Photo/Rudolf [CC BY SA-4.0 via RoseBiblio]
ジョルジュ・ヴィベール(Georges Vibert)- gallica
どんなバラ?
7cmから9cm径、26から40弁ほどのカップ型または丸弁咲きの花形となります。
花弁は鮮やかなピンクと淡いピンク/白のストライプとなります。全体に濃色となってほとんど深いピンクとなることもあるようです。
軽く香ります。
楕円形、表がなめらかで照り葉のようにも見えますが、厚みのある濃い色合いのつや消し葉。剛毛のような小さなトゲが顕著な細く固い枝ぶり、90cmから120cm高さの小さめのシュラブとなります。
育種者、育種年など
フランスの地域園芸誌『メーヌ=エ=ロワール園芸協会誌(Travaux du Comice Horticole du Maine et Loire)』の1853年版に、
「ヴィベールの後継者であるムッシュー・ロベールにより育種された」という記述が残っています。
ロベールは、フランスの偉大な育種家ジャン=ピエール・ヴィベール(Jean-Pierre Vibert)の活動後期、圃場のヘッド・ガーデナーを務め、ヴィベールが1851年の引退後は農場を受け継いだ人物です。
1857年にはモロー(Moreau)を共同経営者に迎え、農場名をロベール・エ・モロー(Robert et Mereau)に改名、さらに1864年に農場はモロー=ロベール(Moreau-Robert)へと移譲されてゆきました。
品種名の由来など
ジョルジュ・ヴィベールはヴィベールの一族のひとりだと思いますが、ジャン=ピエールとの関係はよく分かっていません。実はジャン=ピエールの息子テオドールの息子にジャン=ジョルジュ・ヴィベール(Jehan-Georges Vibert:1840 – 1902)がいます。ジャン=ピエールの孫にあたります。この品種が育種・公表された1853年には13歳の少年でしたので、孫にちなんだ命名というのはあまり可能性が高いとは言えないかと思いますが、ジャン=ジョルジュは長じて著名な画家となりました。

ジャン=ジョルジュは、伝統を重んじた画風を守り、官展をおもな公表の場としていたため、アカデミー派とも、また、貴族などの集まるサロンによく出入りすることからサロン派とも呼ばれていました。
このアカデミー派の保守的な画風に反発し、強い対抗心をいだきつつ近代絵画の幕開けを演じたのが印象派の画家たちでした。アカデミー派は印象派の画家たちの輝かしい成功の影に隠れて、長い間、返り見られることがありませんでしたが、最近になって、ようやく伝統的な技法が見直されるようになり、再び脚光を浴びつつあるようです。



