‘Lustre d’Eglise’ Photo/Salicyna [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commns]
ガリカの黎明期/育種のはじまり~ジョワイヨ教授の解説
ガリカ(Gallica)にクラス分けされている品種をチェックするとき、よく参照するのはフランスのジョワイヨ教授(Francois Joyaux:1938-)の『ラ・ロズ・ド・フランス(La Rose de France)』です。
300ページに及ぶこの著作は、バラの栽培方法などの記述はいっさいなく、品種について詳細な解説に終始したこだわりいっぱいの書物です。しかもガリカ(=”フランスのバラ”)だけを扱っているという徹底ぶりで、現在これ以上の”ガリカ解説書”はないと思います。
じつは、ジョワイオ教授はバラ研究の最前線にいる人ではありますが、本来は現代中国および東南アジア史の研究において令名をうたわれた歴史学者です。『中国の外交』という現代中国史入門書の翻訳もあります。

ジョワイヨ教授に従って、黎明期のガリカに関する詳細に分け入りましょう。
教授は、”フランスのバラ”といっても、実際には18世紀前半までは、薬用としてガリカ・オフィキナリス(アポシカリー・ローズ=薬剤師のバラ)ばかりが広く栽培されているに過ぎなかったと述べています。そして庭園を飾る園芸植物としてのガリカの古い由来について非常に興味深い解説をしています。
18世紀の末フランスには低地地方(オランダ・ベルギー)から多くのケンティフォリアがもたらされていた。(ガリカの商品価値はあまり評価されていなかった)
ケンティフォリアに付随するかたちでポツポツとガリカもフランスへもたらされるようになり、第一帝政終了時(註:1815年、ナポレオン一世がワーテルローの戦いで敗れて退位し流刑になった時期、ジョゼフィーヌのマルメゾン宮殿のバラ・コレクションが完結するころ)、500種ほどが知られるようになった。
そのうち15種ほどが今日でも植栽されており、特定できると思われる。
- エマーブル・アミ(Aimable amie)- before 1818
- ベル・パラード(Belle Parade)- before 1811
- ベル・サン・フラットリ(Belle sans flatterie)- before 1806
- ビザール・トリオンホン/シャルル・ド・ミユ(Bizarre triomphant/Charles de Mills)- before 1790
- ブーケ・シャルマン(Bouquet charmant)- before 1811
- カルマン・ブリオン(Carmin brillant)
- グロンド・エ・ベル(Grande et belle)- before 1811
- ラ・ベル・スルタン(La Belle Sultane)
- ラ・マジェステューズ(La majestuese)- before 1790
- ルストル・デグリーズ(Lustre d’eglise)- before 1790
- ナポレオン(Napoleon)- before 1790
- オンブル・スペルブ(Ombre superbe)- before 1811
- オルナモン・ド・ラ・ナチュール(Ornement de la nature)- before 1814
- ソレイヨ・ブリヨン(Soleil Brillant)- before 1790
- ヴェルール・プルプル(Velure pourprée)- before 1811
ジョワイオ教授の解説に加え、興味深い記事があります。
『ウンター・デン・ローゼン(Unter den Rosen:”バラに囲まれて”)』という著作のあるアニタ・ベーム=クルチナ(Anita Böhm-Krutzinna)さんが著作のなかで言及しているものです。
2010年、ドイツの”Zeitschrift Zandera”という庭園関連ジャーナルにアルベルト・ヨスト氏(Albert Jost)が公表した記事だとのことですが、1782年に公刊された”Landschaftsparkes Schönbusch bei Aschaffenburg”という庭園関連事典のなかで、”早い時代のバラ”としてリストアップされているものがあり、それらは次の7品種だというものです。
- エマーブル・アミ(Aimable Amie)- 1783
- ロサ・アンコムパラブル(Rose Incomparable)- 1783
- ベル・サン・フラットリ(Belle Sans Flatterie)- 1783
- マントゥー・プルプル(Manteau Pourpre)- 1783
- ソレイユイ・ブリヨン(Soleil Brillant)- 1783
- ベル・パラード(Belle Parade)- 1783
- アグレアブル(Agreable)- 1783
これらはいずれもダニエル・A・シュワルツコフ(Daniel August Schwarzkopf:1737-1817 )の農場または同農場で修練を受けたベルギー人の手により育種されたと解説されているようです。
この記述に従うと、ジョワイオ教授が挙げた15種のうち、エマーブル・アミ、ベル・パラード、ベル・サン・フラットリおよびソレイユ・ブリヨンの4種はドイツで育種されベルギーまたはオランダを経由してフランスへ。そして、デュポン、アルディ、デズメなど18世紀末から19世紀初頭のバラ界をリードしたフランスの育種家たちの手を通して市場へ提供されたということになります。
育種者の権利が今日ほど厳格に守られるものだとされなかった当時のことです。フランスの育種家たちが市場へ提供するとき、だれが育種したかを必ずしも明言しなかった例は多々あったと思われます。
