文化的にも「百弁のバラ」(グル・イ・シャド・バルグ)、すなわちロサ・ケンティフォリアほど重要なバラの品種はなかった。密集した花弁が特徴で、その甘い香りが高く評価されていた。
13世紀の農業と園芸の手引書である『”Āsār va abyā” [by Rashid al-din Fadl-allāh Hamadānī (1247?-1318)』には、花弁が100枚、さらには200枚もある品種が言及されており、『Irshad al-zirā’aは』には、「マシュハドの燃えるようなケンティフォリア」(アーティシュ・イ・マシュハディー)のような黄色と赤色の品種の両方が言及されている。
西洋では一般的にキャベッジローズと呼ばれているこのバラは、16世紀または17世紀初頭にオランダ経由でヨーロッパに導入された。サファヴィー朝とオランダの間で活発な貿易関係と文化交流があったシャー・アッバース1世の治世中にイランから直接もたらされたか、あるいはオスマン帝国のスレイマン大帝(Sultan Süleyman the Magnificent)の時代にオスマン帝国を経由してもたらされたかのいずれかである。スレイマン大帝の宮廷は、このバラに前例のないほどの関心を示していた。花の文化、特にバラとバラから得られる精油について。

花とその象徴は古代イランの宗教において重要な役割を果たし、精緻な「花言葉」が発展した。ゾロアスター教、特にマズダ教では、ヤザタと呼ばれる各神々にそれぞれ異なる花やハーブが結びつけられていた。
ヤザタは月の各日を司り、特別な儀式で崇拝された。バラは、宗教の女神である女性ヤザタの一人、ダエナと結び付けられていた。さらに、パフラヴィー語の文献では、ダエナのバラの品種は「百弁のバラ」を意味するグル・エ・サド・ヴァルグ(新ペルシア語:グル・イ・シャド・バルグ)と明記されており、これは既に述べたように、甘い香りで知られるケンティフォリア(Rosa centifolia)のことだ。

この説が真実であるとすると、ケンティフォリアはイランまたはトルコで生まれ、13世紀あるいは16~17世紀にほぼ完成された姿でオランダに伝えられ、そしてフランスなどヨーロッパ各国へ伝播していったことになります。

個人的にはこの③オスマントルコ由来説に組したいと思っています。
イスタンブールのトプカプ宮殿のハーレムのさらに奥に位置する第四の庭園にはチューリップ、ユリ、バラなど美しく花咲く植物が植栽されており、花々はガーデナーでありながら、同時にスルタンの命があれば処刑人、暗殺者と化す恐ろしい男たちがいたとされています。
宮殿の庭で、ガーデナー兼暗殺者の男たちの手に秘蔵されていたチューリップがオランダへ渡っていったことはよく知られています。その事と同様に、ケンティフォリアもオランダへ渡っていったのではないかと想像してもいいのではないかと考えています。

枝変わり種

ロサ・ケンティフォリアはシベが花弁化してしまっており、なかなか交配種を生み出すことができませんでした。そのため実生での新品種はなかなか生み出されず、古い時代は美しい枝変わり種が見出されて、それらが今日まで伝えられています。

  • 葉にふくらみが生じる変種がケンティフォリア・ブラータ(R. centifolia bullata)。バラの画家ルドゥテ(Pierre-Joseph Redouté:1759-1840)が’Rosa centifolia foliacea’というタイトルで描いた美しい図譜が残されています。
  • ストライプの花となるのがケンティフォリア・ヴァリエガータ(R. centifolia variegata)
  • ツボミなどに苔(モス)状の突起が生じたのがコモン・モス/ケンティフォリア・ムスコーサ(Common Moss/Centifolia Muscosa)。この品種がモス・ローズの元となりました。
  • やはり蕾に小さな舌状の突起が生じナポレオンの帽子ににたのがシャポー・ド・ナポレオン/ケンティフォリア・クリスタータ(Chapeau de Napoleon/R. centifolia cristata;“ナポレオンの帽子”)です。
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