以上のように、今日、ジョワイヨ教授の解説にも多少の修正を加える必要となっていると思います。シュワルツコフが育種した品種に関しては、別途『ガリカ、いちばん古いオールドローズ?③~黎明期/シュワルツコフ』で詳しく解説しますので、以下、ジョワイオ教授によるリストのうち今日で比較的容易に入手可能な品種について解説してゆきます。
(なお、’シャルル・ド・ミユ/ビザール・トリオンホン’は『ガリカ、いちばん古いオールドローズ?①~夜明け前』のなかで解説しましたので除外します)
ラ・ベル・スルタン(La Belle Sultane)
7cmから9cm径、セミ・ダブル、ごく浅いオープン・カップ型の花形となります。
花色はクリムゾン、熟成すると次第にヴィオレット気味となることが多い品種です。花弁の基部が白く色抜けすることもあり、イエローの花芯との対象が鮮やかです。
強い香り。
ざらっとした感触の葉、細いけれど固めでトゲの少ない赤褐色の茎など、典型的なガリカの特徴をそなえています。しかし、こじんまりとしたシュラブとなることが多いガリカのなかにあっては、高さ200cmを超えるなど、例外的に大きな樹形となることで知られています。
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育種者、育種年など
1795年以前、オランダにおいて育種されたというのが一般に流布している説ですが、異論もあります。
この品種は別名マエカ(Maheka)という名称で呼ばれることもあるのですが、フランスで広く園芸植物の販売をしていたルイ・クロード・ノワゼット(Louis Claude Noisette)が1815年ころマエカとい名称でもたらしたというのが一説。
16世紀にさかのぼる古い品種のヴィオラケア(violacea)が、19世紀になってデュポンによってフランスへ紹介されたのち、ラ・ベル・スルタンの名がつけられたのではないかという説が第二説です。
ここでは、第二説に従い、16世紀にはすでに知られていた品種としました。
伝えられた物語
ラ・ベル・スルタン(La Belle Sultane)とは”麗しのトルコ皇妃”という意味ですが、は非常に興味深い話が伝えられています。
ナポレオン皇妃となったジョゼフィーヌの従妹であるエメ・デュ・ブク・ド・リヴェリ(Aimée du Buc de Rivery)は、教育を受けるため、故郷マルティニック島からフランス本国へ向かっていましたが、その途中、イスラム系の海賊に捉えられてしまい、コンスタンチンープルに送られてしまいました。
彼女は皇帝アブデュルハミト1世の皇妾となりましたが、皇帝にフランス語を教え、後の皇帝となる息子を得たという言い伝えです。
オルヌモン・ド・ラ・ナテュール(Ornement de la Nature)
7cmから9cm径、40弁をこえる中輪、花芯は小花弁が密集するロゼッタ咲きまたはクォーター咲きとなります。
花色はミディアム・ピンク、芯は色濃く染まります。
香りはわずか。
ガリカの古い品種によく見られる卵型のつや消し葉。小さなトゲが特徴的な枝ぶり、優雅にアーチングする120cmから150cm高さほどの中型のシュラブとなります。
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育種者、育種年など
非常に古い由来の品種です。オランダで育種され、フランスに伝えられたとみなされていますが、詳細は不明のままです。
オルヌモン・ド・ラ・ナテュールとは”自然の装飾”という意味(フランス語)ですが、こう呼ばれるようになる前は、ラ・コケット(La Coquette:”艶女”)、アネモン・アンシエンヌ(Anémone Ancienne:”古いアネモネ”)と呼ばれていたようです。
ただし、それらは別名なのか、それとも似た品種が時を経るにしたがい、同一視されるようになったのかはよくわかっていません。
ルストル・デグリーズ(Lustre d’église)/デュセス・ドルレアン(Duchesse d’Orléan)
7cmから9cm径、40弁を超えるロゼッタ咲き、花芯に緑芽が出来ることが多い花形。
花色はストロング・ピンク、外輪は明るく色抜けし、グラデーションの効果が生じます。
香りは中程度。
少し小さめの楕円形、深い色合、表皮が縮み気味のつや消し葉、細いけれど固めの枝ぶり、150cmから180cm高さのシュラブとなります。
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品種名の由来など
1792年刊行されたオランダのフォアヘルム&シュネーヴォクトが発行した園芸植物カタログ『Catalogus of Dutch Flower-Roots and Plants from Voorhelm & Schneevoogt』にリストアップされていたことがこの品種の文献上の初見です。
1818年に刊行されたシャルル・マロ(Charles Malo)著『Histoire des roses』1818年版にはイラスト付きで紹介されています。
ルストル・デグリーズとは「教会のシャンデリア」という意味です。
オランダ由来であることは分かっていますが、同地で育種されたのか、中東などからの輸入品種であったのかは不明です。
品種名があまりパッとしなかったゆえか、19世紀中ごろから’オルレアン公爵夫人(Duchesse d’Orléans)’という品種名で市場へ出ることが多くなりました。
デュセス・ドルレアンは平等公フィリップ2世の公妃ルイーズ・マリー・アデライード・ド・ブルボン=パンティエーヴル(Louise Marie Adélaïde de Bourbon-Penthièvre:1751-1821)のことだと思います。


